青い水晶か、赤い水晶か

 ばらばらになる寸前だった調査隊をまとめるための休憩が始まった。


 十字路の通路うち、向かって左側の階段を最初に下りたのはインゴルフの班だ。


 その間のラウラはまったく落ち着きがなく、階段の手前で行ったり来たりを繰り返していた。与えられた役目など気にもかけていない。


 十五分後、インゴルフ達の顔は徒労感に溢れていた。


 そんな先頭を担当する護衛にヨハンが声をかける。


「何かありましたか?」


「なーんも。ただのでっかい部屋でしたぜ」


 肩をすくめたインゴルフが面白くなさそうに返答した。


 散々騒いでいたラウラの姿は既にない。休憩の交代と同時に階下へと向かったからだ。


 交代で休憩時間となったティアナ達は来た道を少し戻って床に腰を下ろす。全身から疲労感が溢れて重いため息をついた。


 元気のないリンニーがぽつりと漏らす。


「もうやだな~」


「あたしもよ。いくら仕事でも、これはちょっとねぇ。ヨハン隊長は何考えているかわからない、コンラート隊長は使えない、ラウラは身勝手。あのインゴルフが一番まともに見えるんだからどうしようもないわ」


 アルマの言葉にティアナも同感だ。酒場での一件がなければインゴルフの評価はもっと高かった。


 腰から取り出した水袋に口を付けてからティアナが推測を語る。


「こうなると、ヨハン隊長がわざとこんな状態にしているとしか思えませんね」


「自分を死にやすい状況に追い込んで、何をしようってのよ?」


「さぁそこまでは」


「何もわかってないんじゃないかな~」


 リンニーが言い放つが、さすがにそれはどうかとティアナとアルマは思う。


 何にせよ、今のところ事態が好転する要素は何もなかった。


 更に十五分が経過し、休憩が終わる。


 調査隊員や荷駄役が次々と立ち上がって出発の準備をしているところにティアナ達も合流した。しかし、出発のときになってもラウラの姿が見えない。


 大きなため息をついたコンラートが地面を軽く蹴った。


「ティアナ、あのバカを連れ戻してこい」


「言うことを聞かなかったらどうするのですか?」


「置いて行く。これ以上は付き合いきれん。いいですよね、ヨハン隊長?」


「そのときは仕方ないですね」


 最低限の言質を取ったティアナはうなずくと仲間二人を連れて階下へと向かう。


 階段を下りて先に広がる部屋は確かに大きかった。松明の明かりでは両側の壁すら届かない。


 松明を持つアルマがリンニーに向かって尋ねる。


「ここ知ってる?」


「みんなで集まって色々としてたと思う~。お酒飲んだり~、お芝居したり~、集会したり~、いろんなこと~」


「多目的ホールってところですか」


 こちらには存在しない言葉でティアナが部屋の性質を指した。当時はさぞ愉快だったのだろうと想像する。


 問題のラウラはすぐに見つかった。松明の明かりが丸見えだからだ。


 三人は近づくと、周囲を熱心に探し回るラウラの姿が目に入った。こちらには気付いているはずなのだがまったく反応をしない。


 一呼吸置くとティアナが声をかけた。


「ラウラ、休憩の時間は終わりました。出発するので戻りましょう」


「あと少し待っとくれよ。まだ何も見つけてないんだ」


「言うことを聞かないのならここに置き去りにするそうですよ?」


「コンラートのバカの言うことなんて無視すりゃいいんだよ。どうせろくな指示なんて出せやしねぇんだし」


「ヨハン隊長も同意されます」


 そこまで聞いてようやくラウラは顔を上げた。鬱陶しそうな表情でため息をつく。


