かつての学び舎

 ゲオルクと面会したティアナは、ヘルゲを起点にして色々つながっていることを確信した。しかし、確たる証拠はなく、そもそも目的が何かもわからないままだ。


 いまだにエルネとどの程度の関連があるのかもわからないため、ティアナは王立学院に向かおうとした。


 ところが、それをテレーゼが止める。


「今行っても多数の魔物の毒牙にかかるだけです。既に王国の討伐隊が向かいましたから、吉報を待ちましょう」


 腕に自信があるわけでもないティアナ達は仕方なくテレーゼの言葉を受け入れた。


 そうして面会から八日目にして、ようやく王立学院の姿を目にすることができたティアナだったが、懐かしさと同時に違和感を覚える。


 西日に晒された学び舎は一見すると往時のままだったが、衛兵ではなく王国の将兵が警護していた。更に近づくと、門の傷や植木の荒れ具合など争った跡がちらほらと見える。


 正門を警護していた将兵に入場を求めると驚かれたが、テレーゼに用意してもらった許可証を見せると指揮所へ向かうように伝えられた。場所はかつての衛兵の詰め所である。


 馬車を止めた停車場から歩いている途中、たまにすれ違う将兵に振り向かれつつもティアナ達は詰め所へと入る。


 部隊の指揮官へと面会を求めるとすぐに応じてもらえた。詰め所の一室で相対する。


「私がこの討伐隊を指揮するハイノ・バシュ子爵だ。女性三人でここに来るとは、どう言った用件か?」


「ティアナと申します。後ろの二人はアルマとリンニーです。今日はこの学院内を調べるために参りました」


「調べる? 何をだ?」


「今年の春からこの学院に在籍されているブライ貴族ディルタイ伯爵家のゲオルク殿についてです」


 バシュ子爵は怪訝な表情でティアナを見る。


 魔物の討伐が終わったばかりの地に女三人でやって来たと思えば、外国の貴族について調べたいというのだ。


「学院内の調査であれば我々もやっている。近日増援が来て更に本格的な取り調べも行われるだろう。それとは別件ということか? そんな話は上層部からは聞いていないが」


「そちらの調査の内容が何かは存じ上げませんが別件です。また、これはテレーゼ様の許可を得てはおりますが王宮関係の話ではないので、バシュ子爵がご存じないのは当然です」


