浮かび上がる陰謀

 月が変わって八月、ティアナ達はエルネの屋敷にまで戻る。


 到着してすぐに水浴びをし、簡単な夕食を済ませてからエルネの執務室へ全員が移る。


「おかえりなさいませ、ティアナ姉様、リンニー様」


「いくらか詳しく知ることができましたよ」


「ティアナの願いの方は結局ほとんど調べられなかったけどね~」


「それは仕方がありません。またの機会に調べれば良いことですから」


 リンニーの言葉に一瞬顔を曇らせたエルネだったが、ティアナがすぐに取り繕ったので表情を和らげた。


 そうしている間にローザがお茶を入れ、準備が整う。


 ティーカップを手にしたティアナにエルネが問いかけた。


「それで、あちらの様子はどうなのでしょうか?」


「ブライ王国全体としてはラルフ王子がかなり優勢です。中立派の取り込みも去年成功したそうなので、余程のことがない限り国王になるのは兄王子の方でしょう」


「ルーペルト王子はそんな状況でもまだ諦めていないのですか?」


「逆転の手段のひとつとして、エルネとの婚姻を狙っているようです。具体的には、王家の支援ですね」


「完全に我が国頼りというわけですか。迷惑ですわね。しかし、この話を国王陛下にすれば、ルーペルト王子の話を断ってくださるでしょう」


 ブライ王国へ介入する気がなければという条件が付くが、エルネの様子からシャルフェンベルク家が外国へ深入りする気はないのだろうとティアナは予想する。


「ただ、それだけ不利な状況でも何とかなっているのは、側近のヘルゲの功績だとラルフ王子派の貴族から聞いております。相当優秀だという評判ですよ」


「随分と陰気な性格をしていそうに見えましたけど、見た目通り謀略が得意なのかもしれないですわね」


「仕え始めて一年と少しだそうなので、相当辣腕を振るっているのでしょう」


「国内だけで争っていてほしいものですわ」


「残念ながらそうもいかないようです。今年の春にルーペルト王子派貴族ディルタイ伯爵家のゲオルクが、ヘルプスト王国の王立学院へ急遽入学したそうです」


「ヘルゲの差し金なのですか?」


「その可能性が高いです。といいますのも、ゲオルクの配下にドプナー男爵という人物がいるそうなのですが、以前ルーペルト王子の屋敷でヘルゲと会っていたようなのです」


 そこまで話をしてティアナは背後へと顔を向けた。


 驚いたアルマにエルネが声をかける。


「アルマ、聞かせてください」


「はい。あたしはリンニーと一緒に王都の様子やルーペルト王子の屋敷を探ってました。それで、屋敷に勤めるメイドや使用人と知り合って話を聞いたんです」


「よくそんなことができましたわね」


「同じ貴族にお仕えする者ですから色々と話が合うんですよ。それで、ヘルゲ様が遺跡に詳しい男爵と会って、その後ディルタイ伯爵の部下になったって聞いたんです」


「その男爵は遺跡に詳しいのですか?」


「らしいですよ。そんな人物を王立学院に送り込んで何をするつもりなのか不思議がってました」


 眉を寄せて首をかしげたエルネが再びティアナへと目を向ける。


「ティアナ姉様、王立学院には遺跡があるのですか?」


「私の知っている範囲ではありません。次男だと聞いていますので、働き口を求めたというのが妥当ではと最初は思っていました」


「何か気になる点でも?」


「ドプナー男爵自体はこれ以上のことはわかりませんでした。しかし、ヘルゲが別の人物と会っていることを聞いて、疑わざるを得なくなったのです」


「どのような方なのです?」


「ウッツです」


 その名を聞いてエルネは眉をひそめる。背後で控えているローザは目を細めた。明らかに不機嫌だ。


 しばらく黙っていたエルネだったが再び口を開く。


「去年のあの事件に関わった者でよろしいですのよね」


「はい。あの者がヘルゲと会っていたと、アルマが調べてくれました」


