一対一の対戦

 挑発したエッカルトが憑依するティアナに向かって、魔物化したカミルが猛然と突っ込む。手加減なしでそのまま壁にぶつけて押し潰そうとするかのような勢いだ。


「死ぃねぇぇ!!」


 自分の間合いに入ったと判断したカミルは、右手を突き出すと同時に鋭い爪を伸ばしてティアナの体を貫こうとした。


 既に背後の仲間が左右に散ったことを気配で知っていたエッカルトは、相手の爪が伸びたのに気付いてとっさに下がる。しかしそれだけでは避けきれず、下がると共に長剣をいで伸びた爪を切り落とした。


 一度目の攻防が終わると、お互いに離れると動きを止めて対峙する。


「なんだと!? ただの剣で俺の爪を斬った!?」


「儂が今手にしているのは伝説に出てくるような剣だ。心してかかってくると良いぞ」


 長剣の切れ味に驚くカミルに対して、エッカルはティアナの体で泰然とその剣を構える。


 そのまま長い膠着状態に陥るのかとティアナが思った瞬間、エッカルトがティアナの体を動かした。首筋を狙って長剣を突く。


「ふん、そんな見え透いた動きで!」


 小馬鹿にした表情のカミルは上体を逸らしつつ左に避ける。次いで大きく踏み込み込んで振り上げた左手を一気に降ろした。長剣ほどに伸びた爪がティアナの頭を狙う。


 対するエッカルトは突き出した長剣を一気に引き戻しながら頭上に上げ、振り下ろされる爪を受けた瞬間に右後方へ流す。同時に一歩前に出つつ、ひねった上半身をばねのように元に戻し、相手の右首筋へと長剣を叩き込んだ。


