祭壇へ至る道

 階段を降りた先は、ティアナ達が思っていた以上に立派な造りだった。


 通路は大の大人が両手をいっぱいに広げても余裕で三人は並べる程広く、天井はその大人二人分以上の高さだ。また、その石造りの通路は建築直後かと見まがうほどに新しい。


 ただ、何となく暗く感じられる。それを気にしたリンニーが眉を寄せた。


「なんか嫌な感じがするね~」


「この黒い霧のせいじゃないかしら。リンニーのおかげで平気だけど不安になるわ」


「ずっとこんな感じなのかな~」


「にしても、随分ときれいね。まるで造ったばっかりみたいじゃない」


「たぶん、本来はもっと傷んでるんだと思うよ~。それがこの黒い霧のおかげで新しくなってるように見えるだけなんだと思う~」


「へぇ、さっすが女神様。そんなこともわかるのね」


「えへへ~」


 後ろの二人の話を聞きながらもティアナは周囲を眺めつつ歩き始める。しばらくすると十字路が現れた。そして、ここではたと気付く。


「そもそも神殿の中がどうなってるのか俺は知らないんだが、誰か知ってるか?」


 立ち止まって振り向いたティアナがアルマとリンニーを見ると、どちらも首を横に振った。二人とも初めて入るのだから当然だろう。


 一方、エッカルトも同様だった。


『む、儂も生前を含めて入ったことはない。知識はすべて書物や伝聞ばかりだ』


「神殿だから一本道だろうと思ってたけど、迷路になっていないなんていう保証はそもそもないんだよな」


「そりゃそうなんでしょうけど、エッカルトさんは何も知らないの?」


「本から得た知識か、人づて聞いた話しかしらないらしい」


「だったら、この神殿をどうやって封印か破壊するのよ? まさか、この地下の神殿全体を崩落させて埋めるなんてするわけ?」


「エッカルト、俺達は具体的に何を封印か破壊すればいいんだ?」


『神殿の最も奥深い場所に祭殿があるらしいのだが、そこに邪悪なものが祀られていると書物にあった。それをどうにかする必要があるのだ』


「邪悪なもの? 邪神の石像なんかか?」


『樹木らしい。それ以上はわからん』


 説明しているエッカルトがよくわかっていない様子なので、話を聞いたティアナも当然よくわからない。それでも一応アルマとリンニーにそのまま伝えた。


 すると、話を聞いたリンニーが表情を曇らせた。


「そっか、もしかしたらそんなのがあるのかもしれないね~」


「リンニーどうしたのよ? 心当たりでもあるの?」


「ずっと昔に御神木の苗木を取られたことがあるって聞いたことがあったの~。もしかしたらそれのことかな~って」


 困った表情を見せるリンニーだが、質問したアルマもなんと言えば良いのかわからない。


 ただ、そんな状態も長くは続かなかった。


 少し真面目な顔になったリンニーがティアナに顔を向ける。


「エッカルト、もしかしたら知り合いと関係しているかもしれないので、もうちょっと頑張ってみるね~」


『それはありがたい。是非お願い申す』


「ということで、こっちに進みましょう~」


 エッカルトの声は聞こえないリンニーが正面のまっすぐ伸びている通路を指した。


 そんなリンニーに対してティアナが声をかける。


「わかるのか?」


「少しずつだけど、瘴気がこっちから流れてきているの~。たぶん、瘴気の出ている場所は一番奥の部屋だろうから、その流れを遡ればいいと思うんだ~」


