雇い主の安否

 遺跡の調査を手伝わず、財宝の収奪にも参加していないティアナ達は完全に手持ち無沙汰だった。


 やることのない三人は床に座ってその様子を眺めていたが、気が抜けたのかティアナはうつらうつらとし始める。


 ついには壁にもたれてほとんど意識を手放したティアナだったが、揺れに気付いて目が覚めた。最初はアルマかリンニーに揺さぶられていると思ったが、違うことに気がつくと意識が一気に覚醒する。


「何がありました?」


「祭室全体が揺れてるみたいなのよ。ほら、あっちも揺れに気付いて警戒してる」


 アルマが指差した方へと顔を向けると、財宝を手に入れるのに夢中だったラウラ達がしきりに周囲を警戒していた。


 尚も弱い揺れが続く中、ティアナは更に奥の祭壇へと目を向ける。すると、ヨハン達も調査を中断して様子を窺っていた。


「とりあえず、この中はまだ大丈夫そうですね。となると、通路を確認しましょう」


「崩れて帰れなくなるなんて嫌だものね」


 長い揺れが収まるとティアナ達は扉の向こうの通路へ足を踏み入れた。


 明かりのない通路の奥は見えないものの、松明の明かりが届く範囲に異常はない。


 あまり奥へと進んで調査隊と離れるわけにもいかなかったので、三人は扉近辺を見ただけで祭室に戻った。


 何かに気付いたアルマがリンニーへと顔を向ける。


「そうだ。リンニーはこの揺れの正体って知らないの? 前に来たことがあるんでしょ?」


「何か動いたんじゃないかな~」


「何かって、何よ?」


「お部屋とか通路とか~」


 遺跡に入る前にリンニーと交わした会話をアルマは思い出す。あのとき、来訪する度に中の構造が変化していたとリンニーは話していた。


 顔をしかめたティアナが言葉を漏らす。


「今になって模様替えしたということですか? それって」


 何か起こる前触れではないかと言葉を続けようとして中断した。インゴルフ達の叫び声が聞こえたからだ。


 何事かと財宝のある場所を見ると、床から次々と石人形が現れてきているところだった。今度は数に制限がないらしく調査隊の人数よりもずっと多い。


 財宝を盗っていたコンラート達を追いかけ回し始めた石人形を見て、ティアナ達は祭壇へと目を移した。すると、人二人が祭壇の床に倒れている。


「しまった、油断した!」


 お家に着くまでが遠足ですという前世の言葉をティアナは思い出した。目的地に着いたとはいえここはまだ遺跡内なのだ。油断できるはずがなかった。


 扉の前にいるティアナ達は最も速く逃げられる位置にいたが、護衛として雇われている身でもあった。


 突然やって来た働き時に覚悟を決めたティアナはアルマとリンニーに声をかける。


「二人とも、扉の辺りを確保していてください! 私はヨハン隊長を助けに行きます!」


「あれってもう手遅れなんじゃないの?」


「まだ息があるかもしれません。雇われた以上は働かないと」


「石人形がたくさん出てきてるよ~?」


「大丈夫です。まともに相手をする気はありませんから。ウェントス、憑依して」


『憑依スル』


 心配してくれる仲間二人に返答すると、ティアナは急いで風の精霊に指示を出す。


「これからあの祭壇まで空中を走ります。特に私の足の裏に風の魔法をかけてください」


『てぃあなヲ持チ上ゲル』


