余裕がないときの誘い
面倒な騒動も一段落してティアナ達は安心して食事を再開した。とりとめもない雑談やリンニーの酒癖対策など話はあちこち飛び回る。
そんな楽しいひとときを過ごしていると、突然近くから男の声が聞こえた。
「こちらの方々に渡してください」
三人が何事かと振り向くと、そこには木製のジョッキを持った笑顔の痩身の青年が立っていた。先程の粗野な男とは違ってとても物腰が柔らかい。
青年の隣にいた給仕が木製のジョッキを三人の前にひとつずつ置くと去って行く。
いきなりの出来事に何も言えない三人に向かって痩身の青年が語りかけた。
「先程はお見事でした。大の男を倒すなど、そこにいらっしゃるお嬢さんは大した方だ。それは珍しいものを見せていただいたお礼です。是非お受け取りください」
「え? あ、ありがとう」
差し出された木製のジョッキの理由を知ってアルマがかろうじて礼を告げた。しかし、さすがに警戒心までは解けない。
座っているティアナ達の様子を見た痩身の青年は更に話を続けた。
「私は遺跡調査隊の隊長ヨハンと申します。実は先程の様子を見て皆さんに興味が湧いたので声をかけたのですが、同席してもよろしいですか?」
「どのようなご用件ですか?」
「腕に自信のある方向けの仕事があるのですが、そのお話をしようかと」
「遺跡の調査隊ということは、その護衛ですね?」
「ご賢察の通りです」
笑顔を崩さないままのヨハンがティアナの質問に答えていく。
先程の男とは違って丁寧で、更に理由もまともそうなのでティアナの警戒心は薄れた。あれだけ見事な朽木倒しを見たのなら声をかけようと思ってもおかしくはない。
ただ、それだけで女三人に護衛の話を持ちかけてきたことにティアナは首をかしげた。アルマはその実力を示したが、相手からすると他二人の実力は未知数だからだ。
「んふふ~、おいしいね~」
考え事をしている最中にリンニーへと目だけ向けると、ヨハンが差し出した木製のジョッキを傾けていた。贈り物に手を出して本人に帰れというのはさすがに言いにくい。
仲間に選択肢のひとつを取り上げられたティアナは小さくため息をついてうなずく。
「どうぞ、こちらへ」
「ありがとうございます。では」
許可を得たヨハンが空いた席に座り、持っていた木製のジョッキをテーブルに置いた。アルマが空いていた取り皿をヨハンの前に置いて、ティアナが盛り皿の肉を勧める。
形だけその肉に興味を示し、酒で口を湿らせてからヨハンは改めて話し始めた。
「先程はそちらの赤毛の方が大活躍されていましたが、お名前は?」
「あたしはアルマよ。こっちがティアナ、さっきからジョッキを手放さないのがリンニー」
「どうしてわたしだけ余計な説明が付くのよ~」
「お酒好きなんですね。ところで、アルマは素晴らしい体術を披露されてましたけど、他のお二人も戦えるのでしょうか?」
「一応は。全員戦うことを生業にしているわけではありませんけど」
アルマとリンニーから視線を受けたティアナがヨハンに返答した。傭兵ならここが売り込みどころだが、まだ完全に警戒を解いていないので内容は曖昧だ。
誰が三人の代表かを理解したヨハンがティアナに顔を向ける。
「ということは、戦いを専門としているわけでもないのに、アルマはあの傭兵を倒したわけですか」
「降りかかる火の粉を払う
「なら、他の二人も期待できるわけですね。ちなみに、どのような
「私が剣で、リンニーは魔法です」
「魔法使いですか。それは珍しい」
希少価値の高い特殊技能を持つ程引く手数多だ。魔法を使えるというのはもちろん特別なことで報酬額も跳ね上がる。
自分達がどの程度の使い手なのかをまだ話していないティアナ達だったが、ヨハンには良い印象を与えたようだ。アルマの一件を高く評価しているらしい。
「最初にもお話をしましたが、現在遺跡調査を護衛してくれる人を探しています。ある程度人数は揃ってはいますが、私としては安心して調査したいのです」
「そうでしょうね。遺跡は大抵危険な場所にあるものですから」
「その通りです。もし差し支えなければ護衛を引き受けてもらえませんか?」
「どこの遺跡なのですか?」
