幕間 家路
「説明は以上よ。何か質問はある?」
「ないよ。僕は自分の帰る世界を探して、ウィンの作った入り口から道をたどって帰ればいいんだね」
説明を聞いたタクミはいよいよ元の世界に帰れることを実感する。期待感と同時に緊張感も増してきた。
それを見たエステがウィンへと顔を向ける。
「それじゃ、始めましょうか」
「わかった! えっと、この辺でいい?」
「いいわよ。あんたのやりやすいところで」
「うーん、うーん。えい!」
タクミに近寄ったウィンは、悩ましげに唸った後に自分の目の前へ魔法をかけた。
何となく中が見えそうで見えない不安定な半円の中を見ているタクミの両脇に女神二人が立つ。そして、タクミの右手をエステが、左手をリンニーが手に取った。
自分の両手を手に取られて驚いたタクミにエステが声をかける。
「これからあなたに別の世界を見せるわ。もし、自分の帰るべき世界が見つかったら、あたし達の手を握って」
「うん」
「それじゃ見せるわよ~」
リンニーのかけ声と共にその場が静かになる。しかし、タクミの表情は真剣だった。それもそのはず、半円状の輪の中に様々な世界が次々と映し出され始めたからだ。
高層建築があまりなく、往来する自動車や人々の衣服が何となく古めかしい世界。
自分の知らない乗り物や小型機器を人々が操る世界。
どこにでもあるような公園で未来的な公演をしている世界。
建物が崩壊して誰も人がいない世界。
見たことのある街並みだが微妙に違和感のある世界。
いくつもの世界をタクミは見るが、どれもが何となく肌に合わない。新しい靴を履いて違和感があるような感触を受ける。
そんな中、ある世界を見たとき、タクミの全身に衝撃が走った。
見慣れた街並み、嗅ぎ慣れた空気、当たり前の地面。
あって当然のものがそこにある。
ここだと直感したタクミは女神二人の手を握る。その瞬間、青黒く不気味に揺らいでいた半円の中が白く輝いた。
それを機に、透明な水晶がふわふわと漂いながら輝く半円の真上まで移動し止まる。
今まで黙っていたクストスが口を開いた。
「ふむ、この辺りで良かったな」
「そうね。それじゃ、今から道を作るわ。ウィンクルム、精霊を集めておいてね」
「もうやってるよー!」
当然と言わんばかりにウィンはエステへと返事をした。その周囲には丸い精霊が多数集まってきている。
左手を握っていたリンニーがタクミへと話しかけた。
「危ないから少し下がっていてね~」
「大して時間はないけど、ティアナとアルマに最後のお別れをしておきなさい」
反対側からエステがタクミへと言葉を投げると、すぐにクストスへと顔を向けて指示を出す。
その様子を見ながらタクミは後ろに下がり、振り返ってティアナとアルマに顔を向けた。
「あー、えっと、結局別れの挨拶ってしてなかったよね」
「そうだな。正直なところ、何を言っていいのかわからなかったしな。最後にさよならって言えたらそれでいいかなって思ってたんだ」
「思ったより早く帰れて良かったじゃないのよ。てっきり数年はかかると思ってたから、何よりだわ」
「うん、僕もそう思う。下手したら帰れないとも思ってたし」
もし元の世界に戻れなかったらとタクミは何度も考えたことがある。その度に不安がこみ上げてきたのも今では懐かしい思い出だ。
「最初に貴族に助けられたときは心細かったけど、二人に助けてもらったときは本当に嬉しかった。僕が元の世界に戻る方法を探してくれるって言ってくれたときは特にね」
「そりゃ良かった。望んで来たわけでもないんだから、帰れるなら帰ってた方がいい」
「あたし達なんてこっちに生まれ変わっちゃったから、もうそんなこともできないし。絶対日本の方が住みやすいから、帰った方がいいわ」
そうして沈黙が訪れる。急に話すことがなくなった。これでもう二度と会えないとわかっていても、何を話したらいいのかわからない。
そのとき、エステの声がタクミに向けられた。
「タクミ、準備できたわよ! 行きなさい!」
「思ったよりも魔力が削り取られるな! おのれ、面倒な!」
「クストスがんばって~!」
ティアナに続いてタクミも顔を向けると状況が変化していた。
半円状の輪の上に浮いている透明な水晶に女神二人と竜の魔力が注がれ続け、そこから青白く輝く輪の縁に膨大な魔力が飲み込まれていた。輪の中は既に輝いておらず、白いもやが立ちこめて先が見えない。精霊はその輪の一帯に漂っていた。
余裕のない表情のエステがタクミへと叫ぶ。
「もたもたしてると道が消えるわよ! あんまり長く保たないから早く行って!」
「わかった!」
返事をしたタクミは半円状の輪の手前まで進む。そうして振り向いて一礼した。
「みんな、ありがとう! ティアナ、アルマ、ウィン、元気でね!」
「お前もな! きっちり人生楽しめよ!」
「体に気をつけて! もう変なところに迷い込んじゃダメよ!」
「じゃあねー!」
最後に言葉を交わしたタクミは笑顔で踵を返すと白いもやの中へと入っていく。それに合わせて丸い精霊も次々と続いていった。
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ウィンが作った入り口を
その中を丸い精霊達がタクミを囲んだ。その場だけ明るく、一部の精霊はタクミの前を先導役のように進んでくれた。
教えられた通り、タクミは精霊達を追って歩いて行く。
どれくらい歩いたのか、どれくらい時間が経ったのか、タクミにはどちらもはっきりとわからない。しかし、変化はいつの間にか起きていた。
それまでは何となく暗かった周囲が明るくなっており、気温も上がったようにタクミは感じる。また、進むにつれて足裏からの感触が次第に明確になってきた。
出口は近いと感じたタクミの足が少し速くなる。少しずつ白いもやが晴れてきて、それに比例して丸い精霊達の数が目に見えて減ってきた。
「ここは」
白いもやの隙間から見える風景は、かつて見慣れた通学路だった。何の変哲もない民家の壁に、特徴のない電柱、普段は気にもかけない街路樹。
タクミは足下を見る。足裏から感じ取れた舗装された歩道が目に入った。空を見上げればきれいな夕焼けだ。
「帰ってきた」
つぶやきは蝉の声と重なった。夕方とはいえ蒸し暑い理由を理解する。
周囲へと視線を向けると懐かしい風景は目に入るが、あの白いもやはもう見えない。あれだけ周りにいた丸い精霊達も今は小さいものがひとつ漂っているだけ。
「ここまで連れてきてくれて、ありがとう。みんなに僕が無事に帰ったって伝えて」
漂う小さい精霊は尚もふわふわと浮いていたが、最後は雪のように溶けて消えた。
胸の内に寂しさが湧いてきてタクミは驚く。てっきり帰ってきた喜びの方が大きいと思っていたからだ。
「はは、思った以上にティアナ達と仲良くなってたのかな」
まだ現実感がないのかもしれないとタクミは思う。
しかし、いつまでもじっとしているわけにはいかない。
自宅に向かってタクミは歩き出す。見知った場所なので自分の家まで迷いようがなかった。
そのとき、車道を一台の自動車が背後から自分を追い越して去って行く。それを見てタクミは、ようやく自分の世界に帰ってきたことを実感した。
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