「おお、冴えてるな」


「えへへ~」


「だったら今度から、分岐がある度にリンニーに聞けばいいのか」


「任せて~」


 ティアナとアルマには瘴気の流れはわからないが、リンニーにはわかるらしい。とりあえずたどり着く場所と進むための方法がわかって二人は安心する。


 この方法でティアナ達は第二層へと降りることができた。相変わらず建築直後かのように真新しい。


 第一層に降り立ったとき程の驚かなかった三人だが、リンニーが他の二人に注意する。


「少し黒い霧が濃くなったから、気をつけてね~」


「気をつけるって何をよ?」


「あんまり気落ちしすぎると、悪いことばっかり考えるようになるの~」


「なるほど、悪い方に引っ張られるわけね。浄化の魔法の加護があってもダメなの?」


「ごめんね、完璧じゃないの~」


 話を聞いたアルマは驚いたが選択肢はないのでそれ以上は追求しない。


 続いて第三層に降りて進むと、途中で半人半魔の生き物三体の死体を発見した。


 その死体を少し眺めてからティアナが口を開く。


「最近殺された? 誰がやったんだ?」


「仲間割れかしら? 斬り殺されているのと、丸焼きになっているのと、首を切り落とされているのと」


 話に応じたアルマが死体から目を離した。随分と嫌そうな顔をしている。


「全部仲間割れして相打ちになってくれてると嬉しいんだけどな」


「見境なく殺し合いをしているのかもしれないわね」


「次の階層あたりで戦う覚悟しないといけないかもな」


 嬉しくない想像であったが、ここまで来て何もないとはティアナもさすがに思っていない。そろそろ覚悟を決めなければと強く思う。


 第四層に降りると、今度は通路上に半人半魔の生き物の死体が点在していた。

 これを見てリンニーが不安そうにつぶやく。


「これって、神殿の封印が解かれてから誰かが先に進んだのかな~?」


「封印されているときの神殿内を知らないから何とも言えないわね。でも、もし封印が解かれてから誰か入ったんだとしたら目的は何かしら?」


「それも気になるが、入った連中が人間じゃない可能性が高いんだよな。俺達はリンニーの魔法のおかげで平気なだけなんだし」


「嫌な予感しかしないじゃないのよ」


 良い想像は誰もできない。そして、急がなければならないことはわかった。


 ところが、その途端に半人半魔の生き物たちが、通路の先、分岐路の反対側、枝道の奥などから次々と姿を現す。


 驚いたティアナが呻いた。


「これ全部相手にするのかよ」


『邪悪な神殿なのだ。このくらいの出迎えはあろう。ティアナ、体の制御を任されたい』


「わかったよ。アルマ、リンニー、俺が前に出るから、討ち漏らしたやつは任せたぞ!」


「は~い!」


「エッカルトさんがいるって知らなかったら、カッコよかったのにね」


 背中にアルマの軽口を受けながらティアナは前に駆け出す。すぐにエッカルトの憑依を強めると体の支配権を手放した。


 最初にティアナの前へ現れたのは半人半魔が二体、左右同時に襲いかかってくる。


 一瞬で二体同時は不利と悟ったエッカルトは、そのまま止まることなくティアナの体で駆け、同時に鋭い鉤爪が突き出された瞬間にかがんで前転する。そのまま相手二体の間を抜けると、振り向いてまず左側に近づき剣を振り下ろした。


