せめて同伴だけでも
一難去ってまた一難ということわざ通り、エルネは去年退けたばかりの婚姻の話に再び悩まされていた。
あれこれと思いつくままにエルネが断る理由になりそうなことを口にする。しかし、実家の王家が兄王子と弟王子の二人を天秤にかけている以上、どれも決定的な案にならない。
話を聞いていたリンニーがエルネに尋ねる。
「エルネ、もっと他に良い結婚相手っていないの~?」
「ティアナ姉様以外はすべて論外ですわ、リンニー様」
「えっとね、エルネはそう思っていても、国王とか他の人はどうなの~?」
例え聞いても話をしてくれる可能性は低いので諦めていたエルネは、王宮でそういった話をしたことはなかった。そのため、実のところ自分の縁談の話については何も知らない。
さすがにそれは良くないと改めて思いつつ、エルネはティアナの右腕にしがみついたままリンニーに言葉を返した。
「わたくしと釣り合いが取れる殿方となると限られてきますから、そう多くはありません。ですから、ブライ王国のお二人が候補であることはおかしくありませんわ」
「釣り合いって、なに~?」
「年齢、家柄、勢力、財力、将来性、交友関係などですわ」
「あれ? 二人の相性とか性格はないの~?」
「優先順位は一番低いですわね。しかも、他の条件が良ければ無視されますわ」
「え~そんなのおかしいよ~」
頬を膨らませてリンニーが反論するが、エルネは苦笑いをするばかりである。正論ではあるが、その正論が王侯貴族には通じないことをよく知っているからだ。
納得のいかないリンニーは次に正面で立っているローザへと声をかける。
「ローザ、ひどいと思わない~?」
「感情論で申し上げればおっしゃる通りですが、こればかりは」
筋金入りの貴族子女であるローザは困惑した表情で首を横に振った。
尚も不満のリンニーは背後に控えているアルマへと顔を向ける。
「アルマは~?」
「あたしだったらゴメンですねぇ」
「そうよね~!」
返事を聞いたリンニーが満面の笑みを見せた。思うような回答を得られて嬉しそうだ。
そこへティアナが横槍を入れてくる。
「アルマ、相性の良い貧乏人と悪いお金持ち、どちらと結婚したいですか?」
「お嬢様?」
「確かアルマの夢はお金持ちと結婚することでしたから、どうするのかなと思って」
「今それを聞きますか」
質問の意図を知ったアルマが嫌そうな顔をする。
一方、まだ意図がわからないリンニーはアルマに回答を急かした。
「ねぇ、どっちなの~?」
「えっとですねぇ、難しい質問ですよねぇ」
「え~相性が合う方じゃないの~?」
不満げに追求してくるリンニーからアルマは顔を逸らす。しばくしてリンニーが口を尖らせてティアナへと顔を向けた。
「どうしてあんなひどい質問をしたのよ~?」
「た、単に興味が湧いただけですよ?」
「私は質問の意図に悪意を感じましたが、気のせいですか」
「ローザさん?」
真正面から鋭い眼光と共に攻められたティアナは思わずローザへと顔を向けた。どうもあの意地悪な質問はお気に召さなかったらしい。
「いくら主人だとはいえ、いじめすぎると足下を掬われますよ?」
「はい」
「もっと言ってやってください」
ティアナの背後から嬉しそうな声が聞こえてきた。余計なことを言ったばかりに包囲されてしまったようだ。
そんな追い詰められた状況で、右腕に密着している王女様が救いの手を差し伸べる。
「ティアナ姉様かわいそう! わたくしが慰めて差し上げますわ!」
「ありがとう、エルネ。けど、そろそろ暑苦しくなってきたから離れてくれませんか?」
「嫌です」
あくまでくっついていたいと主張する王女様にティアナはため息をつく。
周囲の視線などまったく気にせず大好きな人物とくっついていたエルネは上機嫌だったが、ふと何かを思い出したらしくティアナへと目を向けた。
「ティアナ姉様、今度ブライ王国から使節団の方がいらっしゃるので、そのときだけわたくしの侍女として同行していただけませんか?」
「何のお役にも立てない気がしますが、なぜですか?」
「使節団の団長がルーペルト王子なのです! また直接迫られるのかと思うと、わたくし嫌でたまりませんわ!」
「いっそのこと魔法で吹き飛ばせてしまえば楽で良いのでしょうけどね」
