参加者の行動原理

 港町オストハンで遺跡調査の準備が整う半年程前の冬、ヨハンは数年ぶりに旧友と再会した。懐かしさにヨハンは友人を自宅に誘い、久しぶりに旧交を温める。


 暖炉が備え付けられた食堂で楽しく食事を終えたヨハン達は応接室に移って話を続けた。とっておきの葡萄酒を取り出したヨハンは惜しげもなく友人に振る舞う。


 一口飲んだ友人が水色の瞳に驚きを浮かべた。


「ラン・デス・ゴルデスの三十年物か。手に入れるのに苦労しただろう」


「ご名答。あなたと再会できたら一緒に飲もうと探したんです。苦労はしましたけど、それだけの価値はありますから」


「光栄の極みだな。次は私が用意しないと」


 普段は滅多に笑うことのないその友人は陰気な顔を歪ませる。いつもは何かを企んでいるとしか思えないが今は違った。


 友人の対面に座ったヨハンは落ち着いた声色で話しかける。


「食事のときは敢えて聞きませんでしたが、別大陸ではやはり見つかりませんでしたか」


「いや、実は見つけたのだが、回収に失敗した上に聖なる御魂が消滅してしまったのだ」


「消滅した? 神の御霊をどうやって消すのです? 人の手では無理でしょう?」


 意外な話を聞いてヨハンは目を見開いた。信じられないといった様子で首を横に振る。


 そんなヨハンに対してその友人が答えた。


「聞いた私も驚いたよ。どうやったのかまではわからなかったが、消滅させたらしい人物、いや、神の名前なら報告を受けた。慈愛の女神リンニーだそうだ」


「神が動いた!? そんな馬鹿な! 創世の神々は人の世に干渉しないのではなかったのですか? よしんば干渉するとしても、こちらの動きに気付いてからでしょう」


「私もそう考えていた。手を出してくるとすれば、我が偉大なる主が復活してからだと。これが偶然かそうでないのか気になるところだ」


 しばらく二人は沈黙した。どちらも難しい顔をしている。


 先に口を開いたのはヨハンだった。


「まさか聖なる御魂がすべて揃わなくなるなんて、思いもしませんでしたよ」


「私もだ。こうなると消滅した聖なる御魂の替わりを用意しなければならん。作るか探すか、どちらが速いか」


「私は探してみます。とりあえず、有名どころから手当たり次第に調査しないと」


「当てはあるのか?」


「まずはミネライ遺跡ですね。有名ですからご存じでしょう? 古代からずっと活動している上に、盗掘が一度も成功したことがない遺跡です」


「なるほどな。何かあるのが確実なところから調査するわけか。賢明だな。ただ、あそこは内部構造が頻繁に変化すると聞いている。簡単には調査できないだろう」


「もちろんです。一回で成功するとは思っていません。何度も挑戦し、毎回可能な限り内部構造を探りながら罠と経路を明らかにしていくつもりです」


 ヨハンの説明を聞いた友人はうなずいた。そして、葡萄酒を口に含んでから返答する。


「しかし、個人で行くのは危険だな。教団の援助が必要だろう」


「調査隊を結成して向かいます。洗脳した学者を助手にして、護衛は別途募集します」


「教団から人を派遣してもらわなくて大丈夫なのか?」


「手駒に色々と挑戦させて遺跡内の罠をあぶり出すつもりですから、資金を用意してもらうくらいで充分だと考えてます」


 実際には、自分勝手に動く者も雇い、調査隊内の統制を緩くして各人の危険な行動を促進させる予定だ。


 話を聞いていた友人は微妙な表情をしていたが反対はしなかった。


「そこまで考えているのなら、私から何も言うことはないな。それより、ひとつ道具を後で送ろう。口伝の首飾りという口述記録ができる首飾りだ」


「口述ということは、紙に記録するのではないのですか?」


「研究室ならばともかく、屋外での活動に分厚い本を持って行くのは大変だろう。以前作ったものがあるから、是非使ってみてくれ」