 命じられた通りにウェントスがティアナを浮遊させる。とりあえずは足の裏が床から離れた程度なので見た目にはほとんどわからない。


 改めて前方へと意識を向けると、何十体という石人形が逃げ惑う人間を追いかけ回していた。普段なら機敏に動く傭兵達も今は抱える財宝の重さのせいで精彩を欠いている。


 通常なら助けるべきなのだろうが、今は雇い主の救出を最優先しなければならない。


 すぐに決断したティアナは目の前の何もない場所で階段を駆け上がるように足を踏み出した。すると、それに合わせてティアナの体が天井へと近づく。


 思い通りに動けることがわかると、ティアナはすぐさま祭壇へと意識を向けた。祭神の巨像がある台座のすぐ前にヨハンと調査隊員が倒れている。


 祭壇には石人形がないことを知ったティアナは扉から一気に向かった。


 丁寧に着地してヨハンの元へと駆け寄る。


「うっ、これは」


 血だまりの中に倒れる二つの遺体はどちらも頭部が平らになっていた。耳や口のような穴からは血が流れ出ており、とても正視できるものではない。


 今まで死体を見たことは何度もあったがそれでも動悸が速くなる。目を逸らしたティアナは呼吸を整えた。


 ともかく、間に合わなかったことはわかった。依頼は失敗である。そうなると、今度は自分の身の安全を最優先に考えなければならない。


 気を落ち着かせたティアナは扉側へと目を向ける。相変わらずコンラート達が逃げ回っているようだが、このままでは捕まってしまうのも時間の問題に思えた。


「あれ、何か?」


 気が進まないとはいえ助けようとしたティアナだったが、そのときに目の前の光景に違和感を抱く。何かおかしい点に気付いたような気がしたのだ。


 より深く考えようとしたティアナだったが、悲鳴が上がるのを聞いて思考を中断する。荷駄役の一人が石人形に捕まったのだ。


「ああもう! ウェントス、剣に移ってください!」


『移ル』


 風の精霊に命じると足にかかけられていた風の魔法が消えた。それに構わずティアナは石人形が徘徊する場へと飛び込む。


 動きの遅い数体の石人形を躱して駆け寄ると、ティアナは荷駄役の一人を抱えた石人形を背後から縦に切断した。活動を停止した石人形から放り出された荷駄役が悲鳴を上げる。


「早く逃げなさい!」


 それだけ言い残すとティアナはその場を離れた。こうなると扉へと向かうついでと周囲で逃げ回る仲間を手助けする。


 最も近くにいたのはコンラートだった。背中に膨れ上がった袋を束ね上げて背負って必死に逃げ回っている。


「くそ! こんなところで終わってたまるか!」


 悪態をつきつつ手にした剣で血路を開こうとしているが思うようにいっていない。周囲の状況をを見ると扉までたどり着くのが絶望的に見えた。


 ほぼ包囲されたコンラートを助けるため、ティアナは風の精霊を宿した剣で石人形を切り倒していく。


「お前は、ティアナ!?」


「後は自分で何とかしてください! 他の人も助けますので!」


 あまりにもあっさりと石人形を斬り伏せていくティアナにコンラートは目を見張っていた。口を開こうとするが、ティアナが先に叫んだので黙ってしまう。


 とりあえずコンラートの周囲にいた石人形をある程度倒したティアナだったが、倒した端から新たな石人形が床からせり上がってきた。一時的に追い払うことはできても数を減らすことはできないらしい。


