最後の力
ようやく周囲へ意識を向ける余裕ができたティアナは、大勢が決しているようで安心した。リンニーはヨーゼフとの戦いを終えたところで、アルマはもうすぐだ。
そのアルマの背後を見ながらエッカルトが感心する。
「魔物は、ほほう、アクアが押さえておるのか」
魔物化した者二体が足下を凍らせては氷を砕くということを繰り返して前進しているが、あれは間に合わないだろう。ただ、早く倒してしまうことに越したことはない。
自身の血だまりの中で片膝をついているカミルを見ながら、ティアナはエッカルトに話しかける。
『エッカルト、こっちも終わりにしよう』
「そうであるな。楽にしてやるのも、対戦者としての務めである」
依然強く憑依したたまのエッカルトはティアナの体を前にと動かした。血だまりの手前で立ち止まり、上段に剣を構える。
そのときになって、カミルが下を向いたまま何かをつぶやいていることに二人は気付いた。眉をひそめて耳をそばだてる。
「こんなはずはない。俺はもっと強い。女や平民ごときに負けるのはおかしい」
以前にも聞いたことのある言葉だった。余程心の支えなのか、今も繰り返している。
ティアナは呆れたが少しだけ同情もした。結局、カミルは他に支えを手に入れられなかったことを知ったからだ。しかし、事ここに至ってはもうどうにもできない。
「では、さらばだ、小童。あの世では真っ当に強くなれよ」
そう言うと、エッカルトは剣を振り下ろす。ところが、カミルが右手の鋭い鉤爪で振り下ろされた剣を受け止めた。
これにはエッカルトも驚いた。
「なに!?」
「そうだ、もっと強くなればいいんじゃないか。ははっ、そうだ、簡単なことだ。くくく、あれを浴びれば!」
何か結論を出したらしいカミルが強く言葉を吐き出すと、立ち上がりながら後退する。
逃がさぬよう追いかけようとしたエッカルトであったが、前に出ようとしたときに強烈な輝きが視界を遮った。
「む、しまった!」
『何の光だこれ!?』
一時的に視界を奪われたティアナとエッカルトが一歩後退する。
これを好機とみたカミルは、反転して台座へと走り始めた。
その気配を察知したエッカルトが回復してきた視力を頼りに追いかける。
「おのれ、逃がすか!」
「力を、もっと力をぉぉぉ!!」
叫びながら走るカミルをエッカルトは追いかけるが距離は縮まらない。
狂乱したカミルが段差を越えて台座に近づくと、禍々しい形の樹木が何本もの枝を突き刺そうと襲いかかってくる。しかし、それらを一切無視して一直線に走った。結果、かすった枝に体を傷つけられ、刺さった枝に肉を抉られる。
それでもカミルは止まらない。刺さった枝は引きちぎるか、肉ごとえぐり出してでも前進した。本来ならばとうの昔に倒れているところだが、傷が回復するため死なずに済む。
そうしてカミルは台座にたどり着いた。
「おい、聖なる御魂! よこせ! 俺に力をよこせぇぇぇ!」
「いかん、はやく討たねば! おぉ!?」
一気に近づこうとしたエッカルトだったが、段差の上に足を踏み入れると禍々しい樹木の枝が槍のように襲ってきた。
避け、次は切り落とし、更に弾く。一応近づけてはいたがほぼ足止めされている。
眼前では、台座に向かって叫んだカミルに呼応したらしく、黒い奔流が一層強く湧き出た。それをカミルが全身で浴び、傷が更に回復してゆく。
さすがにこれはまずいとティアナも感じた。
『エッカルト、まずいぞ!』
「わかっておる! この枝さえなければ!」
「テッラ、あの枝を切り落として!」
「ウェントスはあの枝を切り落として! アクア、この二体押さえるわよ!」
ティアナとエッカルトの様子に気付いたリンニーとアルマが助けに入った。テッラが岩の壁で枝を防ぎ、石の槍で串刺しにする。アルマは魔物化した者二体をアクアと防ぎつつ、ウェントスに枝を切り落とさせた。
