被害者か加害者か

 許しを得てバッハ公爵邸に滞在したティアナ達は早速調査を始めることにした。ブライ王国と同様にティアナは貴族、アルマとリンニーは王都内担当である。


 しかし、開始と同時にティアナは行き詰まった。去年までの風評でヘルプスト王国でのティアナの評判は悪い。そのため、誰も会ってくれないことを思いだしたのだ。


 調査を開始して二日目の朝、ティアナはバッハ公爵邸の客室にて頭を抱えていた。


「悪い意味で有名なのは、こういうときに損だよなぁ」


「あれから一年しか経ってないってことは、直接あんたを見かけたことがある在学生がまだたくさんいるってことだものねぇ」


 初日にとりあえず王都を巡ってきたアルマは、この日ティアナに付き合って客室にいる。昨晩少し酒を飲めたリンニーは今上機嫌だ。


「ティアナもわたし達と一緒に来る~?」


「どうしても駄目ならそうするしかなんだけど、こういうときはばらけて行動した方がいいんだよなぁ」


 周囲に知り合いしかいないことを良いことにティアナの態度はすっかり男そのものだ。リンニーも今やすっかり見慣れた姿である。


「困ったね~」


「今の状況だと、学院に通ってる学生から話を聞くのが一番手っ取り早いから、あんたが貴族と会えないってのは結構痛いわね」


「会うだけならテレーゼ様の伝手を使って強制的に会えるんだろうけど、ちゃんと話してもらえないと意味ないしなぁ」


「別に話術が得意ってわけじゃないものね」


 まだ何も表面化していないので無理に聞き出すことはできない上に、そもそも事件化しても強権的に聞き出す権限をティアナは持っていない。


 ブライ王国と違って思うようにいかないことに三人が悩んでいると、客室の扉が静かに叩かれた。アルマが出向き対応する。


 戻って来たアルマはティアナに内容を伝えた。


「公女様がすぐに来てほしいですって。急報があるそうよ」


「急報? なんだろう?」


 心当たりのないティアナは首をかしげる。しかし、考えても思いつかないのでティアナは一人でテレーゼと会うことにした。


 メイドに応接室へ案内されたティアナは、既に待っていたテレーゼと会う。


 ティアナが席に座ると、テレーゼはすぐに口を開いた。


「ごきげんよう。早速ですが悪いお知らせを伝えなければいけません」


「一体何でしょうか?」


「二日前、王立学院が魔物の集団に襲撃されたそうです」


「え?」


 最初、ティアナは聞いた言葉を理解できなかった。あり得ない組み合わせの言葉をつなげて伝えられたからだ。


「魔物が襲撃、ですか? あの辺りに王立学院を襲撃できるほどの魔物の集団など、いなかったはずでは」


「わたくしもそう思っておりましたが、王宮からの急使はそのように申していました」


 ひとつうなずいたテレーゼが話を続ける。


「幸い、今はまだ夏休みですので教員と学院生の大半は難を逃れました。しかし、学院にいたごく一部の者達はほとんどが殺害されたとのことです」


「ほとんどですか?」


「わずかな学院生のみが脱出でき、他の者は衛兵を含め全員亡くなったようです。事が明るみになったのは、この脱出した者達からの通報によるものです」


 去年の自分を思い出したティアナは身震いする。長期休暇でも実家に戻らない者はわずかにいたことを思い出した。


「学院から脱出された方は、その後どうなさっているのですか?」


「今は王都に滞在されています。これから先どうなさるかまでは存じ上げませんが。ああそれと、ブライ王国の方も無事脱出されたそうですわ」


 その一報を聞いてティアナは考える。悪評のせいで自国の貴族とは面会できないが、もしかしたら外国の貴族ならば会えるかもしれない。


「テレーゼ様、そのディルタイ伯爵家のゲオルク殿と面会できますか?」


「あなたがですか? それは先方に問い合わせないと」


「それと、テレーゼ様のお名前を使うことをお許しいただけないでしょうか。国外貴族の方への慰問と、一刻も早く王宮へ事情をお伝えするために面会したいと」


「またきわどいことをなさるのですね」


 まだ落ち着いていない状況で部外者が事件当事者と会うのには相応の理由がいる。このくらいの理由がないと、ゲオルクには確実に会えないとティアナは考えたのだ。


 一瞬眉をひそめたテレーゼだったが、小さくため息をついてから口を開く。


「今あなたが面会なさるのなら、そのくらいの理由は必要になりますわね。よろしいでしょう。ならば、わたくしがゲオルク殿へ使いの者を遣ります」


「ありがとうございます」


「どうせなら流れるように事を運ぶべきでしょう。ただし、これであなたはわたくしの正式な使者となるのですから、報告はお願いしますわよ?」


「はい、必ず」


 かすかに微笑むテレーゼに対してティアナはうなずいた。


 大きく変化した状況に驚いたティアナだったが、意外なところから謎に迫れそうで密かに気合いを入れ直す。そして、何をどう話そうか早くも考え始めた。


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 翌日の昼過ぎ、ティアナ達は貴族がよく利用する宿に出向いた。前日使者として面会の段取りを付けてくれたバッハ公爵家の家臣に案内してもらう。


