第6章 Prejudice
第6章プロローグ
白を基調とした石造りの応接室でティアナとリンニーは椅子に座っている。地味な旅装姿であっても、可憐な美少女や華やかな美女が並んでいるとそれだけで艶やかだ。
そんな二人の背後にメイド衣装の愛嬌のある少女が立って控えていた。アルマである。
三人の対面に座っているのはこの建物の主であるフランク・ラムペだ。ガイストブルク王国の王都に拠点を構えるこの地方有数の大商人である。頭髪の寂しさを気にして久しい。
「お二人ともお久しぶりです。去年の秋以来ですね。もう何年も会っていないように感じますが、数えたら七ヵ月くらいだとは」
「ラムペさんもお変わりなく。私はあっという間の七ヵ月でしたので、つい先日お別れしたという感覚です」
「なるほど、それだけ大冒険されたということですね。お話を聞くのが楽しみだ。ところで、お隣にいらっしゃる美しい方は?」
「旅先で出会ったリンニーです。色々と世間を見て回りたいということで、同行することになりました」
「初めまして~。あなたがアルマの言っていた大商人さんなんですね~」
「大商人とはまた。アルマ、一体どんな説明をしたんだ?」
「旅の資金をいくらでも提供してくださる御大尽です」
悪乗りしたアルマの返答が皆の笑いを誘う。
挨拶が終わると、ティアナが近況を語り始めた。洞窟や遺跡に潜ったことや王侯貴族の権力争いに巻き込まれたことなどだ。
ただし、竜牙山脈に入ったことは話さなかった。リンニーが女神であるということを伏せるためだ。これはかの植物を司る女神からの要請でもある。
それでも、商売人としては絶対に体験しないようなことばかりなので、ラムペは楽しそうにティアナの話を聞いていた。
一通り話を聞いたラムペが満足そうにうなずく。
「随分と色々体験されてきたようですね。面白いお話ばかりでした。ところで、去年ここを旅立つときに同行していた黒髪の少年はどうしました?」
「自分の国に帰るために途中で別れました。その際、リンニーの知り合いを頼って身の回りの物も一新したので、こちらで用立ててもらった物は剣以外お返しします」
「それは構いませんが、剣だけはお使いになるんですか?」
「はい。彼が抜けたことで剣を使った戦いをアルマだけに任せるのは負担が大きいですから。私の短剣はリンニーに譲りました」
「短剣なんて使ったことないんだけどな~」
不安になるようなことをにこやかに言い放つリンニーへ他の三人が微妙な視線を向けるが、本人は一向に気付いていない。
周囲のことを気にしないリンニーにため息をついたティアナは、ラムペに話しかけた。
「私達についてはこのくらいです。ラムペさんはあの後どう過ごされていましたか?」
「どうもこうも、相変わらず商売の日々ですよ」
水を向けられたラムペは簡単に近況を話した。商売敵がいなくなったことでこの国一番の商会になったことや周辺諸国でもより一層商売に励んでいることなどだ。
話を聞いていると、こうやって応接室でのんきにティアナ達の相手をしても良いのか心配になってくる程である。本人曰く、息抜きちょうど良いそうだが。
そうやって明るい話をしていたラムペだったが、話題が世間一般へと移ると表情が曇った。すぐに他の三人は変化に気付く。
「この国の景気も良い感じに上向いてきていますが、今年に入ってそれに水を差す事件が発生しています。二月頃くらいから、王都内で魔物が出没するようになったんです」
「え? この王都にですか?」
「そうなんです。毎月数は少ないですが、人気の少ない夜半に現れては人を襲うんですよ」
「官憲は何か対策をしているのですか?」
「さすがに王都ですから夜間の警邏を強化しました。今では四人一組で毎晩あちこちを巡回していますよ」
「となりますと、夜間の外出禁止令が出ています?」
「先日解除されました。何しろ繁華街は商売あがったりですからね。陳情がものすごかったですよ。私も協力してくれと知り合いに頼まれたくらいですから」
苦笑いするラムペをよそにティアナはちらりとリンニーを見る。曖昧だった表情が若干明るくなった。
再び視線をラムペに戻したティアナが尋ねる。
「どんな魔物なのですか?」
「この辺りでは初めて見る人型の魔物で種類も不明なんですが、人間よりも一回り大きく猿のように毛が生えて、手足からは鋭い鉤爪が伸びているそうです。それと、口が左右に裂けてせり出して犬歯が鋭く伸びているそうですよ」
説明を聞いたティアナは熊のような姿を想像した。続いて熊人間という言葉を連想する。実物を見れば理解できるのだろうが、言葉だけは連想ゲームの域を出ない。
