老騎士と精霊
邪悪なものを封印あるいは破壊するため、ティアナ達は地下神殿へ降りることになった。しかし、地下神殿について何も知らないことをエッカルト以外の三人は思い出す。
さすがにまずいと思ったティアナがエッカルトに尋ねた。口調はすっかり男のものに戻っている。
「俺達、地下の神殿について何も知らないんだけど、エッカルトは何か知ってるか?」
「実のところ知っていることは少ないのだ。何しろ侵入者から守ってはいたものの、中に入ったことはないのでな」
「そうなると出たとこ勝負なのか」
「伝承によると、邪教徒の神殿には瘴気がまとわりついていて、人を狂わせるらしい」
「邪教徒は人間じゃなかった?」
「秘薬を飲むことで瘴気への耐性を身に付けたそうだが、人でなくなるという話もある」
伝承のみで実際がどうなのかわからないのが困ったところだが、そのままでは中にすら入れないことをティアナ達は知る。
次にアルマが問いかけた。
「調査していた人が神殿に入ったときに、エッカルトさんも入らなかったんですか?」
「それがだな、儂のような霊体が入ると、瘴気に当てられて邪悪になってしまうのだ。そのせいで、あやつらの調査隊が入っていくのを指をくわえて見ておるしかなかった」
「それだと、これからどうやって神殿に入るんです?」
「ティアナに憑依するつもりだ。どのみち、儂の剣技が必要になるだろう」
「確かに。って、お嬢様、精霊はどうするんですか?」
今になって身近で身を守ってくれている存在をアルマは思い出す。
憑依できるのは一体だけだ。入れ替わりは何度もできるものの、エッカルトは外に出た時点で瘴気に浸食されてしまうので、地下神殿では憑依の解除はできそうにない。
そこまで考えたティアナは更にもうひとつの問題に思い至った。
「リンニー、エッカルトが瘴気にやられるってことは、精霊はどうなるんだ?」
「邪悪になるってことはないよ~。活動しにくくなるかもしれないけど、あの子達なら平気だと思うな~」
「幽霊みたいに影響を受けないんだ」
「精霊ってどんなに小さくても、精霊界とつながってるって聞いたことがあるよ~。だから、精霊界を染めるくらいでないとむり~」
「つながってるのに、精霊界と往来できる場所が限られてるってのも不思議だよな」
「そうだね~」
精霊についてティアナとリンニーが話をしていると、エッカルトが問いかけてきた。
「む、ティアナ、先程から話している精霊とはどういうことなのだ?」
「まだエッカルトには見せてなかったっけ。人間に囚われてたウィンクルムっていう精霊を精霊の庭へ送り返したら、お礼に護衛のための精霊を同行させてくれたんだ」
「なんと、風の大精霊を助けたのか。噂で国の守護をしていると聞いたことがあるが、事実は違ったのだな」
「え、ウィンってそんなにすごい精霊なのか?」
「四大精霊の一角だ。知らずに助けたのか」
かつての姿を思い出したティアナだったが、中身があまりに残念なのでため息しか出ない。威厳のあるところなど一度も思い出せなかった。
ともかく、既にいなくなった精霊よりも今いる精霊を紹介しないといけない。
「ウェントス、イグニス、アクア、テッラ、姿を見せてくれ」
「おお! 精霊は初めて見るぞ」
ティアナ、アルマ、リンニーのそばに半透明の竜巻、火柱、水玉、土人形が現れる。薄く輝くそれらを見たエッカルトは目を輝かせた。
「ティアナ、この精霊達とは話ができるのか?」
「こっちの言葉は聞けるけど言葉は。そうだ、リンニー、精霊の言ってることを通訳してくれないか」
「いいよ~」
「何と畏れ多い」
「気にしなくても~」
初めて出会う精霊と楽しそうに会話をするエッカルトを見ながら、ティアナはこれからの戦いについて考える。
まだまだ戦いの素人であるティアナにとってエッカルトの剣技は必須だ。なので憑依してもらうことは前提条件である。問題は精霊をどうするかだ。
