罰の内容
遺跡の主の知り合いから聞いたティアナの案は多数決により却下された。強く主張できないティアナはそのまま引き下がる。
隊形は護衛隊長の指示で、先頭にインゴルフの班四名、中央にコンラートとその配下二名、ヨハンと調査隊員二名、その後方に荷駄役四名、後尾にティアナの班三名とラウラだ。
尚、護衛の都合上、ヨハンとコンラート、その配下同士が二人一組になっている。ティアナ達が後尾にいるのは背後からの不意打ちを防ぐためだ。
配置についたティアナは近くにいるラウラに声をかける。
「今回はコンラートの命令に従ったのですね」
「危険なだけの前に出る程バカじゃないだけさ」
肩をすくめて語るラウラは当然だという態度でティアナに言葉を返した。
二人が何でもないやり取りをしていると、先頭から声が聞こえてくる。
「青い水晶に触れるぞ!」
インゴルフの仲間である傷だらけの男が扉に近づいて水晶に触った。
すると、水晶が淡く輝いて扉がゆっくりと奥に向けて開き始める。
「やった、開いたぞ」
扉が開く様子を見ているヨハンが静かに喜びの声を上げた。他の者達も先に進めることを喜んで笑顔を浮かべる。
しかし、扉が開くにつれてその奥にいる者達の姿が目に入るようになると、調査隊の面々の顔は喜色から驚愕へと変わった。
完全に開いた扉の向こうは部屋らしいが奥の方は暗くてわからない。しかし調べようにも、調査隊の行く手を阻むように灰色の石人形が横三列縦六列に並んでいた。
石人形は大人の男程度の大きさで、頭、胴体、両手、両足がある。見た目は材質の石そのもので、楕円形の頭には目、口、鼻、耳などは一切ない。
扉が開き終わると石人形達が動き始めた。
その様子を見ていたヨハンが驚きのあまり声を漏らす。
「
「インゴルフ、応戦しろ! ティアナ、背後に敵はいるか!?」
固まって動かないヨハンの隣で、コンラートが振り向いて叫ぶ。
それに呼応してティアナが声を上げた。
「いいえ、来てません!」
「よし、前に出ろ! ラウラもだ!」
非戦闘員も含めて調査隊と同数の石人形が現れた以上、まずはこちらから対処しなければならない。
戦う直前のインゴルフ達にティアナが声をかける。
「左側を担当します。右に寄ってください!」
「ちっ、もっと早く言えよなぁ!」
文句を言いながらもインゴルフ達は右に寄ってティアナ達の戦う場所を確保した。
調査隊に近づいてきた石人形は、一人一体ずつ相手にするかのように順次各個人の元へとばらけていこうとする。
最初はインゴルフの班四人とティアナ達三人へ一体ずつ向かって来た。リンニー以外は抜剣して迎撃する。
石人形の動きは速くないので全員が先手を取れた。しかし、ただの剣では表面を削ることくらいしかできない。
思い切り叩いたせいで手に返ってきた反動をまともに受けたティアナは、歯を食いしばりながら涙目になる。
「いっったい!」
「ちょっと、これじゃ全然相手になんないわよ!」
隣で戦っているアルマも渋い表情をして一歩下がった。その分だけ前に進み出た石人形が捕まえようと手を広げる。躱すのは難しくないが攻撃を受け付けないのは厄介だ。
「うわ~ん! テッラ頑張れ~!」
一方、怯えながら応援しているリンニーの前には、半透明のテッラが生み出した石人形が向かって来る石人形を迎撃している。こちらはがっぷり組み付いて膠着状態だ。
「ちくしょう! こいつらかてぇ!」
叫んだインゴルフをはじめとして四人も攻撃が通じずに苦戦している。動作が遅いのが救いだ。
こうして先頭の七人は相手と互角であったが、石人形はまだ十一体いた。この残りは先頭の七人を無視して更に中央へと向かう。
次いで石人形に襲われたのはヨハンやコンラート、それにラウラの七人だ。コンラートやラウラ達はまだしもヨハン達調査隊員は危ない。
「ヨハン隊長、離れないでください! お前ら、調査隊員は絶対に守れ!」
