余計な物とは?
祭室に続いて、『数踏み』という遊戯を遊ぶ部屋では規則違反となったコンラートが脱落した。
その様子を見ていたティアナ達はやはりこの遊戯が単なる遊戯でないことを思い知る。改めて捕まれば死ぬと全員が思い知った。
最初にこの部屋を抜けたのはティアナ達だ。リンニーが手際よく経路を選んでくれたおかげである。
通路へと一番乗りを果たしたリンニーが声を上げて喜んだ。
「着いた~!」
「さすが! やっぱり経験者は違うわね!」
「えへへ~」
アルマに褒められたことでリンニーが素直に喜んだ。その姿はかわいらしいが楽しんでいる時間はない。
通路にたどり着いたティアナがすぐに声をかけた。
「急ぎましょう。石人形がこちらにたどり着くまであまり時間がありません。アルマ、松明を点けてください」
「わかったわ。これでよしっと。リンニー、行くわよ」
「は~い!」
稼いだ時間を浪費しないためにもティアナ達はすぐに走る。
往路と同じ経路だったならば階段が現れてその先に十字路があるはずだが、今のティアナ達はいくら進んでも階段にたどり着けない。
体感的にも既に過ぎ去っているはずと三人は確信するが、それはつまり今どこに進んでいるかわからないということもでもあった。しかし、戻るわけにはいかない。
最初に根を上げたのはリンニーだ。
「まだ走るの~?」
「我慢して! 次の部屋に着いたらどうせ休めるから!」
横で走っているアルマがリンニーを励ます。休むとは休憩という意味ではなく、現地で立ち往生するという意味合いの方が強い。
ともかく、ティアナ達は散々走ってようやく次の部屋にたどり着いた。
この部屋はあまり大きくない。正方形の部屋で大人が十人程手を広げて並べるくらいの広さだ。しかし、前回の部屋と同じく松明なしでも充分に明るい。
問題なのは部屋の奥の壁だ。通路のちょうど対面に天井から床にまで二本の溝が刻まれている。溝の横幅は人一人がすっぽりと入るくらいだ。
近づいて見ると、その溝は壁を半円状にくりぬいたもので、床には人一人が乗れる真っ黒な円形の石版がはめ込まれるように置かれていた。他が白系統の色なのでよく目立つ。
また、溝に沿って天井を見ると、ちょうど石版と同じ大きさの穴が開いている。更に、二本の溝と溝の間にはまたもや古代文字が刻まれていた。
息を切らせたティアナ達がそれらを見る。そしてすぐに、四つの瞳がリンニーへと向けられた。
「はぁはぁ、ちょっと待って~」
「水を飲んで落ち着いてからでいいわよ」
水を勧められて自分が水袋を持っていることを思い出したリンニーは、それを手に取って口に付けた。
「うう、ぬるい~」
「今は我慢してください。それより、これが何かわかりますか?」
「えっとね、それはその黒い円形の石版に乗って、上に行ったり下に行ったりするものなんだよ~」
説明を聞いたティアナは前世のエレベーターを思い出した。そんな便利なものがこの世界にあったのかと純粋に驚く。
ただ、先程の部屋の仕掛けを見るに、これが単なる昇降機とは三人とも思えなかった。
疑念を抱いたまま、ティアナはリンニーに次の質問をする。
「使い方は覚えてますか?」
「黒い円形の石版に乗って、上に行きたい、下に行きたいって念じたら動くんだけど~」
「今は本当にその通りに動いてくれるかわからないわけですね」
「そうなの~」
さすがにリンニーも楽観できないようで、黒い円形の石版を見ながら不安そうにしていた。しかし、刻まれている古代文字に気付いたようで、その内容を二人に教える。
「あ、そこに書いてあることはね、余計な物は抱えるな!だよ~」
質問を先取りしてリンニーが答えてくれたものの、何のことかわからないティアナはアルマと顔を見合わせるばかりだ。
「アルマ、余計な物を今持ってます?」
「質問の内容が曖昧すぎるわね。自分じゃ持っていないつもりだけど、この文字を刻んだ当人の基準がわからないと何とも言えないわ」