 宿に着くと家臣と別れ、次いでくすんだ金髪でやや垂れ目のむっちりとした少女に先導される。そうして、アルマとリンニーの二人と別れてティアナのみ部屋に入った。


「ようこそおいでくださいました。私はディルタイ伯爵家の長男ゲオルクです。バッハ公爵家のテレーゼ様に気にかけていただけるとは光栄の極みです」


「私はテレーゼ様に親しくしていただいているティアナと申します。この度は大変なご災難を被られたと伺い、テレーゼ様共々大変心を痛めております」


 貴族らしい挨拶はその後しばらく続く。久しぶりのことにティアナは内心冷や汗をかきながら対応していたが、どうにか最初の難局を乗り切ることができた。


 席を勧められてお互い椅子に座ると、早速王立学院関係の話に移る。


「ところで、今回の事件で学院内は相当ひどいことになったと伺っているのですが、ゲオルク殿の配下の方も」


「ええ。昔から仕えていてくれた者も何人か失ってしまいました。かなり堪えますね」


「それはお気の毒に。配下の方は逃げる暇もなかったのですか? 学院内には衛兵がいたはずですが」


「その衛兵が魔物に襲われていたので、とても他にまで手が回らなかったようです。それに、配下の者の何人かは所用で常にあちこちに行ってますから、待っている時間が」


 眉をひそめたゲオルクはそこまで言って言葉を切った。


 当時のことを思い出していると察したティアナは躊躇ったが、一呼吸置いて口を開く。


「そうでしたか。しかし、そのような状況でよく逃げ出すことができましたね。私なら簡単に殺されていたでしょう」


「運が良かったんです。最初に外の騒ぎを聞いたときに窓から階下を見ましたが、いくつもの魔物が衛兵の詰め所へと走り去っていきました。私達に気付かなかったんです」


 そこからゲオルクは逃げ切るまでのあらましをティアナに説明する。できるだけ曖昧に、そして都合の悪いことは省いてだ。


 当時の状況を聞いたティアナはうなずく。


「そうでしたか。学院に残っていた方は大半が亡くなったと聞いておりましたが、多数の魔物が徘徊していたのなら簡単に逃げられるものでもありませんものね」


「その通りです。よくぞ生き延びることができたと我がことながら感心しています」


 神妙に話すゲオルクを見ながら、ティアナはそろそろ頃合いと判断する。一歩踏み込んだ問いかけをしてみた。


「ところで、ゲオルク殿は遺跡卿と呼ばれているほどの遺跡好きとテレーゼ様から伺っておりますが?」


「ははは、いやぁ、そうでしたか。学院の外まで知れ渡っているとは、まいったな」


「そのような遺跡好きな方が、なぜこの国の王立学院にいらしたのです?」


「実は当主である父の命令なんですよ。ヘルプスト貴族の知己を得ておくようにと」


 親である当主の命で子が動くことは珍しくない。隣国の貴族と知り合うのも悪くないだろう。ただ、長男は国内貴族との付き合いを重視するのが一般的だ。


「ブライ貴族の方々に対しては構わないのですか?」


「良くはないのでしょうが、国内でしたら学院を卒業して戻ってからでも何とかなりますからね。しかし、国外の貴族となると会う機会は今後あまりありませんし」


 当主の座に就いてからでは身動きが取れなくなる。そうなると外国へは簡単に行けないので今のうちにというわけらしい。


「なるほど、てっきり王立学院に遺跡があると思っていらしたのだと思っていました」


「まぁ、あれだけ古い歴史を誇る施設ですから、私も期待していたんですけどね」


 今のところ話の内容におかしなところはなかった。同時にルーペルト王子やヘルゲとつながるような話もない。


 ティアナはもう一歩踏み込んでみることにした。


「随分と学院内を調べ回っていたそうですね。何でも専門家も雇っていたそうで。たしか、ドプナー男爵でしたか?」