「引き受けてから説明します。仕事柄、秘密にしないといけないことがありますので」
「では、報酬と待遇は?」
「待遇は三度の食事付き、生活用品は自己負担、必要な物も実費で購入してもらいます。報酬についてですが、三人一組か、個別に支払うかどちらがよろしいですか?」
問われたティアナがアルマを見る。実は仕事の諸条件を詰める話し合いは初めてなので、どうするべきなのか知らなかったのだ。
目を向けられたアルマが口を開く。
「まとめてでお願いしましょう。リンニーにお金が渡ると、全部酒代に消えちゃうし」
「そんなことないもん!」
酒の誘惑に弱い女神様からの抗議をアルマが無視した。
二人の様子を苦笑して見ていたヨハンがティアナに話しかける。
「わかりました。では、護衛を始めてから一日に金貨二枚をお支払いするということでどうでしょう」
「内訳はどうなっているのでしょうか?」
「ティアナとアルマが金貨半枚ずつ、リンニーが金貨一枚です」
「魔法が使える分だけリンニーが多いということですね」
ティアナの確認にヨハンがうなずいた。
これまで仕事の獲得には失敗していたティアナ達だったが、その間に相場観は何となく掴んでいた。その常識に照らし合わせると護衛の仕事にしてはかなり良い方だ。
仕事がなくて困っていたのだから実績作りのためにも引き受けるべきだろう。ただ、酒場の喧嘩をひとつ見ただけでこのような好条件を出してくることが不思議で仕方ない。
ヨハンを見ると相変わらず笑顔だ。特に怪しいところはないように思えるので余計に迷う。疑心暗鬼に陥りそうだった。
仕方なくティアナは再びアルマを見る。
ため息をついた赤毛の少女はヨハンに尋ねた。
「ティアナの分を金貨一枚半にしてもらえます? 魔法が使えたら価値が高くなるんですよね?」
「一枚半ですか? 一枚にしてもらえると嬉しいですけど」
「剣が使えて金貨半分、魔法が使えて一枚ですから一枚半でしょ? 能力は正当に評価してもらわないと」
「厳しいですねぇ」
苦笑いしながらヨハンが木製のジョッキに口を付けた。
なかなかジョッキを下ろさないヨハンをよそに、アルマはティアナに語りかける。
「この案を飲んでくれるなら、あたしは引き受けても良いと思うわよ?」
「いいの?」
「この手の話なんて疑えばきりがないもの。どこかで割り切らないと仕事なんてできないわよ」
「アルマがそれで良いと言うのでしたら。リンニーはどうです?」
「わたしはよくわからない~」
交渉を肴に酒を飲んでいる様子だったリンニーは深く考える様子もなく返答した。話し合いはすべてティアナとアルマに任せるようだ。
やがて考えがまとまったらしいヨハンが木製のジョッキを下ろした。その表情には苦笑いが浮かんでいる。
「わかりました。では、一日金貨三枚お支払いしますね。これで引き受けていただけるということでよろしいですか」
「はい、よろしくお願いします」
自分達の条件を飲んだヨハンに対してティアナが笑顔で答えた。
こうして、ティアナ達は遺跡調査の護衛依頼を正式に引き受ける。この後はヨハンから必要な話を三人で引き出した。
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酒場で護衛の依頼を引き受けたティアナ達は、二日後の早朝に港町オストハンの南側郊外へと出向いた。
そこには隊商の集団が点在しており、出発の準備で関係者が忙しく動き回っている。目指す調査隊の集団はそんな中にあった。
「うわ~、たくさんいるね~」
「聞いてはいたけど、護衛の数が随分と多いわね」
次第に近くなる調査隊の周辺を見てリンニーとアルマが感想を漏らした。
事前の話では調査隊員はヨハン含めて四名、雑用をこなす荷駄役が八名、護衛がティアナ達三人を含めて二十名程度である。隊の中心には二台の小さな荷馬車が停車していた。
誰もが出発の準備はできているようだが、ティアナは護衛を引き受けた者達の柄が良くないことに眉をひそめる。
「アルマ、これって手当たり次第に声をかけたように見えますが」
「そうね。全員があたし達と似たような報酬額だとしたら、飛びつく連中だっているでしょうし。でもあのヨハンって人、何考えてるのかしらね?」
