襲う者と襲われる者
単なる盗人ではない不可思議な集団が神殿へやって来て以来、様子を見ていたクヌートは結果を見てうなずいている。
「見事にきれいに分かれたなぁ」
最初に石人形をけしかけたのは侵入者をふるいにかけるためだ。迎える人数が少ない程対処がしやすいからである。
残った者達はいつもの仕掛け部屋の数々には通さずいきなり祭室へと招き入れた。これは懐かしい感じがする者が誰かを知りたかったからだ。
そうして侵入者を観察していたクヌートだったが、あまりにも思惑通りに分かれてくれたので逆に感心していた。
「悪い感じがする者は祭壇にいて、普通の人間は祭室にあるぼくの作品を盗ってるのか。そして懐かしい感じがするのは、あれってリンニーじゃないか。どうして来たの?」
ようやく謎がひとつ解けたクヌートだったが、来訪した理由という別の謎を今度は抱えてしまう。しかもこんな面倒なことをしている理由がわからない。
しばらく悩んでいたクヌートはいくら考えてもわからないので後で直接尋ねてみることにした。
次はリンニーのそばにいる二人へ目を移す。
「一人はただの人間みたいだけど、もう一人、これが変なのか。見た目は普通の人間みたいだけど、ん? 何かずれてる? なんだこれ?」
なんとも言えない違和感を受けたクヌートは眉をひそめた。不快ではないがすっきりしない感じが気になって仕方ない。
これも実際に会って直接確認すれば良いと判断すると次に目を移す。
「風、火、水、土、精霊が四ついるんだ。あんなに大きいのが固まって人間のそばにいるなんて珍しい。リンニーが関わってるから?」
クヌートの知っている範囲では四大精霊に準じる精霊四体を操れる人間など見たことがなかった。なので、まだリンニーが集めたと考えた方が自然だったのだ。
そこまで考えて、そもそもリンニーがどうして人間と一緒にいるのかという疑問も湧いてきた。かつて旅をしていたことは知っていたが今回の目的がわからない。
「できればエステも一緒にいてくれた方が嬉しかったんだけどな。仕方ないか。それより、問題はこっちだよね」
一番気になっていた三人を一通り見た後、クヌートは他の人間達へと目を向けた。
「ぼくの作品を盗ってる人間は単なる物盗りだからまだ良いとして、問題は祭壇にいる二人だよね。特にあのひょろ長い男。あいつから嫌な感じがするんだよな」
今も台座の文字を眺めたり本を読んだりしている祭壇の二人は何かを捜しているようだ。その片方が身に付けている細長い棒らしきものが付いた首飾りに最も嫌悪感を感じる。
正体は何となくわかるクヌートだったが、それでもわからないことがあった。
「そもそもなんでここに来たんだろう? 欲しがるような物はないはずなんだけど」
祭室には貴金属や宝石こそ数多くあるが、特殊な能力を秘めた道具はない。それこそちょっとした魔法の道具さえもだ。
そのため、特別な儀式に必要となるような材料はここにはないはずだった。クヌートの考えが正しければ、それを知った上で何かを探していることになる。
「何に使うのかわからないっていうのが気持ち悪いな。あいつも信者もろくな事しなかったもんなぁ」
かつてを思い出したクヌートは渋い表情を浮かべた。迷惑を被ったこともあるので嫌な気分になる。
そこまで考えたクヌートは突然すっぱりと決断した。
「よし、あいつらは退治しよう! どうせ呼ばれもしないのに勝手にぼくの神殿に入ってきたんだ。やっつけても文句を言われる筋合いなんてないし!」
良いことを思いついたとばかりにクヌートは機嫌が良くなる。そうなると、やることはすぐに決まった。
「作品を盗ってる人間は追い出すだけでいいかな。死んじゃったらそれまでってことにしよう。リンニー達とは一回会いたいな。まぁ何もしてないし、どうにかなるか」
自分の言葉にうなずいたクヌートは早速手はずを整えた。
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内部の構造がよく変化するミネライ遺跡は、地図がほとんど役に立たない探索者泣かせで有名だ。その原理も理由も知る者はいないが、集めた情報をそのまま使えないというのは実に腹立たしい。
