アルマの調査とリンニーの観光
ブライ王国の情勢を探るためにやって来たティアナ達だったが、その間三人は二手に分かれて調査した。ティアナは貴族と面会し、アルマとリンニーは王都の街に出向いたのだ。
夏の暑い日差しを避けるように歩きながらリンニーが前を歩くアルマに話しかける。
「ねぇアルマ、のど渇いた~」
「暑いですものね。もうすぐ市場だから、そこで何か買いましょう」
一見すると特に当てもなく歩いているように思えた二人は、露天商の区域に入ると果物の果汁を売っている店に立ち寄った。そこでアルマはすいか、リンニーは桃の果汁を買う。
果肉入りの果汁をおいしそうに啜るリンニーの顔は緩んだ。
「おいしいね~」
「そうね。でもちょっとこのすいかは水っぽいかしら」
微妙な表情を浮かべたアルマが首を傾ける。まずくはないが当たりでもないようだ。
何口か飲んで人心地ついたリンニーは疑問を口にする。
「さっきからどこに向かって歩いているの~」
「今日はこれといって向かう先はないわよ。まずは歩き回ってこの王都がどんなところか確認のが目的だから」
「観光するみたいなものね~」
「何か気になることがあったら言ってちょうだい」
「それじゃ、わたし、あのお店に入ってみたい~」
「早速? しかも食器屋? いいけど」
断る理由のなかったアルマはリンニーに引っ張られる形で露天の食器屋へと立ち寄った。皿や器に描かれた模様は珍しいが、形や大きさは今まで見てきた物と変わりない。
明らかに冷やかしだとわかったのか店主からの反応はない。邪険にされないだけましだとアルマは内心で苦笑した。
「うわぁ、エルネのところの食器とは、また違う模様だね~」
「国が違うからね。ああ、触っちゃダメよ。買わないんだから」
「は~い」
言いつけ通りしばらく見ていたリンニーはやがて満足して店から離れた。
こうして初日はぐるりとブライ王国の王都を巡った二人は、翌日以降アルマを中心に調査を本格化させる。
とはいっても、庶民の間に広まっている貴族の話などいい加減なものばかりだ。迂闊に飛びつくことはできない。
そこでアルマは、ルーペルト王子の屋敷で働くメイドや使用人の動向を探ることにした。何日もかけて出入りする者達を見張り、追跡し、可能なら自然な形を装って接触する。
日没が近い頃、とある酒場兼食堂で夕食をごちそうした通いのメイドが去るのを見ながら、リンニーがジョッキを傾けた。
「あんた結局ずっと飲みっぱなしだったわね。あの子呆れてたじゃない」
「え~そうだったかな~」
「酔わないくせに酔っ払いのふりをするんじゃありません。それにしても、微妙な成果よね。割に合わないけど、ないよりもましっていうのが何とも」
「お昼にずっと立ちっぱなしはつらいよ~」
「確かにね。できればもっと楽な方法で調べたいけど、他に良い方法がないのよね」
「いっそのこと、アルマがお屋敷で働いちゃえばどうかな~」
「特別な行事なんかで臨時雇用がない限りは無理よ。それに、紹介状だって必要だし、一ヵ月も働かないメイドなんてどこも雇わないわ」
「大変だね~」
まったくの他人事といった様子のリンニーの興味は手元のジョッキの中身に注がれている。空になりかけると近くの給仕を呼びつけてはおかわりを注文していた。
「そんなことばっかり慣れちゃって。もう」
「えへへ~。それより、王子様のところが怪しいのはわかったのよね~?」
「何が怪しいのかちゃんとわかってる?」
「えっとね、王子様のところにいるヘルゲって人が、何か色々やってるのよね~?」
「合ってるけど、大雑把すぎるわね。そのヘルゲって部下がチンピラみたいなのと割と会ってたり、遺跡に詳しい男爵と会ったりしてたでしょ」
「その男爵さんって、ヘルプスト王国の王立学院に入学した子の部下になったんだよね~」
「わかってるんじゃないの。にしても、遺跡の専門家を王立学院に送り込んで、何のつもりなんだか」
肉のかけらを口に放り込んだアルマが噛みながら考える。
経験上、よくわからないことをする輩と関わるとひどい目に遭う。エルネは避けたがっているようだが、ルーペルト王子の態度次第では関わってしまうことになるかもしれない。