「ありがとう。とても助かります」


「実はもうひとつ面白い機能があるんだが、それは後で教えるとしよう」


「それは楽しみですね」


 嬉しそうにヨハンが笑顔を浮かべる。そして、ふと思いついた疑問を友人にぶつけた。


「先程、女神リンニーが出向いたらしいということでしたが、その後の足取りは?」


「さすがにそこまではわからなかった。私も追われる身だったのでな。ただ、人間二人を供にしていたと聞いている」


「一人では行動していないのですね。ちなみに、その人間のことはわかります?」


「元貴族のティアナとそのメイドのアルマという人物らしい」


「何とも言えない組み合わせですね。どういった巡り合わせなんでしょう?」


「私にそう言われてもな」


 微妙な表情を浮かべた友人が葡萄酒を口に含んだ。


 そしてそれきりで話は終わり、話題は別のものへと移っていく。


 その後の話は趣味や近況の話となり、話題としては軽くなった。二人は数年間の積もる話に花を咲かせる。その歓談は深夜まで続いた。


-----


 ヨハンの命で荷馬車が動くのに合わせて護衛の傭兵も歩き始めた。


 先頭の荷馬車の横を歩いていたコンラートの元に部下二人が戻ってくると背後に続く。


「ようやくか」


 小さなつぶやきは誰に聞かれることなく、荷馬車や人の出す音にかき消された。


 元々コンラートは探索者である。少人数で遺跡や人里離れた場所に踏み込み、価値ある物や情報を持ち帰って売っていのだ。


 様々な経験を積み、次第に名を知られるようになってくると指名で依頼されるようになった。更に資金や物資を援助してくれる有力者も現れるようになる。


 ところが三年前、とある伝説の秘宝を探してほしいという貴族の依頼を引き受けたのが災難の始まりだった。


 その貴族は探検隊を組織する資金だけでなく、優秀な人材も用意してくれた。当時のコンラートもこれだけ支援してもらえれば成功間違いなしと自信を持った。


 壮行会までしてもらって出発したコンラート探検隊は伝説の秘宝を求めて森の奥深くへと分け入る。繁茂する枝葉は鬱陶しかったが最初は順調だった。


 異変に気付いたのは森に入って二週間が経過したときである。数日前に通った場所に出くわしたのだ。対策をして尚道に迷い始めたことを知って皆が動揺する。


 そんなところに、原因不明の体調不良で隊員が次々と倒れ出した。高熱と下痢が隊員を急速に弱らせていく。


 とどめに、人間並みの大きさの猿、探検隊の隊列くらいの長い大蛇、辺りを覆い尽くす程の毒蛾に襲われた。


 仲間が為す術もなく倒されていく中、コンラートは逃げた。仲間を助ける余裕もなく、一目散にその場から離れたのだ。


 這々の体で逃げ帰ったコンラートを待っていたのは貴族の叱責と世間の冷たい目だった。今まで築き上げた名声はたった一度の失敗ですべて失われたのである。


「あれは俺のせいじゃない! 仕方なかったんだ!」


 どんなに言葉を尽くしても、コンラートには仲間を見捨てて自分だけ逃げ帰ってきた卑怯者という汚名がついて回った。


 最初は反論していたが、次第に諦めて酒浸りの日々を送る。何年もかけて積み重ねてきた名声がたった一度の失敗で失われるとは思いもしなかった。


 失意のどん底にあったコンラートだったが、やがて一念発起して再び地道に各地を探索し始めた。そんなある日、ヨハンに声をかけられて護衛隊長となったのである。


「できれば調査隊員になりたかったが、まぁ仕方ないだろう」


 調査を成功させたという実績が欲しいコンラートにとって護衛隊長の地位は不本意だが、肩書きだけは調査隊員になれた。


 何度もヨハンと話をしていて自分達だけで調査をしたいという意思が強く見えたが、コンラートにはその理由はわからない。ただ、それでも首を突っ込めるのなら入ってやろうという心づもりは今もある。