「また面倒な話だな。しかも、詮索は無用とまで書かれているとは」


 許可証にはティアナへの行動の自由と詮索の不可が記載されていた。命令系統以外から介入されるなど現場指揮官としては噴飯物だが、発行者が次期王妃となると無視できない。


 視線を外して考え始めたバシュ子爵にティアナが声をかけた。


「私としては調査がしたいだけですので、そちらの邪魔をするつもりはありません。また、こちらで調べた結果はすべてお話いたします」


「いいのか?」


「こちらはあくまで事実関係を知りたいだけで、知り得たことを独占するのが目的ではありませんから」


「まぁそれなら構わんが。しかし、この地の安全はまだ保証しかねるぞ。兵の目の届く範囲ならばともかく、人気のない場所で魔物に襲われても責任は負えん」


「承知しています。ご覧の通り、一応用意はしてきておりますのでご安心を」


 確かにティアナは簡易的な革の鎧を身に付けて大小の直剣を腰に佩いている。後ろに控えているアルマはそれよりも本格的であり、リンニーはティアナと似たようなものだ。


 当初、バシュ子爵は探索者ごっこをしていると思った。しかし、ティアナとアルマの鎧が妙に使い込まれているのに気付く。そのため、単なるお遊びとも言い切れなくなった。


「わかった。そういうことなら調査を許可しよう。寝床はこの詰め所跡の一室を使うといい。今日はもう休むか?」


「いえ、一旦学院内をぐるりと回ってきます」


 バシュ子爵がうなずくと面会は終わった。


 衛兵の詰め所跡を出ると、朱い日差しを受けながらティアナを先頭に学院内を歩く。


 初めての場所で敷地内のことがわからないリンニーがティアナに尋ねてきた。


「これからどこに行くの~?」


「とりあえず宿舎ですね。ゲオルク殿が住んでいた部屋を探します」


 本人と一度面会はしているものの、あのときにはさすがにそこまで尋ねることはできなかった。それはアルマとリンニーも同じだったので知らないことは多い。


 初年度の学院生が入る宿舎は玄関の扉が開いていたので、ティアナ達は堂々と中に入る。


「鍵のかかっていない部屋から確認しましょう」


「なるほど、鍵のかかってる部屋は誰もいないし、魔物だって入ってこなかったってことですものね」


「わぁ、頭いいね~」


 一階から廊下を歩いて行く。たまに扉が開いている部屋に入るが、荒れた様子はほぼない。恐らく騒動を知って急いで外へ逃げたのだろうとティアナ達は推測した。


 順番に部屋の中を見ているとアルマがぽつりとつぶやく。


「夏休みで主人がいなくても、使用人の一部は残ったままなのよね。部屋に争った形跡がないってことは」


「やめましょう。気落ちするだけですから」


「そうですね」


 感傷に浸りすぎて身動きが取れなくなるのは避けないといけない。


 三人は一階に続いて二階に上がる。同じように見て回るがやはり成果はない。


 更に三階へと三人は上がった。そして、階段から数えて二つ目の部屋へ入る。


 室内を見て回るアルマが独りごちた。


「きれいなものね。ここの子弟か子女は帰省してるんじゃないかしら?」


「どうしてわかるの~?」


「主人が寝る寝台がきれいに片付けられてるし、食器にも布が被せてあるからよ。今も使っているのなら、こんなことはしないわ」


「へ~すご~い!」


 解説を聞いたリンニーが素直に褒めると、アルマの顔がほころんだ。


 二人の様子を見ていたティアナも笑顔だったが、あることに気付いて眉を寄せる。


「しかしそうなると、どうして鍵が開いていたのでしょう? 使用人だけ残っていた?」


「それはなさそうですね。使用人のところも片付けられてるので、ここの貴族は使用人も全員帰ってるみたいですよ」


 アルマの話を聞いてティアナはますます不思議に思う。室内をぐるりと一周したが何も見つからなかったので一旦廊下に出た。やはり何も見つからない。


 そうして再び室内へと戻ろうとしたときに、ティアナは扉の取っ手が壊れていることに気付いた。次に扉全体を見る。


「傷ついてるのは取っ手だけ?」


 扉の取っ手だけを狙って壊した形跡を見て、ティアナは随分と人間らしいと感じた。果たして魔物にそのような知性があるのかとティアナは首をかしげる。


 中に入ったティアナはアルマとリンニーに声をかけた。


「室内に争った形跡ってありました?」


「ないですね。きれいなもんですよ。大体、当時も中に誰もいなかったでしょうから、争いようがなかったでしょ」


「そうだね~」


 あっさりと否定されたティアナは自分が見たときのことも思い出す。確かに掃除を済ませてきれいなものだった。


「ねぇ、何もなさそうだから次にいかない~?」


「そうですね。もう日没までそれほど時間がありませんから、急ぎましょう」


 疑問はとりあえず脇へ置いて、ティアナは他の部屋を探索することにした。


 三階の別の部屋はほぼすべてがしまっており、一番奥の部屋だけ扉が開け放たれていた。


「あとはここだけ、うっ、これは!?」


「うげっ!」


「うわっ、うわっ」


 ティアナを先頭に室内へ入ると、壁や床、それに調度品が荒れ果てていた。しかもそれだけでなく、部屋の中央に干からび黒ずんだ死体が倒れていた。


 ゆっくりと近づいて見てみると、その死体は切り刻まれていた。左肩から体の中央まで剣で切断されており、何ヵ所も滅多刺しにされている。


 しかし、しばらくしておかしなことに気づいた。頭の形だけでなく、手足から伸びる鉤爪など、明らかに人間ではないようなのだ。


「お嬢様、これって人型の魔物と誰かが戦ったんですよね?」


「たぶんこの部屋の主でしょう。室内での戦いは大変でしたでしょうに」


 味方同士で充分な距離がとれない、剣を振り上げたら天井にぶつかるなど、屋外とは勝手が違う。それでも魔物を一体倒したのだから大したものだとティアナは思った。


「アルマ、リンニー、また室内を見て回りましょう」


「あたしは使用人の部屋を見てきますね」


「わ、わたしも~」


 明らかに人型の魔物の死体を嫌ったリンニーがアルマについて行った。それを苦笑いしながら見送るとティアナは今いる部屋へ顔を巡らせる。


 そうして一周見て回ってからティアナは首をかしげた。


「この人型の魔物、どこから入ってきたのでしょうか?」


 まさか自分から招き入れるとも思えなかったので、常識的には窓か扉からだろう。しかし、窓で壊れているものはないし、そもそもここは三階だ。人型の魔物の身体能力や使える魔法にもよるが、その線は薄いとティアナは考える。


