一年ぶりの再会
日頃懇意にしている御用商人を通した連絡は意外に速かった。ラムペ商会から早馬を出してくれたこともあって、エルネと話をした十日後にはヘルプスト王国の王都に入った。
昼下がりの王都内を進む馬車の中、ティアナは一年前のことを思い出す。
九月から始まる王立学院の新学期初日に全学年の生徒を集めた舞踏会が開かれる。その晴れの日にテレーゼと共に王子と婚約者気取りの男爵令嬢を返り討ちにした。
話だけを聞けば痛快に聞こえるが、当事者は薄氷を踏む思いで切り抜けた出来事だ。もう一度やれと言われても全力で拒否する件である。
「あれから一年かぁ。長いのか短いのか」
「どうしたの~?」
「そっか、もう少しで一年になるのよね。あたしは部屋で雑用をしてただけだったけど」
ティアナの独り言に二人が反応する。リンニーは首をかしげ、アルマは馬車の天井を見上げた。
不思議そうに自分を見るリンニーに対して素に戻ったティアナが言葉を返す。
「俺とアルマが旅に出るきっかけが、ちょうど一年前にあったんだ。王立学院は九月の最初の日に舞踏会ってのを開催してて、そこで大変なことに巻き込まれたんだよ」
「ティアナそういうの多いよね~」
「好きでやってるわけじゃないんだけどな」
「巻き込まれるっていう時点で、自分の意思なんて関係ないけどね」
混ぜ返してきたアルマに何も言い返せないティアナは黙る。
馬車はそのままバッハ公爵邸へと入っていった。旅装姿に帯剣していたので玄関前に着くと使用人が剣を預かる。次いで係の者が応接室まで案内をしてくれた。
先程からしきりに周囲を見ているリンニーが感嘆の声を漏らす。
「すごくきれいなお屋敷ね~」
「私もこのお屋敷は初めてですけれど、さすがに公爵家ともなると大したものですね。エルネのお屋敷にも劣りません」
磨き上げられた調度品、飾られた壁面、そしてそれらを嫌みなく調和させる技量など、すべてにおいて格が違う。財の使い方が巧みであることがよくわかる一室だ。
ティアナとリンニーの背後で立っているアルマが二人に声をかけてきた。
「いらっしゃったみたいですよ」
その言葉で二人は背筋を伸ばす。同じ知り合いでも、エルネのように甘えることはできない相手なのだ。
座っていたティアナとリンニーは立ち上がって一礼する。
「ごきげんよう。あらまぁ、随分と思い切った服装ですのね」
「お久しぶりです。テレーゼ様」
やって来たテレーゼが目を丸くした。三人とも旅装に身を包んでいたからだ。
「この一年間で随分と変わられましたね。大変な苦労をなさっているようで」
「社交界に出ていれば、きっと別の苦労をしていたと思います。それと比べると、こちらもそれほど悪くはありません」
「まぁ、それはたくましいですわね」
つり上がった目元の印象が強いので勝ち気に見られやすいテレーゼだが、今は笑顔ということもあって優しく見える。
そのテレーゼの瞳が一瞬リンニーへと向けられたのをティアナは見た。
「テレーゼ様、こちらはリンニーです。東の果てにある竜牙山脈の奥に精霊の庭という場所があるのですが、そこに住まわれる慈愛の女神です」
「えぇ?」
「初めまして~」
いきなり突拍子もない紹介を受けたテレーゼはあからさまに困惑した。エルネのときとは違う反応だが、対処法を知っているので困ることはない。
「本題については後ほどということにして、まずは積もる話からしませんか? 結果的にリンニーについてのお話もすることになるので」
「そうですか。幸い今日はこれからずっとお相手できますので、じっくりと聞かせていただきましょう」
挨拶が終わったところで、この一年間のことをひとつずつ話した。王女の婚姻にまつわる騒動から始まって、精霊の庭で御神木に湧き出た芋虫を取り除く戦いについてまでだ。
また、このときにリンニーの話だけでなく、共に旅をしている四精霊のお披露目もした。
人間の半分くらいの大きさで半透明な精霊を見てテレーゼは驚く。
「女神様だけでなく、このような精霊まで共にしているのですか。まるでおとぎ話みたいですわね」
奇しくもエルネと同じ感想を漏らしたテレーゼにティアナは内心苦笑いする。元々騒がしい大精霊と一緒に旅をしていたこともあって、まったく実感がない。
話を聞き終わったテレーゼはため息をついた。
