目的のために
とある目的があって、ヘルゲがルーペルト王子に仕えてから既に一年以上が経つ。
本来ならば出自のわからないヘルゲが王族との接点など持ちようがない。しかし、何人かの貴族を言葉巧みにあるいは魔法で多少意識を操り、その懐へと入ったのだ。
それからのヘルゲは身を粉にして王子のために働く。特に汚れ仕事を一手に引き受け、大きな成果を上げて気に入られた。
しかし、それでも王位継承争いにおける弟王子の立場は徐々に悪くなっていく。
このせいでルーペルト王子はますますヘルゲに頼るようになった。
「ヘルゲ、兄を出し抜く良い案はないのか?」
「思い切った手を打って良いのでしたら、ひとつ」
「あるのか? よい、申してみよ」
「ラルフ王子側を陥れることは難しいので、殿下が功績を挙げられてはいかがですか?」
「功績? しかし、近年は周辺諸国との関係も落ち着いている。戦争で手柄を上げることできんだろう。それに、盗賊を討伐したところで、大した手柄にもならん」
「ですから、滅多にない出来事にうまく対処することで功績を挙げるのです」
「そんな都合の良い話があるのか?」
「なければ作ればよろしいのです」
ヘルゲの言葉を聞いたルーペルト王子は眉を寄せた。具体的に何をするのかまったくわからないからだ。
視線でヘルゲに話の先を促す。
「古い文献を集めるのが趣味だと以前お話しをしましたが、その中にかつて滅ぼされた邪教徒の地下神殿についての記載がございました。これを利用しましょう」
「また胡散臭い話だな。それで?」
「この地下神殿には邪教徒の信仰対象があり、触れると人を超える力を手に入れられたそうです。ただし、邪神の眷属になってしまうそうですが」
「おとぎ話みたいだな。しかし、それでは使い物にならんだろう」
「この信仰対象は今回どうでもよろしいのです。重要なのは邪教徒の地下神殿そのものです。邪教徒に扮した者達にここを占拠させ、これを殿下が討伐するのです」
「なるほどな。危険な者共を一掃して手柄を上げるのか。悪くない。で、その地下神殿とはどこにあるのだ?」
「隣国ヘルプスト王国の王立学院の下です」
「なに、隣国を陥れるのか!?」
てっきり国内の辺鄙な場所だと思い込んでいたルーペルト王子は目を見開いた。まさか外国だとは考えていなかったからだ。
驚く主人をそのままにヘルゲは話を続ける。
「範囲はあくまで王立学院のみです。それに、学院生がほとんどいない夏休みなどの長期休暇期間に実行すれば、ヘルプスト貴族も余計な詮索はしないでしょう」
「自分の子供が犠牲になるかならないかは大きな分かれ目だからな」
説明を聞いていたルーペルト王子はうなずく。
「こうして邪教徒が暴れて困っているところに、殿下が救いの手を差し伸べるのです」
「筋書きとしては悪くないと思うが、問題はいくつもあるぞ。まず、地下神殿にある信仰対象とは一体何だ? それは放って置いても大丈夫なのか?」
「信仰対象は邪神の一部だと古文書にありますが真偽は不明です。ただ、現在は封印されているので問題ありません」
「次に、名目がなければ隣国に差し向けることはできん。これはどうする?」
「あらかじめ王立学院に殿下を支持する貴族の子弟を送り込んでおけば、その者を助けるという名目が得られます。しかも、ラルフ王子を差し置いて送り込む名目です」
「それと、そもそも邪教徒に扮した者達とはどういった連中なのだ?」
「今のところ、一攫千金を狙う者やヘルプスト貴族に恨みのある者達です。言い換えると、街のならず者や貴族崩れです」
「そんな者達で大丈夫なのか? ヘルプストの兵だけで簡単に討伐されてしまうぞ」
「とある秘薬を飲めば半分魔物と化し大きな力を得られるようになります。作り方は古文書にありますので、今から作れば充分間に合うでしょう」
「送り込む者達を化け物にするのか。しかし、化け物になった者達はどれ程のものなのだ? あまり強すぎると我が兵が返り討ちに遭う」
「半分魔物と化した者一人に対して、常人ならば数人は必要です。しかし、専用の杖を製作すれば、対邪教徒用の魔法で打ち倒せます」
「それも古文書に書いてあるのか。随分と都合の良いことだな」
「だからこそ、かつて滅ぼされたのです」
「なるほどな。しょせん過去の遺物か。確かに手柄を上げるにはちょうど良い相手だな」
次第にその気になってきたルーペルト王子の機嫌が良くなってくる。今までじり貧だった状況に光明が差してきたように思えたからだ。
「成功すれば、自国の貴族を守り、復活した邪教徒を討ち滅ぼし、更には隣国の危機も救うことになるわけか」