 隣をちらりと見ると御者台に座ったヨハンが書物を読んでいる。あんな揺れる場所でよく読めると感心した。


「この遺跡調査を成功させれば、再起の足がかりになる」


 今回の目的地の説明が正しければという条件が付くものの、それでも明るい未来を期待せずにはいられない。


 今後のためにも、コンラートはこの調査をやり遂げてみせると改めて気負った。


-----


 後尾の荷馬車と並んで歩いているインゴルフは仲間三人と雑談を楽しんでいた。内容は傭兵にとっては当たり前の酒と女と博打だ。


 髭面の男が楽しそうにインゴルフへと語りかける。


「ちょうど博打で全部スッちまったところだから、今回の仕事は天の恵みってヤツだな!」


「トーマス、またかよ! けど、そんなおめぇにこんないい仕事を見つけてきたオレに感謝しろよ! 何しろ毎日銀貨五枚だぜ!」


「いつもだと銀貨一枚くらいだってぇのに、ここの隊長様は太っ腹だねぇ」


 この辺りは雇い主の懐事情に大きく左右されるところだが、今回が破格なのには違いない。全員食い詰めていただけにインゴルフはこの話に飛びついたのだ。


 今度は褐色の男がにやけた顔をインゴルフへと向ける。


「最近は戦争も減ってきて雇い口もあんまねぇし、ここが長く続くといいよなぁ」


「まったくだ。食うだけなら荷馬車の護衛でもいいが、あんまし儲かんねぇんだよな」


「この仕事は予定じゃ二ヵ月なんだよな? 何もなけりゃ銀貨三百枚が丸々手に入るわけか。もっと続けてぇもんだ」


 戦争が減って食うに困っているのはインゴルフ達だけではない。そのため、傭兵の需要が減って雇用条件が悪化する一方だった。中には盗賊になる者達も現れてきている。


 体中が傷だらけの男が期待に満ちた目をインゴルフに向けてきた。


「ここでいっちょ派手に手柄を立てて、あの隊長様に専属契約を結んでもらわねぇか?」


「やっぱおめぇも同じこと考えてたんだな、ホルガー。こんな危険な仕事をいつもしてんだったら、腕の確かな護衛が絶対必要だもんな」


「だよなぁ! そんでこの報酬でずっと雇ってもらえたら最高だよなぁ!」


 雇い主に気に入られたり大きな功績を立てたりした者が取り立てられるという話は、傭兵なら誰もが夢を見る出世物語である。現実は厳しいのだが可能性はある話だった。


 今、その立場に最も近いのが護衛隊長コンラートだとインゴルフ達は見ている。何しろ隊長として雇われているのだから、それだけヨハンから認められているということだ。


 これを何とかひっくり返せないか、あるいはどうにか滑り込めないかと四人は考えている。結局のところ、戦って功績を挙げるくらいしか思いつかないのだが。


 今後の話を皆でしていると、トーマスが思い出したように別の話題を持ち出した。


「そういやぁよ、出発直前になって女三人が急にやって来たよな。ほら、あの前の方で歩いてるヤツら」


「特に金髪の女と銀髪の小娘がえれぇべっぴんだよなぁ。オレ金髪の方とやりてぇ!」


「おめぇ、いっつもそればっかりだよな、ローマン」


 褐色の男ローマンにトーマスが呆れていると、ホルガーも話に乗ってきた。


「あれ、ヨハン隊長の女かなぁ?」


「なるほど! 一応戦えるような格好はしちゃいるが、しょせん飾りだよなぁ」


「けど、わざわざ連れてくるなんて、ヨハン隊長も見かけによらずお盛んだねぇ」


「ちげぇねぇや!」


 何も考えず無邪気に話す三人に対して、インゴルフは一歩離れて話を聞いていた。


 酒場で赤毛の少女に倒されたことをインゴルフは仲間に話していない。ばれたら言い訳すれば良いと軽く思っていた。


 しかし、こうやって同じ調査隊の護衛をするとは思ってもみなかった。あの赤毛の小娘の強さを思い出すと、自分達の競争相手になるかもしれないと考える。


 せっかくこれから腕っ節の強さを売り込もうとしているのに、厄介な連中がやって来たとインゴルフは内心頭を抱えた。


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 調査隊が出発してからラウラは最後尾を一人で歩いている。かなり使い込まれた革の鎧を身に付け、左の腰に長剣を佩き、腰に手斧をくくりつけていた。


 精悍な雰囲気からいっぱしの傭兵と誰でもわかるラウラは誰も近寄らせない。男と群れるのが嫌いなのだ。良い思い出がまるでない。


 一人では何かと不便なはずなのだが、それでもこれまで生き延びて来たのだから相応の実力者だとわかる。それでも悩みは人並みにあった。


 最も大きい悩みは、これからの人生をどうやって生きていくかだ。戦場に生き戦場で死ぬという考えはラウラにはない。


「いつまでもこんなクソみたいなことなんてやってられるか」


 腕に自信はあるものの、自分の生業に誇りなど持っていないラウラは吐き捨てるようにつぶやく。


 しかし、大半の傭兵と同じでラウラも大きく儲けたことはない。いつも儲け話はないかと探していたが簡単には見つからなかった。


 そんなラウラが港町オストハンに流れ着いたときにヨハンから誘いを受けた。報酬は日当で銀貨五枚分と今までにない破格な報酬で。


 あまりにも条件が良すぎて最初は警戒していたが、ここで見逃すにはあまりにも魅力的すぎた。結局、最後は護衛の仕事を引き受ける。


「まぁでも、とりあえず引き受けて正解だったね」


 のんびりと歩きながらラウラはつぶやく。今のところヨハンの話に嘘はない。報酬相応の危険が待ち受けていたとしても切り抜ける自信はあった。


 それよりも、今のラウラはこれから向かう遺跡に期待している。こういった調査や探検で向かうような遺跡には価値のある物が眠っているとよく聞くからだ。


「最近シケた話ばかりだったから、ここで一発大きく稼ぎたいねぇ」


 口元に笑みを浮かべたラウラが心境を漏らす。遺跡にある金目の物を盗る気でいるのだ。戦場と同じく、多少のお目こぼしはあってしかるべきだと考えているのである。


 ここで大金を手に入れることができれば傭兵から足を洗って次に進める。何をするかはまだ決めていないものの、今よりもずっとましな生活が待っていると確信していた。


 そのためにも、遺跡には溢れんばかりの財宝が待ち受けていてほしいとラウラは願う。


「あー楽しみだねぇ」


 気が逸るのを我慢しながら、ラウラは機嫌良く最後尾を歩き続けた。

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