「目つきが悪い人だったよね~」


「リンニー様はお目にかかったことがあるのですか?」


「遠くから見ただけだよ~。アルマと一緒にこっそり後をつけていたんだよね~」


 嬉しそうにリンニーが後ろを振り向くと、アルマが苦笑いしてうなずいた。


 そして更に言葉を続ける。


「最初は仲間三人で酒場に入って、そこから一人になったウッツを追いかけたら、ルーペルト王子のお屋敷に入っていったんだよ~」


「仲間三人ということは、後の二人はどなたなのでしょう?」


「えっと~あれ? アルマ、誰だっけ~?」


「カミルとヨーゼフと言います。カミルは去年王立学院での婚約破棄騒動の関係者で、ヨーゼフはアーベント王国で戦った相手の一人です。どちらも貴族の方ですが」


「ああ、ティアナ姉様のお話にありましたわね」


 説明を聞いたエルネが微妙な表情をしながら思い出した。敬愛する人物の敵なので悪い印象しかない。


 そこへローザがティアナに問いかけてきた。


「確かその二人は、アーベント王国の事件で投獄されたのではなかったのですか?」


「私もそう思っていたのですが、どういうわけかブライ王国にいるようなのです」


「しかもあの者と一緒にですよね。落ちるところまで落ちたのでしょうが、なるほど、ウッツとヘルゲ殿が会っているのなら、ドプナー男爵の件も怪しいですね」


「直接のつながりがあるのかはわかりませんが、真っ白と見なすことはできません」


 回答したティアナにローザはうなずいた。


「今回、私達がブライ王国で調べたことはすべてお話をしました。単なる婚姻話というわけにはいかないようですね」


「わざわざありがとうございます。特にティアナ姉様がわたくしのために苦労してくださったことは感謝に堪えませんわ」


「お役に立てれば幸いです」


「リンニー様とアルマもありがとうございます。使用人と接触するなど思いつきもしませんでしたわ」


「えへへ~」


「もったいないお言葉です」


 話に区切りが付くとティアナは再びティーカップを手に取る。ぬるくなっているがまだまだ夏の夜には心地よい感触だ。隣でもリンニーがおいしそうに口を付けていた。


 ティーカップを置いたティアナはエルネへと問いかける。


「私達から話せることは以上ですけど、これからどうするつもりなのですか?」


「わたくしにできることは限られています。ルーペルト王子からの申し出を断り続けるだけですわ。ティアナ姉様はどうなさるおつもりなのです?」


 問われたティアナはすぐに口を開かなかった。まだ迷っている部分があるからだ。


 そんなティアナにリンニーが遠慮がちに声をかけてくる。


「ティアナ、どうしたの~?」


「これからどうしようか考えているところです」


「やりたいことをすればいいんじゃないかな~。差し迫ったことってないんでしょ~?」


 男になる方法がさっぱり見つからない今、王立学院の様子が気になるくらいだ。しかし、半ば追われるように祖国を出た身としては帰りづらい面がある。


 そんなティアナの心情など知らないリンニーが何かを思いついた。


「そうだ! ティアナの故郷に行こうよ! ヘルゲって人が王立学院で何か企んでるかもしれないから、それを調べに行くの~」


「リンニー様、さすがにそれはどうかと」


 眉をひそめたローザが思わず口を開いた。現時点ではすべてが可能性でしかない。乗り込んでも白を切られればそれまでだ。それがわかるだけにさすがに黙っていられなかった。


 しかし、リンニーは困った顔をしつつもローザに反論する。


「でも、放っておけないんだったら、様子を見に行くしかないでしょ~」


「ならば使いの者を遣れば済むでしょう」


「ティアナの使いって誰がするの~?」


「それは」


 返答しようとしたローザが眉を寄せて口を閉じた。ティアナ程度の者ならば自分で確認するしかないことに気付く。人の上に立つエルネとは立場が違うのだ。


