脱落者
一時は最も先を進んでいたコンラートが規則違反のため出発地点に転移させられた。しかし、自らの落ち度によるものではなく、ラウラに蹴飛ばされてだ。
「ははっ! アタシの邪魔をすんじゃねぇよ、クソが!」
出発地点で呆然と座っていたコンラートはラウラの挑発で我に返った。あらん限りの声を上げて叫ぶ。
「もう許さん! 次に会ったらぶっ殺してやる!」
「てめぇなんぞに殺られるわけがねぇだろ、間抜け!」
楽しそうに言ったラウラは問題は片付いたとばかりにコンラートを無視し、経路の探索に戻る。
一部始終を見ていたティアナ達は、喧嘩の末に相手を意図的に規則違反させるとは思わず驚愕した。
不安そうな表情を浮かべたリンニーがアルマへと振り向く。
「わたし達もあのラウラと会ったら、蹴飛ばされるのかな~?」
「こっちを邪魔だと判断したら蹴飛ばすんでしょうね。けど、いざとなったら精霊に守ってもらえばいいでしょ」
「そっか、テッラが守ってくれるよね~」
そばで守ってくれている存在を思い出したリンニーが安心した。半透明な土人形が現れてリンニーの周りをくるくると回る。
少し経ってから落ち着いたリンニーを先頭に、ティアナ達は再び対面の通路に向かって進み始めた。
現在、インゴルフ達とラウラが室内の六割くらいまでを踏破している。前者が部屋の左側寄りで後者が右側よりだ。ティアナ達は半分を超えたところである。
一方、強制転移させられたコンラートは出発地点に近いところを進んでいた。顔には怒りと焦りが浮かび上がり、たまにラウラを射殺すように睨んでいる。
この四組の中で最も移動速度が速いのはティアナ達だ。以前やり込んだことがあるだけにコツを知っているのか、判断が非常に速い。
七割くらいまで踏破する頃にはコンラート以外は大体横一線に並ぶ。そして、中央から対面の通路を目指すティアナ達はわずかに前に出た。
その様子を見ていたティアナは安心していたが、先頭を歩いていたリンニーが突然立ち止まる。
「ティアナ、ちょっと戻って~」
「行き止まりだったのですね」
「う~ん、ちょっと違うかな~。塞がっちゃったの~」
「塞がる?」
「うん。終わりの方になると、石版の数字がたまに変わるの~。だから、さっきまで通れても、後で通れなくなることがあるんだよ~」
「クヌートの説明にはありませんでしたよね?」
「別に参加者が知らなくても遊べるからね~。ああいう説明って、最低限の説明しかしてくれないんだ~」
意外な話を聞いたティアナとアルマは驚いた。そうなると、例えこの先対面の通路までの経路を知っていたとしても役に立たないことになる。
そこでティアナは暗記対策と気付いた。数字を知らなくても経路を覚えると達成されてしまうようでは本来の趣旨から外れてしまうからだ。
なるほどうまくできていると感心しつつも、今はその対策をしてほしくなかったと同時に思った。
たどってきた経路を戻りつつアルマが二人の会話の感想を漏らす。
「結局この遊び、最後は運になるのね」
「そうだね~。でも、必ずどこかかから先に進めるようになってるから、ほとんど中級編までは困らないの~」
「中級編? ということは、初級編と上級編もあるってこと?」
「あるよ~。初級編はただ数字が描いてある石版が並べてあるだけで、中級編はさっきみたいに塞がるようになるの~」
「上級編は?」
「後ろから遊んでる子達を捕まえる石人形がやってくるの~」
思わずアルマだけでなくティアナも足を止めてリンニーへ振り向いた。今かなり重要なことを聞いてしまったからだ。
今度はティアナが問いかけた。
「リンニー、今やってるこの遊戯の難易度は中級編ですか?」
「わかんない~。前はやるときに教えてくれたんだけどな~」
返答を聞いたティアナは天井を仰いだ。本来の遊戯として使われていた昔と違い、今は侵入者撃退のために使われている遊びだ。難易度を下げてくれる理由を思いつかない。
新たに発覚した事実にティアナが頭を抱えていると、出発地点の床から石人形が現れた。そして、すぐに数字の描かれた石版へと進んでいく。
今正に自分がどの難易度に挑戦しているのか知ったティアナは驚く。
