まとまらない集団

 ティアナ達が護衛する調査隊の目指す場所はミネライ遺跡と呼ばれている。大陸の南方に広がっている山脈の麓にあり、山の中をくりぬいた建造物だ。


 この遺跡の記録は比較的残っており、元は鉱物を司る神クヌートを称えるための神殿だった。かつては大層繁栄したそうだが、それも今は昔である。


 他の遺跡と大きく違うところは、人々によく知られた場所であり、挑戦した者も少ないくない点である。更に生還者は皆口を揃えて伝えるのだ、山のように財宝があると。


 ところが、それらの財宝を持ち帰った者は一人もいない。小粒の宝石一つたりともだ。その事実がまた探索者や探検家の興味をそそり、功名心をかき立てた。


 そういった説明をヨハンから受けていたティアナだったが、気になることがあるせいで落ち着かなかった。それはクヌートがリンニーの知り合いだということだ。


 警護すべき先頭の荷馬車から少し離れて歩いているティアナが漏らす。


「友人の知り合いのお家へ空き巣をしに行くみたいで、どうにも落ち着きませんね」


「最初から知っていれば断っていたんだけど」


 後ろめたい思いがあるのはアルマも同じらしく、難しい顔をしていた。説明を聞いたのが依頼を引き受けてからだったのだ。


 まさか交渉相手に女神がいるとはヨハンも知らないので他意はないと思うティアナだったが、どうしても二人のやる気は湧かない。


 では、当のリンニーの様子はというといつも通りだ。


 不思議に思ったアルマが尋ねて見る。


「あんた、これから知り合いの家に侵入するのに平気なの?」


「入るだけだったらいいじゃない~。クヌートいるかな~」


 楽しそうにリンニーが返答する。その態度からは友人の家を訪問する感覚でいるようだ。


 神様の感覚はわからないと首を横に振るティアナとアルマだったが、コンラートが小走りに近づいてきたのに気付いた。


「おい、もっと荷馬車の近くを歩け」


「ここそんなに遠いですか?」


 不思議そうにティアナが答えた。確かに他の護衛よりも距離は離れているが、歩いて戻っても十秒程度で戻れる範囲である。


 しかし、ティアナのそんな態度が気に入らなかったコンラートは不機嫌になった。


「いいから命令通りにしろ。お前達は私の指示に従っていればいいんだ」


「わかりました」


 ため息をついたティアナは他の二人と共に先頭の荷馬車へと近寄った。


 三人の様子を見届けたコンラートが戻っていく。そこへ部下の二人も別の場所から集まってきた。


 相手が充分に離れたことを確認したアルマが肩をすくめる。


「随分と細かいわね。どうせ襲撃されて戦うとなると、あそこくらいで戦うのが一番なのに。何が気に入らないのかしら?」


「何か決め事があるのかもしれません。事前に話は聞いていませんでしたが」


 出発直前になって合流したティアナ達にコンラートからの説明はあまりなかった。常識的な範囲の注意点くらいである。


 移動時の配置に関しても大雑把なもので、あの辺りを歩いて襲撃に備えるように指示されただけだ。細かい取り決めがあるのなら説明してほしいとティアナ達は思った。


 そこで更にティアナは思い至ったことがあって目を見開く。


「そう言えば、護衛の皆さんと顔合わせをしていませんでしたね」


「何か抜けていると思ってたら。あの同僚達とは顔を合わせたいとは思わないけど」


「そうだね~」


 微妙な表情のアルマにリンニーが賛同する。


 ただそうは言うものの、戦闘時の混乱で誤って斬りつけられる恐れがある。このままというのもまずかった。


 次の休憩時にティアナはコンラートへと提案してみる。


「出発直前に参加したので皆さん顔合わせをしていないのですが、いつしましょう?」


「他は全員済ませてある。したいのなら自分達でしてこい」


 遅れた三人が悪いと言わんばかりの態度にティアナは絶句した。


 どうしたものかとティアナ達が迷っていると、コンラートは部下を引き連れて調査隊の中を巡る。そして、荷駄役や護衛の傭兵に細かく指導していた。


 その様子を見ていたリンニーがつぶやく。


「なんだか嫌な感じの人だよね~」


「何でもかんでも自分で管理しようとすると、皆さんに嫌われるように思うのですが」


「あ、早速何か起きたわね」


 人ごとながら心配していたティアナの隣でアルマが声を上げた。二人組の傭兵から拒絶されたらしく、次第に口調が激しくなってきたのに気付いたのだ。


 さすがにまずいのではと思ったティアナ達だったが、そこへヨハンが現れて仲裁を始めた。しばらくすると両者は渋々離れる。