そうしてようやく道を切り開くことができたエッカルトはついにカミルの背後までたどり着いた。気付いたカミルが振り向く。
「オノレ! マタ邪魔ヲスルノカァ!」
「これで終わりだ!」
カミルが振り上げた右腕を下ろすよりも速く、エッカルトが左胸に長剣を突き刺す。黒い奔流を浴びているカミルは左手で剣を掴んで苦しむが、これだけでは死にそうにない。
気付いたティアナが叫ぶ。
『イグニス、あいつを燃やせ! 燃え尽きるまで思いっきり!』
『思イキリ燃ヤス』
指示を受けたイグニスは長剣から高温の炎を出現させた。その炎は突き刺さったままのカミルを内側からも燃やす。
突然内外同時に燃やされたカミルは絶叫する。自身を浄化する炎の苦しさに我慢できない。
「ア゛ア゛ア゛ア゛!! イダイ! グルジイィィ!!」
『絶対に手を緩めるなよ! 最後まで!』
『ワカッタ』
やがてカミルの全身を包んでいた炎はその体を溶かしていく。そして、途中まで溶解すると突然爆ぜた。
黒い塊が、黒い奔流がティアナの体を覆い尽くす。視界が真っ黒になり、一瞬上下左右がわからなくなる。何かを飲み込み吐き出したかのような感覚があるものの、それも定かではない。
しかしそれも一瞬で、すぐに周囲が現れた。相変わらず台座の前のままで、長剣を持ったまま倒れていた。
「うわっぷ! なんだこりゃ!?」
余裕のないティアナの言葉遣いが男に戻っていたがそれどころではない。
目の前の台座からは相変わらず黒い奔流が溢れている。
次はこれを破壊するか封印するかなのだが、考えている暇はなかった。
急かすエッカルトが声を上げる。
『む、先程の騒ぎで憑依が弱まったか。ティアナ、樹木からの攻撃に気を付けよ!』
「え? あ! うわ!」
張り詰めた緊張の糸が切れたティアナは呆然としていたが、頭上から迫ってくる枝に気付いて慌てて逃げる。
転げるようにして一段高くなっている段差から下りると枝の攻撃が止まった。どうもここが境らしい。
「よくこんなところを通り抜けられたな」
『精霊の支援あってこそだな。儂らだけでは無理であったぞ』
「ちょっと、そっちが終わったんなら、こっちも手伝ってよ!」
禍々しい形の樹木を眺めながら感慨に浸っていたティアナとエッカルトは、アルマの悲鳴に意識を現実へと引き戻された。振り向くと、ウェントスとアクアを相棒に魔物化した者二体と戦っている。
「忘れてた!」
『ちょうどよい。そなたが戦ってみてはどうか』
「一対一ならどうにかなるのかな。まぁいいや。やってみる」
エッカルトの勧めに従ってティアナはアルマから魔物化した者を一体引き受ける。
「気を付けなさい。そいつら、中途半端な傷だとすぐ治るから!」
「こっちもか!」
忠告を受けたティアナは真正面から襲いかかってくる魔物化した者の鋭い鉤爪に合わせて長剣を小さく振るう。狙い通りに、鉤爪と右手の一部を切り飛ばした。
その傷の痛みに一瞬体を硬直させた隙を突いて、ティアナは長剣を返して二の腕から切り落とした。魔物化した者が悲鳴を上げる。
自ら好機を作り出したティアナは、今や完全に動きを止めた相手の首を切り落とした。
『おお、見事ではないか!』
「え? ああ」
称賛するエッカルトの声を聞きながらティアナは首をかしげる。エッカルトの動きを意識して動きはしたが、そのままなぞれるとは思っていなかった。なのにそれができたのだ。
先程の動きでもちろん違和感はあったが、それはエッカルトが憑依しきれないときのものとは違う。まるで体が技術に追いついていない感じだ。
一体自分に何が起きているのかよくわからないティアナが考え込んでいると、アルマとリンニーが集まってくる。
「あーきつかったぁ! いくらでも回復されるって面倒ねぇ」
「やったね、二人とも~! やっと終わった~」
