幕間 挑む者と迎え撃つ者
偶然とはいつも唐突にやってくるものだとヨハンは思う。
何となく入った古物商で捜し物が見つかったり、知らずに出会った人物が別の人とつながりがあったりなど、思わぬところで思わぬつながりや結果をもたらしてくれる。
港町オストハンの酒場で最後の傭兵を雇い入れたと思ったヨハンは、当初これで充分だと考えていた。
ところが、雇った一人があっさりと少女に負けてしまったことから、女三人組の旅人に興味を持つ。
当初は軽い気持ちで声をかけたヨハンだったが、相手の名前を聞いた途端に内心激しく動揺した。かつて友人から聞いた名前と完全に一致していたからだ。
色々と話を聞きたかったヨハンはしかし、出会ったばかりでほとんど詳しい話を聞けなかった。その代わり、護衛として雇ってみようと考える。
友人の話が本当であればこの三人組は敵対者だが、これから向かう遺跡のことを思うとその力を利用できると考えたのだ。
「わかりました。では、一日金貨三枚お支払いしますね。これで引き受けていただけるということでよろしいですか」
幸い、相手はヨハンの思惑通りに契約してくれた。少々高く付いたが、事情を考えるとむしろ金で雇えたのは安いかもしれないと思う。
遺跡に向かって出発してからはそれとなく三人組を見張っていた。念のため調査隊員にも監視させていたが、遺跡に着くまで特におかしいところは見つかっていない。
最も注意すべきなのは女神と同じ名前の女だったが、出会った当初から間抜けでのんきな印象しかなかった。これでは魔法を使えても駒として使えるか疑問だ。
道中気になる点があったとすれば、休憩のときなどは隊商から距離を取りたがることくらいである。当初は隠し事があるのではと疑っていたヨハンだったが、あの三人に向けられる男達の視線を考えると妥当なものとも思えた。
こっそりと監視をしつつ色々と考えていたヨハンは、結局明確な結論が出ないまま遺跡に到着してしまう。
ここまで来るともう疑っていても仕方がない。あの三人組の正体が何であれ、存分に利用するだけだ。
「皆さん、ようやく目的の遺跡までたどり着けました。これから中に入って調査します。隊を二手に分けますので、コンラートの指示に従って行動してください」
皆が露骨に嫌そうな態度でコンラートの指示に従う中で、あの女三人組はいつも通りな様子で探索組へとやって来た。
待機組との振り分けでくじを使ったが、あの三人はこちらにやってくるように細工したのだ。一匹狼を気取っている女傭兵も探索組になったので、調査隊内の女全員が遺跡に入ることになる。偶然とは面白いものだとヨハンは思った。
そして、その女傭兵が早速問題を起こした。あの三人組と一緒は嫌だと言い出したのだ。話を聞くとあの三人組を足手まといとしか思っていないらしい。
さりげなく周囲を見ると、女傭兵の主張に異議を唱えるものはいなさそうだった。他の者達からもあまり戦えるようには見られていないようだ。
しばらく護衛隊長と女傭兵が話をしていたがまとまる気配がない。
「仕方ありませんね。ではラウラを遊撃要員にしましょう。ただし、インゴルフの班がいる先頭には出ないでください。余計な軋轢は避けたいですから」
結局、ヨハンが間に割って入って問題を解決した。
要望が通った女傭兵は喜び、仲裁を受け入れた護衛隊長は面白くなさそうに黙る。
そんな二人の様子を見てヨハンは微妙な表情を浮かべた。
今までの様子から護衛隊長が期待外れだったのだ。失敗したとはいえ調査隊を率いていたのだから護衛隊長の役もある程度はできるだろうと見込んでいたのにさっぱりだった。
何かする度に他の傭兵の反感を買い、今ではヨハンが半分護衛隊長をしているみたいである。雇うべきではなかったと内心後悔していた。
一方、女傭兵はこれからの活躍を期待していた。かなり癖は強いが、あちらこちらへと自主的に向かうので遺跡の罠を次々に明らかにしてくれそうなのだ。
