狂う計画

 意に沿わない役目を与えられたとはいえ、引き受けた以上はゲオルクもしっかりとこなすつもりだった。ふてくされて放棄するというのは己の矜恃に反するからだ。


 しかし、計画を進める程に不安が増す。まだ十代で経験などなきに等しいゲオルクは、そのおかしさを具体的に言葉にできない。


 夏休みに入り、地下神殿の調査が始まってからはその感情がより一層強くなった。


 特に第二層からカスパルが持ち帰った骨を見たときに強く感じる。これは手を出してはいけないものではないのかと。


 そんな折り、本国から連絡員がやってきた。地下神殿の調査が始まって九日目のことである。調査を開始する時期を連絡したところ、ウッツと名乗るの男がやって来たのだ。


 浅黒い肌で目つきの悪いその男は調査結果を本国へ送るのが仕事であるため、姿を現して以来特に何もしていない。また、配下でもないのでゲオルクも命令はできなかった。


 翌日、カスパル達が地下神殿へと向かった日も同様だ。さすがに手持ち無沙汰らしくうろうろしているが、誰かを手伝おうという気は湧かないらしい。


 隣の部屋からやって来たウッツは、暑さで何もする気の起きないゲオルクに近づいた。


「今隣で見てきやしたけど、あれが地下神殿ってところから持ち帰ってきた骨ですかい」


「そうだ。不気味だろう」


「まったくで。てっきり人間のだと思ってたら違ってたんで、最初は驚きやしたよ」


 声をかけられたゲオルクの反応は鈍い。暑さのせいだけでなく、そもそも好きになれない人物だからだ。しかし、無視もできない。


「頭の骨は人と形が違うし、牙もある。いにしえの邪教徒ってのは、後生大事な聖なる場所で何でまた魔物みたいなのを飼ってたんでしょうかねぇ?」


「邪教徒だからだろう」


よこしまだって決めつけてるのは周りの連中で、当の本人達は自分達を神聖な側だって思ってたんじゃないんですかい?」


 胡散臭そうに話を聞いていたゲオルクがウッツの顔を改めて見た。言われてみればその通りだ。自分が神聖だと思っている場所に不浄な存在を招き入れることなど普通はしない。


「きみは一体何が言いたいんだ?」


「別にこれと言ってないですよ。ああそれと、もうひとつ気になったことがあるんですがね。人間の骨が見当たらないんですが、地下神殿で見つかってないんですかい?」


「なんだと?」


「そんな睨まないでくださいよ。興味本位でしゃべってるだけなんですから。いえね、魔物の骨は見つかったのに人間の骨が見つからないのが不思議に思っただけですって」


 ウッツの話を聞いたゲオルクはそこで気付いた。まだ、地下神殿の中で人骨を発見したという報告をカスパルから受けていないのだ。背筋に寒いものが走る。


「ゲオルク様、どうかしたんですかい?」


「ああいや、なんでもない。確かに君の言う通りだ。カスパルが次に戻ってきたら相談してみよう」


 よくない想像したゲオルクはウッツの声を聞いてかぶりを振る。わからないことを考えようとしても碌なことが思い浮かばないことを経験的に知っているゲオルクは、この話はとりあえず先送りにすることにした。


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 夏休みに入ってからのゲオルクは昼食後に昼寝をするようになった。昼下がりは暑いので何もする気が起きないからだ。


