護衛の追加募集

 港町オストハンの繁華街にある高級すぎも低俗すぎもしない酒場は、日が沈む頃には満席に近くなっていた。誰もが一日の終わりを楽しく過ごす。


 その中の一角に男二人で四人席を占める客達がいた。


 一人は痩身の青年で物腰の柔らかい態度だ。その正面には、目つきが鋭い以外にはこれといって特徴のない男が真剣な眼差しで青年を見つめている。


 周囲が楽しげに仲間内での歓談を楽しむ中で、この席の二人だけは暗い雰囲気だ。若干の緊張感も窺える。


 手にした木製のジョッキを口に付けてから、痩身の青年が目つきの鋭い男へ声をかけた。


「コンラート、護衛隊長の件でまだ話し合いが必要ですか?」


「正直なところ、護衛隊長という地位に納得はしていない。しかし、重要性は理解している。俺も探索者だからな」


「では、一体何を話し合うつもりなんです?」


 わからないといった様子で痩身の青年眉をひそめた。目の前の男とはこの件で何度も話し合い、一度は合意したのだ。


 この後には募集に応じた傭兵との話し合いがある。その場にはコンラートにも護衛隊長として出席してもらう予定だ。痩身の青年はなるべく手短に話を終えたかった。


 酒で口を湿らせたコンラートが再び口を開く。


「護衛隊長の地位はそのままに、調査隊員としての肩書きもくれないか?」


「なるほど、そういうことですか」


 要求を聞いた痩身の青年はこれまでの経緯から趣旨を理解した。


 このコンラートという男は、当初から調査隊を率いた経験を売り込んでいたのだ。痩身の青年も名前は小耳に挟んだことがあるのでそれは知っていた。


 しかし、青年にも事情というものがある。応じられることとできないことがあった。

 痩身の青年は丁寧な態度でコンラートに問いかける。


「肩書きだけがほしいのですか?」


「そうだ。本来ならば調査隊員になりたいが」


「意味のあることとは思えませんけど、どのような思惑があるんです?」


「ヨハン隊長、そう警戒しなくてもいい。この仕事の後のことを考えてるんだ」


「この調査が成功した暁に、調査の成果を実績としたいというわけですか」


 何かを成し遂げた場合、当然貢献に応じて参加した人々の実績となる。


 護衛として参加した場合は調査隊を守ったという功績を得る。隊長ならば護衛の傭兵を統率したという点も大きな功績だ。


 ところが、調査に直接貢献したわけではないので、例えば遺跡の謎を解いたといった類いの実績を護衛隊長では主張できない。


 中には何でもかんでも自分の手柄としたがる者もいるが、後でばれたときに大きく信用を失うことになる。


 噂程度だがヨハンもコンラートの過去を知っているのでそこにこだわる理由は理解できた。呆れ混じりの苦笑が思わず出る。


「やってもいないことを実績にするというのは感心しませんが、そこまでこだわらないといけないものですか?」


「こっちにも色々あるのさ。何だったら、調査隊員と兼務してもいいぞ」


 口元を吊り上げて笑うコンラートを見て、ヨハンは若干渋い表情で考え込んだ。


 正直なところ、肩書きだけなら構わないとヨハンは思っている。ただ、いざ調査先で本当に口出しされるのは困るのだ。この線引きだけは厳守させないといけない。


「承知しました。調査隊員の肩書きだけ差し上げましょう。ただし、実質的には護衛隊長であり調査隊員ではないことをお忘れなく」


「わかった」


「もし、こちらの調査に過剰介入したら、肩書きはなかったことにしますからね」


「厳しいな」


「こちらは譲歩したのですから、そちらも何か飲み込んでもらわないと」


 若干表情をこわばらせつつもコンラートはヨハンの提案に承知する。この瞬間、話し合いは終了し、二人の間の雰囲気が弛緩した。


 自分の要求が通ったコンラートが気を取り直して口を開く。


「話し合いがまとまって良かったよ。これで安心して仕事に集中できる」


「もう話を蒸し返すのは勘弁してくださいよ」


 完全に緊張を解いたヨハンが大きくため息をつく。


 その様子を見ながら、コンラートは旨そうに木製のジョッキを傾けた。