「ええそうですね。王立学院へ入学すると決まってから専門家を探したんで、来てもらうときに結構ばたばたしてたなぁ」


「そのドプナー男爵は?」


「あぁ、それが、今回のことで魔物に襲われてしまい」


 それまで楽しそうに話をしていたゲオルクは、急に元気がなくなって言葉を切った。


 落ち込むゲオルクに対して気遣いながらティアナが声をかける。


「そうでしたか。申し訳ありません」


「いえ、気になさらずに。あいつも運がなかったんです」


「逃げる途中に襲われてしまったのですか?」


「え、ええ」


 半ば確認のような意味で何気なくティアナは問いかけただけだが、ゲオルクは一瞬驚いて言葉に詰まってから曖昧にうなづいてきた。


 訝しんだティアナだったが、すぐに元に戻ったゲオルクが言葉を続ける。


「当時、一匹の魔物に追いかけられてましたが、カスパルは、ああドプナー男爵のことですが、心配で走りながら後ろを振り返ったときにこけてしまって、そこを襲われたんです」


「なるほど。そうなると、遺跡を見つけられないまま亡くなられたのですね」


「ええ。今更ですが、雇ったことを後悔していますよ」


 直感的に何かを隠したとティアナは感じた。そんなことをする理由はまったくわからなかったが、もしかしたら今回の魔物騒動にも関係しているのではと勘ぐってしまう。


 ただ、確たる証拠は何もない。そして、これ以上問い詰める材料をティアナは持ち合わせていなかった。更に、今回はテレーゼの使者なので無茶もできない。


 結局、ゲオルクが怪しいことは確認できたが、それ以上のことはわからなかった。


 この後もしばらく雑談してからティアナは部屋を辞する。


 アルマとリンニーの二人と合流すると、三人は待たせていた馬車に乗り込んだ。


「あー駄目だったぁ。怪しいってことはわかったんだけどなぁ」


 背もたれに寄りかかったティアナは大きなため息をついた。悔しそうに顔を歪ませる。


 その様子を見てたリンニーが声をかけた。


「無関係じゃないの~?」


「違うな、ありゃ絶対何か隠してる。それが今回の魔物騒動と関係してるのかまではわからないけどな」


 言葉を句切ったティアナはそのままゲオルクとの会合の内容を二人に話した。


 説明を聞いたアルマが唸る。


「あらかじめ質問される内容を想定してたのかもしれないわね。疑われることは想定済みでしょうし」


「でもでも~、こっちは新しいことがわかったのよね~」


 嬉しそうにしゃべるリンニーを訝しげにティアナが見た。


 少し苦笑いしながらアルマが話してくれる。


「最初に案内してくれた女の子がいたでしょ? ベルタっていう侍女なんだけど、その子と雑談していたら、どうもウッツがゲオルクのところに出入りしていたみたいなのよね」


「はぁ!?」


 意外な事実を聞かされたティアナは目を見開いた。こうなると、ヘルゲの配下でゲオルクとウッツが何かをしていたことは確実だ。


「ってことは、ゲオルクが王立学院に入学したのは裏向きの理由もあるってことか!」


「遺跡好きってのも怪しいわね。ドプナー男爵がヘルゲの命で動いていたのだとしたら、本当に王立学院に遺跡があるのかしら?」


「外国の重要施設を堂々と調査するわけにはいかないもんな。でも何の遺跡なんだろう?」


 そこで三人とも首をかしげる。


 今回の訪問で、ゲオルク、ドプナー男爵、そしてウッツがヘルゲの命で何かを企んでいることが濃厚になった。まだその内容はわからないがとても良いものとは思えない。


 更に、ゲオルクが今回の魔物騒動の純粋な被害者であるのかも疑わしくなってきた。


 これらがエルネとどのようにつながるのかまったくわからないままだが、ティアナはまたしてもろくでもないことに巻き込まれていることに気付いてため息をついた。

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