再び相対するとき

 祭室の入り口でティアナ達が呆然としていると、その存在に気付いた五人が祭壇から離れて次々に振り返ってきた。相手もティアナ達を見て驚いている。


「ユッタ、それにカミルとヨーゼフ?」


「あんた、まさかティアナ?」


 ほぼ同時にティアナとユッタがつぶやいた。


 そんな二人に対して、いち早く我に返ったカミルが叫ぶ。


「お前、放浪していたんじゃないのか!?」


「確かに旅をしていましたが、久しぶりに国へ帰って来たんです」


「この地下神殿のことをどうやって知った!?」


「ここを知ったのは偶然です。あなた達が騒ぎを起こさなければ知りませんでした」


 話をしながら周囲を窺う。


 光源がないのに見渡せることはこの際置いておくとして、最も気になるのが正面奥にある禍々しい形の樹木だ。一定の範囲に入ると襲ってくることは先程見た。


 また、台座と樹木の接合部分から黒い奔流が重い気体のように床へ流れ出しているが、恐らくあれをどうにかすれば良いことも察しがつく。


 問題は目の前の五人だ。


 ユッタは以前よりも若干目つきが鋭くなったようだが、相変わらず愛くるしい姿をしている。右手に持つ水晶がはめ込まれた背丈の短い杖が印象的だ。


 その両脇を固める魔物化したような者二人に見覚えはない。なぜ魔物のような者を従えているのかもわからない。


 カミルは全身が一回り大きくなって手足の爪が硬質化して伸びていた。一見すると人間のように見えるが、よく見ると違う。


 ヨーゼフは口がせり出して中途半端に猿のような毛が生える。こちらは人間の面影が少ない顔をにやにやとさせていた。


 一体どのような手段を使ったのか不明だが、ユッタ以外は人の道から外れたようだ。こうなると、ユッタにしても本当に見た目通り人間なのか疑わしくなる。


 様子を窺っているティアナを見ていたユッタはようやく立ち直って口を開く。


「久しぶりね、ティアナ。あんたのしてくれたことは一日だって忘れなかったわよ」


「本当にお久しぶりですね。あなたは幽閉されていたと聞いていましたが」


「ええ、されていましたとも。でも残念ね。今はこうして自由の身なの」


 愛くるしい顔で艶然と微笑むユッタを見てティアナは眉をひそめる。


 一方、そんな二人の様子を見ていたヨーゼフは不意に何かに気付いたらしく眉を寄せる。


「ヒヒヒ、おかしいなぁ。普通の人間がここに入ると、魔物になるんじゃなかったのかなぁ? ねぇ、キミたち、どんな魔法を使ったんだい?」


 答えてやる義理はないが、相手から話を聞くためにもティアナはあえて話に乗った。


「こちらの方に魔法をかけていただきました。とても優秀な方なのですよ」


「初めまして~、慈愛を司る女神のリンニーです~」


 リンニーの自己紹介を聞いてティアナの表情が固まった。人間の世界では女神と名乗らないよう注意していたのに、あっさり名乗ってしまったからだ。


 次の瞬間、ユッタ達三人が大爆笑した。


 腹を抱えつつもカミルがしゃべる。


「おい、本気か? 本気なのか!? なんだよ女神って! 一体何をどう考えたらそんな自己紹介になるんだ?」


「あははは! ここに来てそんな冗談が言えるんだ! 大したタマじゃない! あたし、そういうの嫌いじゃないわよ!」


「ヒヒヒ! そりゃ女神様なら何でもアリだろうけど! ヒヒヒ、死ぬ、死んじゃう!」


 カミルに続いてユッタとヨーゼフもリンニーの正気を疑った。確かに普通は自分を神と名乗る者など狂人扱いだ。


 その様子を見ていたティアナは硬い表情のままリンニーへと顔を向ける。


「絶対面倒なことになるから、余程のことがない限りは女神と名乗らないでねって、私は注意しましたよね?」


「う、うん。今思い出したかな~」


「これからはしゃべる前に思い出してくださいね。それと、後でお仕置き」