 結局、何となく機を逸してしまったティアナ達だったが、休憩の間に荷駄役を始め少しずつ挨拶回りをしていった。傭兵達からは奇異な目や好色な視線を向けられたが我慢する。


 いくつか回った後、インゴルフのグループへと差しかかった。


「出発前に顔合わせができなかったので今ご挨拶します。私は今回調査隊の護衛をすることになりましたティアナです。こちらがリンニー、後ろにいるのがアルマです」


 酒場でインゴルフと一悶着があったことをティアナも覚えていたが、できるだけ仕事に差し支えがないように笑顔で対応した。念のため、アルマは自分の背後に立たせている。


 すると、想像とは異なる対応をされた。


 まずインゴルフの仲間三人が鼻の下を伸ばして挨拶をしてくる。てっきり仲間のインゴルフと喧嘩したせいで敵対的な態度かと予想していたが、そうではなかった。


 次いでインゴルフ本人だが、激高するかと内心身構えていたら素っ気ない態度だった。


「オレはインゴルフだ。仕事の邪魔はするなよ」


 仲間とは正反対に不機嫌そうな態度を隠そうともしないことにその場の全員が驚く。しかし、ティアナ達にとっては不可解だが都合が良い。


 最低限の挨拶を済ませるとティアナ達はその場を離れた。


 充分離れたところで立ち止まるとティアナはアルマへと振り向く。


「意外でしたね。もっと攻撃的な態度かと思っていましたけど」


「私情と仕事を切り分けてるなら良いけど、そんな奴に見えないのよね」


「でも、仲間の皆さんは友好的でしたよね~」


 のんきなリンニーの感想を聞いた二人がため息をついた。広義の意味では確かに友好的というのは正しいが、露骨な下心が丸見えで仲良くなりたいとはとても思えない。


 気を取り直したティアナが再び口を開ける。


「ただ、リンニーの言う通り他の三人が友好的だったのは引っかかりますよね。インゴルフは仲間に酒場でのことを話していないのでしょうか?」


「それはあり得るわね。大方恥ずかしいから話していないんでしょうけど」


「隠し事を知ってるこちらはひとつ有利ってことになりますね」


「交渉事が得意ならね。失敗すると夜中に襲われるわよ。こっちとしてはできるだけ関わりたくないんだから、そっとしておくのが一番ね」


 幸い、インゴルフから積極的に関わってくるような様子ではなかった。それならば都合が良いとティアナも考える。


 そうして更に挨拶回りを続けて、ようやく最後の人物までたどり着いた。


 女傭兵ラウラの前にやってくるとティアナが代表して挨拶を始める。


「出発前に顔合わせができなかったので今ご挨拶します。私は今回調査隊の護衛をすることになりましたティアナです。こちらがアルマとリンニーです」


「さっきからあっちこっちで挨拶してるのを見てたから知ってるよ。アタシはラウラだ。そこのアルマってのは、二日前の酒場でインゴルフをぶちのめしたヤツだよね」


「見ていたのですか」


「あんだけ派手にやりゃ嫌でも目立つさ。そのおかげでここに潜り込めたんだろ?」


 後ろめたいことは何もないティアナだったが、酒場での出来事を知らないと思い込んでいたので驚く。


 目を見開いたティアナの態度に気を良くしたラウラが言葉を続けた。


「あれをここで自慢しないってのはいい心がけだね。男なんて女ごときがって思ってるヤツばっかりだから、反感を喰らうだけさ」


「ご忠告ありがとうございます」


「何となくお高くとまってるように見えてムカツクけど、そうやっておとなしくしてる分には見逃してやるよ」


 機嫌は良さそうだが嫌われていることを感じ取ったティアナは、なんと言って良いのかわからずに黙る。態度が嫌いと言われてしまうとどうにもならない。


 長く話さない方が良いと判断したティアナはすぐに話を切り上げることにした。


 休憩の時間も残り少なくなったところで挨拶をすべて終わらせたティアナ達は自分達の定位置まで戻って座る。


 最初に口を開いたのはアルマだ。


「やりにくそうね。下品な興味は持たれても、良い意味での連携は無理じゃないかしら」


「結構な大所帯ですけど、本当に数を集めただけみたいですね。これで襲撃されたら危ないと思いますが、ヨハンとコンラートは一体何を考えているのでしょう?」


 今のままでは敵ではないだけだとティアナは感じた。それが重要な場合も確かにあるが、危険な場所に赴く護衛として雇った傭兵同士がこのような状態なのは危険すぎる。


 リンニーがぽつりと漏らした。


「みんなもっと仲良くしたら良いのにね~」


 何となく元気のない声だったが、ティアナもアルマもその気持ちは良く理解できた。烏合の衆で成せることなどないからだ。


 自立の第一歩として引き受けた仕事は思いのほか苦労しそうな予感があった。


