明るい未来
割の良い仕事にありつけたと思っていたインゴルフ達は、可能ならヨハンに取り入って今後も護衛の役を任されようと狙っていた。
そのためには力を示さないといけなかったので遺跡で奮闘するつもりでいた。しかし、最初の戦闘で出会った石人形により、トーマスとローマンを失ってしまう。
戦いを生業としている以上そのときの覚悟はもちろん全員がしている。だが、無茶な命令でいきなり仲間を二人も失ったのはインゴルフ達にとってはつらかった。
このような理由で気落ちしていたインゴルフとホルガーだったが、たどり着いた祭室を見渡して狂喜する。至る所に望んでいた金銀財宝が山と成していたのだ。
ヨハンの許可を得たインゴルフ達は祭室にある宝の山のひとつに向かい、遠慮なく手を付けた。
「はははっ! なんだこりゃ! いくらでもあるぞ!」
「すげぇ! すげぇ! すげぇ! 全部オレたちのモンだぁ!」
インゴルフに続いてホルガーが宝の山に突っ込む。そのせいで山が崩れるが、どちらもまったく気にせずに笑い転げていた。
山には、金、銀、白金により作られた冠、首飾り、腕輪、胴締めをはじめ、宝石に彩られた小物も多数ある。
もちろん、不用意にぶつかったり床に落とすと歪んだり傷ついたりするのだが、二人ともまったく気にしていなかった。
浮かれきったホルガーが満面の笑みを浮かべてはしゃぐ。
「これで好きなだけ酒が飲めるぞ! 高くて手が出せなかったヤツがいっぱいあるんだよなぁ!」
「何言ってやがる! てめぇの思いつく程度の安酒なんて死ぬ程飲めるだろうが! こんだけありゃ、王侯貴族様の酒だって水代わりに飲めるってもんよ!」
「水で薄めてねぇヤツがいくらでも飲めるのか!」
「もちろんよ! それどころか、樽ごといけるぜ!」
「樽ごと! オレ、一回それやってみてぇ! たまんねぇだろうなぁ!」
顔が緩んでいることを気にもしないホルガーは無意識に財宝をかき集めた。ただの仕草なのでその腕から財宝がこぼれるが、その度に何度も同じ動作を繰り返す。
一方、インゴルフはきらめく装飾類を手に取ってから、あちこちの山を見て回り始めた。
その様子に気付いたホルガーが声をかける。
「おい、何探してんだよ?」
「こんだけいろんなモンがあんなら、オレにふさわしい武器だってあるんじゃねぇかって思ったんだよ」
「へぇ、金や宝石で作られた武器か。使いモンになるんかねぇ。ああでも、銀の武器に弱い魔物もいるって聞いたことあるなぁ」
「実際に使えなくても、黄金の剣となりゃぁ高く売れるだろ」
「ちげぇねぇ。何しろ金でできてんだもんな」
「お、短剣はあるみてぇだな。どうだよ、これ!」
「青い宝石が付いてんのか。オレもなんか探してみようかな」
宝石をちりばめた鞘に収められた短剣をインゴルフが掲げると、ホルガーがぼんやりとそれを眺めた。傭兵をやっていて武器に興味のない者はいない。
手に入れた短剣を腰のベルトに差し込むとインゴルフは次の武器を探した。
「それにしても、よくこれだけ溜め込んだモンだ。一体何やったらこんだけ集められるのやら」
「どうせロクでもないことに決まってるって。だから、オレ達が盗っても文句を言われる筋合いはねぇよ」
「ちげぇねぇ。何にせよ、一生遊んで暮らすのも傭兵団を作るのも、思いのままだぜ!」
嬉しそうにインゴルフがしゃべり続ける。そして、そこで気がついた。ここで財宝をたんまりと持ち帰れば、ヨハンと専属契約をする必要がないことにだ。
「そうか、もう毎日ちまちまと日銭をもらう必要がねぇんだよな。こんだけありゃぁ、何だってできるんだ」
「どうしたんだよ、インゴルフ?」
「もうヘコヘコして人のゴキゲンを取らなくてもいいってことに気付いたんだよ。シケた護衛の仕事なんぞ、今回で終わりだ」
「ああ、なるほど?」
仲間の言っていることがもうひとつよくわかっていないホルガーは、発言とは裏腹に首をかしげた。しかし、目の前の輝く財宝を前にそんな悩みもすぐに霧散する。
ホルガーの様子など大して気にしていないインゴルフは大きく笑い飛ばした。
「とりあえず、持って帰れるだけ持って帰ろうぜ! 背嚢の中身を全部出さねぇと!」
「忘れてた! 金になるモンをできるだけ詰め込まねぇといけねぇもんな!」
二人して大きくうなずくと、背負っていた背嚢を下ろして中身を床にぶちまける。そうして新たに望む物だけを詰め込み始めた。
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破格の報酬額が決め手で調査隊の護衛を引き受けたラウラは、遺跡内でめぼしい物を手に入れて小銭を稼ぐつもりでいた。そういった話をよく聞いていたからだ。
しかし、実際に遺跡に入ってからあちこち周囲を見て回ったものの、思った以上に何もなくて落胆する。よく見かけた廃屋と大差なかった。
更に道中うるさかったコンラートが相変わらずうるさかった上に、ヨハンまでが解雇をちらつかせるようになる。本当に辞めてやろうかと思ったくらいむかついた。
それでも我慢して護衛を続けて祭室にたどり着いたとき、目の前の光景にすべてが報われた思いとなる。思い描いていた以上の財宝が部屋いっぱいに山積みされていたからだ。
「すげぇ! これみんなアタシ達のものかい!? 一生遊んで暮らしても使い切れそうにないや!」
思わずラウラは叫ぶ。確かに山のような財宝を期待していたが、本当に全員が目一杯抱えても持ち帰れない程もあるとは想像していなかったのだ。
横からコンラートが小言を言ってきたが、鬱陶しそうにやり返すと黙った。しょせんその程度と小馬鹿にするが、同時にそれどころでもないとも思う。
今すぐにでも飛び出したいラウラだったが、ヨハンの許可を得てからということはぎりぎり覚えていた。ここで勝手なことをして財宝に手を付ける権利を取り上げられるわけにはいかない。
鼻につく女がヨハンと話していたが、いつまでも待っていられずにラウラはその会話に割り込む。
「ここにあるお宝は、好きなだけ取っていいんだよな!?」
待っていても欲しいものは手に入らない。奪うつもりで手に入れるという信念のラウラは、許可を得ると喜び勇んで祭室内へと走り込んだ。
どこを見ても宝の山が続いているという夢のような場所に踏み込んだラウラは、近くにあった山に突っ込むように近づいて手に取ってみた。
金、銀、白金で精巧に作られた装飾品には大小様々な宝石があしらわれている。手に取ったときの重さは思った通りで、それがそのまま価値を表しているように思えた。
「本物だ。本物の財宝だよ、これ!」
震える声でつぶやきながらラウラは目に付く財宝を次々に手に取っていく。いくつもの装飾品を手にしたがきりがないので途中で止めた。
最初は興奮して我を忘れていたこともあり、手にした装飾品などを手当たり次第服の隙間などに突っ込んでいたラウラだった。しかし、途中で背嚢があることを思い出して慌てて下ろすと中身をすべて出す。
「ははっ、もうこんなもんいらねぇや。これ全部持って帰ってやる!」
ぎらつく目を山積みの財宝に向けながらラウラが口元を吊り上げた。
すぐに山へと手を突っ込むと手当たり次第に背嚢へと入れてゆく。たちまち満杯となるが揺すって間を詰めてまた装飾品などを詰め込んでいった。
「こんだけありゃぁ、シケた傭兵なんてする必要はねぇ! 一生遊んで暮らせるじゃねぇか! やっとツキが回ってきた!」
喜びを抑えきれないラウラは歪めた口から胸の内を漏らす。願ってやまなかった現実が目の前に現れたのだ。この機を逃す気などない。
ただ、背嚢はすぐにいっぱいになった。まだ一つ目の山すら平らげていない状態に嬉しくも舌打ちする。
「ちっ、全然入んないじゃねぇか。もっと大きなヤツを持ってくるんだったよ。ああそうだ、縛り付けちまおう」
まだ足りないといった様子のラウラは床に放り出した持ち物から紐を取り出した。そうして背嚢にくくりつけられそうな装飾品を再び盗っていく。
夢中になって装身具などを手に入れながらラウラはこれからどうしようか考えた。
傭兵稼業はもうお終いだ。やっても大して儲からないことは知っているので、次の商売はもっと儲かることをしたい。
やるとしたら今度は人を使う側だとラウラは思った。というのも、今までいつも得をしていたのは人を使う側だったところを散々見てきたからだ。
何をどう考えても明るい未来ばかりなのでラウラは面白くて仕方ない。これでこそ生きていて良かったと思える
「ああでも、まずはこれを隠すところから探さないといけないね」
笑顔から一転真剣な顔に切り替わったラウラが真面目に考えた。少量ならば懐に隠しておけば良いが、これだけの数量となるとどうしても目立ってしまう。
どうしたものかと首をひねったラウラはあることに気付いた。
「遺跡から出たら、ヨハンにでっかい袋をもらっちまおう」
何も今の姿で街まで戻らないといけない理由などない。外にある荷馬車に袋くらいあるだろうと思ったラウラはそれを分けてもらうことにした。
そうなると、ここで多少無理をしてでも財宝を数多く持って帰らねばならない。
ラウラはより一層熱心に貴金属や宝石を集めた。
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探索者としての栄光を取り戻すためにヨハンの調査隊へと参加したコンラートだったが、実際に仕事が始まると苦難の連続だった。
慣れない護衛隊長の役を果たそうと懸命に配下の傭兵へ指示を出すが、命じる程に軋轢が増えていく。コンラートの経験上から良かれと思ってやっていたのだが、まったく言うことを聞いてくれないのだ。
特にラウラがひどい。最初からコンラートの言うことを聞く気などなく、自由気ままに動き回る。更にはヨハンにも逆らおうとする始末だ。すぐに解雇しない理由がわからない。
これらの傾向は遺跡の内部に入ってから更に強くなった。そして不思議なことに、ヨハンはばらばらになりそうな隊を積極的にまとめようとしない。
そんなこともあってコンラートは必死になって護衛の傭兵をまとめていたが、ついにその苦労が報われるときがきた。
二つ目の扉が開いて祭室の様子がわかったとき、その光景に絶句する。
広い室内に所狭しと置かれている金銀財宝の山がコンラートを出迎えてくれたのだ。
しかし、いつまでも目を見張ってばかりもいられない。コンラートには護衛隊長としての役目がある。
早速ラウラが余計なことを言ったので注意したが簡単にあしらわれてしまう。いつもなら怒鳴ってでも言い返すところだが、目の前の財宝が気になってそれどころではない。
ヨハンがこれからの行動について指示を出すと、傭兵達が次々に宝の山へと走って行く。
もちろんコンラートもすぐに走り出したかったが職務上そういうわけにもいかない。他の傭兵を羨ましく思いながらちらりとヨハンを見ると笑顔でうなずいてもらえた。
こうなるともう遠慮する必要などない。許可を得たコンラートはまだ手付かずの山へと向かうと装飾品を手に取る。
「素晴らしい。これ程の財宝を手に入れられるとは。やはり、この調査隊に参加するという俺の判断は正しかったんだ」
いくつかの貴金属や宝石を手に取って様々な角度から眺めたコンラートは満足そうにうなずく。どれも本物だと納得したのだ。
偽物の可能性を排除するとコンラートは背嚢を下ろし、中から何枚かの袋を取りだした。
「くくく、もしやと思って用意していたが、やはりこういうときに備えが役に立つな」
面白くてたまらないといった様子のコンラートは、袋を一枚掴むと口を開けて装飾品などを入れていく。
「これだよ、これ。だから探索はやめられないんだよ!」
次第に財宝の虜になっていくコンラートは口元を歪めた。
当初は調査隊の成功にあやかろうと考えていたが、今はその考えは薄れてきている。そんなことをしなくても、この財宝を持って帰れば成功の動かぬ証拠になるからだ。
更にここで手に入れた大量の財宝を元手に自分で探検隊を組織できる。今度は誰の援助も受けずにだ。
「最初はここにしよう。どうせ全部持って帰れやしないんだ。改めて探検隊を率いて、ここにある財宝を全部持って帰ってやる。そうすれば!」
一度や二度の失敗で誰からも相手にされないなんてことはなくなる。財産がある限り、誰もコンラートを無視できなくなるのだ。
そうなると思う存分各地を探検できる。まだまだ行きたい場所はいくらでもあった。
「ははは。そうだ、今回の探検こそが、俺の栄光の始まりなんだ。今まではその準備だったにすぎない。きっとそうだ」
二つ目の袋に財宝をかき入れる頃には、顔に笑みを貼り付けて延々と何かをつぶやいていた。その様子を見る者がいたら何かに取り付かれたのではと思ってしまう雰囲気である。
コンラートにとってこの調査隊はもうどうでもよくなっていた。後は街に戻るまで財宝を守るために利用するくらいである。
「せっかく護衛隊長なんてやってるんだ。荷馬車に俺のお宝を載せよう。それくらいの役得があっていいはずだ」
他にも思いついたことをコンラートは口走る。まるで名案を思いついたかのように何度もうなずいていた。
三枚目の袋を手にしたとき、コンラートはふと周囲へ目を向ける。他の者達もまだ財宝漁りに夢中だ。
その様子を見たコンラートは安心して自分も明るい未来のために作業を再開した。
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