「本当に大冒険をされていたのですね。殿方でしたらさぞかし喜ばれることでしょう。自由にあちこちを巡れてわたくしも羨ましく思います」
「後ろに控えているアルマが世話をしてくれるからこそです」
その言葉を聞いたテレーゼがちらりと視線を向けると、驚いて自分の主人へ目を向けるメイドの姿が見えた。
面白そうにそれを眺めてからテレーゼは再びティアナへ目を向ける。
「ふふふ。それに、今のお話でリンニー様のことも理解できました。人の世を見て回りたいとのことでしたが、ティアナの話ですとお酒を飲み回るためみたいですわね」
「ほらやっぱり誤解されてるよ~」
不満そうに口を尖らせるリンニーをにこやかにテレーゼは眺める。目の前のやり取りを見ていると本当に良い旅をしてきたのだと思えた。
「さて、そちらのお話をお伺いしましたから、次はこちらのお話をいたしましょう。とは言いましても、そちらのお話程面白くはありませんが」
この一年でティアナが何をしてきたのか知ったテレーゼは、去年の秋からの出来事を振り返った。
新学期直後の混乱はあったものの、婚約破棄騒動で処罰されなかった子弟子女はすぐに日常生活に戻った。もちろん事件の噂はその後も続いたが、影響はその程度である。
お咎め無しだったテレーゼは今年の春に王立学院を無事卒業し、現在は王都のバッハ公爵邸と王宮を往復する日々である。お茶会や舞踏会に忙しいらしい。
一方、問題を起こした王子はこの春に謹慎処分が解け王立学院に復帰、そして六月末に卒業したとのことだった。これから本格的に政務をこなす予定である。
話を聞いていたティアナは、さすがに一年近く経つと色々と元に戻ってくるものなのだと思った。
ここで一旦話を区切ったテレーゼはお茶を一口飲んだ。
「わたくしの近況はこのくらいですかしらね。あとお話しすることがあるとすれば、王都の治安が以前よりも少し悪くなっていることくらいでしょうか」
「もしかして、人型の魔物が王都内に出没するというお話ですか?」
「ご存じでしたか。今年の春、四月頃から夜半に現れては人を襲うのです」
「王家は何か対策をしたのでしょうか?」
「夜間の警邏を強化しましたが、あまり効果はなかったと聞いています。ただ、先月七月からは魔物は現れていないそうです」
「警備が強化されたから?」
「だと良いのですが、恐らく違うでしょう。警備の強化が理由なら、六月にも被害が出ていることが説明できません」
テレーゼと共にティアナも顔を曇らせた。自分達で事件を解決して平穏を取り戻したのなら何も問題はないが、勝手に沈静化したとなるといつ再発するかわからない。
しばらく二人が黙っていると、リンニーが口を開く。
「ねぇティアナ、本題の話はいつするの~?」
「え~っと、そうですね。黙っていても仕方ありませんから、本題に入りましょうか」
「そうですわね。ご連絡をいただいた内容では、王立学院のお話ということでしたが」
苦笑いしながらティアナとテレーゼが会話を再開した。
最初にティアナから話を始める。
「実は、ガイストブルク王国のエルネスティーネ王女は、今年に入ってブライ王国のルーペルト王子から何度も求婚されては断っています」
相づちを打ったテレーゼを見ながらティアナは言葉を続ける。
「しかし、あまりにもしつこいのでその理由を探りにブライ王国へ赴きました。そして、ルーペルト王子の側近ヘルゲが何やら怪しげな動きをしていることを掴んだのです」
「事前にお話をいただいたところですわね。こちらで何か画策している可能性があると」
「その通りです」
「可能性だけのお話だとまでしか書いてありませんでしたが、その事情を教えてください」
説明を求められたティアナはうなずくと、知っていることを話す。
「私達三人が調べた範囲では、今年の春にこちらの王立学院にブライ王国の方が入学されていますよね? ディルタイ伯爵家の方が」
「確かに、遺跡卿と呼ばれている風変わりな方ですわね。何でも今年に入って急に入学を希望されたと学院長から伺っております」
「入学に関しては誰の命かはわかりませんが、ドプナー男爵という遺跡調査の専門家がルーペルト王子の屋敷でヘルゲと面会し、その後入学直前に配下に加わっています」
「それは確かなのですか?」