そこで三人とも黙ってしまった。時間がないのは確かだが、この昇降機がどう動くのかわからないので使うのを躊躇ってしまう。
最初に誰が乗るべきか全員が迷った。一時的に向かった先で一人になるのだ。ある程度どんな事態でも対処できる人物が望ましい。
ティアナは少し考えてから口を開く。
「リンニー、この石版がきちんと動いた場合ですが、またここに戻って来ますよね?」
「たぶん~」
「では、戻ってくるという前提で話をします。アルマ、最初に行ってください。次はリンニー、最後は私の順で乗ります」
「戻って来なかったらどうするのよ?」
「そのときはそのときで、どうにかするしかありません。まずは今ここから先に進むことを考えないと」
「やってみないとわからないものね。仕方ないわ」
納得したアルマは向かって左側の黒い円形の石版に乗り、振り向くと二人に話しかける。
「早く来てよ」
「うん、すぐ行くからね~!」
「って、あれ!? 浮くの!?」
石版が上がるのか下がるのかまでは考えていなかったアルマは、上に向かって動き始めて動揺した。それはティアナとリンニーも同じだ。
「上に行くと念じたのですか!?」
「あたし何も考えて」
石版が天井を越えて上に進むとアルマの声は聞こえなくなった。円形の石版が動いた跡は、ぽっかりと真っ黒い円形の穴がある。一体何がどうなっているのかわからない。
何事もなかったかのように静止している右側の黒い石版を見ながら、ティアナはリンニーに話しかける。
「動くことはわかりましたが、どうも自分達で動かせるわけではないようですね」
「みたいだね~。この忠告のせいなのかな~?」
リンニーの言葉に釣られてティアナは古代文字へと視線を移す。文字そのものは読めないが意味はついさっき教えてもらった。
「余計な物は抱えるな!でしたね。余計な物とは一体?」
言葉の意味を考えてみるが何も思い浮かばない。そもそも余計な物など持っていないのだが、恐らくそういうことではないのだろうとティアナは想像する。
どうしたものかとティアナが考えていると、財宝を抱えているラウラが部屋に飛び込んできた。さすがに重い荷物を抱えての長距離走はきつかったらしく、息を切らしている。
「はぁはぁはぁ、着いたぁ! 今度は、何だ? ティアナ、教えろよ」
さも当然のように問いかけてきて少し腹が立ったティアナだったが、余計な諍いを起こしてもつまらないので返答する。
「この黒い円形の石版の上に乗ったら、別の場所に移動できるようです」
「は? なんだそりゃ?」
「詳しくは私も知りません。ただ、余計な荷物は抱えるなと但し書きがあるそうですが」
「余計な荷物? はっ! んなもんあるわけねぇよ! アタシは必要なモンしか持たない主義だからね!」
自信満々に言い切ったラウラが堂々と前に進んで向かって右側の黒い円形の石版に乗った。すぐにくるりと振り向いて、挑戦的な瞳をティアナに向ける。
「で、乗ったけど何も起きないぜ?」
「上に行くか下に行くかを念じれば良いそうですが、本当にそれで動くのかどうかは」
「はぁ? ふざけてんじゃねぇぞてめぇ。今急いでんだから、ナメたこと言ってるとぶっ殺すよ?」
いくら殺気立った目を向けられてもわからないものはわからない。
ため息をついたティアナが言い返す。
「私が作った仕掛けではないのですべてを知っているわけではありません」
「ちっ、役に立たたないね。あーくそっ、他に逃げ道はねぇのかよ」
見下すような視線を向けたあと、ラウラは円形の石版から下りて室内を探り始めた。
その姿から目を離したティアナはリンニーへと顔を向ける。
「アルマが乗ると動いて、ラウラは動きませんでしたね?」
「そうだね~。どうしてかな~?」
知っている仕掛けだが動く条件が違って戸惑っているリンニーは返答できない。
ただ、条件は不明だがアルマが乗ったら動いたのは確かだ。それならば、ティアナとリンニーのどちらかが乗れば動く可能性が高い。
悩んでいても仕方がないと思ったティアナがリンニーに告げた。