力なく笑うティアナの発言にアルマとローザが呆れた。
それに対してエルネは悔しそうに言葉を返す。
「わたくしもそうしたいのですが、さすがに一国の王子を魔法で撃退してしまうと、外交問題になってしまいます」
「それなら会わなければいいんじゃないかな~」
「国王陛下の命ですから、使節団との会合を欠席するわけにはいかないのです。どうせわたくしなんて出席しても発言の機会すらありませんのに」
「そうなの? だったら、どうして出席するの~?」
「ルーペルト王子たってのご要望だそうです。お父様も断ってしまえばよいものを!」
リンニーとエルネの話を聞いていてティアナも若干同情する。
相手の王子がどんな人物なのかはティアナは知らないが良い感情は持てない。出席せざるを得ないエルネにとって心の支えが欲しいという気持ちもわかる。ただ、政治に巻き込まれて酷い目に遭ってばかりなので可能なら避けたい。
どうしようかとティアナが迷っていると、エルネが懇願してくる。
「ティアナ姉様が共にいてくだされば、あの方と会っても平気です!」
「王侯貴族と関わって碌なことはなかったのですが」
「うう、そんなことをおっしゃらずに! いてくださるだけで良いのです!」
涙目になったエルネが更に迫ってきた。困ったティアナはローザに顔を向ける。
「ローザさんは同行されるのですか?」
「エルネスティーネ様のお供で会合の場に控えられるのは一人だけです」
「つまり、私が同行するとなると」
「控えの間で待機してもらうことになります」
「ローザ、わたくしは会合の場までティアナ姉様に来ていただきたいのです」
「御自重なさってください。我が国の礼儀作法を何も知らないティアナに、外国の使節団との会合の場への同行を任せられるはずがありません」
「うう、そこを何とかできませんか?」
「できません。というか、してはいけません。今から礼儀作法を教え込んでも間に合いませんし、いざというときのとっさの判断ができないでしょう」
要望を正論で突き返されたエルネは肩を落とした。ティアナの右腕を掴んでいた両手の力も緩む。
ただ、ローザの言葉はまだ終わらなかった。
「しかし、控えの間で待機していただく意味はあります。ティアナには別れるときの理由になってもらいましょう」
「どういうことです?」
「ルーペルト王子は外交の会合が終われば必ずエルネスティーネ様の元へ寄って来られるはずですから、ティアナに急用を告げるよう振る舞ってもらうのです」
そこまで説明を聞いたティアナも理解した。強引に迫る相手を引き離す言い訳になるわけだ。誰がやっても構わない役だが、だからこそティアナにも任せられるわけである。
侍女の提案を聞いたエルネの顔に幾分かの笑顔が戻った。
「わかりました。その案を受け入れましょう。ティアナ姉様、どうですか?」
「このくらいでしたら構わないです」
「ありがとうございます!」
ティアナとしてもただの連絡役もどきならば抵抗感は少ない。関わるのもエルネとローザだけならば問題はないと考えたのだ。
返事に喜んだエルネがティアナに抱きついてきた。再び満面の笑みを浮かべた王女様の機嫌を損ねることなく、自分から引き離さなければいけない。
ちらりと見たローザの眼光が鋭くなるのを気にしながら、ティアナはどうしたものかと知恵を絞った。
-----
それから五日後、エルネの出席する外交交渉の会合が開かれた。実務的な話し合いは既に終わっており、残るは王族同士の形式的な会話と契約の合意だけだ。
最重要課題ならば謁見の間にて国王と直接やり取りすることになるが、今回の件は既存の契約を修正した程度なので両国の王子同士が王宮の会議室で最後の話し合いを行う。
そこへ、本来は必要のないエルネもローザを引き連れて出席していた。
二人と別れたティアナは他の侍女共々別室待機だ。全員で八人いるが、半分は普段王宮にいる侍女達なので初対面である。
話せる相手もなく、話せることもないティアナにはつらい待ち時間だったが、誰も話しかけてこないのが救いだった。
やがて、一人のメイドが控え室へと入ってくるとにわかに忙しくなる。会合が終わり、主人を出迎える準備をするためだ。
ティアナも同時に立ち上がったが他の侍女とは少し事情が違う。待機組をまとめる侍女に顔を向けるとうなずかれた。