なかなか悩ましい状況だということがわかってアルマが眉をひそめていると、リンニーが空になったジョッキを丸テーブルに置いた。
「でも、この国の王都では魔物は出ていないんだね~」
「まぁね。結構なことよ。行く先々の王都でそんな騒ぎばかりが起きていたら、世の中大変じゃない」
「お酒は安心して飲みたいものね~」
「あんたはお酒さえあったら何だっていいんでしょ」
最近になって次第にリンニーがわかってきたアルマはため息をついた。
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調査の方針がこのままで良いのかアルマが迷いを感じてきたある日の昼下がり、いつもと同じようにリンニーと王都内を歩いていた。
「え、あれは?」
「どうしたの~?」
歩みを止めたアルマに問いかけたリンニーは返事を待たずにその視線の先を見る。そこには、雰囲気の良くない三人の男達が固まって歩いていた。
「知り合いなの~?」
「見間違いでないならね。けど、なんだってこんなところにいるのよ? あの二人は牢屋に入れられたんじゃないの?」
物陰に隠れて様子を窺いながら後を付けていた二人は、三人が繁華街でもガラの悪い地区にある酒場に入るのを見た。
「うわ、こんなところで見張らないといけないなんて!」
「中に入らないの~?」
「今回は入らないわよ。あたしあの三人と面識があるから、ばれる可能性が高いの」
「え~お酒が飲めると思ったのに~」
「昼間っから飲もうとしないの。これが終わったら、後で好きなだけ飲ませてあげるから」
「本当? やった~!」
とりあえずリンニーをなだめたアルマは、酒場が見える位置にある物陰に潜む。
これで後は出てくるのを待つだけなのだが、先程から往来する男の視線がちらちらとリンニーへ向けられるのがわかる。
「う~ん、あんた本当に美人よねぇ」
「え~? どうしたの~?」
結構な視線を向けられているのだが本人は気付いていない。一応立ち話をしている風を装ってはいるものの、かなり無理があるのかもしれないとアルマは感じた。
結構な時間を待つ羽目になり、そろそろ夕方となる頃、ようやく三人は酒場から出てきた。改めてその姿を見たアルマは間違いなく、ウッツ、カミル、ヨーゼフだと確信する。
「アルマ~、のど渇いたよ~」
「ちょっと我慢してて。あ、二手に分かれた!?」
リンニーをなだめつつ三人を見張っていたアルマは状況が変化したことに驚いた。カミルとヨーゼフの二人は通りの向こうに、ウッツはこちらにやって来る。
まずはばれないように振る舞わないといけない。立ち話をしている風を装いつつも、自分は背中しか見えないように立つ。
「わたしの顔が見られちゃうよ~」
「あっちに知られてないからまだましなのよ。こっちだと一発でばれるちゃうから」
心配そうに言ってくるリンニーにアルマが若干焦りながら答える。人の往来はあるのであまり目立ってないはずだが、周囲を引きつけるリンニーの美貌と差し引きしてどうかといったところだ。
緊張した時間が過ぎる。うつむき加減のリンニーが目で追っているようだが、まだ声をかけてこない。
不安に思ったアルマが我慢できずに問いかけた。
「今どうなってるのよ?」
「あの目つきの悪い人、もうちょっとで見えなくなるよ~」
「もっと早く声をかけてよ!」
振り向いたアルマが通りの先を見ると、ウッツの後ろ姿が消えようとしていた。反対側へと振り向くと、カミルとヨーゼフの姿はもう見えない。
本来なら二手に分かれて後を追いたかったアルマだが二人の方はもう遅かった。
「ウッツの後を追うわよ」
「あっちの二人は~?」
「もう見えないし無理よ。それに、あんたを一人で行動させるわけにはいかないでしょ。あなたの友達に怒られちゃうわ」
アルマの言葉を聞いて抗議しようとしたリンニーだったが、脳裏に植物を司る女神の影がちらついて声を引っ込めた。
時間が惜しかったアルマはリンニーの返事を聞かずに小走りする。
彼我の距離を長めにウッツの後を追った二人は、繁華街から大通り、そして貴族の邸宅街へと入った。
「さっきより大きなお屋敷がたくさんあるわね~」