-----


 ヨハンとコンラートの話し合いがまとまってから結構な時間が過ぎた。


 男二人しかいなかった丸いテーブルには男女一人ずつが新たに加わっている。


 一人は、ベリーショートの精悍な顔つきの女が座っており、ややきつい眼差しを青年に向けていた。


 もう一人は、頭髪を完全に剃った体格の良い男が先程から頻繁に酒を飲んでいる。


 楽しげではないが険悪でもない雰囲気は周囲とかなり異なるが、誰も気にする様子はなかった。特別な事情がない限り、酒場で他人の様子など知りたがる客などいない。


 頭髪のない男が何度目かの酒を注文した後、ようやく話がまとまったようでこのテーブルの雰囲気も弛緩した。


「話はこれでお終いです。まとまって良かった。何度も交渉するのは大変ですからね。これからよろしくお願いします、ラウラ、インゴルフ」


 痩身の青年は左右に笑顔を向けた。それに対して、ラウラは小さくうなずき、インゴルフは木製のジョッキを掲げて笑う。


「よし、これで仕事の話は終わりってわけだ。気兼ねなく酒が飲めるぜ」


「お前は最初から飲んでただろう」


「気持ちの問題だよ、気持ちの。わかんだろ?」


 コンラートの言葉を楽しそうに受け流したインゴルフは木製のジョッキを傾ける。きれいに飲みきるとジョッキを丸いテーブルへ乱暴に置いた。


 空になったジョッキを手にしたままでインゴルフがヨハンへと顔を向ける。


「ああそうだ、大事なことを聞き忘れてたぜ。いつどこで集合するんだ?」


「調査隊は南の郊外で出発準備をしていますから、二日後の朝までに来てください」


「結構ぎりぎりなんだな。もっと先かと思ってたぜ」


「護衛を集めるのに苦労していたんですよ。それも先程終わりましたけどね」


 知りたいことを聞けたインゴルフはうなずくと給仕に酒を注文した。


 今度はラウラが油断のない様子でヨハンに尋ねる。


「飯の費用はそっち持ちってことだけど、出発前の明日でもそうなのかい?」


「隊員同様、こちらが提供する食事を食べるのでしたら」


「うまいのかい?」


「どうなんでしょうね。まぁ、感じ方は人それぞれだと思います」


「ちっ、こりゃ期待できそうにないねぇ」


 面白くなさそうにラウラが酒を飲む。ただ、あまり期待はしていなかったようで、大きく落胆している様子はない。


 話が一段落したところで再びインゴルフが口を開いた。


「にしても、このテーブルにゃ女がいるのに華がねぇよなぁ」


「仕事の話のために集まったんだ。別に華などどうでも良いだろう」


「かぁ! てめぇはわかってねぇな、コンラート。酒を飲むときに女ありとなしじゃ全然違うだろ!」


「てめぇはママの作った人形でも抱いてな」


「けっ、男みたいなヤツが何言ってやがる」


「まぁまぁ二人とも落ち着いてください。せっかく契約できたのに、喧嘩の怪我で護衛ができませんなんて困りますよ」


 対面で睨み合うインゴルフとラウラの間にヨハンが入る。心底困った表情で二人に話しかけた。


 しばらくじっとしていた二人だったが、最初に折れたのはインゴルフだった。


「こんなヤツとツラを付き合わせててもつまんねぇや。あーあ、どっかにいい女はいないかねぇ」


「豚小屋でも見てきたらどうだい」


「ラウラ」


 再度ヨハンに声をかけられてラウラは黙った。憎々しげにインゴルフを睨む。


 一方のインゴルフは周囲へと目を向けていた。大して期待はしておらずぼんやりと眺める程度だったが、とあるテーブルでその目がとまる。


「へぇ、こいつぁ」


 その視線の先には、丸いテーブルに三人の女が座っていた。


 一人目は、肩で切りそろえられた癖のない銀髪とやや切れ長で金色に輝く瞳が特徴の美少女だ。


 二人目は、やや癖のある赤毛のショートボブで茶色い瞳をした愛嬌がある少女である。


 三人目は、肩まで伸びた少し波打った金髪、翡翠色の瞳、白い肌、そしてほっそりとした体つきの美女だ。


 見たところ男はいない。これはいけると思ったインゴルフは立ち上がった。


 突然立ち上がったインゴルフを見てヨハンが怪訝そうに尋ねる。


