接戦
突進してくるカミルを見たアルマはその場を離れた。リンニーが反対側へと離れていくのを見てから正面へを目を向ける。前方には、愛くるしい少女ユッタがいた。
長剣を抜いたアルマが眉を寄せる。
「一番めんどくさいのと対峙しちゃったわね」
以前の記憶を引っ張り出してきたアルマはユッタが魔法を使えることを思い出す。水晶をはめ込んだ丈の短い杖を持っているのが気になった。
そして同じくらいユッタの両脇を固めている魔物化した者二人も気がかりだ。人間の男を虜にできることは知っていたが、魔物はどうなのかアルマは知らない。
「一対三なんて聞いてないわよ」
ただでさえ何をしてくるかわからないところに、数の上でも不利だと気付いたアルマが不機嫌になった。一斉に襲いかかられたときのことを考えるとぞっとする。
そんなアルマの姿を見ていたユッタは口元を歪めた。
「随分と慎重じゃない。何をそんなに怖がっているの?」
「そりゃろくでもない人物と対しているんだから、警戒もするでしょう」
「呆れた。あの女のメイドだから程度は知れてるとは思ってたけど、貴人に対しての言葉遣いがまるでなってないじゃない」
「もう貴族じゃないでしょ。それともまだ社交界に出る気なの?」
笑顔を浮かべていたユッタの顔に青筋が立つ。うまく切り替えされたこともあって一瞬言葉が出なかった。しかし、言われっぱなしにするわけにはいかない。
「向こうからお願いですから出てくださいって言わせてやるわ。そして、みんな跪かせてあたしに謝罪するのよ。特にあの王子様と公爵令嬢様には念入りにしてもらわないとね」
「完全に八つ当たりじゃない。二人の間に自分から割って入っただけでなく、周りも散々引っかき回しておいて。跪いて謝るのはあなたの方でしょ」
「うるさい! さっきから減らず口ばっかり叩いて! 自分の幸せを掴むために努力してただけよ! あたしは悪くないわ!」
「人の迷惑を顧みずに動くのが悪いって言ってるの。それに、自分の幸せを掴むために何をしても良いのなら、他の人だって同じでしょ。あんたはその競争に負けただけじゃない」
「言わせておけば。平民ごときに、あたしの苦労がわかるものですか!」
「どんな努力と苦労をしてきたか知らないけど、全部間違ってるわよ。だからこんな結果になっちゃってるってまだわからないの?」
話ながらある程度近づいたアルマだったが、ここまでだった。顔を引きつらせたユッタが号令をかけると、両脇の魔物化した者達が超人的な速さで間合いを詰めてくる。
予想はしていたアルマだったが、いざ二体が一直線に突撃してくると反応しきれない。
「え!?」
「ガアァァ!」
攻撃の間合いまで入った魔物化した者達が、左右からしなるように腕を振って鋭い鉤爪を繰り出してくる。
長剣で両方は防げないので下がろうとしたアルマだったが、間に合うかどうかは微妙なところだ。全身に鳥肌が立つ。
ところが、魔物化した者達の鋭い鉤爪はアルマには届かなかった。どちらの鉤爪も氷の塊に阻まれたのだ。更に氷と接触した部分から爪が凍り付き始める。
「ガァ!?」
異変に気付いた魔物化した者二体が慌てて手を引き戻して後退する。
今になってアルマは水の精霊アクアがそばにいてくれていたことを思い出した。同時に半透明の水玉が現れる。
「ありがとう、助かったわ」
アルマの礼を聞いたアクアは自身の体である水玉を震わせた。
突然現れた水玉にユッタが引きつった笑みを向ける。
「随分と面白いものを持っているわね。それがあんたの切り札ってわけ」
「ちょっとしたお守りよ。いいでしょ」
「言ってなさい! ならこれはどうかしら? 光よ、我が元に集いて散れ!」
魔物化した者達の背後に立つユッタが頭上に左手をかざすと、頭部程度の光の球が現れる。暗い笑みを浮かべたユッタが左手を振ると、光の球が高速で撃ち出された。
「うわっと!」
危険を予測していたアルマは光の球を横っ飛びに避ける。一度床を転がって立ち上がったアルマは後ろへと振り向いた。
光の球は元いた場所の背後の床にぶつかると爆発四散する。そして、無数の小さい光の球が拡散した。もちろんアルマに向かってもだ。
「ちょっ!? 避けられない!」