「嘘だったらぶっ殺すよ?」


「確認するためにも戻ったらいかがです? 私に怒りをぶつけても命令は変わりませんよ」


 涼しい顔をしてティアナはラウラの怒気を受け流す。今まで少なくない経験を積んできただけあって、さすがにこの程度では怯まなかった。


 しばらくじっとしていた二人だったが、ラウラがつまらなさそうに力を抜いた。


「ちっ、お嬢様っぽいくせに度胸はありやがんの。何モンだよてめぇ」


「あなたと同じ傭兵ですよ」


「どこが同じなんだよ、バカバカしい」


 睨むような視線を向けた後、ラウラは階段へ向けて歩き始めた。


 どうにか役目を果たせたティアナもそれに続く。


 全員が合流すると調査隊は再び遺跡の奥へと進み始めた。相変わらず通路は大通り並に広い。


 そうしてまたしても上に続く階段が現れた。ヨハンの指示に従って上ると相変わらず大通りが続いていたが、周囲の様子が以前とは違う。


 先程までの階下とは異なり、天井や壁に使われている材料が色とりどりの鉱物なのだ。今までと同じく傷んだり崩れたりしているが、何かが描かれていたことは一目瞭然だった。


 それを見てヨハンがつぶやく。


「かつての栄華か偲ばれますね」


「なぁ、ヨハン隊長。あの色の付いた石ってのは値打ちモンなのかよ?」


 大通りの脇にいくつもある小山を見たインゴルフが後ろに振り向いて尋ねた。


 問われたヨハンが肩をすくめる。


「先程までの石材に比べたら価値はあるでしょうね。ただ、どれだけなのかは調べないとわからないですよ。ちなみに、私は鉱物の専門ではないので鑑定できません」


「こう、金とか銀とかみたいなわかりやすいモンがあったらなぁ」


「そういうのは先人が全部持ち帰っているでしょうね。いや、ここからは今まで誰も持ち出せなかったんでしたっけ?」


 自分の言葉に疑問を持ったヨハンが首をかしげる。


 その様子を見たインゴルフが頭を左右に振って再び歩き出した。


 今回の大通りでは再び枝分かれした道が現れる。以前と違うのは幅は大人二人が歩ける程度に統一されており、枝道の間隔も一定になっていることだ。


 ここでもラウラはあちこち好き勝手に動き回っていた。ティアナ達のいる最後尾辺りでは堂々と拾った物を懐に入れている。


 呆れて見ていたティアナだったが、重要なものでなければ遺跡内で発見した物を懐に収めても良いという言葉を思い出した。


 遺跡から入って今のところ何もない。価値ある物もないわけだが、同時に帰れなくなるような罠もない。こんなところで何も持ち帰れなくなるような仕掛けとは一体何かがまったくわからなかった。


 リンニーに尋ねたらわかるのかもしれないが、ラウラが気ままに動き回っている今は迂闊なことを聞けない。そのリンニーが平気な態度であることが唯一の救いだ。


 じんわりとした不安を抱えながらティアナ達が歩いていると、先頭のインゴルフの班から声が上がった。


「おーい、でっかい扉があって先に通れねぇぞ! なんだこれ、水晶か?」


「ちょっと待ってください。今行きますから」


 インゴルフの声に応じたヨハンが調査隊員と共に前に出た。コンラートも付き添う。


 気になったティアナ達も前に進み出た。


 大通りの先は、床から天井までを遮るように扉がはめ込まれている。扉は石のような材質で真っ白だ。長い年月を経たせいかあちこちが傷んでいる。


 扉は中央で左右に別れるようになっているが取っ手はない。代わりに、向かって右側の扉に人間の頭程度の青と赤の水晶が一つずつはめ込まれており、左側の扉には三行の短い文章が刻まれていた。