それでもいくつもの通路や部屋の組み合わせには違いないので、過去の探索者が残した記録を集めれば対策を立てられる。なので、ミネライ遺跡に挑む場合はどれだけ情報を集めるかが重要だった。
この点、ヨハンは不幸だった。期待した程には情報を集められなかったからである。
しかし幸いなことに、なぜかこの遺跡の罠は人を追い出すものが多く、殺すものはほとんどない。なので、失敗して遺跡から放り出されても再挑戦すれば良かった。
この事情を知っていたからこそ、ヨハンは思うようにいかない情報集めを打ち切って遺跡の探索をする決心をした。
もちろん、遺跡の罠に安全管理など期待できないので死ぬときは死んでしまうが、最悪自分さえ生き残れば良いとヨハンは考えていた。後は潤沢な資金で人を雇うだけだ。
そうなると次の段階として、毎回挑戦する度にできるだけ遺跡の仕掛けと出会っておく必要があった。ラウラに好き勝手させていたのは遺跡の罠をあぶり出すためだ。
ヨハンとしては何度か追い出されては挑戦するつもりでいたが、諸々の計画はすべて不要になった。最短経路で祭室にたどり着いたからだ。
「ここは、祭室? もう着いたのですか?」
最初に室内を見たときは、まさかこんな簡単にたどり着けるとは思わなかった。だから思わず声が漏れる。
雇った護衛が目の前の財宝に興奮していたが、ヨハンの目的ではなかったのでどうでもよかった。自由にして良いと告げると、ほとんどが一目散に財宝へと群がって行く。
自らも祭壇へ行こうとしたヨハンだったが、最も気にかけていた三人組が動かないことに気付いて振り向いた。
「どうしました? 皆さんも自由にしていただいてもよろしいですよ?」
不思議に思ったヨハンが尋ねると宝の山にあまり興味がないと返事をされた。
意外だと思いつつも理由が気になる。かつてこういった祭室や祭壇でひどい目に遭ったらしい。
そこで以前友人から聞いた話を思い出す。確か聖なる御魂が別大陸の地下神殿で消滅したことをだ。
この話を聞いて、ヨハンは目の前の三人が友人の言っていた者達だと確信した。
偽名すら使わずにいることに内心驚きつつもヨハンはうなずく。
「無理強いはしません。それに、どうせ抱えきれない程ありますから、気が変わったら参加すればいいですよ」
ヨハンは特に追求することもなく、配下の者を連れて祭壇へと向かう。
明確に自分達と敵対している者達と判明した以上、何らかの対策をしなければいけない。しかし、今はあまりに間が悪かった。
ひとつは、現時点での最優先事項は祭壇の調査であること。次に来訪できるのがいつかわからない以上、事を荒立てて調査の機会を失うわけにはいかない。
もうひとつは、戦力的に圧倒的不利であること。相手は石人形を三人で倒せる実力があるのに、ヨハン側は石人形を一体も倒せない使い捨ての駒しかない。しかも今は財宝に夢中なので命令しても動くとは思えなかった。
教団から資金援助しか受けなかったことがこんな形で裏目に出るとは予想外だった。
だからこそ、今はまず祭壇を調査することにしたのだ。
「これが祭神、思ったよりも大きいですね」
祭壇の中央には巨大な石像が立っている。その足下の台座もまた大きい。
その台座には先程の扉に刻まれていた古代文字が隙間なく刻まれていた。
「あなたはこの古代文字の解読をしてください。恐らく神の偉大さを記述しているだけでしょうが、何か重要なことが刻まれているかもしれませんので」
「はい」
生気を感じられない調査隊員は返事をすると、下ろした背嚢から取り出した本を開いて台座の古代文字を調べ始めた。
それを見届けるとヨハンは思い出したように首飾りを掴んで囁く。
「偉大なる我が主よ、あなたのために今日成したことをご報告いたします」
続いてヨハンはこの日にあった重要なことを淡々と述べていった。周囲から見ると熱心に祈っている様に見える。
しばらくつぶやいていたヨハンは話すことが終わると首飾りを手放す。そして、自分自身も巨像の周囲を見て回ったり、祭壇に何かないかと探したりしはじめた。
時間をかけて丁寧に観察と調査をしていたヨハンだったがため息をつく。
「何もありませんね。生きている遺跡なので何かあるとは思うんですが」
困ったとばかりにヨハンは首をかしげる。
こういった大がかりな仕掛けがある遺跡の場合、大抵は何かしらの動力源がある。それが何かは遺跡によって様々だが、何もないということはない。