「はい。計画は長期になりますが、見返りを考えますと悪くないかと存じます」
「そうだな! 失敗がないだけで大きな賭などできない兄上に逆転できる策だ!」
先程までの不機嫌さはどこえやら、すっかり上機嫌なルーペルト王子が立ち上がる。
「ヘルゲ、その案を実行せよ! 必要な物は何でも手配して構わん」
「承知しました」
半年とかけずにルーペルト王子の大きな信頼を得たヘルゲは、こうして自らの目的を果たすために動き始めた。
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地下神殿の調査結果と王立学院の現状をヘルゲが受け取ったのは、ウッツからヘルプスト王国の王都を出発して二日後の昼過ぎだった。
至急の用件があると急かされたヘルゲは眉をひそめた。しかし、応接室で受けた報告から呼び出された理由に納得する。
「ドプナー男爵め、一体何があったのだ?」
ウッツを下がらせた後、ヘルゲはしばらく考え込む。
報告を聞く限りではゲオルクに落ち度はない。問題があるとすればドプナー男爵だ。しかし、神殿に入った者達は既に全員が死んでしまっている。
「調査の仕方に問題があったのか、古文書の解釈に間違いがあったのか、それとも古文書に載っていない何かがあったのか。これだけではわからんな」
最も恐ろしいのは古文書に載っていない何かがあった場合だが確認のしようがない。遠く離れた隣国での出来事なので事態が悪化してもこちらに影響がないのは救いだった。
「証拠隠滅はしっかりとやったというウッツの言葉が確かなら、原因の調査に重きを置くよりも、この状況をどう利用するかだな」
起きてしまったことは仕方がないとヘルゲは思考を切り替えた。
どうするべきか考えをまとめるとヘルゲは立ち上がる。自分の裁可できる範囲を超えているため、主人であるルーペルト王子に許可を求めるためだ。
応接室を出たヘルゲはルーペルト王子の執務室へと向かった。許可を得て室内に入り一礼すると、ヘルゲは早速話を切り出す。
「先程、ゲオルグ殿からの急使が参りまして、例の地下神殿から魔物があふれ出し、王立学院が占拠されたという報告がありました」
「なんだと? 封印されているのではなかったのか?」
「確かにその通りなのですが、どうも地下神殿の内部はこちらの予想できなかった何かがあったようなのです」
「何かとはなんだ。調査隊は何をしていた?」
「その調査隊はドプナー男爵を除いて地下神殿ですべて死に、戻ってきた男爵も既に狂っていたそうです」
「一体何がどうなっているのだ!」
「残念ですが、何もわかりません」
報告によるとドプナー男爵達は階層を下るごとに体調を崩していたらしい。恐らく、地下神殿内に残っていた瘴気で徐々に狂ったのだろうとヘルゲは予想している。
ただ、どうやって地下神殿の封印を解いたのかはヘルゲも気にしていた。もしかして好奇心に負けて信仰対象に触れてしまったのかもしれないと考えている。
思考とは別に、ヘルゲは機嫌が悪くなっていく主人に説明を続ける。
「ただ、今重要なのは地下神殿で何が起きているのかということよりも、この状況をどのように利用するかということです」
「計画は破綻したのではないのか?」
「予定は狂いましたが、中止する程ではありません。計画を前倒しすれば良いのです」
「つまり、まだやりようがあるわけだな?」
「はい。今集めている者をすぐに王立学院へ送り込みます。地下神殿の封印が解け、邪教復活の狼煙が上がったという体にすれば良いでしょう」
「悪くないが、地下神殿から出てきた魔物との潰し合いにならないか?」
「ご心配でしたら、ヘルプストの兵が一旦鎮圧してから襲撃させますか?」
「うん、それがいいぞ! ヘルプストの兵がやられてから俺様が討伐したら、功績は更に大きく見える! あいやしかし、こちらが兵を出す口実はどうするのだ?」
「幸い、王立学院に入学させたゲオルク殿はあちらの王都へ留まっています。これを口実に討伐隊を差し向ければ良いでしょう」
「ほほう、あやつ、殊勝にも逃げ出さなかったのか」
話を聞いていたルーペルト王子の機嫌が良くなっていく。王位継承争いの起死回生の一策として期待しているだけに、計画が水の泡とならずに喜んでいるのだ。
「ああ最後に、薬と杖は完成しているのだな?」
「ご心配には及びません。どちらも必要な数は揃っております。計画を変更して進めたいのですが、よろしいでしょうか?」
「うまくいくのなら何でも良い。好きにせよ」
思った通りに事が運ぶのなら過程にこだわらないルーペルト王子は笑顔でうなずく。
