祭室にあるもの
先の戦闘で乱れた息を整えるために休憩した調査隊は出発前に隊形を変更した。
先頭はティアナ達三人が担当し、次いでコンラートとその部下一人、そしてラウラがヨハンと調査隊員一人を守る。二人に減った荷駄役がそれに続き、最後がインゴルフとその仲間である傷だらけの男ホルガーだ。
一度の戦いで人数が三分の二に減った調査隊だが、それでも怯まずに遺跡の奥へと進む。
開きっぱなしの扉の奥は大きめの部屋だった。
松明をかざして周囲の様子を窺うと、扉の手前までとは違うことが一目瞭然だ。壁は古びているが傷んでおらず、床も天井も欠けているところはない。室内全体は白系統である。
石人形が待機していた部屋にはかつての残骸すらなくきれいなものだった。今来た大通り以外に出入りできる通路は真正面に一つだけしかない。天井までの高さはそのままのようだが、横幅は大人が横一列に三人並んでも歩ける程度に狭くなっている。
確認のためにティアナは振り向いてヨハンに声をかけた。
「ヨハン隊長、まっすぐ進めば良いのですよね?」
「ええ、それしか道がありませんから」
「引っかかる言い方ですね。持ってる地図とは違うのですか?」
「実はですね、ここから先は祭室までの経路が常に異なるんです。今回みたいにまっすぐの場合もあれば、そうでもない場合もあるんです」
「ということは、もう地図が役に立たないということですか」
「何枚か地図を持ってきていますから、一部分でも該当する所がないか確認しながら進むしかないですね」
微妙に困った表情を浮かべるヨハンの返答を聞いて、ティアナは眉をひそめた。
気になったティアナはリンニーへと顔を向けるが首を横に振られてしまう。詳しく聞きたいが全員の注目を浴びているので今は無理だ。
少し考えてからティアナは指示を出す。
「アルマ、あなたは右を歩いてください。私は左を歩きます」
「何かあったらリンニーの盾になるわけね。松明はあたしが持ったままでいいの?」
「はい。いざとなったらどうにかしますから」
精霊に照らしてもらっても良いし、視界を確保する魔法をかけてもらっても良い。地味に嫌な感じはするものの、まだえげつなくはないのでティアナはこのまま進むことにした。
「リンニーはアルマの後ろ、少し離れて歩いてください」
「は~い」
のんきな返事と共にリンニーがアルマの数歩後ろに立つ。
準備ができたところでティアナ達は歩き始めた。
まだ充分な広さがあるとはいえ、先程の大通りよりも狭くなった分だけ狭苦しさを感じる。良い気分ではないが、今のところ何も起こらない。
やがて、何度目かの上へと続く階段が目の前に現れた。他に分岐する道もないのでそのまま上る。
上りきった先もまた通路で、今までと同じ代わり映えしない風景だ。立ち止まる理由もないので再び歩く。
その先は、またもや扉か壁のようなものが通路を遮っていた。天井や床と同じ石材製なので一見すると壁のようだが、彫り込まれた模様から扉にも見える。
ただ、扉にしては取っ手はなく、再び左側の扉に一文が刻まれていた。
もちろんティアナは読めなかったのでリンニーを呼ぼうとしたのだが、その前にコンラートとラウラを引き連れたヨハンがやって来た。
「また扉ですね。開ける方法はありますか?」
「見た目にはありません。ただ、先程と同じように文字がここに刻まれています」
「本当ですね。調べてみます」
背嚢から再び本を取り出したヨハンが文字を解読するために扉へと近づいた。
こうなると時間がかかるのでティアナは仲間二人と後ろに下がる。ついでに調査隊の一行から少し離れて、小声でリンニーに声をかけた。
「あれは何と書いてあったのです?」
「汝の作りし召使いに開けさせよ、だよ~」
「作りし召使い? どういうことですか?」
「たぶん、普段召し使いとして使ってる子に開けさせるんだと思うな~」
「貴族にとっての家臣や召使いということですね」
「それは違うかな~。わたしと土人形の関係みたいだと思うよ~」
「魔法で使役する方ですか。なるほど、だから作りし召使いというわけですね」
出題者と知性が同等以上というだけでなく、環境も似ていないと解けないのは厳しいとティアナは思った。
内緒話が終わって更に待っていると、ヨハンが本を閉じてティアナ達を呼んだ。何事かと三人が近づく。
