お供を連れて

 引き受けた仕事の話を聞き終えたユッタはすぐにルーペルト王子の屋敷を出た。そして非合法組織の建物でウッツを呼び出す。


 指定された応接室に入ったウッツはため息をついた。


「急に呼び出すたぁ、ろくでもねぇ話なんでしょうなぁ」


「そうよ。さっきお屋敷に呼ばれたの。早く座りなさい」


「へいへい。で、話ってのはなんですかね?」


「あんた、明日集めた貴族を連れてヘルプストへ向かうのよね。あたしも一緒に行くわ。ただし、他の集められた連中とは違うことをするの」


「そりゃまた何をするんで?」


「王立学院の下にある地下神殿に入って、指示された物を持って帰るのよ」


 目的を聞いたウッツはどう反応しようか迷った。ヘルゲに呼ばれたのは知っているので独自の仕事をすることに違和感はないが、問題はその内容である。


 それと、ひとつ気になることがあった。


「特別な仕事を受けたのはわかりやしたが、内容までオレに話していいんですかい?」


「あんたを好きに使えって許可はもらってるのよ。内容をある程度教えることもね」


「あー、完全に巻き込まれたってわけですかい」


「その点については同情するわ。諦めてもらうけど」


 逃げられないと知ったウッツは微妙な顔をした。


 そうしてユッタは自分の仕事の内容を話す。ただし、聖なる御魂についてはぼかした。

 話を聞き終えたウッツは顎に手をやって考える。


「なるほどねぇ。モノが何かはわかりやせんが、その袋に入れて持って帰ると。その袋もどうせ特別なモンなんでしょうな」


「たぶんね」


「それはそれとして、あの地下神殿に入るとなりゃぁ、一人は厳しいですよねぇ」


「察しが良いわね。その通り。戦える男を何人か見繕ってちょうだい」


「やれと言われちゃやりますけどね、神殿に入った途端みんな発狂するか化けモンになっちまうんでしょう?」


「襲撃直前にそれ用の薬を飲ませるから平気だそうよ」


「ああ、朋友の秘薬ってヤツですね。化けモンになるだけじゃねぇのか。しかし、理性は残るって聞いちゃいますが、ホントに大丈夫なんですかね?」


「そこはこっちで念を入れておくわ。そのためにも人間でいる間に会わせてほしいのよ」


「ユッタさんはユッタさんで何かするわけですかい。となると」


 しばらく考えてからウッツは返答する。


「とりあえず二人なら今から呼び出せますが、どうしやす?」


「いいわね。呼んできてちょうだい。ただし、一人ずつここに連れてきて」


「わかりやした。そうだ、それじゃどっちからにしましょうかね」


 会う順番が決まると、許可を得たウッツは腰を上げると応接室を出た。


 割と長い時間待たされたユッタだったが、今後のことを考えて待っていると応接室の扉が開いた。室内に強い酒の臭いが入ってくる。


「ユッタさん、連れて来やしたぜ。カミルの旦那です」


「なっ!? 誰かと思えば、お前がどうしてここにいる!」


「久しぶりね、カミル。あなたと同じくあたしも助けてもらったからよ」


 席から立って振り向いたユッタは、舞踏会以来会っていなかったカミルを正面から見る。ユッタは大人びた微笑みを浮かべているが、カミルの表情は硬い。


「お前のせいで俺は!」


「ごめんなさい、カミル。でも、あたしもつらい思いをしてきたの。一時は処刑されるところだったのよ?」


「それは、そうだが、俺だって」


 激高しかけたカミルの言葉に重ねてユッタが発言したことで主導権が移った。


 もちろんユッタは出会った瞬間から例の能力を使っている。各種画面を開き、カミルの状態を把握した上で攻略条件を満たすべく選択肢を選んでいった。


 すると、最初は敵対的だったカミルの態度がみるみる軟化してく。最後にはかつて入れ込んでいたときのようにまで変化した。


 小画面でカミルが自分にべた惚れになったことを確認したユッタは満足そうに微笑む。


「カミル、再会してすぐにこんなことをお願いするのは気が引けるけど、あたしを護衛してくれないかしら? これからすごく危険なお仕事をしないといけないの」


「任せてくれ! 誰も君に指一本触れさせるものか!」


「ありがとう。嬉しいわ。それじゃ、今日はまだやることがあるからこれでお別れね。明日から護衛をお願い」