入って来たメイドに会議室まで案内をしてもらうと、扉は既に開け放たれて大半の人々は既に退出していた。残っているのは数人だ。
その中の二人がエルネとローザだ。屋敷にいるときと違って凜と澄ました態度である。
一方、相手も二人だ。一人は赤みがかった茶髪に青い瞳の整った顔立ちの青年である。もう一人は白髪に水色の瞳で顔に皺の多い中年だった。
メイドと別れて会議室に入ると、ティアナは四人に近づいてゆく。
積極的に笑顔で話しかけているのはルーペルト王子だとすぐにわかった。衣装の質からして身分の差がわかる上に、王女へ気軽に話しかけている態度からしても明らかだ。
しかし、もう一人はわからない。王子の背後に控えているのでその部下だということはわかるものの、他には随分と陰湿な感じがすることしか読み取れなかった。
「ですから、その件は既にお断りしたはずです」
「そうおっしゃらずに。あなた程の方と釣り合う者など、私以外にどれだけいるのですか」
先程からルーペルト王子は熱心に口説いているが、当のエルネはまったく関心がない態度だ。ティアナならすぐに諦めるところだが王子にそんなそぶりはない。
話しかける相手が知り合いで良かったと思いつつ、ティアナは主人の背後で控えていたローザに近寄る。既にティアナの存在を知っていたようで視線のみを向けてきた。
一礼したティアナはローザの耳へと顔を寄せ、あらかじめ決められた台詞をティアナは耳打ちする。
「次の面会の方が既にお待ちです。お急ぎを」
「恐れながら申し上げます。エルネスティーネ王女様、その者の名前をうかがってもよろしいでしょうか」
突然白髪の中年が口を開いたことに、主人のルーペルト王子さえも驚いて顔を向けた。
挨拶をして去ろうとしていたエルネは目を見開いてティアナへ目を向ける。
まさか名前を聞かれるとは思わなかったティアナはローザへと目で問いかけた。こういうときに名乗るべきか判断できない。
一瞬の間を置いてローザがうなずくのを見て、ティアナは白髪の中年に一礼する。
「ティアナと申します」
「私はヘルゲです。大変大きな魔力を宿していらっしゃるようですな。高名な魔法使いに師事されたことがおありですか?」
「いえ、そういうことは」
一体何を知りたいのかわからない質問にティアナは緊張する。また、相手をじんわりと追い詰めるような話し方がより一層警戒感を強めた。
しかし、ヘルゲの問いかけはそれだけだった。ティアナに向かって一礼すると口を閉じてルーペルト王子の背後に下がる。
その様子を見たローザがすぐさまエルネに耳打ちした。これ以上足止めされるのは避けたかったエルネはルーペルト王子に一礼すると会議室からすぐに出る。
相手に何も言わせないまま廊下に出たエルネとローザに従うティアナは、二つ目の角を曲がったところで体の緊張を解いた。
「まさか名前を問われるとは思いませんでした」
「わたくしも驚きましたわ。ヘルゲは魔力に反応していたようですけれど」
「姿を消していますが、私のそばで精霊二体が守ってくれています」
「それに気付いたのかもしれません。もしそうならば、ただ者ではありませんわね」
廊下を歩きながらティアナとエルネが話をする。
こんなことなら精霊を置いてくれば良かったと後悔するティアナだが後の祭りだ。気分転換を兼ねて話題を変える。
「それにしても、ルーペルト王子は随分とご執心ですね」
「迷惑なだけですわ。何度も断っていますのに」
「あの様子では、まだ諦めてくださらないのでしょうね。かなりしつこそうに見えました」
「どうしてわたくしの周りにはあんな方ばかりなのかしら」
心底疲れたという様子のエルネが大きなため息を吐いた。
見ていてかわいそうだとは思うが、今のティアナにできることはない。
二人して話をしていると、ローザが横から声をかけてきた。
「お話の続きはお部屋でなさってください、エルネスティーネ様」
ローザに促されたエルネはうなずくと歩き出した。ティアナもローザの隣で王女に続く。
とりあえず、これでお勤めは果たせたとティアナは内心安堵した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます