瓦解する要素

 何か特殊な細工がない限り、洞窟であろうと遺跡であろうとその内部はまったくの暗闇だ。そのため、視界を確保するために照明が必要となる。


 ヨハン率いる調査隊十八名は遺跡に入ると同時に五名が松明を手にした。先頭のインゴルフの班が二つ、中央では調査員の二名、そして最後尾ではティアナ達が一つだ。


 遺跡の正面は石造りであったが中に入ってもそれは変わらない。上に弓なりの形をした天井、崩れかけた壁、すり減った床、すべてが同じ石材が使われていた。


 入り口から見える日差しを背にヨハンが全員に告げる。


「では出発しましょう。奥に階段がありますから、そのまま上ってください」


 話を聞いたインゴルフの班が遺跡の奥に体を向けると歩き始めた。中央のヨハン達と最後尾のティアナ達がそれに続く。


 正面から続く通路は大通りと呼ぶにふさわしく、大人が横一列に五人並んでも余裕をもって歩けた。


 インゴルフの班は余裕をもって一列につき二人並びで進んだ。前方だけでなく、左右にもたまに顔を向けて警戒する。


 仲間の二人が松明をかざしながら進むのを眺めていたインゴルフがつぶやく。


「今んところは、まだ金になりそうなモンはねぇなぁ」


 周囲への警戒を怠っているわけではなかったが、インゴルフは同時に物色することも忘れていなかった。早い者勝ちなので誰よりも早く見つけなければならない。


 やがて入り口から差し込む光が小さくなったところで上に続く階段が現れる。通路の幅そのままだ。


 元来た通路の天井くらいまで上ると再びまっすぐ大通りが続く。ただし、ここからは左右にいくつもの枝道が延びていた。こちらの幅は人一人分から二人分と様々だ。


 調査隊の面々が大通りを歩く中、一人ラウラが適当な枝道に入る。光がまったくないところなので持っていた松明を点けた。


 大人二人分程度の幅がある枝道は奥まで続いており、両側にはいくつもの部屋がある。崩れ落ちた扉の残骸の奥へ松明をかざすと、物置や宿泊施設らしい内部が見えた。


「ちっ、ここにゃなんもなさそうだね」


 いくつかの部屋を見たラウラは舌打ちしてから踵を返した。まだ自由に動き回るには早すぎたらしいことを理解する。


 大通りに戻ったラウラは、前方に見える調査隊の一行へ足早に近づいた。ティアナ達を追い抜き、中央の辺りで皆に歩調を合わせた。


 それと同時にコンラートが厳しい口調で問いかけてくる。


「お前、どこに行っていた?」


「ちょっとその辺りを調べたのさ。この遺跡を調べるのが目的なんだから、間違っちゃいないだろ?」


「遺跡を調べるのはヨハン隊長で、お前の仕事は隊を守ることだ。勝手なことはするな」


「枝道から魔物が出てきたら大変だろ? そいつを調べるのは護衛の役目じゃねぇか」


「だったら見える枝道を全部調べろ。どうせ金目の物を探してただけだろう。くだらん嘘はつくな」


「ちっ、うっせーな」


 機嫌が悪くなったラウラは中央から少し離れた。


 その様子を最後尾から見ていたティアナはため息をつく。


「これは、思っていたよりも大変そうですね」


「見事にばらばらね。何かに襲われたらひとたまりもなさそうだわ」


「みんな仲良くすればいいのにね~」


 いざ遺跡調査になって更に連携が期待できないことを見せつけられたティアナ達は眉をひそめる。


 これは自分達だけで行動することも考慮するべきとまで考えてから、ティアナはあからさまに歩調を緩めて中央との距離をとった。


 そうして小声でリンニーに問いかける。


「リンニー、今のところ記憶と違うところってありますか?」


「前よりも傷んでる以外は通路の位置も同じだよ~」


「もし、記憶と違うところに差しかかったら教えてくれません?」


「わかった~」


 まだ中に入ったばかりなので迷うことはないが今後どうなるかは未知数だ。かつての遺跡内部を知るリンニーの知識を活かすためにも異変は早く察知しておきたい。


 次いでアルマがリンニーに声をかける。


「さっき聞きそびれたけど、どうして中の部屋や通路の位置が変わるのよ?」


「クヌートって物を作るのが大好きで色々作るんだけど、できあがった物を作り直すことも多いのよ~」


「芸術家みたいに気に入らないといくらでも手を加える性格ってこと?」


「そうじゃなくて、できあがった物を材料にまた別の物をよく作るの~」