ヨハンとしては最悪自分一人が帰還できれば良いのであまり気負っていなかった。重要なことも友人からもらった口伝の首飾りに毎回吹き込んでいるので漏れもない。
まずはどの程度の遺跡なのか体験してみようという軽い気持ちで、ヨハンはミネライ遺跡へ足を踏み入れた。
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ミネライ神殿から人の気配が絶えて既に久しい。かつては祭神に仕える神官や訪れる信者で賑わっていたが、今となっては遠い過去の話である。
この神殿に祀られている神は鉱物を司るクヌートだ。鉱物というだけあって、金、銀、銅、鉄などを司っている他、ダイヤモンドやエメラルドなどの宝石類も担当範囲内だ。
そのため、絶えたのは祭神に認められた来訪者だけだ。他の遺跡と比べても人間の生活圏に近いということもあって、金目の物を盗りに来る者が後を絶たない。
頻繁に盗掘者に狙われているわけだが、今のところ目的を達した人間は一人もいなかった。過去から数多くの挑戦者がいたが、退散するか命を落とすかを繰り返している。
神殿の最奥にある祭室は広く、あちこちに貴金属や宝石が無造作に山積みされていた。その山のひとつの隣に黒髪で日焼けしたかのように浅黒い少年が座っている。
少年はその黒い瞳を真剣に輝かせて、細い冠のような輪っかを作ってた。
「これでよしっと。できた!」
完成した細い輪っかを両手で突き上げて少年は声を上げる。
しばらく楽しそうに自作のそれを眺めていた少年は、満足したのか山積みされている財宝に置いた。
手ぶらになった少年は立ち上がると考え事をしながら歩き始める。
「次は何を作ろうかなぁ」
ひたすら考えることに集中している少年は周囲をまったく見ていない様子だが、不思議とあちこちにある山積みされた財宝にぶつからない。
やがて少年は気難しい顔になり、床にごろごろと転がり始める。
「う~ん、悩むなぁ。って、あれ?」
気難しい顔をして床を転がっていた少年は眉をひそめて起き上がった。そうして神殿の正面がある方へと顔を向ける。
「また誰か来たんだ。うわ、この嫌な感じってあいつの信者が来たの? なんで?」
心当たりのある知り合いの関係者を感じ取った少年は嫌そうな顔をした。しかし同時に、来訪する理由がわからずに首をかしげる。
少年は立ち上がって奥へと足を向けた。最初は不機嫌な表情だったが次第に困惑したものへと変化していく。
「あれ? この感じ、なんか懐かしいな。もしかして誰か来た? 他にもこれは精霊? あ、なんか変なのもいる」
嫌いな知人の関係者だけならいつもと同じ対応をすれば良い。しかし、同じ集団に懐かしい知り合いがいるとなると話は変わってくる。そこへ奇妙な存在も加わってきた。
何がどうなっているのかわからなくなってしまった少年はしばらく悩む。やがて祭室の奥にある祭壇にまでたどり着いたところで少年は顔を上げた。
「これは確認しないとわからないなぁ。ちょっといつもとは違うお出迎えでもしようかな。この手のやつって久しぶりだね」
ようやく対応を決めたらしい少年は落ち着いた表情に戻った。そしてすぐに笑う。見た目相応の無邪気な笑顔だ。
祭壇の中央には巨大な台座に巨大な石像が立っている。かつて神殿の装飾を手伝ったお礼にと山の神から送られたものだ。
「よし、どうするか決めたぞ。すぐに準備しなきゃ」
巨大な石像の前までやって来た少年は台座に触れると指先から台座の奥へと入り込んでいく。そしてすぐにその姿は台座の奥へと消えた。
その直後、祭室全体がかすかに揺れる。しかし、揺れは弱いので山積みされた財宝ひとつ崩すことはなかった。
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