当初は一体を憑依させて身を守ってもらい、もう一体に支援してもらうつもりだった。しかし、エッカルトが憑依するなら、剣技での攻撃に特化した方が良いように思えてくる。
また、アルマの守りに若干の不安を感じてもいた。普通の人間なので今回のような特殊な状況では、魔法面の守りをできるだけ揃えておかないと簡単に死ぬかもしれない。
迷いながら剣を手にかけたとき、ティアナの脳裏に案がひとつ思い浮かんだ。
「イグニス、ちょっと来てくれないか」
呼ばれたイグニスが火柱を揺らしながら近づいてくると、ティアナは手で触れて憑依させた。次に長剣を抜く。
「俺が今手に持ってる剣の中に入れるか?」
『入ル』
頼まれたイグニスが一旦ティアナに憑依した。そして、その手を通して長剣に入ると、剣がぼんやりと赤く輝く。
他の三人が驚く中、ティアナはエッカルトへと顔を向けた。
「エッカルト、俺に憑依してくれないか?」
「今はイグニスが憑依しているだろう」
「剣の中に移ってもらってるんだ。もしかしたら、これでエッカルトが憑依できるんじゃないかって思って」
「む、面白い発想だな。やってみよう」
体内からイグニスの存在感がほぼなくなっている。これならもしかと思ったわけだ。
興味を示したエッカルトが近づいてくると、やはり手で触れて憑依させようとする。すると、予想通り憑依できた。しかし、若干違和感がある。
『これは。ティアナ、違和感があるのだが、そちらはどうか?』
「あーこっちも同じだ。体の制御を任せるから、どの程度動かせるか試してくれないか」
『承知した』
憑依の度合いを強めたティアナに代わって、エッカルトがその体を動かした。イグニスを宿した長剣を室内で軽く振り回す。
「ふむ、恐らく十全に体を動かすのは無理だな。ほぼ思い通りには動かせるようだが」
『やっぱりかぁ。これで戦えそうかな?』
「相手によるな。強敵であるならば、不安は残るであろう」
長剣を手にしたままのティアナは考える。イグニスなしでエッカルトが十全に戦える場合とイグニスありでエッカルトが十全に戦えない場合では、どちらが良いのか。
一旦エッカルトとイグニスの憑依を解除したティアナが口を開く。
「イグニスありで行こう。精霊の加護なしの剣で対処できない場面に出くわしたら、エッカルトの能力が活かせなくなる」
「儂もその意見に賛成だ。余程きわどい戦いにならぬ限り、どうにかしてみせよう」
力強く答えてくれるエッカルトの後ろで、のんきにリンニーがアルマへ問いかけていた。
「ティアナの口調がさっき変だったね~?」
「強く憑依すると霊の方の人格が出るらしいわよ」
「へ~」
「ところでリンニー、このままだとあたし達って瘴気のせいで地下の神殿に入れないんだけど、何か良い方法ないかしら?」
「ん~とね~、その瘴気を見てみないとわからないけど、もしかしたら浄化の魔法をみんなにかけると平気になるかもしれないよ~」
途中で逆に問い返されたリンニーがアルマの質問に答える。
まさかすぐに答えてもらえるとは思っていなかったアルマは驚いた。
「そんな都合の良い魔法なんてあるの?」
「昔から悪者っていっぱいいたから、エステが色々と考えてくれたの~」
「あぁ、そうですか」
植物の女神が昔から苦労をしている一端を垣間見たアルマは言葉を継げなかった。
自分の脇で話されていた会話を聞いたティアナは、これで地下の神殿へ向かう準備が一通りできたと判断する。
「さて、後は残りの精霊だけど、アルマはウェントスとアクアに守ってもらって、リンニーにはテッラに付いてもらおう」
「む、その分け方には何か意味があるのか?」
「アクアは人間の怪我を治すのが四体の中で一番得意なんだ。ウェントスはいざとなったら風の魔法でアルマを緊急避難させられるからだよ」
「ちなみに、テッラはどうなのか?」
「守りに期待している」
説明に納得したエッカルトが下がった。
ティアナがアルマとリンニーへ顔を向けると、どちらもうなずいた。