 そこへ今度はアルマが口を挟んでくる。


「本当の目的は、ヘルプストのお酒が飲みたいだけでしょうけどね」


「お酒、ですか?」


「王立学院へ行くときには王都へ寄りますから、そのときを狙ってるんですよ」


「あ~ん、言っちゃダメ~!」


 本心をばらされたリンニーがアルマに抗議し、ローザが目を細めて呆れた。


 周囲の会話を聞いていたティアナは次第に気持ちが固まってくる。


「やることも特に決まっていませんから、様子を見に行くのも悪くありませんね」


「ティアナ姉様、本当に王立学院へと赴かれるのですか?」


「さすがにいきなりは向かいません。そもそも追い出された身ですから。けれど、知り合いの方にお目にかかってお話を聞こうかと思っています」


「どなたかお伺いしてもよろしいですか?」


「テレーゼ様です。エルネもご存じですよね」


「あの方ですか。確かにお話を聞くのであれば、これ以上ない方ですね」


 ヘルプスト王国の有力貴族バッハ公爵家の令嬢で次期国王の婚約者だ。およそ考えられる限り最高の伝手である。


 行き先を聞いたエルネは体の緊張を解いた。


「そうなりますと、まずはお目にかかるお伺いを立てないといけませんわね。わたくしがお手紙を書きましょうか?」


「いえ、この国でしたらラムペさんがいらっしゃるので、あちらに頼むつもりです。テレーゼさんの実家と取り引きがあるそうですから、すぐに取り次いでいただけるでしょう」


 ある事件がきっかけで、今やガイストブルク王国有数の商会へと成長したラムペ商会は手広く国外でも商売をしている。バッハ公爵との取り引きもそのひとつだ。


 去年から関わりを持った商人のことを思い出したエルネがうなずく。


「元々伝手があるのでしたら、そちらの方が早いですわね」


「ええ。明日の朝一番にアルマをラムペ商会へ遣るつもりです」


「テレーゼ殿も王立学院に春まで在籍していらしたのですよね。お知り合いも多いでしょうから、ティアナ姉様のお願いも案外すんなりと受け入れてくださるかもしれません」


「そうあってほしいです。今も在籍していらしたら、より詳しいお話を聞けたかもしれませんが」


「ああ、どうせならわたくしもご一緒しましょう! よろしいですわよね、ティアナ姉様!」


「ローザさんが許してくだされば」


 そうして全員の視線が注がれると、動じることなくローザは返答した。


「ご政務の調整の都合上無理です。というより、公式に隣国へ赴かれるのでしたら、それはもう外交になります。一週間や二週間の調整でどうにかなるものではありません」


「ではお忍びではいかがです!?」


「相手のお方へかかるご迷惑をお考えください。準備する暇もなくお迎えして粗相をしたなどとあっては、家名に傷が付いてしまいます」


「ううっ、それはそうですけど」


「今、旅行の調整をしていますから、それで我慢をしてください。あまり外出用件を割り込ませようとばかりしますと、その旅行もできなくなりますよ?」


「うっ、それは困ります」


 ばっさりと意見を両断されたエルネが、目の前の応接用テーブルに手をついてうなだれた。


 そんなエルネに少し同情したティアナは慰めようとする。


「またすぐに出発することになりますが、数日間はここにいます。その間にたくさんお話をしましょう」


「はい、わかりました! ずっとつきっきりですよね!?」


「お仕事の間は無理ですよ?」


「そんな!」


 エルネが頭の中で何をどう解釈しているのかわからないティアナだったが、ともかくローザの顔色を窺いながら話をする。


 その後、話は重要なものから雑談程度へと移ってゆく。それでも王立学院のことが心のどこかに引っかかっていたティアナは、どうしても楽しみきれないでいた。

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