これでと計画を進められると内心で安心しつつ、ヘルゲは深く一礼した。
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予想外の事態が発生したために計画を変更したヘルゲは、その変更に合わせて配下の者達に指示を出していた。
それが一段落した頃に呼び出していたユッタがルーペルト王子の屋敷にやって来た。
ヘルゲが応接室に入ると、既に座って待っていたユッタが視線だけを向けてくる。
「体の調子は大分良さそうだな」
「おかげさまで。食事と休養を望むだけくださったんですもの」
ウッツに助けられてから、ユッタはブライ王国の非合法組織に匿われていた。この三週間程度で心身共にすっかり回復している。
返事を聞いたヘルゲは満足そうにうなずいた。
「大変結構だ。ところで、周囲の男を手当たり次第に魅了していないだろうな。あの後始末は厄介なのだぞ」
「ご心配なく。自分の能力を確認するためにしただけのことですから。あそこにあたしが目をかけるに値する男なんていないので、もうしませんよ」
しばらく療養していたユッタだが、あるとき数人の男が急にユッタに入れ込むようになったのだ。中には小娘と馬鹿にしていた男もいたので周囲の者達は驚いた。
「まさか淫魔のような能力を持っているとはな。かなり珍しい資質だ」
「それも効果がなければ意味がないですけどね」
仏頂面になったユッタが言葉を返す。
実は一週間程前にウッツからやたらと惚れ込む男達の報告を聞いたヘルゲがユッタと面会していたのだ。そのとき、ユッタは能力を使ったのだがヘルゲに抵抗されてしまう。
今まで男相手に攻略を失敗したことがないだけに、この体験はユッタにとって衝撃的だった。以来、ユッタはヘルゲという男に一目置いている。
「で、今日はどのような件で呼んだのかしら? あんた、忙しい身だったはずよね」
「実は、頼みたい仕事がひとつできたのだ。それを引き受けてもらいたい」
「とりあえず、話を聞いてみないとわからないわ」
胡散臭そうに自分を見るユッタに対して、ヘルゲは事務的に説明を始めた。
「ヘルプスト王国の王立学院を襲撃する計画を進めていたのだが、三日前にその学院の地下にある神殿から魔物が大量発生した」
「ちょっと待って、いきなり何言ってるの!? あそこに地下神殿があるですって!? それに襲撃計画!?」
「まぁ聞け。魔物が大量発生した原因は、恐らく最も奥にある祭壇に安置された聖なる御魂の封印が解かれたことだろう。お前にはこれを持って帰ってきてもらいたい」
「こんな聞くからに危険なこと、とてもあたしにできるとは思えないわよ?」
「一人なら、だろう? その特別な能力を使えば男はいくらでも協力してくれるはずだ」
「効かなかったあんたに言われても、説得力ないわね」
「それと、この仕事が成功した暁には、君が望む力を手に入れられるよう協力しよう」
「例えば?」
「確か魔法が使えると聞いているが、その威力を高めたり、望む魔法を使えるようにしたり、他にも身体能力を高めたい、魔法の道具がほしいなどだな」
話を聞いたユッタはしばらく考え込む。問題なのは何をしてくれるのかということよりも、約束したことをきちんと履行してくれるかどうかだ。
「目的を果たした後に用済み、なんてのはイヤよ?」
「もっともだ。しかし、こんな私でも信用は重要なのだ。疑われるようなことをしているから尚更な。だから、証明するものはないが履行については心配しなくてもよい」
回答を聞いたユッタは断ったときのことを考える。恐らく始末されるか、使い潰されるかのどちらかだろう。うまく逃げ出せたとしても果たして逃げ切れるか。
ならばいっそ、条件を提示されているうちに乗るのも悪くないように思えた。
「わかったわ。引き受けてあげる。助けてもらった恩もあるしね」
「取り引きが成立して私も嬉しいよ。ではまず、これを渡しておこう」
「何これ?」
「御手の秘薬だ。封印の解けた地下神殿へ入ると常人は発狂するか魔物化するが、これを飲んでおけば影響を防げる」
「早速ろくでもない話が出てきたわね」
顔をしかめながらユッタは差し出された小さい土瓶を手に取る。
「概要は聞いたけど、詳しい話もあるんでしょ。早く聞かせてよ」
「承知した。そもそもこの計画はだが」
こうして西日の差す中、暗い作戦会議が始まる。やるべきこととその背景を理解したユッタは、うんざりしつつもこれからどうするべきか考えを巡らせた。
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