全周囲に撒き散らされた小さい光の球の一部がアルマへと迫る。周囲に隠れる場所がないので逃げ場がなかった。
しかし、アルマに向かった小さい光の球すべてが、直前で不自然なまでに上方へ逸れる。同時に、アルマは目に見えないが上昇気流を肌で感じた。
「今度はウェントスね。ありがとう、助かったわ」
アルマが礼を述べると、人間の半分程度の大きさの半透明な竜巻が現れた。
またしても攻撃を防がれたユッタは目を見開く。
「なによそれ。どうしてそんなのをあんたなんかが二つも持ってるのよ!」
「あたしのじゃないわよ。ちょっと借りてるだけ」
「ふざけないで! なんでそんな都合良く借りられるのよ! こっちは散々苦労してもなかなか手に入らないっていうのに!」
我慢の限界を超えたユッタが叫んだ。
しかし、聞いていたアルマは首を横に振る。
「本当に苦労してたの? 指輪なんてもらい物だったんでしょ?」
「はぁ!? あたし以外の手に渡らないように何年も監視していた苦労も知らないで、勝手なことを言わないで!」
「それに、以前の口ぶりから察して、何かしら生まれ持った才能があったみたいじゃない」
「何のことよ? あたしのことを見抜いてるつもり? バカじゃない?」
「選択肢がどうのこうのって言ってなかった? 興奮すると口から漏れるみたいだから気をつけた方がいいわよ?」
あれだけよくしゃべっていたユッタが黙る。そうして、再び魔物化した者二人を突撃させた。大きく振りかぶって繰り出される鋭い鉤爪だったが、またも氷の塊に防がれる。
今度はアルマも長剣で反撃した。悪くない一撃ではあったが、いかんせん身体能力に差がありすぎる。右側に振り下ろした長剣は簡単に左手の鉤爪で受け止められた。
そこへユッタの左手から光の矢が撃ち込まれる。視界の端でそれを捉えたアルマは目の前の魔物化した者を盾にするようにして避けた。
「あっぶないわね!」
光の矢を避けたアルマだったが休んでる暇はない。正面と左側に回り込んだ魔物化した者二人から今度は鋭い鉤爪で攻撃される。
こうしてアルマは精霊の助けを借りながら魔物二体との攻防を始めた。
「あははは! やっぱり平民だとこの程度よね!」
「そっちの攻撃も当たってないんだから同じじゃない!」
「あらそう? 光よ、我が元に集いて貫け!」
アルマが言い返した途端にユッタから今度は光の槍を放たれた。魔物化した者達などお構いなしに撃ってきたのでアルマが驚く。
魔物二体が素早く後退したことでいきなり遮るものがなくなってしまった。気付いたアルマが避けようとするが遅い。右の太股を抉られて転倒する。
「あうっ!」
「あははは! いいザマね! あんたなんてこの程度よ!」
とりあえず立ち上がったアルマだったが、それが限度だった。顔をゆがめて大きな息をする。しかしそのとき、半透明な水玉が傷口に触れたかと思うとすぐに傷が癒えた。
「もう治った!? あんたすごいのね!」
「傷跡さえない!? その水の玉、治癒魔法まで使えるの!?」
今の治癒の効果と速度を見る限り、即死でなければ完全に回復できそうだった。
つまり、ユッタは一撃必殺を狙わなければならないということだ。水と風の精霊の守りがある中で、そんなことを実現させるのは今のユッタには難しい。
それに気付いたユッタは顔をゆがめた。
「ただでさえ相手が女であたしの実力が発揮できないのに、そんなチート精霊まで持ってるなんてずるい!」
「だから興奮したら口を滑らせやすいってさっき注意したのに」
「うるさい! 殺しちゃえば関係ないわよ! あんた達、始末しなさい!」
ユッタに命じられた魔物化した者二体が血走った目を向けて猛然と襲いかかってくる。先程までとは違って加減なく鉤爪で引き裂こうとしてくる荒い攻撃だ。
一方、アルマはその攻撃をアクアによって防いでもらっている。合間を縫って長剣で斬りつけるが、相手に難なく受け止められてしまっていた。牽制にしかなっていない。
埒が開かない状況を打開するため、アルマはウェントスへと命じる。
「ウェントス、こいつらを攻撃して!」
命じられたウェントスが半透明な竜巻から風の刃を放つ。透明な刃が魔物化した者二体の胴体に命中し、大きく切り裂いた。