「小物だけじゃなくて、神殿も同じってこと?」


「そうだよ~」


「うわ、それって永遠に完成しないってことじゃない」


「クヌートは一旦終わってるから作り続けてるわけじゃないって言ってたよ~」


 本人視点ではそうなのかもしれないが、客観的に見ると際限なく作り直し続けているようにしか思えない。


 ともかく、内部が色々と変化する理由はこれでわかった。同時にもうひとつ気になることが湧き上がる。


 続けてアルマが問いかけた。


「部屋や通路の位置が変わるだけなのよね? 普通に通り抜けられるんだったら、あんまり困らないように思うけど」


「どうかな~。みんなが遊べるような工夫はよくしてたけど~」


「遊べるですって?」


「うん! お部屋とか通路を使ってみんなと遊んだことがあるよ~」


 聞けば、大きな一室を使って迷路を作ったり、通路にボーリングの様な遊戯場を用意したりしていたらしい。遊園地や遊戯場みたいだとアルマは思った。


「楽しそうね。問題は今どうなってるかだけど」


「そうだね~。まだあるかな~?」


 懐かしそうに過去へと思いを馳せたリンニーをアルマが見ていると、ティアナが二人に話しかける。


「そろそろ中央との距離を戻しましょう。コンラートに小言を言われるのは嫌ですから」


 話を聞いたアルマとリンニーは頷いて歩調を速めた。


 前後が完全に暗闇に包まれてしばらく後、再び上に延びる階段が現れる。


 振り向いたインゴルフがヨハンに叫んだ。


「これも上ればいいんだよな!」


「そうです。すぐに通路が左右に分かれていますから、右に曲がってください」


 返事を聞いたインゴルフは仲間に声をかけると再び歩き出す。


 先程と同く天井くらいまで上ると、正面にはすっかり崩れ落ちた壁画の跡があった。何が描かれていたのかまったくわからない。


 階段を上ったティアナは壁画跡の前で一旦止まり、リンニーへと振り向く。


「これ、右に曲がって正解なのですか?」


「どこに行くかによるけど、一番奥の祭室だったら別にどっちでもいいよ~」


「だったらどうして分岐しているのです?」


「そんなのクヌートにしかわからないよ~」


 まさかの回答にティアナは脱力した。ともかく、結果が同じあれば悩む必要などない。


 右に曲がってしばらく進むと大通りは直角に左折していた。天井は相変わらず弓なりの形であり、壁は崩れかけで、床はすり減っている。


 ただ、この階になってから枝分かれする道がなくなった。完全に大通り一本である。


 更に大通りを進んでいくと再び左へと直角に曲がっており、しばらく進むと十字路に直面した。調査隊の進んで来た道から見て左側はすぐ下への階段となっている。


 前を進んでいたインゴルフが再び振り向き、ヨハンに声をかけた。


「どっちに行きゃいいんだ?」


「右に進んでください」


「ヨハン隊長、ちょっと待っとくれ。正面と左はどうなってんだい?」


 突然ラウラがヨハンに質問した。先へ進もうとしていたインゴルフをはじめ、全員が足を止める。


 注目する全員を無視してラウラは更にヨハンへ尋ねた。


「他の先にも何かあるかもしれないだろ? だから聞いてんのさ」


「地図によると、正面の通路を進むと先程の階段の場所へ戻ります。左の階段を下りると大きめの部屋にたどり着くようですね」


「だったら、先にその部屋へ行こうぜ。調査隊は調べるのが仕事なんだろ?」


「いえ、私達が調べたいのはあちらの奥にあるので、まずはそちらを優先します」


「そんなこと言わずにさ、こっちの方が近いんだから、ちょっとだけでもいいじゃないか」


 困った表情のヨハンがコンラートへと顔を向ける。


 ため息をついたコンラートが一歩前に出ると、ラウラが露骨に嫌そうな顔をした。


「ラウラ、この調査隊はヨハン隊長が統率してるんだ。指示に従え」


「てめぇにゃ聞いてねぇよ。すっこんでろ」


「護衛の隊長は私だ。そして、今のお前は私の部下だ」


「はっ、寝言は寝て言いな。てめぇの下についた覚えなんざねぇよ」


 小馬鹿にしたようなラウラの言葉にコンラートがまなじりを吊り上げる。


 非常にまずい展開だとティアナは思った。ここでラウラを制御できなければ、形式上ですら護衛の指揮系統が崩壊しかねない。