一度に二体の石人形を相手にするコンラートとその配下二人は、人を守りながら戦うため苦境に陥る。
その横では、ラウラが向かってきた石人形に吠えていた。
「なんだよこれ!? 全然剣が通じねぇじゃねぇか!」
石人形の攻撃を受ける気配などないラウラだが、逆にすべて命中する攻撃は効果があるように見えない。まさかの事態に悪態をついていた。
こうして調査隊全体が乱戦になりつつある中、残る四体の石人形が荷駄役に迫った。戦う術を持たない四人は声を上げて逃げ惑う。
「うわあぁ、来るなぁ!」
「あああ! 助けてぇ!」
普段通り動き回れたならば石人形から逃れることが充分できたのだが、気が動転しているとそうもいかない。更に、松明を持っていない者は暗闇側へ逃げることができない。
そんな制約のせいで荷駄役の二人が石人形に捕まった。石人形は荷駄役を脇に抱えると扉とは反対側、調査隊がやって来た大通りを歩いて去って行く。
事態を察知したコンラートが叫んだ。
「ラウラ! 荷駄役を守れ!」
「できるわけねぇだろ! 自分の身で精一杯なんだよ!」
殺気だった表情でラウラが言葉を叩き返した。簡単には捕まらないが捕まると抜け出せないのはわかるので、相手をする石人形の数を言われた通りに増やすのは危ない。
今回ばかりはラウラの意見が正しいことを理解したコンラートは、舌打ちしたいのを我慢してティアナを呼ぶ。
「ティアナ! 下がって荷駄役を守れ!」
「できるだけやってみます!」
「絶対にだ!」
自分で前に出しておいてそれはないだろうと思ったティアナだったが、命じられた以上は行動しないといけない。まずはリンニーへと声をかけた。
「リンニー、もう一体その土人形出せますか!?」
「土人形じゃ駄目だから、テッラに石人形作ってもらうね~!」
「何でもいいから急いで! アルマ、リンニーの人形が来たら、荷駄役を助けに行って!」
「わかった!」
ここまで指示を出すと、次にティアナは自分のそばにいる精霊にも命じる。
「ウェントス、憑依して!」
『憑依シタ』
「次にこの剣へ移って! 前にイグニスがやったのと同じように」
『移ル』
風の精霊が体に憑依し、剣に移った感覚を認めると、ティアナは長剣を石人形に振るう。
「斬り裂きなさい!」
『斬ル』
命じられるままに剣身に風の刃をまとわせた風の精霊は、石人形にぶつかると同時に空気を圧縮した刃により切断した。左肩から右腰へと斬られた石人形はその場に崩れ落ちる。
斬れば倒せることを知ったティアナはとりあえず胸をなで下ろした。
周囲を見ると、アルマは荷駄役二人を追いかけていた石人形二体を相手している。一方、取っ組み合っている石人形二組から少し離れてリンニーはテッラの後ろに隠れていた。
「リンニー、どっちがテッラの作った石人形ですか!?」
「色の薄い方だよ~!」
よく見ると、遺跡側の石人形が灰色なのに比べてテッラのはずっと白っぽい。
見分け方がわかれば後は簡単だ。ティアナは色が濃い石人形に斬りかかった。最初はリンニーに近い方の石人形を相手にする。頭部を胴体から切断した。
「あれ、止まらない!?」
何となく頭部を切断すれば止まると思っていたティアナだったが、遺跡側の石人形は相変わらず敵対する石人形相手と取っ組み合ったままだ。
驚きつつもティアナは再び一体目と同じく胴体に斬りつける。今度は腹の部分を横に真っ二つにされ、石人形は動かなくなった。
「リンニー、怪我はありませんか?」
「大丈夫だよ~。みんな戦ってるけど、どうしよう~?」
「この石人形と一緒にアルマのところへ行ってください。それと、あっちの石人形は私に貸してくれませんか?」
「いいよ~」
リンニーと別れたティアナは色の薄い石人形が押さえている相手を斬り伏せると、改めて周囲を見た。すっかり乱戦になっており、もはや前も後ろもなかった。