そのとき、外が騒がしくなる。
「む、連中がこちらに気付いたようだ。これだけ話し込んでいれば、気づきもするか」
「のんきに言ってないで、早く何とかしないと~」
「イグニス、エッカルト、今から憑依してくれ。明かりは、必要なかったな。ここから地下の神殿まで走るぞ。エッカルト、案内を頼む」
「承知した」
指示された全員が動く。イグニスはティアナ経由で長剣に宿り、エッカルトはティアナに憑依する。アルマも長剣を抜いた。
「よし、いくぞ!」
ティアナのかけ声と共に全員が部屋から飛び出した。
部屋を出た直後はティアナが先頭だったが、すぐにアルマが前に出る。
「勝手口から出ましょ! 馬鹿正直に敵の正面へ出てやる必要なんてないわ」
どんな建物でも使用人専用の出入り口がある。勝手知ったる宿舎の構造をアルマが思い出したのだ。
魔物化した者達をやり過ごしたティアナ達は一路聖堂へと向かう。遠くで叫び声が聞こえた。
しばらく走り続けたティアナ達が聖堂の裏手に回ると、魔物化した者二体が襲いかかってきた。
「ガウァ!」
「うぉっ!?」
『任せよ!』
先頭を走っていたティアナの目の前に一体の魔物化した者が鉤爪を繰り出してくる。ティアナの体を使うエッカルトが、既に抜き身で持っていた長剣で右腕ごと切り落とした。
「ガフッ!?」
「ふん!」
あまりにも近すぎたのでエッカルトは走る勢いはそのままに体当たりをした。切断された激痛と体当たりの衝撃で混乱する魔物化した者は後方へとよろける。そうして頃合いの間合いが生まれた瞬間、エッカルトは第二撃で相手の左肩から右腰まで切断した。
戦いが終わってティアナがすぐに振り向くと、ちょうどアルマも魔物化した者を倒したところだった。
「大丈夫か?」
「一応ね。やたらと力が強いから、切り結んでからの押し合いは危ないわ。ウェントスが魔法で攻撃してくれたから怯んだ隙をつけたのよ。普通の長剣でも殺せるみたいね」
「アルマ、すごかったよね~! ティアナはどうだったの?」
「完全エッカルト任せだった。出会い頭で奇襲されて俺が対処できるわけないからな」
「え~」
残念そうな声をリンニーが上げるが、ティアナとしてはすまし顔でやり過ごすしかない。
そこへ嬉しそうにエッカルトが話しかけてきた。
『この剣は大した切れ味だな! まるで英雄譚に出てくる伝説の剣みたいえはないか!』
「そんなにすごい切れ味なのか?」
『うむ、これ程の剣は扱ったことがない。さすが、大精霊が遣わした精霊の宿る剣だな』
『役ニ立ツ。嬉シイ』
エッカルトが手放しで喜んでいるとイグニスが感想を漏らす。しかし、感想をのんびりと聞いている時間はなかった。
再びティアナを先頭に聖堂の裏手口から中に入る。そして、人が通れる程の穴が壁に空いている部屋へと着いた。その奥の小部屋には確かに地下へと続く階段がある。
「ここが神殿に続く階段か」
「何か黒っぽいのが漂ってるわね。これが瘴気ってやつなの?」
「みたいだね~。ふ~ん、そっか~」
近くから三人は階段を見つめている。アルマの言う通り薄く黒い霧で満たされているため、このままでは階段を伝って下には降りられそうにない。
しばらく眺めていた三人だったが、やがてリンニーが顔を上げた。
「それじゃ、今から浄化の魔法をかけるね~! えい!」
「ウィンと同じかけ声なのが不安だが、これで魔法がかかった状態なのか?」
「見た目は何も変わらないわね?」
「うん、これで瘴気なんてへっちゃらだよ~! あ、きらきら光った方が良かった~?」
「そんな目立つ効果を無駄に付ける必要はないだろ」
「敵に見つかりやすいだけだものね」
ともかく、これで地下神殿に入る準備が整う。
敵地へと乗り込む不安を抱えながらもティアナ達は階段を降りていった。
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