「でも、どうやらユッタを逃しちゃったみたいなのよね」
「それはもう仕方ないだろ。とりあえず、これさえどうにかできれば済むはず」
気落ちしたアルマに声をかけたティアナが正面の禍々しい形の樹木と湧き出る黒い奔流を見る。エッカルトの悲願はまだ達成していない。
「エッカルト、あの木と黒い奔流はどうやったら止められるんだ?」
『む、儂にもはっきりとはわからん。あの湧き出ておる根元を止めればどうにかなるように思えるが』
「そういや、カミルは聖なる御魂って言ってたな。それが原因なのか? リンニーは何かわかるか?」
「うん。その聖なる御魂っていう黒い玉の力をなくせば、この黒い奔流はなくなるし、あの木も枯れると思うな~」
「リンニーは、それを破壊か封印できるか?」
「近づけたらだけどね~」
再び樹木をティアナは見た。またあの段差を越えると枝で攻撃してくるのは間違いない。
今度はアルマへと顔を向けた。
「いけるか?」
「行きたくないってのが本音だけど、仕方ないわよね。あんたこそ大丈夫なの?」
「エッカルトに任せるから問題ないよ」
「確かにそれだと安心ね」
あんまり信用されていないと言われてティアナはため息をつく。しかし、先程妙に鋭く体を動かせたことをまだ自分でも信用できないので反論はしなかった。
結論は出たので、ティアナはリンニーへと声をかける。
「リンニーはあの台座のところまで走ってくれ。俺とアルマの二人で守るから、聖なる御魂ってやつをどうにかしてほしい」
「うん、わかった~!」
リンニーを中央に据えると、ティアナは右にアルマは左に立つ。直後にティアナはエッカルトの憑依を強めた。
『エッカルト、また任せる』
「承知した。我が悲願を成就する手助けができることは何よりの喜びだ」
「いくよ~!」
かけ声をかけたリンニーが台座に向かって走り出した。
三人が段差の上に足を踏み入れると、いくつもの枝が槍のように襲ってくる。
真正面からリンニーを突き刺そうとする枝に対してテッラが岩の壁で枝を防ぎ、石の槍で串刺しにする。
左側面からやって突っ込んでくる枝はウェントスが枝を切り落とし、アルマが受け流す。上方から向かって来る枝に対してはアクアが凍らせ砕く。
右側面から差し込もうとする枝はエッカルトが弾き飛ばし、イグニスが燃やす。
全員が足止めされることなく台座にたどり着くと、ティアナ、エッカルト、アルマが周囲からの攻撃を防ぐ。
その中で、リンニーは
いつもと違う落ち着いた口調でリンニーが聖なる御魂に語りかけた。
「ああやっぱり、随分と懐かしいですね」
『オマエハ、マサカ。コンナトコロニキタトハ。ワタシヲサガシテイタノカ?』
「いいえ、あなたを見つけたのは偶然ですよ。わたしも驚いています」
『ヨモヤ、ヒトノヨニデテクルトハナ。イガイダ』
「そうですか? わたしはたまに旅をするのは好きですよ」
『ソウカ。ヨソウヨリモハヤクフッカツデキタトオモエバ、コンナケッカニナルトハナ』
「残念でした。それでは、おやすみなさい。永遠に」
話を終えたリンニーが両手に力を込めると、急速に黒い奔流が衰えて消える。更に聖なる御魂である黒い玉の表面にひびが入り、最後は砕けて砂になった。
その後しばらく間を置いて禍々しい形の樹木にも異変が起きる。今まで脈動し、盛んに動かしていた枝葉が動きを止めた。そうして、根元から石へと変化していき、ついには隅々まで石になってしまう。
今まで必死になって防戦していた三人はその様子をしばらく呆然として眺めた。
振り返ったリンニーがいつもの調子で明るく声をかける。
「みんな、終わったよ~」
こうして邪教徒の拠点だった地下神殿はついにその活動を止めた。
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