「ガアァァ!」
「光よ、我が元に集いて貫け!」
魔物化した者二体が傷つき後退したことで遮るものがなくなると、すぐさまユッタが魔法を放つ。左手から現れた光の槍はまっすぐアルマへと向かった。
今度はわずかに警戒していた分だけ反応が速かったので、アルマは横に転がって光の槍を避けられた。
しかし、アルマが立ち上がって魔物化した者二体を見ると、風の刃で受けた傷が治りつつあることを知って驚く。
「え、うそ! 治るの!?」
「こいつらにとってここは都合が良いみたいね。まぁ、このくらいの特典はないとね」
「殺しても生き返るなんてことはないでしょうね」
「さぁ? 試せるものなら試してみれば?」
笑みを浮かべるユッタから視線を外して、アルマは魔物化した者二体を見る。
一対二では片方に致命傷を与えている間に別の一体に殺されてしまう。精霊二体も使って攻撃すればいけるかもしれないが、今度はユッタに魔法で攻撃される。どちらも厳しい。
そこまで考えて、不審に思ったアルマが再びユッタを見る。戦いが始まってから右手の背丈の短い杖をまだ使っていない。とっておきなのか、それとも使えないのか。
魔物化した者二体が立ち上がろうとしていることにアルマは気付いた。もう今しかない。
「あーもう、しょうがないわね!」
決断したアルマはユッタに向かって走り始めた。今まで戦っていた二体の脇を通り抜けて一直線に向かう。
「ウェントス、前から来るのを防いで! アクア、後ろの奴を足止め!」
「そいつを止めて! 光よ、我が元に集いて散れ!」
二人の声が同時に響く。
先に口を動かし終えたのはユッタだった。左手から光の球を出して目の前の床にぶつける。すると、小さい光の球が前方へと飛び散った。
しかし、アルマの周囲に竜巻のような壁が発生し、小さい光の球は右へ左へ上へと散らされてしまう。
一方、魔物化した者二体はアクアの魔法で足下を凍らされて動けないでいた。
こうして、アルマはようやくユッタに接近できた。振りかぶった長剣を全力で下ろす。
「覚悟!」
「うるさい!」
二人が一声を発した後、鈍い音が響く。
アルマの振り下ろした長剣は、ユッタの背丈の短い杖により遮られていた。杖を横に倒し、その両端を左右の手で支えている。
まさか止められるとは思っていなかったアルマは目を見開いた。はめ込まれた水晶の根元に長剣が半ばまでめり込んでいる。これが反対の先端ならば両断できていただろう。
一方、ユッタも自分の起こした奇跡に震えていた。格闘や剣技の経験などないので無我夢中に体を動かしただけだったのだ。
「悪運が強いわね、あんた」
「簡単に死ぬもんですか」
そのまま二人は両手に力を込め、体を震わせて振り抜き防ごうとする。
しかし、徐々にアルマが優勢となっていく。上から長剣を押すという体勢の有利さ、日頃から体力仕事をしているという肉体の強さが天秤を大きく傾けようとしていた。
もちろんユッタも不利になりつつあることはよくわかっている。何より降魔の杖がもう保たない。魔物化した者二体はようやく足下の氷を砕いて脱出したが、間に合うか怪しい。
ユッタはすぐにでも決断しなければならなかった。
「光よ、我が元に集いて輝け!」
声を震わたユッタが魔法の呪文を唱え終わった瞬間、二人の間で強烈な閃光が輝いた。
不意を突かれたアルマはあまりのまぶしさに目を閉じてしまい、その隙を突いてユッタに蹴飛ばされてしまう。後ろへ倒れる瞬間に剣を振るったものの、手応えはなかった。
直感的に逃げると感じたアルマはすぐに立ち上がったが、目がちかついて動けない。
そのとき、近くで魔物化した者達の雄叫びが聞こえた。アルマは反射的に叫ぶ。
「ウェントス、アクア、守って!」
今の状態では自分の身も守れないため、アルマは精霊二体に守りを頼んだ。すぐ近くで精霊と魔物の戦う音がする。
「あ~失敗したなぁ」
目を閉じたままアルマが悔しがる。本当ならばどちらかの精霊に追撃させるべきだったがもう遅い。せめて魔物化した者二体だけでも倒そうと誓いながら、アルマは速く視力が回復するのをまった。
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