どうするべきか少し迷ったティアナだったが、こういうときは命令系統をまず復活させるのが先だと思いつく。コンラートへの不満は強いがとりあえず今は目をつむった。
ヨハンとコンラートはどこにいるのかとティアナは顔を巡らせる。すると二人は一緒におり、護衛隊長としてコンラートが懸命に戦っていた。
他の戦いの脇をすり抜けて二人の元へ駆け寄ったティアナが声をかける。
「この二体は引き受けます!」
「おい、その後ろのヤツは!?」
「色が薄いのは味方です! 気にしないでください!」
説明を省いたティアナは、コンラートの返答を聞かないまま間に割り込んで二体の石人形の相手を始めた。遅れてやって来た色の薄い石人形が追いつくと一対一となり、目の前の石人形を斬り伏せる。
「私は順番に倒していきますから、お二人は指揮をしてください」
「わかりました。お願いします」
ヨハンだけの返事を聞いたティアナはその場を離れ、手近な石人形から順番に一体ずつ倒していく。色の薄い石人形はその間に別のもう一体を取り押さえ、調査隊員や傭兵を助けていた。
途中からアルマが水の精霊に頼んで高圧水を発生させて石人形を切断していったこともあり、戦いは長期化せずに済んだ。
しかし、終わってみると被害が大きいことに全員が暗澹たる気分になる。
最初に荷駄役の二人が石人形に連れ去られた後、乱戦中に四人も連れ去られてしまったのだ。特にインゴルフの仲間が二人もいなくなったのは大きな戦力低下である。
ため息をついたヨハンが状況をひとつずつ確認する。
「インゴルフの班は二名、コンラートの部下は一名、それに、調査隊員一名と荷駄役二名が連れ去られてしまいましたか。一度に六人を失ったのは痛いですね」
「サシでやる分にゃどうにかやれてたんだけどよ、乱戦で後ろからも同時に襲われちゃどうにもならねぇ」
不満のぶつける先がなくて機嫌の悪いインゴルフが吐き捨てるように愚痴った。
実はコンラートが一対二で苦戦してヨハン達を守り切れないと判断し、無理にインゴルフの班を自分達に合流させたのだ。そのせいで混乱が発生してやられたのである。
今度はコンラートが口を開く。
「終わったことは仕方がない。今後どうするかだ。少なくとも、インゴルフの班が先頭を担当するのは無理だな。ティアナの班と交代させよう」
「では、数もちょうど良いので、荷駄役も守ってください」
「そうなるよな」
ヨハンの意見を聞いたインゴルフがうなずいた。数日間調査する場合に備えての食料や機材をこれ以上失うわけにはいかない。
それを見たコンラートが今度はラウラへと顔を向ける。
「それとラウラ、お前はヨハン隊長の直衛になれ」
「アタシが?」
「最初は私がヨハン隊長を守りながら指揮をすればいいと考えていたが、今回みたいに隊全体が混乱したときに問題があるとわかったからからだ」
「アタシは一人の方が実力を発揮できるって最初に言ったろ?」
「余裕があるときはそれでもいいが、もうそういうわけにはいかなくなった。それとも、雇い主のヨハン隊長を守るのも嫌だと言うのか?」
「ちっ、イヤな言い方だね」
吐き捨てるように言葉を返したラウラだったが拒否はしなかった。打算の面から考えても引き受けざるを得ないと考えたようだ。
「他には何もないな? よし、ティアナ、前に出ろ。奥に進むぞ」
「その前に休みませんか? 皆さん疲れていると思いますが」
ティアナに提案されたコンラートが周囲を見てから微妙に顔をしかめる。誰が見ても焦っているのが明らかだった。
結局、一度休憩することになる。護衛は二組に分かれて交代で休憩することになり、ティアナ達は最初に警護することになった。
警護中、ティアナは開きっぱなしの扉を眺めていたが、これからどんなことが起きるのか不安で仕方なかった。
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