「魔物が現れた原因は判明したのですか?」
「私も知り合いの官憲に尋ねてみたんですが、さっぱりらしいんですよ。王都への潜入経路もわからないそうです」
「抜け道みたいなのが王都にあるかもしれませんね」
「それはないって知り合いは言ってましたね。もしあるなら、もっと他の魔物や動物が王都に入って来ているはずですし、一度くまなく調査しても見つからなかったそうですよ」
「なら、誰かが王都に魔物を引き入れているとか?」
「春から王都に入る人や馬車はすべて検品しているそうですが、そんな形跡はないそうです。おかげで知り合いは上からも下からも責められて大変だってこぼしてました」
原因の糸口も掴めずに全周囲から責められる様を想像してティアナは顔を曇らせた。自分がそんな立場だったらと思うと同情しかない。
ラムペの話は更に続く。
「しかもですよ、同じ事件が隣のヘルプスト王国の王都でも春から起きているんです」
「ヘルプスト王国でも?」
「はい。ティアナさんの祖国ですよね。あちらでも原因は不明でお手上げだって話を聞いています」
話を聞いてティアナは若干動揺した。まさか今になって追われるようにして出た国の名前が出るとは思わなかったからだ。
話の腰を折るのも悪いと思ったティアナは黙って話を聞く。
「又聞きになりますが、あちらもこちらとまったく同じ状況のようですよ。ただ、向こうはより事態を重く見ているらしく、夜間の外出禁止令はまだ続いているそうですが」
「去年と違って、今年は随分と物騒ですね」
「まったくですよ。おかげで私の部下も安心して飲みに行けないってこぼしていますから」
「でも、今は繁華街に出かけていらっしゃるのですよね」
「もちろんじゃないですか。羽目を外すなとは言えませんから、家に帰ったという記憶が残る程度にしておけと注意するのが精一杯です」
そう言うとラムペが笑う。釣られてティアナ達も笑った。
ふとラムペが窓へと目を向けると日は大分傾いていた。ティアナ達が商会に着いたときには既に西日が差していたが、それでもある程度話し込んでいたことに気付く。
「すっかり話し込んでしまいましたね。続きは夕食をご一緒しながらでどうですか? アルマとリンニーさんの話も聞いてみたいですし」
「願ってもないことです。いいわよね、二人とも」
「あたしの話せることは全部お嬢様が話してしまいましたよ」
「わたしおなか空いた~」
アルマに続いたリンニーの発言があまりにも幼かったのでティアナとラムペが苦笑いした。物怖じしないというより、何も考えていないということが丸わかりな態度だからだ。
「では、ご案内します。とは言っても、ティアナさんとアルマは既に知っていましたね」
「は~い、お願いします~」
席から立ち上がったラムペにリンニーが無邪気に答える。
他の二人が立ち上がる中、ずっと立ちっぱなしだったアルマがため息をついた。
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かつてのようにラムペ商会の客室で一泊したティアナ達は、次の訪問先との連絡がつくまでそのまま滞在することになった。
連絡の手続きをラムペに任せた三人はゆっくりと旅の疲れを癒やす。具体的には、昼間は与えられた客室でゴロゴロとしていたのだ。
そうして、日が沈むころになって繁華街へと繰り出した。向かう先はラムペから紹介してもらった酒場だ。客層は低すぎず、それでいて堅苦しくない店である。
三人で四人席を占めると、リンニーがすぐに給仕を呼んで酒と料理を注文した。
その様子を見たアルマが苦笑いをする。
「酒場に来たときだけ優秀よね、あんたって」
「え~そうかな~?」
「いつもそれだけきびきびと動いてくれたら安心なんだけど」
指摘されたリンニーは首をかしげる。とぼけているのか本当にわからないのか見た目からは判断できない。
二人の様子を見ていたティアナもアルマに味方する。
「口調はいつも通りなのに、態度だけしっかりするんですよね。そんなに今の時代のお酒が気に入りましたか?」
「うん、今のお酒って前のよりずっとおいしくなってるよ~!」
「と言われても、私達はその『前』のことがわからないですから何とも言えませんね」
アルマへと顔を向けたティアナは二人してうなずく。
この前というのは、リンニーが以前植物を司る女神と旅していたときのことだ。はるか昔のことなので話を聞いても本当にそうなのか確認のしようがない。