「どうも上級編みたいですね。って、一体だけじゃないのですか!?」
「どんどん湧いてくるわよ、あれ!」
「数に制限はないもん~。それよりティアナ、早く進んでよ~」
「あ、ごめんなさい!」
急がなければならないことを知ったのだから、ともかく動かなければならない。ティアナは石人形の動向を気にしつつも石版から石版へと進み始めた。
出発地点から次々と現れる石人形は、そのまま石版を無視して進むと思いきや律儀に規則に従って進んでいる。ただ、まるで数の力ですべての石版を埋め尽くつもりのように、石人形は出発地点から湧き続いてすべての経路へ片っ端から進行していく。
焦らせるべきではないとわかっていてもティアナは口を開いてしまう。
「リンニー、先を急いでください。あの石人形、思ったよりも早く進んでいます」
「わかってる~」
再び別の経路を前に進み始めたリンニーは振り返らずに返事をした。
一方、後尾のティアナは頻繁に背後を振り向くようになる。少しずつ追いつかれているような気がして、ティアナの胸中の不安は増すばかりだった。
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石人形が現れたことに気付いたのはティアナ達だけではない。他の三組も当然気付いていている。
特にコンラートは出発地点からやり直して間もないのでその焦りは相当だ。
「あのクズ女が余計なことをしなければ! こんなことなら、先に突き飛ばしておけば良かった!」
祭室に現れた石人形と同類なのか、動きは早くない。しかし、まったく迷うそぶりを見せずに淡々と移動している様子に恐怖心を煽られる。
コンラートが再挑戦して二割を踏破した時点で石人形が現れたが、三割を超えたときには一割までの辺りを石人形が徘徊していた。
「くそっ、意外と早いぞ。こっちだって慣れてきてるのに!」
一度通過した経路を通っているので初回よりは速く動けているはずなのだが、それでも石人形と移動速度は変わらないようだった。コンラートはそれに焦りを感じる。
五割を踏破した時点でコンラートが振り向くと、石人形は三割までの地域を移動していた。この調子ならば逃げ切れる。
しかし問題なのはここからだった。ここから先は別の経路をたどらないといけないため、コンラートの移動速度が落ちるのだ。
「いける、俺なら絶対にやれる!」
目を血走らせながらコンラートは必死になって石版の数字を見ながら進む。初回に比べると速く進んでいるように思えた。
幾分が心が落ち着いてから気になる後方へと目を向けると驚く。既に石人形は半分くらいまで到達していたのだ。それに対してコンラートは六割である。
「嘘だ。あいつらがこんなに速いなんて! うっ、行き止まり!?」
迫る敵に圧迫されながら進んでいたコンラートだったが、周囲に進める先がないことに気付いて愕然とした。先に進むためには、一旦戻らなければならない。
迷っている暇はなかった。じっとしていても先には進めないのだ。コンラートは急いで元来た経路を戻る。
「どこまで戻ればいい? ここか。あ!」
ようやく先に進めそうな分岐まで戻って来たとき、コンラートは更にその奥から石人形が迫ってきているのを見た。
意を決したコンラートは先に分岐路へ到達するため、歩みを速めて進む。目測でだが、計算上は先んじられるはずだ。そして、その計算は正しかった。
石人形よりも先に分岐までたどり着いたコンラートは、そのままの勢いで別経路に入り込む。
「やった、間に合った! あれ?」
とりあえずこれからは急いで進まないといけないと足を進めるが、なぜか急に前へと進めなくなってしまった。食い込む肩ベルトを懸命に両手で握って脚を動かす。
「どうした!? なんで進めないんだ!? うぉあ!?」
焦りが口に出たコンラートだったが、そのままいきなり横へと投げ出されて空中に浮いた。元いた石版から離れて別の石版へと叩き付けられる。
「がっ!?」
何が起きたかわからないまま、コンラートは床を転がる。