「わかった! それじゃ明日!」


 満面の笑みを浮かべて酒臭いカミルが退室した。


 それを呆れた表情で見ていたユッタがつぶやく。


「あいつ、なんであんなに酒臭いの?」


「酒が主食だからだそうですよ。それより、なんですかい今のは? こういっちゃぁ何ですが、出来の悪い芝居を見せられた気分ですぜ」


「ふん、言ってなさい。それでもカミルはモノにしたでしょう」


「組織の男共もああやって男を落としたんですかい?」


「そうよ、悪い?」


「前はともかく、今は全然」


「早く次の奴を連れてきなさい」


「へいへい。作業感覚で落とされるなんて、たまんねぇなぁ」


 何か特別な能力だということは察しのついたウッツは、ため息をついて踵を返す。


 この後、呼び込まれたヨーゼフも簡単にべた惚れ状態となった。


-----


 カミルとヨーゼフの二人がユッタに夢中となった翌朝、ウッツは集められた貴族崩れ達十五名とヘルプスト王国へ向かった。


 ただし、いずれも性格や素行に難のある者達ばかりである。そこで、三名につき一人の割合で保護者兼監視者が付いた。ウッツは、ユッタ、カミル、ヨーゼフの三人を率いる。


 一組につき一台の馬車があてがわれたが、できるだけ時間と道をずらして移動した。素行不良などで一組が官憲に捕まっても、残りが目的地にたどり着けるようにするためだ。


 三日後、首尾良く全員がヘルプスト王国側の隠れ家に到着する。そこは廃村を非合法組織が押さえていたのだが、位置は王都よりも王立学院に近い。


 一時的な隠れ家に到着直後、ユッタがウッツに今後のことを問いかけてきた。


「後はここで待つだけって聞いてるけど、どのくらい待てばいいの?」


「それはヘルプストの兵隊に行ってくださいよ。あっちが王立学院を攻め落としてから、こっちが連中を襲うように命じられてるんですから」


「でも、王国軍が攻め落としたってすぐにわかるものなの?」

「王立学院近くに何人か貼り付けてるそうですから、何かあったらすぐにわかりますって」


 微妙な表情をしたユッタは尚も不満があるようだったが、それ以上何も言わなかった。


 廃村をまとめ上げている者から、王国軍は既に一度王立学院の奪還に失敗していると聞いてウッツ達は驚く。特にカミルは最も苛立っていた。


 待っている間、ユッタは襲撃組の中で使えそうな者二人を自分の能力で籠絡した。戦い手は多い程良いのだが、目立ちすぎるのも良くないので自分含めて五人でよしとする。


 ウッツ達が到着して三日後に王立学院を奪還したとの一報が一日遅れで届いた。


 それに合わせ、ウッツが丈の短い先端に拳程度の水晶がはめこまれた杖をユッタに渡す。


「ユッタさん、これをどうぞ」


「これが降魔の杖? 思ったよりも小さいわね」


「取り回しは抜群でさぁな」


 手に取った降魔の杖を右手に持ち、不思議そうにユッタが眺めた。


「それで、これの使い方は?」


「こうやって振るうと光の球が出てくるそうですぜ。オレも聞いただけなんで、それ以上のことはわかんねぇです」


 肩をすくめるウッツを見てユッタは眉をひそめた。仕事の詳細の説明を受けたときに一応話は聞いていたが、可能なら誰かに直接教えてほしかったと内心落胆する。


 ともかく、嘆いていても仕方ないと気持ちを切り替えたユッタは使ってみる。


「こうやって、振る?」


 説明されたとおりに振ると水晶が光る。そして、振り切ったところで水晶の中から光の球が出てきて、割とのんきな速さで先の方まで飛んでいって消えた。


 それを見てユッタの顔が引きつる。


「ウッツ、これ本当に使えるの?」


「さぁ、オレに聞かれても」


「使うのにかなり勇気がいりそうね。少なくとも効果がわかるまでは怖いわ」


「ですねぇ」


「今なら他の物と間違えたって言っても許すわよ?」


「勘弁してくださいよぉ」


 にっこりと愛らしい笑顔を向けられたウッツは心底嫌そうな顔をする。


 ともかく、とりあえず複数の光の球を出せるようになるまで練習をして、後は実際に試すことになった。


 隠れ家に到着してから五日目の早朝、襲撃組とウッツ達は行動を開始した。非合法組織の先導役など総勢百二十人程度が廃村を出発する。