旅の道中にその辺りの話もティアナとアルマは聞いていたが、どうもそのときから酒好きなようである。今回旅をする楽しみのひとつが酒巡りなのだから相当だ。
二人してリンニーをいじっていると注文の品がやってくる。それを見たリンニーは声を上げた。
「わ~来た~!」
「もうお酒しか目に入ってないわよね、あんた」
「それじゃ、飲みましょう~!」
声すら聞こえていないらしいことを知ったアルマが首を横に振った。
やって来た料理は、焦げ目の付いたベーコン、油でてらつくスライスされた豚肉、鶏肉の各部位の盛り合わせ、それと数種類の野菜が原形をとどめない程煮込まれたスープだ。
同時にやって来た木製のジョッキは四つで、ティアナとアルマに一つずつ、リンニーに二つだ。もうすっかりお馴染みになったので二人とも驚いていない。
目の前に自分のジョッキを取り寄せたリンニーは嬉しそうに一つ目を傾けた。そうして空にしてから丸テーブルに置く。
「はぁ~おいしい~!」
「いつ見ても良い飲みっぷりですね。体のどこに入るのですか?」
「え~? みんなと同じここだよ~」
「毎回別世界につながっているのではと思える程大量に飲んでいるのを見ていると、とても信じられません」
自分のお腹をさすっているリンニーを見ながら、ティアナは手にしたジョッキに口を付けた。最初の一口がジョッキ一杯分なのだから感覚がまるで違う。
呆れているのはアルマも同じで、野菜煮込みスープを一口飲んでから問いかける。
「いつも馬車馬かってくらい飲むのに、どうして酔い潰れないのかしら。こっそり酔い冷ましの魔法なんか使ってない?」
「使ってないよ~。だって必要ないもん~」
「もしお酒を飲まなかったら、その分お肉とか一頭分くらい胃に収まっちゃうの?」
「ん~ご飯はあんまり食べられないかな~」
「絶対胃袋の作りがおかしいわよ」
不思議そうな顔つきをしながら、アルマは取り寄せたベーコンと鶏肉のももを一つずつ囓っていく。ベーコンはかりかり、鶏肉のももはさっぱりとしていておいしい。
一方、ティアナは豚肉のスライスを丸めては口に放り込み、最後はジョッキを傾けて飲み込む作業を繰り返している。
それを見たアルマが苦笑いした。
「とても貴族のお嬢様には見えないわね」
「半分引退しているようなものですからね。こういうところでは気にならなくなりました」
「それって地が出てきてるってことじゃないの?」
「さぁ、どうでしょうね?」
この場合の地とは前世のことである。つまり、油断すると男の性格が出やすくなるわけだ。このような旅をしているとがさつになってくるのはある意味仕方ない。
とぼけていたティアナは口の中の物を飲み込むと、食べるのを一旦止めてリンニーへと顔を向けた。
「街に着く度に酒場で深酒しても酔い潰れないのはいいですけど、気が緩んで知らない人について行かないでくださいよね」
「そうそう。ゲトライデンで一回やらかしてるものねぇ」
「うっく。そ、そうだったかな~?」
都合の悪い話になってきたことを察知したリンニーは、口にジョッキを付けたまま二人から顔を逸らす。
竜牙山脈から出てきて最初の大都市にやって来たリンニーは浮かれすぎてしまったのだ。しかも、ティアナとアルマもまだリンニーとの関わり方がよくわかっていなかったので、遠慮してしまったというのもある。
その結果、酒場で二人が目を離した隙に知らない男達と飲み比べをしていた。三人目を酔い潰したところでアルマが発見し、何とか連れ戻したという過去があったのだ。
植物を司る女神が言っていたことを本当の意味で理解したティアナとアルマは、それ以来酒場でリンニーを絶対一人にさせないようにしていた。
以前あったことを思い出しながらティアナが警告する。
「本当に危ないのですから、一人でうろつくのは止めてくださいよね。今度やったら、あの種を使いますからね」
「大丈夫だって、もう失敗しないから~」
「あたし達と一緒にいるときは好きなだけ飲んでもいいけどね」
「そうだよね~!」
助け船を出してくれたアルマの言葉にリンニーが満面の笑顔で飛びついた。その言葉の裏に、一人では絶対に飲むなという警告が潜んでいることを完全に見落としたまま。
こうして、ガイストブルク王国の王都での楽しいひとときが過ぎてゆく。
いまだ目的を達成していないティアナだったが、当面は三人で楽しく過ごせたら良いなと思いながら木製のジョッキを傾けた。
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