「え~!? ごめんなさい~!」


 リンニーは泣きそうな視線をアルマへちらちらと送ったが、首を横に振るばかりで何も言ってもらえない。


 そんな駄女神様を放って置いて、ティアナはユッタ達に話しかけた。


「それにしても驚きました。皆さんは官憲に捕まったと伺っていたのですが、釈放されていたのですか」


 その問いかけを聞いた途端に三人の笑顔が固まった。


 顔を引きつらせたユッタが強い口調で返答する。


「よくもそんなことが言えたものね。あんたのせいで、あたしがどれだけ悲惨な目に遭ったと思ってるのよ?」


「関わる気のなかった私をあなたが巻き込んだのではないですか。当時、避けられていた私の話なんて聞く人は誰もいませんでしたよ?」


 自業自得だとティアナが言い返すとユッタは青筋を立てて黙る。しかし、ティアナは言い負かしたいのではなく、重要なことを知りたいのだ。すぐに問い返す。


「ユッタ、釈放されるはずのないあなたが出てくるとは、どなたかかのお力添えがあったのですか?」


「誰があんたになんか教えるもんですか。あんたのせいで、貴族の地位もなくしたんだから、絶対ただじゃ済まさないわよ」


 ティアナからすれば完全な逆恨みだが、同時に何を言っても駄目だということはすぐに理解できた。


 次いでティアナはカミルへと問いかけた。


「二人と最後に会ったのはアーベント王国でしたが、ユッタと同じ人物に助けられたということですか?」


「さぁな。俺は興味がないので知らん。その可能性はあるだろうが、どうでもいいことだ」


「わざわざあんな遠方にまで足を運んであなた達を解放したのが不思議ですよ」


「相手の思惑など興味がないと言っているだろう」


 カミルからも話が聞けそうにないと知ると、ティアナはすぐに話し相手を切り替える。


「ヨーゼフはこの地にまったく関係がないはずですのに、どうやって来たのですか?」


「ヒヒヒ、ぼくの魔法の才能を見抜いたヤツに誘われたのさ。僕くらいの人材になるとそうそう見つからないことをよく知っていたよ!」


「その方が、ここまで導いてくださったわけですか」


「半分は間違いかな。ここに入るまでのお膳立てをしたのはそいつだけど、それを利用するって決めたのはぼくだしね!」


 嬉しそうに語るヨーゼフの話に具体的なものはなかった。語っている内容も事実がどれだけなのかわからない。


 後は何を聞き出そうかとティアナが考え始めると、逆にユッタが問いかけてきた。


「あたし達ばかり話してるのは不公平よね。あんたはどうしてここに来たのよ。あたし達以上に来る理由が見つからないんだけど」


「久しぶりに国へ帰ってきたら、かつての学び舎が襲撃されたと聞いて訪れたのです」


「随分物好きね。追放されたくせに」


「少ないながらも当時知り合いがいましたから、安否が気になったのです。あなたのお兄さんもその一人ですよ」


 兄のことを言われたユッタは目を見開く。そしてすぐに顔から表情が消えた。


「あんな奴、もうどうでもいいわ。それで、あんた達もここに来たってことは、これを手に入れに来たのかしら?」


 今のユッタの発言で、用がある対象は同じで目的は正反対だという察しはつく。そして、ユッタ達も気付いていると確信していた。


 だからこそ、返答はしておくべきだと思い、ティアナは口を開く。


「私達はそんなものなどいりません。再び封印するか、破壊するためにやってきたのです」


『よく言ったぞ、ティアナ!』


 頭の中にエッカルトの声が響く中、ティアナの言葉を聞いたユッタ達が再び大笑いした。


「封印するですって!? たかが人間ごときのあんたが、これをどうしようっていうの!」


「大方、そこの女神様が何とかしてくださるんだろうよ!」


 叫ぶとすぐにカミルは笑う。


