石版が動く条件

 自分の言い放った嫌みが正解であるかもしれないと思ったティアナだったが、簡単に試せない状態だった。ラウラが協力を強要してくるからだ。


 険悪な雰囲気が濃くなる中、早く自分達のために行動したいティアナだったが、離れようとするとラウラが剣を抜いた。


「てめぇ、早くアタシのためにこの石版が動く方法を考えな!」


「いい加減にしてください。私にも我慢の限界があります」


「はっ、てめぇなんざ怖かねぇんだ。いいからさっさと考えろ!」


 まったく聞く耳を持たないラウラに苛ついてきたティアナはどうしようかと迷う。ここで戦うと更に時間を浪費してしまうのは確実だ。


 そのとき、通路からインゴルフ達が姿を現した。全員がそちらへと目を向ける。


「あーちくしょう! まだ追って来やがる!」


 見ればインゴルフがホルガーに肩を貸しながら小走りにやってきた。どちらも財宝でいっぱいの背嚢を背負い、息を切らせている上に汗だくだ。


 暑苦しいインゴルフにティアナが声をかける。


「そちらの方は足を負傷したのですか?」


「無理に避けようとしてひねっちまったんだ」


「石人形はもう近くまで来ているのですか?」


「そう遠くねぇぞ! で、ここは行き止まりなのか?」


「いえ、あそこにある黒い円形の石版に乗って次の場所に移動します。ただ、どこに行くのかはわかりませんが」


「なんだそりゃ!?」


 わけがわからないとインゴルフは表情で訴えた。


 多少顔を歪ませているホルガーが剣を抜いているラウラに気付く。


「おめぇ、なんで剣なんて抜いてんだ? ここに敵でもいたのか?」


「ちっ」


 舌打ちするだけで質問には答えないラウラは不機嫌そうに剣を鞘にしまう。


 とりあえず一触即発の状態を回避できたティアナは、今のうちにインゴルフ達へ今の状況を知らせることにした。


 黒い円形の石版に乗って別の場所に移動する必要があるが、その石版が動く条件がはっきりとしないこと。そして、アルマが乗ると石版は動いたが、ラウラが乗っても動かなかったこともだ。