「どうしました?」


「なに、ちょいと豚小屋でも見学してくるのさ」


 座ったままの三人は一瞬顔を見合わせると、インゴルフの向かう先を見た。そしてその理由を理解する。


 最初に声を上げたのはラウラだ。


「ちっ、なんだいありゃぁ。あんなひ弱そうな連中三人で旅なんてしてたら、あっという間に売り飛ばされちまうよ」


「珍しいのは確かだな。今までよく何もなかったものだ」


「そうですね。お連れの男性がたまたまいないだけなのかもしれないですが」


 ヨハンの予想にラウラとコンラートが納得した。自衛できない者が旅をできる程世の中甘くはないからだ。


 ただ、ヨハンとコンラートはそこまで考えてインゴルフから目を離した。そしてお互いの顔を見る。


 先に口を開いたのはコンラートだ。


「止めなくていいのか?」


「契約外のことに口だしする気はありません。私には関係のないことですから。あなたこそ止めないのですか?」


「契約は交わしたが、まだ調査隊に入ったわけじゃないしな」


 どちらも当然といった様子で理由を述べた。


 その間もラウラだけはインゴルフの様子を追っている。


 特に気にすることもない男二人だったが、ラウラの目が見開いた直後に床に人が倒される音が耳に入った。すぐに酒場に歓声が響く。


 思わずヨハンもコンラートもインゴルフへと再び目を向けた。すると、赤毛の少女によって床に押し倒されている姿が目に入る。


 怪訝そうな表情でコンラートがつぶやいた。


「席を立ったと思ったら、あいつは何をしてるんだ?」


「あっちの小娘に足を掬われて倒されたのさ。ださいヤツだよ」


 口元に笑みを浮かべたラウラが楽しそうに解説した。ちらりとその姿を見たコンラートだったが、すぐにインゴルフへと目を戻す。


 次いでヨハンがラウラに問いかけた。


「見た感じ相手の方が一回り小さいように思えますが、そんな簡単に倒せるものなのですか?」


「何かの体術を身に付けてんだろうね。ありゃどっかで訓練してたんだろう。まぁ、あのくらいだったらアタシにもできるけどね」


 対抗意識を燃やしたのか売り込みなのか判然としない返答をされたヨハンは考える。


 護衛の数はとりあえず揃ってはいるが、インゴルフの醜態を見て改めてその質が気になった。ある程度は諦めているものの、あまりにも低すぎるのは困る。


 それに対して、こちらが雇った傭兵をあっさりと倒したらしい少女はどうだろうか。一見すると戦い慣れているようには見えないが、実はかなりの熟練者なのかもしれない。


 あの赤毛の少女がそのくらいの実力者ならば、その仲間二人はどうだろう。更に戦えるようには見えないが、外見で判断できるようには思えなかった。


 考えをまとめているヨハンの耳にインゴルフの悲鳴が届く。酒場の用心棒に店外へと追い出されるところだ。赤毛の少女は注意されただけで終わったらしく、席に戻っていた。


 改めてラウラとコンラートへ顔を向けたヨハンが口を開く。


「必要なことは話し終えましたし、今日はここまでにしましょうか」


「だね。店に目を付けられちゃ、おちおち酒も飲めやしない」


 残った酒を飲み干したラウラが木製のジョッキをテーブルに置くと席を立ち、すぐに店外を目指した。


 一方、コンラートは木製のジョッキに口を付けてからヨハンに問いかける。


「その様子だと、あの女三人に興味が湧いたようだな。護衛集めは終わったんじゃないのか?」


「追加募集することなんてよくあることですよ」


 返事を聞いたコンラートは表情を変えることなく席を立つ。そして、黙って店を出た。


 テーブルにはヨハン一人となる。喧騒を奏でる周囲に比べると寂しい状態だが本人は気にしていない。


「さて、お話でもしにいきますか」


 自分の木製のジョッキを手にヨハンは立ち上がった。結果がどうなるにしろ、まずは話をしないと始まらない。


 ヨハンの視線の先にいる女三人は何も知らずに食事を楽しんでいた。

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