 正直なところ、具体的にどうするのかまでは考えていなかったので、ティアナは何も言い返せない。悔しいと言えば若干悔しさはある。


 それでも話して見て色々とわかってきた。初めて知ったこともあるので、とりあえず話をしてみて正解だったとティアナは感じた。


 ひとしきり笑った後、機嫌良くカミルが語りかけてくる。


「意外と話術の才能があったんじゃないか。それを活かして生きていけばよかったものを」


「そんな才能が自分にあるなんて思っても見ませんでしたよ」


「今更知っても遅いけどな。お前はここで俺に殺されるんだ、ティアナ」


「ヒヒヒ、ちょっと待ってくれよ。ティアナの相手はぼくがしたいんだけど」


「何を言ってる。お前はあの平民か自称女神でも相手にしていろ」


「なんだと!?」


「ここにきて喧嘩なんてしないでよ! 目の前に敵がいるのよ!?」


 自分の相手を取られると思ったヨーゼフがカミルに食ってかかった。驚いたユッタが止めに入る。


 まさかの内輪揉めを眺めることになったティアナは今の間にと振り向いた。


「私はエッカルトがいるから、たぶんカミルと戦うことになるけど、アルマとリンニーは誰と戦うのがやりやすそう?」


「誰でも大変そうね。魔物化したカミルには力負けしそうだし、ヨーゼフだと魔法主体で接近戦ができなさそう。ユッタだと、両脇を固めてる魔物二体も相手にするんでしょ」


「そうなると、リンニーはヨーゼフを相手にした方が良さそうね。アルマはユッタになりそう」


「わたしは戦うのが苦手なんだけどな~」


「それはみんな同じです。それに、ここまで来てリンニーだけを見逃してくれるとは思えないでしょう?」


「うう~そうだよね~」


 熟考している時間がない中でティアナは仲間二人の相手を大雑把に決めた。


 最後にティアナはエッカルトへと声をかける。


「勝手に決めましたけど、相手はカミルで良いですよね?」


『あの小童か。構わんぞ。どのくらい強くなったのか見てやろう』


 かつて日没後に相対したことがあることを覚えていたエッカルトが快活に引き受けた。


 相談を終えたティアナが再び正面を向いたが、カミルとヨーゼフの言い争いはまだ続いている。


 どうせなら主導権を握りたかったティアナは、自分達から仕掛けることにした。


「エッカルト、今から憑依を強めます。カミルを誘い出してください」


『承知した』


 話し終えたティアナが目をつむり、しばらくすると再び目を開ける。


 体の支配権を得たエッカルトがカミルに声をかけた。


「そこにいるのは小童ではないか! かつて相手をしてやった夜から一年が過ぎたが、あれからどのくらい強くなったのだ?」


「なんだと!?」


 突然呼びかけられたカミルが驚いてティアナへと顔を向けてる。そこには先程までとは違い、剣を片手に不敵に笑うティアナの姿があった。


「我が名はエッカルト! 今はティアナに憑依しておる。去年も同じようにティアナへ憑依してそなたと戦ったが、まるで相手にならんかっただろう。あれからどのくらい成長したのかと尋ねておるのだ」


「お前、あのときの亡霊か!」


 体を震わしながらカミルが前に出る。ヨーゼフは二人を見比べて驚くばかりだ。


 そんな相手の様子など意に介することなく、エッカルトは更に叫ぶ。


「もう一度儂と戦い、強くなったことを証明せんか?」


「上等だ、死に損ない! あのときと同じだと思うなよ!」


 ついに我慢の限界を超えたカミルがティアナに対して一直線に向かってきた。


 挑発したエッカルトは向かって来るカミルに対して長剣を構える。


 もはや覚悟を決めるしかない。ティアナも近づいてくる魔物を見据えて待ち構えた。

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