 この日も同じく、かいた汗を拭き取ってから長椅子に横になる。


「やはり南に行くほど暑くなるのか。国の方がもう少し涼しいな」


 息苦しささえ感じる中、ゲオルクは大きく息を吐く。水を大量に飲みたいが、汗が大量に出るので我慢した。


 蒸すような暑さを憂鬱に感じながらゲオルクが横になっていると、廊下の方が騒がしくなった。そしてすぐにウッツが飛び込んできた。


「ゲオルク様、ドプナー男爵が一人で戻ってきやしたぜ! しかも様子が変なんですよ!」


「様子が変? しかも一人で? 他の隊員はどうした?」


「いませんでしたよ。それと、話したいことがあるって、あ、もう来たんですかい」


 おぼつかない足取りで室内にカスパルが入ってきた。


 その姿は異様で、服は全身あちこちが破れて赤黒い染みが付き、体にいくつもの裂傷を負っている。更に白かった肌は今や浅黒く変色していた。


 様子も普通ではなく、顔は恐怖に張り付き、口からは血とよだれを垂らし、呼吸は荒い。


 異常そのものといったカスパルは両手で自分を抱えるように、そして足を引きずるようにしてゆっくりとゲオルクに近づいていく。


「ゲ、ゲオ、ルク、さまぁ。お、お話がぁ、あ、あります」


「どうした、一体何があったのだ?」


「あ、あの神殿は、お、おかしいです。いや、すばらしい? わ、私は騙されて、誘われて、望んで封印を解きました」


「封印を解いただと!? そんなこと許可されておらんし、やり方など」


「お、教えてもらったのです。い、偉大なる、お、お方に」


 カスパルが近づいてくる分だけ下がりながらゲオルクが答えた。目は正面から逸らさないまま、近くに立てかけてあった剣を手に取る。


 尚もカスパルは独り言のようにしゃべる。


「き、今日は、お、お誘いに来ました。ゲ、ゲオルク様も、こ、こちらへ」


「何を言っている!? きみはまさか、本当に邪教徒になってしまったのか?」


「残念です。し、仕方がないので、たぁ、食べますねぇぇぇ!」


 大きく叫ぶとカスパルの口が左右に裂けてせり出し、同時に犬歯が鋭く伸びる。また、全身が一回り大きくなったかと思うと中途半端に猿のような毛が生えてきた。手足からは鋭い鉤爪が伸び、靴を突き破る。


 その姿を見て、ゲオルクとウッツはあの骨が何の骨か理解した。人間が変形したものだったのだ。


 襲いかかってきたカスパルを横飛びにゲオルクが避ける。大きな物音と共にカスパルは長椅子に激突し、そのまま奥の壁まで突き進んでぶつかった。


「なんだありゃ!? 地下にゃあんな化けモンがいるんですかい!?」


「俺だって知らん! くそ、何だってこんなことに!」


 ウッツの叫びに立ち上がったゲオルクが返答したが、それどころではなかった。今はこのカスパルだった者をどうにかして計画の露呈を防がないといけない。


 しかし、ふと窓の外へと目を向けたウッツが呻くように叫ぶ。


「なんで化けモンが昼間っから外をうろついてんだよ!?」


 その声を聞いてゲオルクは愕然とする。地下神殿から出てきたのがカスパルだけとは限らないと今になって思い至る。しかし、生き物がいたという報告は聞いていない。


 以前からカスパルに騙されていたのかとゲオルクは想像するが答えはわからない。ともかく、今は目の前の元カスパルとどうにかしないといけなかった。


 剣を抜いたゲオルクと金属の棒を手にしたウッツは、立ち上がった半人半魔のカスパルと対峙する。二人がどうするかと考える前に、元カスパルはゲオルクに突っ込んだ。


「ガアアァァァ!」


「くっ、おのれ!」


 とっさに鉤爪を防いだゲオルクは予想以上の腕力に押されてしまう。蹴り飛ばして距離を取ろうにもその余裕がない。


 しかし、すぐさま横からウッツが金属の棒を相手の側頭部へと叩き込んだ。半人半魔の魔物の体がよろめく。


「くそ、大して効いちゃいねぇな!」


「はっ!」


 手応えの割に効果が薄いことに驚くウッツを無視して、ゲオルクは剣の一撃を半人半魔の魔物に叩き込んだ。左肩から右腰へと振り抜こうとする。ところが、実際はみぞおちのところで剣が止まった。


 人間ならこれで致命傷だが半人半魔の魔物はまだ動けるらしく、剣を掴んでゲオルクの顔に鉤爪を繰り出す。とっさにゲオルクは剣を手放して後ろに下がった。


「うわっ!?」


「チッ!」


 ようやく護衛の騎士二人が入ってくるのを尻目に、ウッツは金属の棒で顔面を殴りつけた。さすがにこれは効いたらしく、顔を押さえた半人半魔はよろめきながら後退した。


「おい、早くこいつにとどめを刺せ!」


 驚く護衛の騎士にゲオルクが指示を出している間に、ウッツは後ろに回って今度は後頭部を金属の棒で殴りつけた。普通の人間ならこれで昏倒するか死ぬが、半人半魔はまだ立って苦しんでいるだけだ。


