かつての遊戯

 多少の疑問に首をかしげながらもティアナ達は通路を進む。一本道な上に一度通った場所なので不安はない。


 途中で階段を下りて一つ前の部屋、最初に多数の石人形が現れた部屋にたどり着いたと思った三人は、まったく違う風景に驚いた。


「あれ~? 来たときと全然違うよ~?」


 のんきな中にも困惑した感情が混じったリンニーの声がティアナの耳に届く。しかし、思いは皆同じだ。


 最初に通過したときよりも大きくなっていた部屋は松明が不要な程に明るかった。主に天井の石材が光っているようにも見える。しかし、はっきりとしたことはわからない。


 また、床は磨き上げられたかのようにきれいだ。人一人が乗れる程度の四角い石版が部屋いっぱいに敷き詰められており、部屋の反対側には奥へと続く通路が見えていた。


 更に特徴的なのはその石版一枚につき数字がひとつ描かれていることだ。ざっと見ると一から九までの数字が描かれている。


 そんな以前とまるっきり違う部屋の中で、先に逃げた四人が床を必死に眺めながら一歩ずつ慎重に進んでいた。しかも、まっすぐ奥の通路へと向かわずに右へ行ったり左に行ったりしている。


 四人の様子を見たリンニーが嬉しそうに叫んだ。


「あ~、『数踏み』だ~! 懐かし~!」


「リンニー、これが何か知っているのですか?」


「あのね~、『かずふみ』って言って、人間の子供が数字に慣れるためにクヌートが作った遊びなの~」


「遊びですか。今は付き合いたくないですが、どうしてまたこんなものを」


 急いでるときにいきなり遊びに付き合えと遺跡の主に誘われてティアナは困惑した。

 一体どんな理由があるのかと考えていると、突然三人の目の前に半透明の背丈の低い少年が現れる。髪も瞳も黒く、肌は日焼けしたかのようだ。


「ぼくはクヌート。この神殿の神様だよ。今からこの『数踏み』の遊び方を説明するね」


 突然目の前に現れた神様が説明を始めようとしてティアナ達は驚いた。


 あまりのことに絶句している三人の前で半透明な少年は言葉を続ける。


「この『数踏み』は、人間の子供が楽しみながら数字を覚えるために作ったんだ。だから規則はとても簡単、誰でもすぐに覚えられるよ」


 遊びの意義を説いた後は、遊び方についての説明となる。それは次の通りだ。




・床にはめ込まれた正方形の石版には、一から九までの数字がひとつ描かれている。


・石版に乗れるのは一人だけ。


・石版から石版への移動方向は、今立っている石版を中心に前後左右の隣のみ。


・ただし、今立っている石版の数字より一つ大きいか小さい数字でないと移動できない。




 規則を紹介したクヌートが更にしゃべり続ける。


「どうだい、簡単だろう? 是非、何度も挑戦して数字を覚えてほしい。もし規則違反をしたら、最初の場所まで強制的に戻すからね。ずるはダメだよ。それじゃ、楽しんでね」


 説明が終わると、半透明の少年は姿を消した。後には呆然とするティアナ達が残される。


 ようやく立ち直ったティアナがリンニーに顔を向けた。


「今のは、本人が話していたわけではないですよね?」


「うん。どの遊びにも決まりがあるから、それを説明するために幻影の魔法を使って遊び方を説明してるんだよ~」


「記録映像みたいなものですか。ところで、あの日焼けした少年がクヌートという神様ですか?」


「そうだよ~。懐かしいな~」


「懐かしがってる場合じゃないでしょ。今からこれをやんなきゃいけないのよ?」


 我に返ったアルマが会話に割り込んでくる。今は追われている身なので時間がない。


 聞いた内容を頭の中で反芻しながらティアナはアルマに問いかける。


「アルマ、今の説明で規則は覚えられましたか?」


「さすがにあれだけならね。けど、裏読みしないといけないってなると、今のところはさっぱりだわ」


「これ、さっきの説明の通りに進めばいいよ~」


「大丈夫なのですか?」


「クヌートはそんなに意地悪じゃないよ~。決まりはちゃんと守るもん~」


 製作者の性格を考慮した上でという話ならばティアナもアルマもうなずくしかない。


 そうなると、次はできるだけ早く進む方法を考えるだけである。


 やったことがあるかのような話し方が気になったアルマがリンニーに問いかけた。


「あんたやったことあるの?」


「あるよ~! わたしが小さい子に教えたこともあるんだからね~!」


 なぜか自慢げに話すリンニーへ微妙な視線を投げかけるティアナとアルマだっが、時間がないことを思い出す。


 自分達も先に進むためにティアナはリンニーに頼んだ。


「リンニーはこれをやったことがあるのですよね? でしたら、先頭を進んでくれませんか。私とアルマはその後に続きますから」


「わかった~!」


 元気よく答えたリンニーは早速室内の石版へと乗った。そうして、一、二、三、四、五と順番に移って行く。その後ろを、アルマ、ティアナの順で続いた。