 コンラートは今にも剣を抜きそうに体を震わせ、部下二人も左右で抜剣の体勢で待機している。ラウラは余裕の態度を見せつつもいつでも動けるように待ち構えていた。


 一方、ヨハンは困った表情を見せるだけで何も言わず、インゴルフは面白そうに眺めているだけだ。


 仕方がないとティアナがヨハンへと声をかける。


「ヨハン隊長、このままじっと動かないのでしたら、休憩しませんか?」


「休憩、ですか?」


「はい。そして護衛を二手に分けて、半分は調査隊員と荷駄役の警護、もう半分は休憩で行動は自由ということにしませんか?」


 ラウラを制御できないのならば、その主張を取り込む形で指示を出すしかない。


 形式上だけでも命令系統を維持できないのならば完全に烏合の衆である。この意見を受け入れてもらえない場合は、一度戻るべきだとティアナは提案するつもりだった。


 少し考えたヨハンがコンラートへと声をかける。


「コンラート、ティアナの案はどうでしょう? 悪くないと思いますが」


「先を急いでいるのではないんですか!?」


「確かに急いでいますが、このままではここから動けないでしょう?」


 言葉に詰まったコンラートが黙った。そして少し考えた後、怒りを吐き出すかのように吠える。


「休憩は三十分! 護衛はインゴルフの班が先に休め! 十五分経ったらティアナの班とラウラが休みだ!」


「てめぇ何勝手に決めてやがる! アタシの方を先にしろよ!」


「うるさい! こっちはお前に譲歩してやったんだ! 指示に従え!」


「いやだね! てめぇの指示なんぞクソくらえだ!」


 今度は一転して怒鳴り合いが始まる。通路内に響いてうるさいことこの上ない。


 そこへ、ヨハンがラウラに話しかける。


「ラウラ、コンラートの言う通り、こちらはあなたの意見を取り入れた案を出しました。今度はあなたが譲歩する番ではないですか?」


「ああ!?」


「もしこの案が聞いてもらえないのなら、今すぐ解雇します」


 コンラートとの口喧嘩の勢いそのままにラウラはヨハンを睨み付けた。しかし、ヨハンは怯むことなく最後通告を突きつける。


 再び大通りに静寂が訪れた。先程までの大声が耳に残っている分だけより静かに思える。


 しばらく雇い主のヨハンを睨んでいたラウラだったが、盛大に舌打ちして地面を蹴った。


「しゃーねーな。今回は引き下がってやるよ」


「それは良かったです。では、これから三十分休憩しましょう」


 その場の空気が一気に弛緩した。


 知らずに体に力を入れていたティアナも緊張を解く。しかし、これは駄目だとティアナは確信した。誰もがあまりにもばらばらすぎる。


 特にヨハンが何を考えているのかわからない。もっと早い段階でラウラを諫めることができたはずなのにぎりぎりまで何もしなかった。


 かろうじて命令系統は保たれたがいつ瓦解してもおかしくない状態だ。特にラウラは最大の瓦解要素である。今後も無茶を言うだろう。


 まだ何も起きていない今はともかく、これから先こんな状態でやっていけるのかとティアナは思った。


 暗澹とした気分のティアナが調査隊を見渡す。


 ヨハンは調査隊員二人と共に壁際に腰を下ろし、近くに荷駄役の四人も座っている。そのそばをコンラートが部下二人と立って警護していた。


 ならばとティアナは荷駄役の近くに仲間と一緒に立ったが、ラウラの姿が見えない。


 見れば、左手の階段を下りようとしているインゴルフの班に食ってかかっていた。


「おい、てめぇおとなしく休んでろよ!」


「休憩中はオレ達がどうしようと勝手だろ。いちいち突っかかってくるんじゃねぇよ」


 注意する気にもなれなかったティアナはコンラートへと向き直った。


「先程の指示ですと、あなたが休憩する時間がないようですが」


「まだ遺跡に入ったばかりだ。この程度なら休みなど必要ない。それより、持ち場に戻れ」


 怒りの矛先は別に向いているとはいえ、怒気を当てられてはティアナもそれ以上休憩を勧める気にもなれなかった。


 こうなるともう、自分の身の安全を図ることを考えないといけない。


 探索を始めていきなりこんな状態になるとは思わなかったティアナは大きくため息をついた。

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