「ティアナ、あの文章を解読したところ、自分で作った召使いに開けさせるようにと書いてありました。恐らく魔法使いの使い魔のようなものを召喚しないといけません」
さすがに調査隊の隊長だけあって大した洞察力だとティアナは感心した。
そんなティアナの態度に反応することなくヨハンは話を続ける。
「そこで、魔法を使えるティアナかリンニーにあの扉を開けてもらいたいのですが、できますか?」
問われたティアナはリンニーを見る。先程の戦闘で石人形を使っているところを披露していたので、やれないとは言えない。
「リンニー、開けてもらえます?」
「は~い」
脳天気な返事と共にリンニーが扉の前に移った。
そうして、特に何の動作もなくじっとしていると、リンニーの目の前に二体の土人形が床からせり上がってきた。それを見た調査隊の面々は目を見張る。
自分が注目されていることを気にすることなく、リンニーは土人形に命じる。
「扉を開けて~」
声に反応した二体の土人形は扉に両手で触れて押す。しばらくは無反応だった扉だったが、石同士のこすれる音ともに左右の扉がゆっくりと向こう側へと開いていった。
次第に開いていく扉の向こうを見て、ティアナが思わずつぶやく。
「あれ、明るい?」
今までの遺跡内部はまったくの暗闇であったのに対して、扉の向こう側の部屋はぼんやりとした光で満たされていた。
その部屋は広く、天井までの高さも通路の倍以上ある。相変わらず白系統の色だが、今までとは異なって部屋の奥中央には巨大な少年の石像が台座の上に立っていた。
呆然と部屋の中を眺めていたティアナを通り越して、ヨハンが何度も地図と部屋を見比べる。
「ここは、祭室? もう着いたのですか?」
「目的の場所はここで良いのですよね?」
「はい。奥に祭壇もありますし、鉱物の神クヌートの像もありますから」
参加前に聞かされた話ではたどり着くのに結構かかると聞いていたティアナだったが、思った程ではなくて驚いた。
しかし、それ以外の者達が注目したのは別のものである。それは、祭室のあちこちに山積みされている貴金属や宝石だ。
真っ先に反応したのはラウラだった。
「すげぇ! これみんなアタシ達のものかい!? 一生遊んで暮らしても使い切れそうにないや!」
「おい、まずはヨハン隊長の調査が優先だぞ」
「わーってる。いちいち水を差すなよ。てめぇだってあのお宝ばっか見てるじゃねぇか」
忠告してきたコンラートをラウラが鬱陶しそうにあしらうが、今までとは違ってどことなく明るい。言い返されたコンラートの表情にも怒りはなかった。
一気に浮かれ始めた調査隊の面々だったが、これからどうするのかはヨハン次第である。
ティアナは次の指示をヨハンに求めた。
「ヨハン隊長、これからどうするのですか?」
「私は祭壇と石像を調べます。目的はあそこですからね」
「助手の方はヨハン隊長と調査するのでしょうけど、私達はどうしましょう?」
「皆さんは、異変がないか祭室内を見張っていてください。あなた達も好きにしていていいですよ。帰りに荷物を持って帰ってもらうかもしれませんが」
ヨハンが荷駄役に顔を向けて行動の自由を告げると、二人とも嬉しそうにうなずいた。一生生活に困らないくらいの財宝を持って帰ることができるからだ。
「ここにあるお宝は、好きなだけ取っていいんだよな!?」
「そうですね。特に必要なものはないでしょうから好きにしてください」
「やったぜ!」
途中から話に割り込んできたラウラは許可を得ると喜び勇んで祭室内へと走り込んだ。インゴルフ達二人もそれに続く。コンラートもヨハンの顔色を窺ったが、笑顔でうなずかれると嬉しそうに祭室内へと入った。
その様子を苦笑いしながら見ていたヨハンも歩き出そうとしたが、ティアナ達がじっとしていることに気付いて振り向く。
「どうしました? 皆さんも自由にしていただいてもよろしいですよ?」
「ありがとうございます。私達はここで通路からの侵入者が来ないか見張っています」
「それは構わないですが、あの宝の山に興味はないのですか?」
「ないと言えば嘘になりますが、こういった祭室や祭壇には良い思い出がないので、入る気にはなれないのです」
かつての地下神殿のことを思い出しながらティアナが説明した。リンニーの知り合いの神殿であっても警戒してしまうのだ。
その様子を見てヨハンはうなずく。
「無理強いはしません。それに、どうせ抱えきれない程ありますから、気が変わったら参加すればいいですよ」