 本能的に危機を感じ取ったカミルは全力で体を左下に倒そうとするが間に合わない。とっさに右手で首筋を守ろうとする。次の瞬間、右手が斜めに半ばまで切断された。


「あああぁぁ!!」


 地面に転がるようにしてエッカルトの間合いから逃れたカミルは、斬られた右手を庇いながら敵意を剥き出しにした。


「いだい、くそ! やったな! 殺す、絶対に殺す!」


「何を今更。今までも殺し合いをしていたではないか」


「くそぁぁぁ!!」


 痛みで冷静さを欠いた叫びをカミルが発する。しかし、すぐにはその場を動かない。


 長剣を構えたままのエッカルトも様子を窺いつつ動かなかったが、すぐに異変に気付く。


 庇っていた右手から左手をのけたカミルが、動きを確認するように右手を閉じたり開いたりする。先程まであった傷はほとんど消えていた。


『うわ、あいつ傷が自動で治るのか!』


「む、これは厄介な。中途半端な攻撃はなかったことにされるのだな」


 その様子を見ていたティアナとエッカルトは難しい顔をした。


 一方、傷の癒えたカミルが笑顔を浮かべる。


「すげぇ! 傷が治るのか! これならいくらでも戦えるぞ!」


「なるほど、それが人を辞めて得た力のひとつか。大したものだな」


「ふん、馬鹿にしていられるのも今のうちだ。いくらご大層な剣技を使われたところで、すぐに傷が治るのならどうとにでもなるからな!」


「自身の身体能力を活用することは悪くないが、頼りすぎるのはいかがなものかな」


「やかましい!」


 傷が完治したカミルが再び迫り、左手の鋭い爪で相手の長剣を上から叩こうとする。


 それを察知したエッカルトはその爪を弾こうと長剣を跳ね上げたが、それより早くカミルが左手を引き戻して空ぶった。


 長剣を跳ね上げたことでティアナの胴より下に空白が生じる。その隙を逃さずカミルが伸ばした右手の爪で左太股を突き刺そうとした。


「む!?」


 剣では間に合わないと判断したエッカルトは全力で後退する。そのおかげで勢い余って尻餅をついたものの、爪が太股をかする程度で済んだ。すぐに跳ね起きる。


『あぶねぇ!』


「いやはや、剣が空振るとは思わなんだ。大した身体能力ではないか」


「当然だ! 死に損ないや女が勝てるわけないだろう!」


「やってみなければわかるまい。現に今の攻撃は避けられたであろう」


「ははは! なら次はどうかな!」


 再び構えたエッカルトにカミルが三度突進する。受けて立とうとする相手の左側へと回り込もうとしつつ、爪を伸ばして頭を狙う。


 伸びてきた鋭い爪を長剣でいで切り落とし、エッカルトが間合いを詰めようとする。しかし、その度にカミルは下がって距離を保った。


「む、今度は近づいてこんのか」


『エッカルト、魔法で牽制しようか?』


「できるのならやってもらいたい」


 絶対に距離を詰めてこないカミルであったが爪を伸ばして斬りつけてくる。


 その何度目かの攻撃で伸びた爪を切断したときにティアナがイグニスに命じた。


『イグニス、あいつに火の玉を撃て!』


『火ノ玉、撃ツ』


 長剣の切っ先がカミルに向いたとき、その先端から拳大の火の玉が勢いよく飛び出る。そしてそのまま目を見開いたカミルの顔に直撃した。


「がはぁっ!?」


「む、好機!」


 顔を押さえ動きの鈍ったカミルに対してエッカルトが長剣を振るう。今度は左腕を切断し、そのまま左胸も半ばまで斬った。


「バカな、これでも勝てないのか」


「せっかく大きな力を手に入れても、それに頼りきりになっておってはな」


 片膝をついて大量の血を流しながらカミルが呻いた。


 もはや勝負ありと見たエッカルトは構えを解いて立ち、カミルを諭す。


 目の前の決着が付いたティアナとエッカルトは、他の二人がどうなっているか周囲へと目をやった。


-----


 突進してくるカミルを見たリンニーはその場を離れた。そして、前方に同じ方向へ移動した相手がいるのを知る。ヨーゼフだ。


 リンニーへは近づかずにその場で魔法を使ってくる。


「ヒヒヒ、炎よ、集いて敵を焼き尽くせ!」


 ヨーゼフの正面に人の頭ほどもある炎の塊がいくつも現れ、次々に高速で撃ち出された。


 自分に向かって来る複数の炎の塊を見たリンニーが悲鳴を上げる。


『守ル』


 姿を現した半透明な土人形はリンニーの正面に岩の壁を床から出現させた。いくつもの炎の塊は岩の壁にすべてぶつかり四散する。守り終えた岩の壁はすぐに崩れて砂となった。


「テッラ、ありがと~」


 半透明な土人形はリンニーの声に手を振って応じる。嬉しくなったリンニーも思わず手を振り返した。


 その様子を見ていたヨーゼフが感心するように驚く。


「ヒヒヒ、女神を自称しているからどの程度かと思っていけど、結構やるじゃないか。まぁでも、ぼくだってその程度はできるけどね」


「自称じゃないもん!」


『攻撃スル』