国家や貴族が戦争するときに傭兵を手当たり次第雇うことはよくあるが、遺跡調査隊で護衛を手当たり次第集めるというのは珍しい。
勤務態度や忠誠心のことを考えると、出費の割には雇った護衛の質に問題がありそうに見えた。
早速ティアナ達に気付いた数人が不躾な視線を向けてくることに気付いたリンニーが不思議そうに漏らす。
「わたし達の格好って、そんなに変なのかな~?」
「あーあの視線はそういうのじゃないから、無視してたらいいわよ」
嫌そうな顔をしたアルマが返答した。
見た目は革を中心とした鎧に身を固めて剣を佩いているが、傭兵というにはティアナ達は華やかすぎた。更に、男所帯に女三人が入って来たのだ。そうした視線は避けられない。
助言を聞いたリンニーは尚も周囲を見ていると、今度はその表情を曇らせる。
「うわぁ嫌だな~、あの人もいるんだ~」
視線の先には、酒場でアルマが撃退した粗野な男がいた。仲間らしい三人と談笑しており、ティアナ達にはまだ気付いていない。
他にも、一人で志願したらしいベリーショートな頭髪の女傭兵から胡散臭そうな目を向けられていた。視線に気付いた三人が顔を向けると、一瞬睨んでから顔を背けられる。
仕事が始まる前から面倒なことになりそうな予感がした三人は頭を抱えた。
荷駄役の使用人は普通そうに見えて安心したティアナ達は挨拶をするためヨハンの元へ向かう。先頭の荷馬車の横で数人の人々と何やら話をしていた。
そこへティアナが割って入る。
「おはようございます、ヨハン隊長」
「ええ、おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」
集団に馴染もうとティアナはヨハンとの会話を始めた。
最初に部下を二人連れた目つきの鋭い男コンラートを紹介されたのを皮切りに紹介されていく。誰もが敵対的ではなかったが、好意的でもない。
接しやすいのがヨハンだけというのが何ともやりにくいと感じるティアナ達だったが、更に一点気になることがあった。
ヨハンの助手である三人の調査隊員から生気が感じられないのだ。病気のような体調不良とはまた違った虚ろな雰囲気なのである。これから苦難が予想される道のりを越えられるのか人ごとながら心配した。
ある程度話をしたところで、ティアナは護衛隊長のコンラートから話しかけられる。
「お前達のような華奢な奴等が果たして俺達についてこれるのか不安だ。これからどこに行くのかは聞いているのか?」
「はい、二日前にヨハン隊長から聞いています。こう見えても、男の人一人くらいなら倒せますよ」
何か言い返されると覚悟していたティアナは、そのまま黙ったコンラートに内心驚く。てっきり小馬鹿にしてくると思ったからだ。
ただ、コンラートは何も言わなかったがヨハンに目を向ける。
苦笑したヨハンがうなずいた。
「採用の決定権は私にありますからね。そこは信じてください、コンラート」
「そういうのなら、これ以上は何も言えないが」
「ならこの件はお終いです。これで全員揃ったことですし、出発しましょうか。じっとしていても遺跡には着きませんから」
荷駄役を呼ぶとヨハンは出発を命じた。コンラートも配下の二名を護衛の傭兵達の元へ送る。
その様子を見ながらティアナはヨハンに尋ねた。
「全員徒歩ですか?」
「荷駄役と護衛はそうですね。私と隊員は荷馬車の御者を交代でしないといけないですから」
答え終わるとヨハンは先頭の御者台に乗り込んだ。男二人だと窮屈そうに見えたが、これからの旅路を思うと座れるのは羨ましく思う。
ヨハンの隣に座った隊員が軽く鞭を入れると荷馬車が動き出す。
後続の荷馬車も動いたところでティアナ達はコンラートから声をかけられた。
「ぼさっとしてないでさっさと決められた場所で歩け。荷馬車を守るのも仕事のうちだぞ」
「あ、はい」
早速言葉で小突かれたティアナ達は小走りで先頭の荷馬車の横に付く。先程の会話で指定された場所だ。
仕事欲しさに引き受けた依頼だったが、何となく居心地の悪い隊内の様子を見てティアナはわずかに後悔をしていた。
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