「あーもう、面倒ですね!」


 思わず口から不満が出てしまうが、それで状況が好転することはない。


 次いで気を取り直したティアナの視界に入ったのはラウラだった。装飾品などをくくりつけたきらびやかな背嚢を背負い、こちらも必死に石人形から逃れている。


「これだけありゃ、一生遊べるんだ! ぜってぇ持って帰ってやる!」


 目を血走らせて石人形を睨むラウラは吐き捨てるように口走る。よく見ると服や鎧のあちこちにも貴金属や宝石を突っ込んでいるようだが、動く度に少しずつこぼれていた。


 次第に追い詰められていく女傭兵にティアナは剣を振るいながら近づいていく。


 かなり近づいたティアナに気付いたラウラが睨んできた。


「てめぇ、何しに来た!?」


「脱出のお手伝いをしに来たのですよ!」


「こいつはやんねぇぞ! 欲しけりゃ自分でかき集めな!」


「いりません! ここまでやったのですから、あとは自力で脱出してくださいよ!」


「おい、中途半端なマネしてんな! 助けるなら最後まで助けろ!」


 助けてもらいながらもラウラはティアナの態度を非難した。しかし、それに構っている余裕はティアナにはない。


 ラウラの周囲からある程度の石人形を駆逐すると、次はインゴルフ達の元へと向かった。


 ここではインゴルフの他にもう一人の仲間が残っているようで、財宝でいっぱいになった背嚢を背負った二人が懸命に石人形のから逃れている。


「ホルガー、そっちはどうだ!?」


「ダメだ! 剣が通じねぇんじゃどうしようもねぇ! お宝捨ててさっさと逃げようぜ!」


「バカ言え! これのために命懸けてんだ! 簡単に捨てられるかよ!」


 怒鳴り合いながら身を守る二人に近づくため、ティアナは石人形を斬り倒していく。


 そんなときに再びティアナは違和感を抱いた。先程から祭室内を動き回っているが、石人形に一度も襲われた気がしないのだ。


 しかし、深く考えている暇はなかった。インゴルフ達の声がより切羽詰まってきたので早く助けないといけない。


 何体もの石人形を倒した末に、ティアナはやっとインゴルフ達の近くまで寄ることができた。


「石人形はある程度倒しましたから、速く逃げて!」


「ありがてぇ! いくぞ、ホルガー」


「わーってる!」


 投げつけるように礼の言葉を寄越したインゴルフ達が扉に向かって走った。


 その背後を追いかけるように迫ってくる石人形を何体も斬り倒したティアナは、改めてきりがないと悟ると自分も背を向けて逃げる。


 ようやく扉にまでたどり着くとティアナはアルマに向かって叫んだ。


「何人逃げてきました!?」


「四人! コンラート、ラウラ、インゴルフとその仲間の順よ!」


 荷駄役が逃げ切れなかったことに一瞬眉をひそめたティアナだったが、すぐに気を取り直してリンニーに声をかける。


「リンニー、土人形で扉を閉めて!」


「わかった~!」


 通路にティアナとアルマが出たことを確認すると、リンニーは祭室内に大きめの土人形を出現させた。


 石人形の倍程もある土人形は周囲の石人形をものともせずに扉にたどり着くと、祭室内からゆっくりと扉を閉めようとする。


 その間、ティアナは風の精霊を宿した剣で、アルマは水の精霊が魔法をかけてくれて剣で、それぞれ通路に出てくる石人形をひたすら切り続けた。


 扉が完全に閉まると当たりは真っ暗になる。これでは危険なのでリンニーが光の球を出現させて明かりを確保した。


 最後の石人形を倒したティアナが大きなため息をつく。


「お、終わったぁ」


「やっぱり祭壇や神殿とは相性悪いわね!」


 息を切らしたアルマがやけくそな感情を吐き出した。


 疲労のせいでしばらくぼんやりとしていたティアナだったが、ふと気付いたことをアルマに確かめる。


「さっき言っていた四人はどうしました?」


「先に行ったわよ。みんな大きな荷物を抱えてね」


「一緒に戦ってくれても良かったのにね~」


 残念そうにリンニーがつぶやく。


 心情的にはティアナもリンニーと同じだが、現実的には先に逃げてもらうのが正解だと理解していた。普通の剣では石人形を倒せないからである。


「休みたいのは山々ですが、急がないといけないので先に進みましょう」


「さすがにきついから歩いていかない? 少しの間でもいいから」


 疲れているのはティアナも同じだったのでアルマの意見に賛成した。


 リンニーの出した光の球を頭上に浮かせると、三人は固まって元来た道を歩く。これまでの経路からほぼ一本道なので道に迷うことはないはずだった。


 そうした安心感からティアナは再び考える余裕が出てきた。


 ヨハンを守り切れずに殺されてしまったのはティアナ達にとって痛恨事である。依頼が失敗したというだけでなく、守るべき人を守れなかったという負い目もあったからだ。


 別大陸に渡って受けた初仕事が失敗したことは残念であるが、まだ遺跡から脱出していないのですべてが終わりではない。


 ある意味更に重要な生還という作業が残っているわけだが、先程の祭室であったことを思い出してティアナは首をかしげる。


 数多く現れた石人形は調査隊の面々を襲っていたが、どうもティアナを襲わなかった場合があったように思えてならないのだ。まだ確信が持てるほどではないが、石人形の動きに何かしらの条件があるのかもしれないとティアナは予想する。


「二人とも、あの石人形に襲われた場合と襲われなかった場合ってありますか?」


「襲われなかったとき? あんた何かあったの?」


「祭室で他の皆さんを助けているときは、石人形に襲われなかったような気がしたのです」


「そういえば、あの四人がこっちに来るまでは石人形はやって来なかったわね」


「普通の人間だけ襲うようになってるのかな~?」


「あたしも普通の人間よ? それにその条件だと、ティアナの場合はどう説明するのよ?」


「あれ~?」


 問われたリンニーが首をかしげた。


 何かしら条件を見つけることができれば対策できるのかもしれないが、非常事態の今はのんびりと試すことはできない。


 とりあえず心にとどめておくことにして、ティアナ達は先に進むことを優先した。

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