「そうね。うわ、あいつ、ルーペルト王子のお屋敷に入っていったじゃない」
貴族の邸宅街は人通りが閑散とするので更に距離を広げて後を付けていた二人は、ウッツが当たり前のようにルーペルト王子の屋敷へ入っていくのを見て驚いた。
「門番の人は何もしなかったのはどうしてかな~?」
「顔馴染みなんでしょ。よく出入りしてる程、結構付き合いがあるってことかしら?」
「通いのメイドさんが言ってた怖い人って、あの人のことなのかな~?」
「間違いなくその中の一人でしょうね。ルーペルト王子って絶対何かやってるわよ」
以前ウッツと関わり合ったことのあるアルマからすると、この時点でエルネの婚約候補から脱落決定である。
不安そうな顔のリンニーがアルマに問いかける。
「これからどうするのかな~?」
「今日はアンゾルゲ伯爵のお屋敷に戻りましょう。ウッツが何をしているのか気になるけど、そっちは今調査対象外だから」
「暑いし、のど渇いたもんね~」
のんきなリンニーの意見を聞いてアルマは苦笑する。確かにその通りだからだ。
そのとき、リンニーが思いついたことをアルマへ提案する。
「ねぇ、このまま酒場に行こうよう~」
「今から?」
「ちょっとだけ飲んでから帰ってもいいでしょ~?」
懇願するリンニーの顔を見てアルマは迷う。後は帰るだけなので酒場に寄るのは問題ない。問題なのは、リンニーがちょっとだけで済ませられるかだ。
しかし、昼食以来何も飲んでいないのでのどが渇いているのはアルマも同じだ。
「今飲んだら絶対おいしいよ~」
「そりゃそうなんでしょうけど」
やけに押してくるリンニーに気圧されながらも考えていたアルマだったが、結局折れてしまう。そして、屋敷に帰ったのは夜遅くだった。
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翌朝、アルマはいつも通り起きられなかった。二日酔いである。空きっ腹に一杯目を一気に入れたのが祟ったらしい。頭痛のひどいアルマは控え室の寝台で寝たままだ。
一方、リンニーも寝台から起き上がれない状態だが、二日酔いが理由ではない。ティアナによって放たれた捕縛の種から発芽した植物に絡め取られているからだ。
「うわ~ん、ごめんなさい~! もうしないから許してよ~!」
「駄目です。言いつけを破った罰は受けないといけません」
「でも知らない人にはついて行ってないよ~! お店の中で飲み比べしただけなのに~!」
「そんな下心丸出しの誘いを受けてはいけないでしょう! 穏便に済ませるためにアルマがどれだけ苦労したと思っているのですか!」
「悪かったです~!」
寝台の上でぎりぎりと植物に縛り上げられているリンニーが泣きながら謝る。薄着の上から縛られているので体の輪郭が浮かび上がって艶めかしい。
だが、その姿に見とれる者は誰もいない。室内で立っているのはティアナのみ。つまり、リンニーを助ける者は誰もいないということだ。
「痛いよ~苦しいよ~」
「酒精を吸い取ってくれるそうですから、しばらくそうしていなさい」
「だったら、二日酔いのアルマにもしてあげたらいいじゃない~」
「人間と神様では耐久力が違うので、そういった使い方は駄目だって教えられましたから」
「へ~そうなんだ~って、いたたた!」
一瞬現実逃避をしたリンニーだったが、すぐに締め上げてくる植物の力強さに悲鳴を上げる。
「今日一日はずっとそのままでいてもらいます」
「え~やだ~! ごめんなさい~! 許して~!」
「あなたを助けるために無理矢理飲み比べをして倒れたアルマのことを考えなさい」
それほど酒に強いわけではないアルマが一度にたくさん飲んだのである。リンニーが肩を貸して屋敷まで戻って来たわけだが、途中で一度耐えられずに吐いていた。
「もうしないから~!」
「でもこれ、一度目ではないですよね?」
問いかけられたリンニーは言葉に詰まる。この瞬間、罰の継続が決まった。
結局、リンニーが植物から解放されたのは、アルマがどうにか起き上がれるようになった昼過ぎだった。
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