「じっとしていても仕方ありません。リンニー、こっちの石版に」
「おい、てめぇら」
まさか話しかけられるとは思っていなかったティアナ達はラウラへと顔を向けた。
重そうな背嚢を背負いながらやって来たラウラは不信感丸出しで尋ねてくる。
「そういや、てめぇら三人だったよな? あと一人、インゴルフを投げ飛ばしたヤツはどうしたんだい? あっちの部屋を出るときはいただろ?」
「左側にあった丸い石版に乗って別の場所に行きましたよ。ただ、その動く条件がわからなかったので、次はどうしようか二人と考えていたんです」
「なんだって? あれが本当に動くってのかい? じゃ、なんでアタシんときは動かなかったんだよ?」
「知りませんよ。アルマが乗ったときは、そもそも本当にこれが動くのか確認しているときでしたから」
問答しているラウラの表情に少しずつ苛立ちが浮かび上がっていた。良くない傾向だとは思いつつも、事実を述べているだけなのでそれ以上のことはできない。
険悪な雰囲気になりつつある中、アルマを乗せて動いた左側の黒い円形の石版が上から戻って来た。三人の視線が一斉にそれへと向けられる。
最初に口を開いたのはラウラだった。
「ふぅん、こっちの石版は動くのかい。どきな、アタシが乗る」
特に反対する理由もなかったティアナとリンニーは道を譲った。
注意深く二人を警戒しながら進むと、ラウラは左側の円形の石版に乗る。
しばらく三人は無言でじっとしていたが何も起こらない。ラウラの乗った石版もまったく動かなかった。
無言に耐えられなかったのか、リンニーがぽつりと漏らす。
「動かないね~」
「なんでだよ! どうしてアタシが乗ったら動かねぇんだ!?」
一瞬で怒りの形相に変化したラウラが叫ぶが、ティアナもリンニーも答えられない。
そして、このまま付き合っていても進展することがないことを知ったティアナはラウラに声をかけた。
「そちらの丸い石版はお使いください。私達はあちらの石版を使いますから」
「待ちな! これが動く方法を全部吐くんだよ! てめぇの仲間が乗って動くのに、アタシが乗って動かねぇのはどう考えてもおかしいだろ!」
「知っていることはすべてお話しましたよ。気になることがあるとすれば、余計な物は抱えるなという条件でしょうね」
「アタシは余計なモンなんて持っちゃいないよ!」
「あなた基準ではそうでも、この仕掛けを作った方の基準では違うのでしょう」
「ちっ、またクソ神のせいかよ!」
怒りにまかせて円形の石版を蹴りつけるラウラであったが、石版は反応しない。
これ以上は付き合いきれないと強く思ったティアナは話を切り上げようとした。
「それでは、これで失礼します」
「待つんだよ! アタシがお宝を持って逃げられる方法を一緒に考えるんだ!」
「嫌です」
「なんだって!?」
「護衛隊長を蹴り飛ばして死に追いやるような人に、協力したいとは思いません」
「アタシに楯突くヤツが死ぬのは当然さ! てめぇだってあいつが死んで喜んでんだろ!」
「いいえ。積極的に殺したいなんて思っていませんでしたよ。それに、この非常時に仲間を簡単に殺せる人は信用できません。次は私の番になるかもしれないでしょう?」
何か言い返そうとしたラウラが顔をゆがめて言葉に詰まる。
その様子を見たティアナは、ちょっとした嫌みとして思いついたことを口にした。
「あなたが祭室で盗った財宝をすべて手放したら、案外その石版が動くのかもしれませんね。アルマは何も盗っていませんでしたから」
「なんだとてめぇ! んなことできるわけねぇだろ!」
論外だとばかりにラウラが吠える。
口にしたティアナもこの条件は受け入れられないだろうなとは思った。しかし、案外これが正解かもしれないと思い始める。
いずれにせよ時間はない。いつまでもラウラに構っている暇はなかった。
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