 かつて児童に教えていたというだけあって、リンニーはあまり迷うことなく移動する。


 その姿にアルマが感心した。


「やったことがあるって聞いてたから慣れてるとは思ってたけど、随分と簡単に進むのね」


「えへへ~、だっていっぱいやったもんね~」


「普段と違って頼もしいわ」


「え~ひどい~!」


 褒められて喜んでいたリンニーが口を尖らせて抗議する。しかし、アルマは笑って受け流すだけだ。


 ともかく、クヌートの用意した遊戯を早く突破できる目処がついたことで三人には余裕があった。


-----


 現在、既に部屋の三分の二まで進んでいるコンラートは右の壁際近くを進んでいる。意図して壁に近づいたのではなく、進める方向に進んで流れ着いたという方が正しい。


「やっとここまで来たか。まだ三分の一くらいもあるのか」


 その表情は非常に渋い。


 最初に規則を無視して直進したところ、転送の魔法で開始地点まで戻されたのでおとなしく『数踏み』の遊びに付き合っていた。


 背負う財宝の重みが肩のベルトに食い込むことを意識したコンラートが顔をゆがめる。


 その痛みを我慢しながら床の数字をたどっているとおかしな事に気付いた。つい先程進めると確認したはずの経路がたどれなくなっているのだ。


 悩む時間も惜しいと最初は無視していたものの、あるとき石版の数字が変化するところを目の当たりにして目を見開く。


「なんだと? 数字が変わるのか!?」


 予想外の事態を目の当たりにしてコンラートは動揺する。これでは対面の通路までの道筋を予想できない。


 室内を見渡すと、石版の数字の変化を知っているのはコンラートだけのようだった。これが先頭を進んでいるため難関に最初に到達しただけなのか、それとも右の壁際近辺だけに発生するのかがわからない。


「落ち着け、今まで突破してきた罠に比べたら、こんなのは大したことじゃない。それに、規則違反をしても最悪出発地点に戻されるだけだ」


 焦りを覚えてきている自分に対して、コンラートは気持ちを落ち着かせようと言い聞かせる。こういうときに冷静になれるかが成功の分かれ目だと経験上知っているからだ。


 大きく呼吸をして気を落ち着かせてからコンラートは再び進もうとする。すると、二つ先の石版の数字が変化して通れなくなった。この辺りはほぼ一本道だったので、別の経路を探すとなると大きく戻らなければならない。


「くそっ、なんで俺ばっかり!」


 思い切り顔をゆがめてコンラート思わず悪態をついた。


-----


 護衛隊長に次いで対面の通路に近いのはラウラだ。今は部屋の三分の二近くまで進んでおり、室内の中央を進んでいる。


 進める方向に進んでいるのはコンラートと同じだが、意識してなるべく中央に寄るようにしていた。前後左右どこにでも行けるようにすることで、選択肢の幅を確保するためだ。


「ちっ、あーもう、めんどくさいね」


 時間の経過と共に溜まる不満を口から吐き出しながら、ラウラは石版の数字を追いかける。まっすぐに走ればすぐに着く向こう側の通路に、これ程の手間と時間をかけて進まねばならないのは我慢ならなかった。


 実際、最初は半透明な少年に剣を抜いている。剣が通用しないとわかると規則など無視して直進したが、すぐに転移の魔法で出発地点まで戻された。


 何度か無視できないか色々と試して諦めた今、ラウラは仕方なく『数踏み』の遊びをしているがまったく納得はしていない。


 そんなラウラが石版から石版に移動していると、行き止まりにたどり着いた。しかし、先程確認したときは通れるはずだったのだ。


「ちっ、くそ! やり直しかよ!」


 記憶違いか見間違いか、ともかく通れないのならばどうしようもないと、ラウラ舌打ちしつつも次の経路を探すために周囲を見渡す。すると、石版の数字が変化するのを見た。


「はぁ!? んなのアリかよ!?」


 愕然としたラウラが叫んだ。その声に反応した者達が顔を向けてくるが気にもとめない。


 石版の数字が変化してしまうと、行けると思った経路が使えなくなってしまう。それどころか、下手をすると進んで来た経路も戻れなくなり、立ち往生する可能性もあった。


 この考えに至ったとき、ラウラは先程の半透明の少年を思い出して怒った。


「なんてクソったれな神なんだよ! 性格悪すぎるだろ!」


 石版を蹴るラウラだったが、いくら怒りをぶつけても状況は変化しない。


 延々とクヌートの悪口を吐きながら、ラウラは後退するために来た道を戻った。


-----


 先を進んでいる二人に対して、インゴルフとホルガーは少し遅れている。現在は部屋の左側の壁寄りで対面の通路まで半分くらいの辺りだ。


 この二人もご多分に漏れず当初は規則を無視して強制転移させられている。しかし、他の二人と違うのは、規則を理解して無視したのではなく、理解できずに違反してしまったという点だ。