 話を聞いたインゴルフは顔をしかめて吐き捨てた。


「くそっ! この遺跡の持ち主は性格がひん曲がってんぞ!」


「その主からしたら、私達は質の悪い盗人でしょうけれどね」


「けっ、金目の物なんぞ、使ってなんぼなんだよ。溜め込む意味なんてないぜ」


 お互いの価値観の差が浮かび上がったが、今はそんなことを話している場合ではない。先にインゴルフが話を切り上げた。


「そんな話は後にしようぜ。それより、先に逃げねぇとな。今は二つあるんだよな」


 しゃべりながらインゴルフが左右の黒い円形の石版へと目を向ける。左側の前には眼光鋭いラウラが立っていた。


 再びティアナへと顔を向けたインゴルフが口を開く。


「で、その黒い石版に乗ってどっかに行かねぇといけねぇが、動く場合と動かねぇ場合があるわけか。アルマとラウラの違いはわかんねぇのか?」


「推測にはなりますが、恐らくこの遺跡で盗った物を手放せば動くのではないかと考えています」


「そうだっていう証拠でもあんのか?」


「今はありませんが、試す方法はあります」


「どうすんだ?」


「あなた方二人のどちらかが財宝を背負ったままこの右側の石版に乗って動かないことを確認した後、財宝をすべて手放して再び石版に乗るのです」


 一瞬の沈黙が室内を満たすが、すぐにラウラが破った。


「はっ、インゴルフ、そいつの言うことは信じねぇ方がいいぜ。そうやって人の財宝をかすめ取るのが狙いかもしれねぇ」


「とりあえず、荷物を持ったまま動くかどうか確認してはどうですか? 持ったまま動くのならば、そのままで良いでしょう?」


 話ながらティアナは右側の石版への道を譲る。ラウラが敵意のこもった目を向けてくるが無視した。


 インゴルフは少し迷ったがすぐにティアナへと返答する。


「わーったよ。とりあえず、お宝を背負ったまま乗ればいいんだな?」


「はい。一分程経っても動かなければ、財宝を背負ったままでは動かないということになります」


「インゴルフ、そいつの言うことを信じるのかい!?」


「わかんねぇから試すんだよ。ここでじっとしてても、あの石人形共の餌食になるだけだからな。やってみるしかねぇ」


「ちっ!」


 舌打ちして顔を背けたラウラから目を離したインゴルフは、ホルガーに肩を貸しながら右側の石版の前に立つ。


「ほら、乗れよ」


「いてて。動くといいよなぁ」


 片膝立ちで円形の石版に乗ったホルガーは右足首の痛みに顔をしかめた。


 準備ができてインゴルフが離れる。


 四人が見守る中、ホルガは黒い円形の石版の上で片膝立ちのまま動くのを待つが、動く気配はない。次第に重苦しい空気が立ちこめてくる。


 声には出さずに二分数えてからティアナはインゴルフに声をかけた。


「二分程経過しましたが」


「くそっ! 嫌な予想ばっかり当たりやがるぜ! ホルガー、お宝を下ろせ」


「インゴルフ、てめぇそんなヤツの言うことに従うこたねぇよ!」


「うるせぇな。物は試しだよ。お宝は惜しいが、命はもっと惜しいだろ!」


「ちっ!」


 自分の意見が一向に通らないことにラウラが苛立つ。


 その間にもホルガーは仕方なくといった様子で背負っていた財宝、服や鎧の隙間に入れていた装飾品などをすべて手放す。


「せっかく苦労して運んだってぇのによぉ」


 名残惜しそうに手放した財宝を見ながらホルガーはつぶやく。


 しばらくすると右側の石版は沈むように下へと動いた。


 最初に口を開いたのはインゴルフだ。呻くように声を漏らす。


「おいおい、マジか。なんてこった」


「やはり私の推測は正しかったわけですね。ということでお二人とも、この丸い石版を使うためには祭室で盗った財宝を手放す必要があるみたいですよ?」


 このままじっとしていても時間の無駄なので、ティアナはインゴルフとラウラにはっきりと宣告する。


 しばらくどちらもじっとしたままだったが、インゴルフは背嚢を床に落とすと、体のあちこちに詰め込んでいた貴金属や宝石を取り出して床に落としていく。


「くっそう。もうちょっとだってのによぉ」


 心底残念そうな声色でつぶやきながらインゴルフはすべての財宝を手放す。そして、大きくため息をついから左側の円形の石版に向かって歩いた。


 円形の石版の前で立ちすくんでいるラウラの前に立つとインゴルフは言い放つ。


「使わねぇんならどいてくれ。オレが使う」


 声をかけられたラウラは全身を震わせながらインゴルフを睨む。思い切り歯を食いしばり、拳を握っていた。


 二人を見守っていたティアナだったが、ふと通路へと目を向ける。暗くて奥は見えないが多数の足跡が聞こえてきた。


「石人形が近づいてきました。もう迷っている時間はありません。どちらかがすぐに使ってください」


「ちくしょうぉぉ!」


 突然ラウラは大声を出したかと思うと、背嚢を床に落とし、服と防具の隙間から様々な財宝を取り出して床に叩き付けていった。


 狂ったように財宝を手放していくラウラの気迫にインゴルフは数歩下がり、様子を見る。


 すべての財宝を手放したラウラは円形の石版に乗ると盛大に叫んだ。