 そうなると出入り口からということになるが扉に壊れた形跡がない。再び廊下へ向かって歩いてみたが、不思議なことに扉には戦いで付いた傷が見当たらなかった。


「まさか、本当にこれを招き入れた?」


「お嬢様、ここたぶんブライ王国から来た貴族の部屋ですよ」


「あっちの食器屋さんで見かけた食器と同じものだったからね~」


「食器?」


「そうです。お嬢様も実家から食器の一式を持ち込んでいたでしょ? 買うにしたって使い慣れたものが一番ですから、服や小物と一緒で身近な物ってお国柄が出るんですよ」


 指摘されてティアナは思い出した。自分も実家からそれらを持ってきた記憶がある。


 二人から視線を外してティアナは再び人型の魔物の死体を見た。ゲオルクは単に魔物に襲われただけなのか、それとも何かしようとしていたのか。


 尚も眺めているとまたしても奇妙なことを見つけた。


「そういえばこの魔物、服を着ているのね」


「本当ですね。魔物でも人型になると服を着るのかしら?」


「アルマ、どんな服だかわかります?」


「いえ、さすがに男物は、え? これ、男物みたいですね。それ以上はわかりませんけど」


「あれ~、この人型の魔物、靴も履いていたみたいだね~」


「先の部分は伸びた爪で破れてるけど、踵には残ってるんだ。ということは、この魔物って元人間だったの?」


 同じ結論に至ったティアナ達は三人で顔を見合わせた。そして、ティアナが口を開く。


「先程から室内や出入り口を見ていましたが、室内では戦った形跡がありますのに、扉付近にはありませんでした」


「ということはお嬢様、この人型の魔物を招き入れてから戦ったってことですか?」


「たぶん、最初は人間の姿で、お部屋に入ってから変身したんじゃないかな~」


「やっぱりそう考える方が自然ですよね」


 リンニーの推測にティアナがうなずく。ただ、テレーゼの話に魔物が人間に化ける類いの話はなかった。となると、この部屋で死んでいる人型の魔物だけが特別な可能性がある。


 そこでティアナはゲオルクとの会話を思い出して目を見開いた。


「確かゲオルク殿は、外の騒ぎを窓から見て魔物の存在に気付いたと言っていたはず」


「お嬢様そんなこと言ってましたね。あれ? だとしたら、この魔物と戦ったのはその後?」


「ゲオルクさんって、この魔物のお話をしてくれたの~?」


「聞いていません。いえ、ならそうなると。アルマ、この魔物の身に付けている服とか靴って、貴族のものかしら? それとも平民のもの?」


「え? えっと。多分貴族のものじゃないかしら。汚れてるけど、上等そうだし」


 嫌そうな顔をして死骸に近づいたアルマは用が済むとすぐに離れる。


 その返答を聞いたティアナは、この魔物の死体がドプナー男爵ではないかと直感した。男爵の最後を語っていたゲオルクの様子を思い出す。


 ただし、やはりその予想を確たるものにする証拠はない。間違いなくゲオルクは何か特殊な事態に遭遇しているはずだが、これ以上は推測できそうになかった。


 どうしたものかとティアナが考えていると、リンニーが声をかけてきた。


「ねぇ、日が暮れそうだよ~」


「いけない。そろそろ戻りましょうか」


 いつの間にか暗くなり始めていた周囲に気付いたティアナは、調査を一旦切り上げて元衛兵の詰め所へと戻るとする。


 初年度の学院生が入る宿舎を出てすぐ、改めて懐かしさを感じたティアナが周囲を見ていると、かつて自分が使っていた宿舎が目に入った。思わず立ち止まってしまう。


 怪訝に思ったアルマが話しかけてきた。


「どうしたんですか、お嬢様?」


「あそこ、去年私達が使っていた宿舎が見えたので、つい」


「え? あ~懐かしいですねぇ!」


 気付いたアルマも嬉しそうにその宿舎を見た。同時にあのときの知り合いのことも思い出す。アルマの方はなんだかんだといってティアナよりも楽しい思い出が多い。


 そんな二人を見ていたリンニーが提案する。


「そんなに懐かしいなら、ちょっとだけ行ってみる~?」


「今からですか?」


「明かりだったら魔法で点けられるし、精霊達もいるしね~」


 ティアナは少し考えた。別に明日でも構わないのだが、何となく今行ってみたいと思う。


「そうね、行ってみましょうか」


 長居しないのであれば問題ないだろうと判断したティアナはかつての宿舎へと足を向ける。アルマとリンニーも楽しそうに続いた。

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