実は、分岐を曲がった直後に石人形がコンラートの背負っていた袋を捕まえたのだ。財宝が大量に入った袋は大きく、コンラートは無理でも袋になら手が届いたのである。そうしてようやく侵入者を捉えた石人形はそのまま横へ放り投げたのだった。
「ちくしょう、俺がこんなところで終わるはずが!」
呻きながらも立ち上がろうとしたコンラートだったが、強制転移のためにその姿が薄れていく。その顔色は絶望一色だ。
再び姿を現したのは出発地点だったが、そこには多数の石人形が待ち構えていた。
「うわぁ! いやだ! 死にたくない! 俺は帰って復活するんだぁ!」
周囲から迫り来る石人形の恐怖に耐えきれず、コンラートは泣き叫びながら逃げようとする。しかし、もちろん逃げ切れるわけもなく、石人形に捕まった。
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コンラートが投げ飛ばされて出発地点に転送された後までの様子を、三組は三様な態度で見ていた。
最も大きな反応を示したのはラウラだ。自分が原因で石人形から逃れられなかったことに罪悪感を感じた様子はない。それどころか、馬鹿にした様子だった。
「はっ、お似合いのザマだね。てめぇなんぞくたばって当然さ」
同情のかけらもない言葉を吐くと、ラウラは次第に迫りつつある石人形へと目を移す。既に七割程まで石人形で埋め尽くされていた。
それに対してラウラは対面の通路までそう遠くない。九割以上踏破しているのであと少しと言えるだろう。
「それにしても、こう数字が変わっちゃ、やりにくいったらありゃしないねぇ」
最初こそこの遊戯を作った神を罵っていたラウラたが、今は黙々と進んでは戻るを繰り返して対面の通路へと近づいている。大きく戻らない限りは何とかなる自信は湧いた。
一方、補足されたコンラートに最も反応を示さなかったのはインゴルフ達だった。自分も他人も死ぬときは死ぬと割り切っているからだ。
それでも、インゴルフとホルガーはここで死ぬつもりなど毛頭ない。絶対に財宝を生きて持ち帰るつもりだった。
ちらりとコンラートの末路を見たホルガーがインゴルフに声をかける。
「コンラートのヤツ、ダメだったみたいだな」
「あの断末魔を聞いてたら嫌でもわかるぜ。そんな死んだヤツのことより、生きてるオレ達のことだ。背中に背負ったお宝を持って帰んねぇとな!」
「まったくだ! あー、早く酒が飲みてぇ」
のどを鳴らしたホルガーが引きつらせながらも笑顔を作った。
そんなインゴルフ達は既に九割程を踏破している。とりあえず左折の方法は下手をすると手間ばかりかかる可能性があったが、今のところうまくいっていた。
これにはたまに変化する石版の数字が影響していた。本来ならば行き止まりのところが、数字の変化によりそのまま通過できるようになったことがあったからだ。
どのように影響するかは、その時その場にならないとわからないということである。
今の『数踏み』の室内で最も進んでいるのはティアナ達だった。コンラートが石人形に捕まった時点で対面の通路は目前である。
目の前の石版の数字を見たリンニーが不満そうに声を上げた。
「うう~、もうちょっとだったのに~」
「行き止まりでしたら、戻りましょうか?」
「うん、一つ前の分岐まで戻るね~」
あと一枚石版を越えたら到達というところで後退を余儀なくされたリンニーは、ティアナへの返答に悔しさを滲ませた。
その様子を見ていたアルマが慰める。
「あと少しなんだから、焦らなくてもいいんじゃない?」
「そうなんだけど、どうせなら一番がいいなぁって~」
想像以上にのんきな回答を聞いたアルマが苦笑した。
やって来た経路を戻りながらティアナが周囲を見ると、既にラウラもインゴルフ達も近い場所にいる。誰もが対面の通路へ足を踏み入れるために必死なのでティアナ達を気にする者はいない。
背後から迫る石人形は既に八割以上を踏破してきていた。割と近く感じられるので恐ろしいが、経験上こちらにやってくるまではまだ時間の猶予はある。
『数踏み』の遊戯は終局を迎えつつあった。
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