「面会したことは、こちらのアルマが王子の屋敷で働く使用人から直接聞き出しています。ドプナー男爵がゲオルクの元にいるかどうかは、そちらで確認できることかと」
「遺跡卿が専門家を雇って学院内を調べさせているという噂は、確かに聞いたことがあります。その専門家がドプナー男爵なのでしょう」
話を聞いていたテレーゼは、しかしそこで首をかしげる。
「ですけど、あの王立学院に遺跡などなかったはずなのですが」
「私も同じ意見です。しかし、もうひとつの良くないお話の方が絡んでいるかもしれないので、こちらに参りました」
「それは何でしょう?」
「先程、去年のエルネスティーネ王女の婚姻騒動でお話をしたウッツという人物が、ヘルゲと会っていたらしいのです」
「そのお話もアルマが?」
「はい。珍しくない頻度で出入りしているそうです。更に、ブライ王国の王都内で、カミルとヨーゼフの二人がウッツと会っていたことも確認しています」
「カミル? フリック伯爵家のですか? あなたの先程の話では、アーベント王国でヨーゼフ共々投獄されたのではないのですか?」
「私もそう思っていたのですが、どうも既に牢から出ているようなのです」
そこまで聞いたテレーゼは眉をひそめて黙った。
一度は投獄されたカミルとヨーゼフが裏社会に通じていそうなウッツに会っており、そのウッツはルーペルト王子の屋敷でヘルゲと何度も会っている。
更に、ヘルゲと面会した遺跡の専門家ドプナー男爵がディルタイ伯爵家のゲオルクの配下となり、そのゲオルクは急遽王立学院に入学していた。
しかし、今のところそれだけだ。ウッツ達がヘルゲと何をしているのかは不明であり、ヘルゲに命じられてゲオルクが王立学院に入学した証拠もない。
個々の状況に対して証拠は多少集まったが、それをつなげるための材料がない。典型的なのはゲオルクとウッツをつなげる線だ。すべてはまだ可能性のままである。
色々と考えてみたものの、テレーゼはまだ証拠が少なすぎると思った。
「ティアナ、それであなたは、これから何をしようとしているのです?」
「まずはこの王都で何か見つからないか調べてみようと思っています」
「それは構いませんが、もしあなたが考えている通りの陰謀があったとしたら、危険すぎませんか?」
「多少の危険は承知の上です。それに、私達には優秀な精霊がついていますから」
微笑みながらティアナが言い終わると、先程姿を見せた精霊四体が再び姿を現す。体を揺らしたり手を振ったりしていた。
精霊達を見たテレーゼはため息をつく。
「わたくしには止める手立てはございませんが、エルネスティーネ殿のためにそこまでなさるのですか」
「はい。幼い頃の一時期、王女は正妻に疎まれて私の実家の修道院で過ごしていました。そのとき以来の大切な妹分だからです」
「ふふふ。先程のお話ですか。王女を妹分とは、随分と大それたことをおっしゃるのですね」
その表情、話す口調、そして返答の内容、すべてを見聞きしてテレーゼは二人がとても仲が良いことを悟る。
「お話はわかりました。まだ可能性の部分が多いですが、その謎を解き明かすために調査をなさるのでしたら、わたくしもいささか協力をいたしますわ」
「ありがとうございます」
「王立学院に何かあれば、我が国にとっても大事です。事を未然に防げるのなら、協力を惜しむことなどありません」
「テレーゼ優しい~」
ようやく話に入れたリンニーが喜んだ。
その笑顔を見ながらテレーゼは更に言葉を綴る。
「王都に滞在中、このお屋敷を使ってくださって構いません。あと、何か必要なことがあればおっしゃってください。できることなら協力いたします」
「ありがとうございます。テレーゼ様のお力添えがあれば、必ず糸口を見つけられるでしょう」
まさか積極的に協力してもらえるとは思っていなかったティアナは、テレーゼからの申し出を素直に喜ぶ。
隣のリンニーが目を輝かせてティアナに尋ねる。
「また街の中を調べるのかな~?」
「ええ、そうなりますね」
「今度はお酒なしですからね」
「え~アルマひどい~!」
背後から声をかけてきたアルマにリンニーが悲しそうに抗議する。
楽しそうにその様子を見ていたティアナは、説明を求めたテレーゼに以前二人にあったことを説明し始めた。
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