 そのため、当初は何度もやり直して体で規則を覚えることになった。その結果、他の二人よりも遅れているのだ。


 ラウラが神に対して罵詈雑言を吐き続けているのにも慣れた頃、ようやく順調に進めるようになってインゴルフの顔にも余裕が出てきた。


「へへ、やっと理解できたぜ!」


「もう元に戻されるのはゴメンだからなぁ。さっさとこんなところ出ちまおうぜ」


 一方、ホルガーの表情はうんざりとしたままだ。考えるのも嫌になったこともあって、今はインゴルフの背後をひたすら歩いている。


 二人はこの『数踏み』に挑戦するにあたって、頭を使うことを早々に諦めた。規則もいまだにはっきりとは覚えていない。


 代わりに、すべての経路を試すつもりで進んでいる。分岐路にぶつかった場合は左側を優先するという独自の規則に従って、ひたすら進んでいるのだ。


 この単純すぎる挑み方はしかし、意外にもうまくいっていた。考えずに済む分だけ行動が早いので、結果的に先へ進める経路を早く発見できるのだ。


 分岐では左に進み、行き止まりだとすぐに戻って別の経路をさっさと試す。これをひたすら繰り返して部屋の半分程度まで進んで来た。


 ようやく攻略法を見つけて機嫌の良いインゴルフだったが、ラウラの罵詈雑言の内容が変わっていることに気付いた。更にコンラートの罵声も耳に入る。


「なんだあいつら。なんでケンカなんぞしてんだ?」


「あいつらちょっと前から引き返してきてて、途中でかち合ったみたいなんだよ。そんで、どっちが邪魔かってことで言い合いになったみてぇなんだ」


「んなことやってる場合じゃねぇだろ」


 ホルガーの説明を聞いたインゴルフが呆れた。いつ石人形が追ってくるかわからない状況なのだ。早く先に進まなければ殺されてしまう。


 ため息ついたインゴルフは喧嘩を無視して移動を再開した。今は他人のいざこざに構っている余裕などない。


 歩き始めた仲間を見てホルガーも後に続いた。


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 一方、最後発組のティアナ達は順調に進んでいる。『数踏み』の経験者であるリンニーのおかげで早くも室内の四割辺りにいた。インゴルフ達の姿が近い。


 そんなティアナ達だったが今は三人とも眉をひそめている。ラウラとコンラートの口喧嘩のせいだ。


 立ち止まったリンニーがつぶやく。


「喧嘩なんてしてる場合じゃないのに~」


「仲が悪かったものね。今まで腹に溜め込んでたものが出てきたんでしょ」


 元々傭兵に嫌われていたコンラートだったが、ラウラとは特に折り合いが悪かった。誰もがそれを知っているだけに喧嘩をすること自体には誰も驚かない。


 ただ、いつまでも他人の喧嘩を見ている余裕はティアナ達にはなかった。見切りを付けて出発しようとする。


 ちょうど口喧嘩も終わったらしくコンラートが進み始めた。重い荷物を担ぎ直して歩き始める。


 これで静かになるだろうと思ったティアナ達だったが、直後にラウラがとんでもないことをした。コンラートを背後から蹴飛ばしたのだ。


 体を支えきれずによろめいたコンラートは慌てて踏みとどまろうとする。しかし、重すぎる財宝を支えきれなかったようで、斜めの位置にある石版へ足を踏み入れてしまった。


「あっ!」


 思わず声が出たティアナだったが、それはコンラートも同じだった。


 次の瞬間、コンラートの姿は陽炎のように消え去り、出発地点にその姿を現す。


「ははっ! アタシの邪魔をすんじゃねぇよ、クソが!」


 コンラートの怒り心頭な表情を見て楽しそうに笑ったラウラは、気が済むと再び対面の通路を目指した。出発地点からの罵声などまったく気にしていない。


 まさか仲違いであんなことをするとは思わなかったティアナ達はしばらく呆然としていた。

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