「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう! なんだよこのクソ遺跡は! 大損じゃねぇか!」


 尚も罵詈雑言を叫び続けるラウラを乗せた円形の石版はホルガーのときと同じく下へと沈んでいった。


 ラウラの姿が完全に消えると叫び声も聞こえなくなり、室内は静けさを取り戻す。


 呆れたようにインゴルフがぼやいた。


「かぁ、うるせぇなぁ、あいつ。ガキみたいに喚いてんじゃねぇよ」


「インゴルフ、次に丸い石版が戻って来たらリンニーを乗せますが、よろしいですか?」


「あー、そっちはまだ一人いたんだよな」


 しゃべりながらインゴルフはティアナの背後にいるリンニーへと目を向けた。少し考えてから返答する。


「まぁいいか。先にホルガーを逃がしたんだしな。それでチャラってことにしようぜ?」


「ありがとうございます」


 交渉が成立して安心したティアナはリンニーに向き直った。


「リンニー、テッラとイグニスを交換してくれませんか? 今からやって来る石人形の数に対抗するため、テッラに石人形を作ってもらって対抗したいのです」


「わたし先に行っちゃうもんね~。いいよ~」


 隣にいた半透明の土人形にリンニーが促すとティアナの元へと向かう。


 反対に、ティアナの元からは半透明の火柱がリンニーの隣に移った。


 円形の石版が二つともなくなった溝を見ながらリンニーが首をかしげる。


「結局、動く条件はわかったけど、上に行く理由と下に行く理由はわからないね~」


「ここに来て分断されるのは厄介ですが、この部屋で立ち往生するよりはましでしょう」


 リンニーが読んだ古代文字からは円形の石版が動く条件はわかっても、上下どちらに動くかまではわからない。


 『数踏み』で石版の数字が変化したときのように、ティアナ達が知ってもどうしようもない情報だからという可能性もある。しかし、ここでばらばらになるのは避けたかった。


 眉を寄せて考えるティアナにインゴルフが声をかける。


「そっちはもういいのか?」


「はい、用は済みました」


「で、これからどうすんだよ? もうすぐヤツらが来ちまうぜ」


 小さなため息をついたティアナはリンニーとインゴルフに伝える。


「追っ手はあの入り口付近で迎え撃ちます。この部屋に入り込まれたらもう勝ち目はありませんから。私とインゴルフでやりますよ」


「まぁ仕方ねぇな」


「リンニーは上下する石版の近くで待機して、戻って来たらすぐ乗って逃げること」


「わたしは戦わなくて良いの~?」


「右側の石版がもうすぐ戻ってくるでしょうから、それを待っていた方が良いです。私とインゴルフは石版が両方揃ってから同時に逃げるつもりです」


「わかった~」


 不安そうにうなずくリンニーの隣で、インゴルフが感心していた。


「そうか、二つあんだから二人までなら同時に逃げられるんだよな」


「はい。私達が逃げるときには、こちらも石人形を作り出してこの部屋の入り口近辺で追っ手を食い止めます。その隙に逃げられるでしょう」


「なるほど、悪かねぇな!」


 逃げる打算がついたところでインゴルフが笑顔になる。


 リンニーがまだ不安そうだったが慰めている時間はもうなかった。インゴルフを促すとティアナは通路へと向かう。


「気を付けてね~」


「はい。先に行ってアルマと合流してください」


 笑顔でティアナはリンニーに小さく手を振る。


 返事をしたティアナは近くまで迫った石人形の大群と戦うために意識を切り替えた。


 昇降機から通路側へと移る中、ティアナはウェントスに憑依してもらい、更に長剣へと移ってもらう。そのため、剣身が薄い風に覆われた。


 室内から通路を見ると薄暗い中から多数の石人形が現れる。直前に考えた作戦をぎりぎり実行できそうだ。


 隣のインゴルフが叫びながら突撃する。


「おぅし、やってやらぁ!」


 手にした剣を石人形の膝当たりに横合いから思い切り叩き付けた。その程度では脚を切断できなかったが、石人形の動きを一時的に止めることに成功する。


 思った以上に石人形の数が多いことを知ったティアナは、テッラに声をかけた。


「テッラ、石人形を出して敵の動きと止めてください!」


 命令されたテッラは白っぽい石人形を一体ずつ出現させた。出てきた石人形は灰色系統の相手と真正面からぶつかってその場で取っ組み合う。


 白っぽい石人形の数が増える毎に、追ってくる石人形はせき止められた。迂回しようとする灰色の石人形もいたが、次々と白っぽい石人形に止められる。


 通路は狭くないものの、こうもあちこちで取っ組み合いが始まると追ってはなかなか進めない。次第に追っての石人形はあちこちで渋滞を起こし始めた。


 その様子を見たインゴルフが笑う。


「ははっ、こりゃいいや!」


「これで止められたらいいんですけどね」


 一対一でなら性能差に大きな違いがないせいかずっと互角のままだが、横から二体目三体目が手を出してくると床に押し倒されてしまう。そして、相手の石人形は仲間を踏み越えて前進してきた。