 そうしてウッツが化け物を動けないようにしている間に護衛の騎士も気を取り直す。剣を抜いた二人はウッツと入れ替わると半人半魔の体を動かなくなるまで斬り続けた。


 やがて断末魔が途切れたところで、ウッツがゲオルクに近づく。


「これからどうするんですかい?」


 問われたゲオルクは答えられない。隠密に遂行しなければいけない計画は破綻したが、呆然としたままだった。


 その様子を見てウッツがため息をつく。時間がない以上、考えている余裕はない。


「逃げましょうぜ、ゲオルク様。少なくとも調査で手に入れたモンを国に届けなきゃ、調査隊が犠牲になった甲斐がねぇでしょう」


「そうだな。まだやるべきことはあったな」


 絞り出すようにして出した自分の声を聞いたゲオルクの頭が覚醒していく。


「ウッツ、まずはできるだけ証拠を隠滅するぞ。資料として持って行けるものは持って行き、無理なら処分するんだ」


「大して時間なんざありませんぜ? まぁ、やれるだけはやってみましょう。そうだ、何人か人を回してくれませんかね?」


「いいぞ、使え」


 その言葉を聞いたウッツはうなずくと、男の使用人二人に声をかけて作業を始めた。


 外に半人半魔の魔物が徘徊しているということは、いつゲオルクの宿舎に侵入してきてもおかしくない。それがわかっているため、ウッツは時間優先で作業を進める。


 宿舎内の適当な扉をこじ開けると、持って行けない発掘物をとりあえず隠してあるように見せかけた。


「こっちはできましたぜ」


「ゲオルク様、使用人の姿を何人か見かけませんが、どうなさるのです?」


「学院からの脱出を優先する。待っている時間が惜しい」


 ベルタの問いかけにゲオルクがつらそうに返答した。


 今は学院外に脱出する行動が最優先だ。それを阻害する行動や選択は許されない。


 悲しそうな表情を見せるベルタから顔を逸らしたゲオルクは行動を開始した。六人の一行は宿舎を出ると馬車の停車場へと向かう。


 最初に通過したのは他の宿舎と教職員用の建物は静かだったが、衛兵の待機所は大変な騒乱になっていた。多数の半人半魔の魔物と衛兵が戦っていたのだ。


「やべぇ! ゲオルク様、こっちについて来てくださせぇ」


「どこに行くんだ?」


「回り道をするんですよ。あんな化けモンにいっぺんに襲われたら、こっちはひとたまりもねぇでしょう」


 説明に納得したゲオルク達はウッツに先導されて進む。


 停車場に着くと、ちょうど二台の馬車が動き始めたところだった。ところが、そのうちの一台は半人半魔の生き物一体に襲われる。御者はもちろん、破壊された扉の奥から貴族の子弟とその使用人が引きずり出されて食われていった。周囲に断末魔が響く。


 御者を失った馬車がふらふらと進んでいくのを見て、ウッツはとっさに駆け寄って御者台に乗り込む。そしてすぐに馬を止めた。


「おい、急げ!」


 道徳的な葛藤をしている間はなかった。半人半魔の魔物が獲物を喰らっている間に逃げないといけないのだ。


 顔をしかめながらもゲオルクは皆を急かして馬車に乗り込む。使用人がウッツの隣に座って全員が乗り込んだことを告げた。言い終わらないうちにウッツは馬車を走らせる。


 学院外に出て、先行する馬車を乱暴に追い越し、しばらく走り続けた。いつこちらに向かってくるのか気が気でない。


 やがて夕方になり、道沿いの村にやっとたどり着くとやっと全員が緊張を解く。学院外に出られないのか他に理由があるのかは不明だが、一度も追われることがなかった。


 宿屋との交渉を他の使用人に任せて、ウッツはゲオルクと少し離れたところに移る。


「ここまで来りゃ、とりあえずは安心ですぜ」


「きみの判断がなければ脱出できなかっただろう。礼を言う」


「そりゃどうも。報酬分は働きますよ」


 おどけるウッツにゲオルクが苦笑いする。実際にきちんと働いたのだから文句はない。


 一旦周囲を見回してからウッツがゲオルクに話しかける。


「それで、これからどうなさるんですかい? オレはこのまま調査隊の成果をあっちに持って行かなきゃいけないんですがね」


「ヘルプスト王国の王都に留まるよ。今回の件で事情聴取は避けられないからな。ここで俺まで国に帰ったら怪しまれてしまう」


「遺跡卿って呼ばれてたそうですから、かなりツッコまれるんじゃねぇですかい?」


「そのあだ名、知っていたのか」


「ゲオルク様関係って言やぁ、みんな最初に口にしましたからねぇ」


「なるほどな。ただ、宿泊費がな。手元の資金だけだと心許ないのがつらいところだ」


「それについてはオレが何とかできますぜ。出所を聞かないでくれたら、ですが」


「やむを得んな。頼む」


 大きくため息をついたゲオルクがウッツの条件を飲む。ここまで事態が進んだ以上、もうきれい事を言う意味もない。


 うなずいたウッツが話をまとめる。


「だったら、王都で宿が決まるまでは一緒で、その後は別行動にしましょうや。カネは別のヤツに届けさせますんで」


「任せた。こうなった以上、成果だけはルーペルト王子とヘルゲ殿にしっかり届けてくれ」


 語るゲオルクの表情は非常に疲れたものだ。次第に日が暮れる雰囲気もあってウッツは余計にそう思えた。

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