-----


 港町オストハンを出発して三週間、調査隊はようやくミネライ遺跡へと到着した。


 一般的に遺跡への道のりは道なき道を踏破することが多いが、ミネライ遺跡は例外である。かつての時代に作られた古道が遺跡のある山の麓までかろうじて残っているのだ。


 そのため、たまに挑戦者の中には徒歩以外でやって来る者もいる。ヨハンも古道の存在を知っていたことから荷馬車を使うことにしたのだった。


 神殿だった巨大な遺跡の正面は風雨にさらされ朽ちている。手入れされることもないため、建材の石にはひびが入り、所によっては一部が損壊していた。


 その風貌を眺めながらティアナがつぶやく。


「ここがリンニーの知り合いが住んでいた神殿ですか」


「昔はもっときれいだったんだけどね~」


 往時の姿を知っているリンニーがのんきに答えた。ティアナとアルマならここで諸行無常を感じるところだが、そういった感傷はないようだ。


 遺跡から目を離したアルマがリンニーに尋ねる。


「前にここへ来たことがあるんなら、中がどうなってるのかは知ってるのよね?」


「たぶん~」


「どうして自信がないのよ?」


「だって、来る度に部屋の位置とか通路の曲がり方が変わってたんだもん~。今どうなってるかなんてわかんないよ~」


 回答を聞いたティアナとアルマは顔を見合わせた。室内の模様替え程度なら二人にも理解できるが、部屋や通路そのものが変化するなど想像できない。


 不安になったアルマが再び口を開こうとしたとき、コンラートが全員に集合をかけた。


 三人もコンラートの元へ集まると、ヨハンが皆の前に出て語りかける。


「皆さん、ようやく目的の遺跡までたどり着けました。これから中に入って調査します。隊を二手に分けますので、コンラートの指示に従って行動してください」


「前の晩に決めたように二つの集団に別れろ。一つは遺跡調査に随行し、もう一つは荷馬車の護衛だ」


 ヨハンの言葉を受けてコンラートが指示を出すが、誰もが嫌そうな顔をして仕方なく動く。この三週間でことあるごとに傭兵達へ口出しした結果だ。


 その様子を見ていたティアナ達はコンラートの護衛隊長としての能力を疑っていた。人に指示することに慣れているだけで、護衛の経験がないのではと予想する。


 ティアナ達は随行組なので遺跡の正面に移動した。ヨハンとコンラートの他は、調査隊員が二名、荷駄役が四名、護衛の傭兵が十名だ。残りは荷馬車へと向かう。


 全員が集まったのを確認するとヨハンが皆に声をかける。


「中の様子はある程度わかっていますが、完全ではありません。気を引き締めてください」


「インゴルフの班が先頭、中央はヨハン隊長と調査隊員、それに荷駄役の四名。中央は私と部下二名で守る。後尾はティアナの班とラウラだ」


「待っとくれ。アタシは遊撃要員にしておくれよ」


 平然とラウラがコンラートの案に異を唱えた。


 いきなり噛みつかれたコンラートが胡散臭そうに目を向ける。


「男の中ではやりにくいだろうと配慮したんだが」


「そりゃ涙が出る程嬉しいね。けど、アタシは一人の方が能力を発揮できるんだよ」


「一人でうろちょろされると、ヨハン隊長の迷惑になるだろう」


「はっ、何言ってんのさ。あんなろくに戦えそうにない足手まといと一緒にいる方が迷惑だよ。ていうか、あの三人をホントに連れてくのかい?」


「公平を期すためにくじで決めたんだ。お前が文句を言える筋合いではないだろう」


「ちっ、そりゃそうだけどさ」


 面白くなさそうに舌打ちをしてラウラがティアナ達を見た。


 重要なものでなければ遺跡内で発見した物を懐に収めても良いと告げた結果、志願者が続出したのでくじ引きとなったのだ。


 しばらく嫌な沈黙が続いたが、ヨハンが口を開く。


「仕方ありませんね。ではラウラを遊撃要員にしましょう。ただし、インゴルフの班がいる先頭には出ないでください。余計な軋轢は避けたいですから」


「しゃーないね。まぁいいさ」


 自分の意見が認められたラウラはどや顔でコンラートを見るが、護衛隊長は面白くなさそうな表情で無視をした。


 問題が片付くと、ようやく皆が遺跡への奥へと向かって行く。


 最後尾のティアナ達は自分達への配慮がまったくないことに驚いた。これでは、ヨハンもコンラートもティアナ達を戦力外だと認めているにも等しい。ならばなぜ連れて行くのかという疑問が湧く。


 皆がばらばらなままに動き始めたことに不安を抱きながら、ティアナ達は最後尾をついて行った。

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