「ふん!」


『イグニス、燃やせ!』


『燃ヤス』


「ガアァ!」


 半人半魔の背後から右肩に剣を振り下ろされた剣は、相手の体を右脇腹まで斬ると同時に発火させる。


 右半身を燃やされてのたうち回る相手をそのままに、エッカルトはこちらに振り向いた反対側の魔物に大きく踏み込む。相手も今度こそ仕留めるべく鉤爪を繰り出してきた。


「はっ!」


「ギャッ!」


 突き出した右腕を肘の手前で切断された半人半魔が悲鳴を上げて後退しようとする。


 しかし、エッカルトはそれを許さず、更に踏み込んで首に剣を差し込んだ。相手は声を上げることもできずに絶命する。


 すぐに殺し損ねた最初の敵にエッカルトは意識を向けるが、半身を炎に包まれながら石の槍に貫かれて絶命していた。後方へを目を向けるとリンニーが手を振っている。


「相手を焼き尽くす剣を手に取り、女神の支援を受けて戦うか。ははは、まるで英雄譚の英雄みたいではないか」


『この神殿を封印か破壊できたら、本物の英雄なんじゃないか?』


「おお、まさしく! これはますますやる気が出てきたぞ! 騎士の本懐ではないか!」


 頭の中に響くティアナの声と話をしたエッカルトは思わぬことに気づいて笑顔になる。今体を支配しているのはエッカルトなので、ティアナは豪快な笑顔を浮かべていた。


 再び正面を向くと今度は一体の魔物が襲いかかってくる。鹿の角を生やした熊が突っ込んできた。


「よし、やるぞ!」


 エッカルトは剣を構えると魔物を迎え撃った。


-----


 第五層へと続く階段の手前で、ティアナ達三人は休憩していた。どの顔も疲れ果てている。特にティアナがひどい。


 それもそのはずで、向かって来る敵を片っ端から相手にしたからだ。


「きっついぃ」


「はぁはぁ、よく、あたし達、生きてるわねぇ」


「もう、もうむり~」


 三人とも床に座り込んでいる。奇襲を受けたら全滅必至だが、そもそも迎え撃てるだけの体力があるかも怪しい。


 ようやく呼吸が整ってきたティアナがこの階層を振り返った。


「結局、向かって来るやつは全部相手にしたのか。どれだけ倒したんだろ?」


「覚えてないわね。数えてる余裕なんてなかったもの」


「さっきまでの戦いって、避けられなかったの~?」


 まだ呼吸の整わないリンニーが問いかける。


 声をかけられたティアナも当然考えた。しかし、走って駆け抜けようとするとリンニーが脱落してしまい、魔法で一気にすり抜けようとすると接近戦重視のティアナだけ置いてけぼりになる。そうして色々考えた結果、結局一体ずつ倒していくしかなかったのだ。


「三人一緒に行くってなると、この方法しか思いつかなかったんだよ」


「精霊以外で魔法が使えるのはリンニーだけだものね」


「もう敵は出てきてほしくないな~」


 すっかり弱り切ったリンニーの言葉にティアナとアルマはうなずいた。


 一方、ティアナに憑依しているエッカルトは元気そのものだ。霊体なので肉体の疲労とは無縁だからである。


『あの炎の剣は素晴らしい切れ味だな! しかも、いくら斬っても刃こぼれせんとは!』


「そりゃ、イグニスが宿ってるからな。刃先を保護しながら戦ってるみたいなもんだろ」


『む、なるほどな。ということは、いつまでも戦えるということか』


「体力が無限にあるんならな」


『そういえば、先程は大分動き回ったが、やはりきつかったか?』


「そりゃもうかなり。これでも一年間で結構鍛えたと思ってたんだけど、全然だったってことがさっきわかったよ」


『生前の儂でも息を切らせたであろうからな。やむを得んだろう』


「これが終わったら、しばらく寝て過ごすぞ。絶対にだ」


 今にも床に寝転がって眠りたいと思っているティアナが決意を露わにした。


 尚もしばらく休んだところで、アルマがティアナに声をかける。


「そろそろ行かない? ずっと休んでいたいけど、時間にも限りがありそうだし」


「だな。先に奥へ行った連中のことも気になるもんな」


 全身の倦怠感は以前そのままだが、ティアナはこれが短時間で癒えるものではないことを知っていた。


 非常に不本意であったが、ティアナはゆっくりと立ち上がる。


「それじゃ行くか。さっさと終わらせて寝よう」


「は~い」


 こちらも疲れ切った表情のリンニーが時間をかけて立ち上がった。アルマもそれに続く。


 階段を降りた先の第五層も今までと同じで通路全体は真新しかった。しかし、雰囲気は今までよりも更に暗い。


 ティアナを先頭に通路を奥へと進むと突き当たりに開け放たれたままの扉が見えた。光源もないのに部屋の奥まで見える。


 その部屋は、四方の床、壁、天井は真新しく、扉の奥は磨き上げられたかのようだ。非常に広い祭室で、規則正しく配置された柱も異形の彫像も傷ひとつない。


 祭室の奥には床より一段段差があって高くなって場所があり、その中央に大人が十人くらい横になれそうな台座が腰の高さくらいまでせり上がっている。そこから禍々しい形の樹木がが天井近くまで伸びていた。揺らめく枝葉がひっきりなしに動いている。


 また、台座と樹木の接合部分からは黒い奔流が重い気体のように周囲の床に流れ出しており、台座から離れるにしたがって密度が薄くなっていた。


「え?」


 部屋の奥にある台座近くを見たときに五人の人影があった。


 誰もが祭壇に近づこうとしているが、思うようにいかないようで進んでは退いている。原因は禍々しい形の樹木から広がる枝が先人の行く手を妨害しているからだ。


 しかし、ティアナが何より驚いたのは、そのうちの三人に見覚えがあったことである。まさかこんなところで会うとはまったく考えていなかった。

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