 ならず者も貴族崩れもその表情は明るい。貴族を襲って金目の物を奪い取る、あるいは恨みのある貴族を殺せると聞いて皆のやる気が高いのだ。


 ヘルゲの話では貴族崩れにならず者を指揮させる予定だったが、現地の判断でそれは取りやめた。どちらも嫌がったからだ。今は貴族崩れのみとならず者のみで集まっている。


 先導役に従って夕方に所定の場所へと着くと、林の中からはるか先に王立学院の敷地が見えた。


「こうやって見ると、平穏無事に見えるんだがなぁ」


 強い西日に晒された王立学院を眺めながらウッツがつぶやく。十日程前にあの場所から脱出したのが遠い昔のように思えた。


 日没近くになると、先導役の一人が皆を集合させる。


 荷役が持ってきた木箱を開ける横で指示した男が口を開いた。


「長旅お疲れさまです。いよいよこれから皆さんに一働きしてもらうことになるわけですが、その前にひとつ、景気づけの一杯ってのをってもらおうかと思います」


 ウッツも含めた案内役と荷役の二十人が木箱から取り出された小さな土瓶を持たされた。そしてそれらを貴族崩れとならず者に配っていく。


 その間にも先導役の一人が何かをしゃべっているが、聞いている者は少ない。ウッツも無視してカミルとヨーゼフの二人に配った。


「なんだこれは? 白い? 牛の乳か? おい、味がしないぞ」


「ひひ、どろっとしてて甘いね。カミルはお酒の飲み過ぎで舌が麻痺してるんじゃない?」


 カミルとヨーゼフの二人はあっさりと小さな土瓶の中身を飲んだ。


 その隣で、ウッツから受け取るふりをして持ってきた小さな土瓶をユッタは呷る。


「何よこれ? あたしのは苦いわね」


「まぁ、しょうがねぇでしょう」


 ユッタの土瓶の中身だけが他と違うことを知っているウッツは苦笑する。化け物になる気のないユッタも肩をすくめるだけでそれ以上は何も言わなかった。


「さて、これで後は日が暮れるのを待つばかりね」


「地図は持ってますかい?」


「ええ、完璧よ」


「そりゃ良かった。苦労してあそこから持ち出した甲斐があるってモンです」


 王立学院から脱出するときに持ち出した成果のひとつだ。自分が苦労して運んだ物が役に立つとわかるとウッツであっても気分は良い。


「それじゃ、オレはここで引き上げます。武運を祈ってますぜ」


「ひひひ、キミはついてこないのかい?」


 近くに寄ってきたヨーゼフが小馬鹿にするように尋ねてくる。


「ここに送り込むまでが仕事なんですよ。オレなんてただの連絡係なんですから、戦いなんてとてもとても」


「下賤なりにある程度は戦えそうに見えるんだがな」


 いまだ酒の臭いを強くさせているカミルが若干怪しそうに見ていたが、ウッツは愛想笑いで答える。


「冗談はよしてくださいよ。カミルの旦那みたいな人と戦ったら、命がいくつあっても足りませんって」


「ふん、わかってるじゃないか」


「ひひひ、つまりあいつは女よりも弱いってことだね」


 ヨーゼフの言葉を聞いたカミルが憤怒の表情を見せる。慌ててウッツが間に入った。


「仕事の直前にケンカはよしてくださいよ。旦那達のる相手は向こうですぜ」


「ふん!」


「ひひひ」


 直前になって仲間割れを起こしかけたカミルとヨーゼフの二人をなだめ終わると、ウッツはいよいよその場を去る。既にその頃には、先導役も荷役も姿を消していた。


 次第に暗くなる中、ユッタはカミルとヨーゼフ、そして籠絡した二人の男と共に林の中で待つ。


 やがて日が落ちると、与えられた薬を飲んだ約百人の貴族崩れとならず者達の体に異変が起き、皆が苦しんだ。


 体をかきむしる者、うずくまる者、のたうち回る者と様々だったが、しばらくすると体に大きな変化が現れた。


 口が左右に裂けてせり出し、同時に犬歯が鋭く伸びる。更に、全身が一回り大きくなったかと思うと中途半端に猿のような毛が生え、手足からは鋭い鉤爪が伸びた。


 半人半魔の生き物となった者達は憎悪の視線を向けながら、王立学院へと一斉に駆け出した。

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