神殿の系統だと祀られた祭神近辺やその裏手にあることが多いが、今のところそれらしきものは発見できなかった。
「実は別経路でないとたどり着けない?」
今回ヨハンが求めているのは、その動力源だった。何としても手に入れたいのだが、たった今手詰まりになってしまう。
そのとき、祭室全体がかすかに揺れた。割と長めに揺れたが、揺れそのものは弱く、山積みされた財宝はひとつも崩れていない。
「今のは一体?」
自分達にとってこの遺跡は既に攻略済み扱いだが、遺跡にとっては現在進行形で略奪を受けている状態だということにヨハンは気付く。
つまり、遺跡が不法侵入者を排除しようと動く可能性は充分にあるということだ。
今からどうするべきかヨハンは迷う。既に揺れは収まっているがこの先安全であるという保証はない。しかし同時に、再び遺跡に挑戦して祭室にたどり着ける保証もなかった。
台座の古代文字を解読している隊員は再び作業に戻っている。次の指示があるまでは既存の命令を実行することになっているのでおかしくはない。
財宝を盗るのに忙しい護衛の傭兵や荷駄役も再び金目の物に意識を向けたようだ。
一方、扉の前で座っていたティアナ達三人は立ち上がっていた。扉の奥の通路を気にしているようである。
「不安は残りますが、何も起きていないようですから、とりあえず調査を」
突然背後で鈍い音がした。何事かとヨハンが振り返ると、そこには石人形が立っている。その足下には頭を踏みつけられて血だまりを作っている調査隊員がいた。
「え?」
想定外の光景にヨハンは呆然とした。先程まではいなかったはずの石人形が、同じく先程まで作業をしていた調査隊員を殺している。なぜそんなことになったのかがわからない。
次いで背後に気配を感じたヨハンが振り向くと、床から石人形がせり出てくるのが見えた。ヨハンが後退する分だけ石人形が前進する。
こんなときに、リンニーが扉を開けるための土人形を出現させたときのことを思い出した。そうしてやっと気付く。
「ああ、遺跡が私達を殺しにかかるなんて」
次の瞬間、頭を殴りに来た石人形の右拳をとっさにしゃがんで躱した。戦いの経験がないにしては良い反応だったが、いかんせん次の行動が続かない。
慌ててその場から逃げようとしたヨハンだったが、かがんだところに今度は石人形に左足で蹴り込まれた。避けきれずに脇腹を抉られる。
「がはっ!?」
生きていて今まで感じたことのない衝撃と痛みがヨハンを襲う。床を転がったヨハンは硬く冷たいものにぶつかって止まった。
ぼんやりとした視線の向こうから石人形が二体やって来る。遺跡の性質から意図的に殺されることはないだろうという考えは甘かったとヨハンは悟ったが、もう遅い。
殺されるまで間がないと感じたヨハンは、首飾りを転送させようと震える手で握る。
「偉大なる我が主よ、我が知を仲間の元へ届け給え」
言い終わった瞬間、質素な首飾りがヨハンの手元から消える。
最低限の事が成せたことに安心したヨハンは、目の前に石人形が近づいてきているにもかかわらず笑みをこぼす。
ところが、そのヨハンの目の前にたった今転送させたはずの首飾りが現れ、床に落ちて乾いた音を立てた。
「え? なぜ?」
首飾りの転送は確かに成功したはずだ。その証拠に手元から消えた。にもかかわらず、たった今目の前に姿を現して床に転がっているのはなぜなのか。
石人形が目の前の首飾りを足で思い切り踏みつける。砕ける音がしたので完全に破壊されたことがヨハンにも理解できた。
転送を妨害するような魔法は簡単に築けるものではない。高位者の作った精巧な魔法の道具なら妨害そのものが難しい。となると、この遺跡には余程の大規模な魔法がかけられていることになる。あるいは。
最期のときになってヨハンはあることに気付いた。有史以来、人間の生活圏の近くにありながら一度も盗掘が成功したことがない理由に。
「そう、か。ここはまだ、遺跡ではない、んだ」
祭神がいまだここに住まわれているのならば、人間が手を出すことなどできるはずがない。
それを悟った直後、ヨハンの意識は途切れた。
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