 ちらりと背後を見たティアナは既にリンニーがいないことを知る。こうなると、後は自分達のことを考えるだけだ。


 仲間を乗り越えてやって来た石人形に近づくとティアナは長剣を一閃した。かつての亡霊騎士の経験を身に付けたことにより、右の腰から左の胸にかけてきれいに切断する。


 その剣筋を見たインゴルフが驚いた。


「なんだおめぇ、どっかで剣でも習ってたのか?」


「はい、短い間でしたが」


「かぁ! 魔法も使えて剣も使えんのかよ! 羨ましいこったなぁ!」


「そっちにも行きましたよ!」


「オレぁ食い止めるだけで倒せねぇぞ!」


 乗り越えてきた数体のうち一体と対峙したインゴルフが叫ぶ。ただ、自分の役割が時間稼ぎだと気付いてからはその仕事を地道にこなしていた。


 こうして追っ手をせき止めては乗り越えられるということを何度か繰り返して後退すると、ついに部屋の入り口にまで到達した。ここを突破されると、横から回り込まれやすくなる。


 リンニーが去ってからどのくらいの時間が過ぎたのかティアナにはわからなかったが、もうそろそろ良いような気がした。


「インゴルフ、黒い石版があるか見てきてください!」


「こっちはいいのかよ?」


「今ならまだ大丈夫ですから!」


「わーった!」


 戦っていた一体を白っぽい石人形に任せると、インゴルフは走って黒い円形の石版に向かって走る。


 インゴルフが抜けたことでティアナの負担が増えた。例え倒せなくても、相手を食い止めてくれる仲間がいる分だけやはり楽だったのだ。


 そうは言っても、こうなることはわかっていたのでティアナに焦りはなかった。今のところ予定通りに事が進んでいるのだから、最後までやり遂げるだけである。


 背後からインゴルフの声が聞こえてきた。


「おーい、二つともあるぞぉ!」


「先に行ってください!」


「くたばんじゃねぇぞ!」


 短いやり取りを交わした後、ティアナは再び意識を正面に向ける。


 もう部屋の入り口ぎりぎりだ。これ以上後退すると横から回り込まれてしまう。テッラが一生懸命石人形を出現させてくれているが数が間に合わなくなりそうだ。


「ここが引き時、ですか」


 一体の石人形を切断したティアナがつぶやく。


 背後は確認していないがインゴルフは先に移動したはずだった。それならばと、覚悟を決めたティアナは後ろを振り向こうと一歩下がる。


 そのときだった。追っ手である石人形が一斉に止まる。何の前触れもなしにだ。


 次の攻撃の前兆かと剣を構えて備えていたティアナだったが、灰色の石人形は一向に動く気配がない。


「魔力切れで止まった、とかじゃないですよね?」


 あり得そうにない可能性をティアナは口にする。何が起きたのかまったくわからない。


 やがて、次々と追っての石人形が床に沈んでいった。どうも追撃を止めたらしい。さすがに想定外だった今の状況にティアナは呆然とする。


「どうして諦めたのですか?」


 尚も警戒するティアナだったが、テッラは襲撃が終わったと判断したらしい。自分の出現させた石人形を床に沈めていた。


 敵味方の石人形がすべて消えると周囲は嘘のように静かになる。


 テッラがそばにやって来るとティアナもとりあえず長剣を鞘に収めた。憑依させていたウェントスも外に出す。


「行って良いのですよね」


 誰に断るわけでもなくティアナがつぶやく。


 半信半疑のティアナが黒い円形の石版へと近づいた。インゴルフは右側の石版を使ったようだ。


 左側だけがあるのでそちらに乗る。これで他の五人と同じように動くはずだ。


「ああ、私は上ですか」


 どう言った基準なのかは不明だが、アルマと同じくティアナを乗せた石版は上昇を始めた。室内が下へ流れてゆく。


 そうしてすぐに天井より上に石版が上がると真っ暗になった。

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