 あくまでも自分が女神であることを認めないヨーゼフに怒るリンニーの横で、テッラが淡々と作業をするように魔法を使う。ヨーゼフの近辺の地面から四つの石の槍が突き出た。


 突然現れた石の槍に驚いたヨーゼフは避けようと体をひねるが、一本だけ避けきれずに左脚の太股を突き刺した。


「あああああああ! いだいよおおお!」


 その絶叫を聞いたリンニーは思わず肩をすくめて目を閉じた。まるで自分が怒られているようだ。すぐに目を開いて目の前の光景を見たが顔色は優れない。


 リンニーが言い淀んでいると、ヨーゼフが絶叫する。


「いだい、いだい、いだいよう! やったな、よくもやったなぁ!」


 感情の迸るまま、ヨーゼフはやたらめったらと炎の塊を撒き散らす。


「やぁ、危ない~」


『守ル』


 テッラが一言しゃべると、再びリンニーの正面に大きな岩の壁が床からせり出る。撃ち出された炎の塊はすべて岩の壁で止められた。


「なんだよそれ、なんだよそれ! なんでぼくの攻撃を防げるんだよ! 一流の魔法使いが更に強くなったんだぞ! 大魔法使いがなんであんな自称女神を殺せないんだ!」


 わめき散らしながらも、炎の塊では倒せないと悟ったヨーゼフは一旦攻撃を中止した。そして、岩の壁が砂となって崩れたのを見計らって次の魔法を使う。


「ヒヒヒ! いつまでも調子に乗ってんなよ! 石よ、尖りて敵を刺せ!」


 血走った目でリンニーの足下をヨーゼフが睨む。足下ならば壁を挟む余地はないので防げない。そのまま石の槍でリンニーを足下から串刺しにできるはずだった。


 魔法の発動は感覚としてわかった。確かに正しく石の槍は作られた。しかし、一向にリンニーの足下には何も起きない。


「なんで!? どうして串刺しにならないんだ!?」


 慌てたヨーゼフは太股の痛みも忘れてリンニーを凝視した。


 一方、リンニーは何が起きているのかぼんやりとわかっていた。地面から魔法による何かが出てくるような感触がしたからだ。そして同時に、テッラがそれを防いだことも知る。


「テッラ、何かしてくれた~?」


『足下カラ鋭イ棒ガ出テキソウダッタカラ、地面ヲ壁ニシタ』


「そっか~ありがと~!」


 再び自分を守ってくれたテッラにお礼を告げると、リンニーはヨーゼフに顔を向けた。


「ねぇ、まだ続けるの~?」


「うるさい、うるさい! どうしてお前がそんなに強いんだよ! 逆だろう! ぼくが圧倒的に強くなきゃおかしいじゃないか!」


「そんなに強くないと駄目なの~?」


「当たり前だろう!? 弱かったら踏みつけられる一方じゃないか! だから強くなって好き勝手できる側に回れたって思ったのに! ティアナに邪魔されて、侯爵には使い捨てられて、女神を騙ってるヤツにも勝てないなんて!」


 感情が高ぶったせいか、涙を流しながら尚もヨーゼフは叫ぶ。串刺しになった左脚をそのままに、ヨーゼフは怒りと悲しみをない交ぜにした表情でリンニーを睨んだ。


「炎よ、我が手に集いて敵まで伸びよ!」


 ヨーゼフの手のひらから現れた炎は、先程とは違ってつたのように伸びる。


 それを察知したテッラは再び岩の壁を生み出して止めようとした。ところが、石の壁にぶつかった途端に炎は壁を這うようにして更に伸びる。


「えっ!? きゃぁ!」


 岩の壁から姿を現した炎は鞭のようにしなりながらリンニーを襲った。慌ててリンニーは床を転がって逃げる。


 その様子を見ていたヨーゼフが高笑いした。


「ヒヒヒ! 女神様は随分と情けない逃げ方をするんだなぁ!」


 今まで負けていてから逆転したこともあって、ヨーゼフは非常に気分が良かった。こういう状況を望んでいたのである。


「ヒヒヒ! そうかぁ、無双は無理でもざまぁはできるのかぁ! これはこれで気分が良いなぁ! ほらぁ、早く逃げないと火だるまになるぞぉ!」


 楽しそうに自分の攻撃で逃げ回る相手を眺めているヨーゼフに対して、リンニーは逃げるだけで精一杯だった。


 あちこち逃げ回っているリンニーだったが、つたのように伸びる炎なので今までの軌跡にも燃える炎は存在したままだ。そのため、次第に追い詰められてゆく。


「いやぁ、どこまでも追いかけてくる~! テッラ、助けて~!」


『助ケル』


 助けを請われたテッラはヨーゼフへと体を向けた。


「ヒヒヒ、いいぞ! もう少し、がはっ!?」


 追い詰められていたリンニーを見て喜んでいたヨーゼフに石の槍が突き刺さる。腹、胸、頭の三ヵ所だ。いずれも貫通していた。


 術者であるヨーゼフが即死するとリンニーを追いかけ回していた炎は消える。それに気付いたリンニーは立ち止まり、呆然とヨーゼフを眺めた。


「やっぱり、殺しちゃったんだ」


『アレヲ防グノハ、ムリ。あくあナラデキタ』


 血だまりを大きくしつつあるヨーゼフの死体を見ながら、リンニーはテッラの話を聞いていた。相性の問題はリンニーも知っているため、文句は言えない。


 ただそれでも、やはり嫌な思いは拭えなかった。

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