 二色の水晶を見た後、ヨハンは調査隊員共々文字を見る。背嚢から本を取り出して確認しては首をひねっていた。


「今までにない文章ですか。これは一文字ずつ解読するしかないですね」


 その様子を見ていたティアナとアルマだったが、急にリンニーに袖を引っ張られて他の面々と距離を取った。


 不思議そうにティアナが小声で尋ねる。


「どうしました?」


「あれね、『水晶の一方に触れよ。正しければ祭室へ、誤れば罰を』って書いてあるの~」


「読めるのですか?」


「だってわたし達が人間に教えた文字だから~」


 なるほど読めて当然だとティアナとアルマはうなずいた。


 しかし、問題はどうやってヨハン達に伝えるかだ。教えれば必ず解読方法を追求されるのでそのまま伝えるわけにはいかない。


 他にも気になったことをティアナはリンニーに問いかけた。


「罰ってどんなものです?」


「昔はお説教とかそんなのだったけど、今はどうかな~」


 困った顔のリンニーを見てティアナはうなずく。信者のいない今となっては説教で済ませてもらえる保証などどこにもない。


 今度は横合いからアルマが声をかけてくる。


「死んじゃうような罠になってる可能性はあるかしら? クヌートっていう神様の性格を考えて」


「たぶん、追い返されるだけだと思う~。結果的に死ぬようなことになっても、殺す気はないんじゃないかな~」


「神様の手加減が人間にとって手加減になるかどうかなんて、わからないわよね」


 最悪の可能性を検討したアルマは出たとこ勝負になりそうで肩を落とす。


 それにしてもとティアナは思う。


「遺跡に入る度に違う仕掛けが設定されているそうですけど、誰が仕掛けているのでしょう?」


「そう言えばそうよね。もしかしてまだ信者の生き残りがいるのかしら?」


「こんなところで生活しているのですか? 食べる物なんてないですのに。神様がまだ居着いている方がまだ信憑性がありますよ」


「リンニー、どうなの?」


「う~ん、わかんないな~。それより、手がかりを探そうよ~」


 運を天に任すしかないと思っていたティアナとアルマは顔を見合わせた。確かに謎解きならば答えを暗示するものがあってもおかしくない。


 周囲に聞かれないか気にしながらアルマがリンニーに問いかける。


「探して見つかるものなの?」


「壊れてなければあると思うよ~」


 遺跡内部が正常に動いているとは限らないことを思い出したアルマがため息をついた。


 ともかく、手がかりはどこにあるのかとティアナ達は周囲へ視線を巡らせる。すると、意外に早く見つかった。


「扉の上の方に青い水晶がひとつありますね」


 三行の短い文章が刻まれている方の扉の上部に青い水晶がはめ込まれていた。反対の二つの水晶がはめ込まれている向かって右側にはくぼみがあるだけで何もない。


 恐らくこれが手がかりなのだろうとティアナとアルマは考えたが、問題はこれを素直に受け取って良いのかどうかだ。


 出題者の性格をよく知るはずのリンニーにティアナが問いかける。


「これ、青色で良いのですか?」


「たぶん赤色だと思うな~。右側にあったら青だと思うけど~」


 どのような意図なのかティアナとアルマにはわからなかったが、出題者の性格を知るリンニーは赤色だと予想している。ただし、正解だという保証はない。


 三人がそうやって話をしていると、ヨハンが全員に集合をかけた。


「文字を解読した結果、この水晶のどちらか一方を触れば良いようです。問題はどちらを触るべきなのかですが、それは書いてありませんでした」


 一応解読できたらしいことにティアナ達は驚くが、まだ問題は解決していない。


 続けてヨハンが説明する。


「ということで、どちらが正解なのかまだわからないので、この辺りに手がかりがないか探してみましょう」


「なかったらどうするんだい?」


「運を天に任せるしかありませんね」


 問いかけてきたラウラにヨハンが答える。


 他に質問は出なかったので早速全員で手がかりを探すことになったが、しばらくしてからティアナが扉の上部に青い水晶があることをヨハンに伝えた。


「よく見つけましたね」


「ふと上を見たときに、他との違いがたまたま見分けられただけです」


 これでいよいよ水晶を触るだけだが、問題はどちらを触るかだ。


 ヨハンが手がかりの第一発見者であるティアナに意見を求める。


「ティアナ、あなたはどちらだと思います?」


「赤色ではないかと思います。そんなに素直な気がしないので」


「だが、それでは手がかりの意味がないだろう。私は青色の水晶だと考える」


 横からコンラートが口を挟んできた。その結果、インゴルフとラウラもコンラートを支持する。


「オレもそう思うぜ。昔の仕掛けなんて単純なモンだろ」


「深読みしたらいくらでもできちまうからね。ここはスパッと単純に青色を選んどきゃいいのさ」


 思った以上に多勢に無勢だったこともあってティアナは黙った。リンニーの見解を説明できたとしても、確実だとは言えないからだ。


 他には意見が出なかったこともあって、最後は青色の水晶に触れることが決まった。

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