「わかりました」
それ以上追求することなく、ヨハンは配下の者を連れて祭壇へと向かった。
三人だけになるとティアナは扉近くの壁に背を預けて座った。そのまま室内をぼんやりと眺める。調査隊一行が嬉しそうに金細工の飾りや銀の食器、宝石をあしらった短剣などを手にしていた。
横に座ってきたアルマが声をかけてくる。
「山のように金銀財宝があるのは良いとして、どうしてこんな無造作に山積みされてるのかしら? 普通はもっとちゃんと保存するか飾るものじゃない?」
「宗教的な理由でそうしてるのか、それとも単に片付けるのが下手な神様なのか、どちらかではないですか? 何にせよ、こういったものにあんまり興味なさそうですね」
「うん、当たりだよ~」
同じく隣に座ってきたリンニーが笑顔で話しかけてきた。一瞬何が正解なのかわからずにティアナは戸惑う。
「当たりとは? 宗教上わざとこうしてるということですか?」
「そっちじゃないよ~。クヌートは作るのが好きだけど、完成した物には興味ないんだって~。あと、お片付けも得意じゃないかな~」
「ということは、クヌートという神にとって、あの財宝の山はごみの山扱いなのですか?」
「ごみは言い過ぎだよ~。でも、次に何か別の物を作るときの材料くらいにしか思ってないんじゃないかな~」
この遺跡の主の性格を伝えられたティアナとアルマは微妙な顔をする。強いて知りたかったことではないので返答に困ったのだ。
ただ、せっかくリンニーが話をしてくれたので、アルマが何とか返事をしようとする。
「物を作るのが好きな神様なのね」
「そうなの~! わたしも飾りをもらったことがあるけど、とってもきれいなのよ~!」
「へぇ、例えばどんなの?」
小物に興味があるアルマがリンニーの話に食いついてきた。そういえば、アルマが小物好きであることをティアナは思い出す。
「アルマ、あの山の中から何か小物を探してきたらどうですか? 気に入る物があるかもしれませんよ?」
「あ~それはちょっと」
「どうしました?」
「いやだって、ここってリンニーの知り合いの元神殿でしょ? ただでさえ不法侵入してるみたいなのに物まで盗るっていうのは、ねぇ」
祭室という言葉に嫌な思い出があったのでティアナ自身は手を出す気になれなかったが、アルマの理由も聞いて納得する。
再びアルマとリンニーが小物の話で盛り上がるのをよそに、ティアナは祭壇にある巨大な少年の石像へと目を向けた。
巨像の足下の台座にはヨハンと調査隊員が二人で何かを探しているようだ。
それにしてもとティアナは不思議に思う。探し物をするときは人数が多い程良いが、なぜ二人だけで探しているのだろうか。
もちろん、古代文字の解析となると専門家以外では手も足も出ないのだが、それは探している物次第である。
そこまで考えてティアナは眉をひそめた。遺跡の調査という大雑把な話は聞いていたが、具体的には何を調査するのか聞いていないことに気付いたからだ。
護衛の傭兵がそんなことを知る必要はないと言われればそれまでだが、何となくもやもやしたものが胸の内に残る。
祭壇から祭室へと目を移すと、相変わらず皆が熱心に財宝の収集をしていた。ラウラは手当たり次第に背嚢へと突っ込んでおり、インゴルフは武具類に興味があるようだ。荷駄役の二人も硬貨のような小さい物を懐にせっせと入れている。
一方、あのコンラートも自分の背嚢に入れるべき財貨を熱心に選別していた。特に満面の笑みにティアナは驚く。しかめっ面や不機嫌な表情しか見たことがなかったからだ。
実に生き生きとしている他の隊員を見て、ティアナは何となく羨ましく思った。ティアナにも目的があるのだが、そちらは今のところお預けだ。
小物談義が一段落つくとリンニーが声をかけてくる。
「ティアナ、なんだか眠そうだね~」
「今はやることがないですからね。先程の戦いの疲れが残っているのでしょう」
まぶたが次第に重くなってくる。仕事中なので眠るわけにはいかないが、目の前で財宝漁りをしている他の護衛達を見ていると寝てもいいような気がしてきた。
どうしたものかとティアナが考えているとその口からあくびが漏れる。そして更にまぶたが重たくなった。
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