元の世界へ
ようやく協力者が揃ったところで、タクミが元の世界へ帰還するための用意が始まった。とはいっても、すぐに何かをするわけではなく、エステからタクミへと告げられる。
「特別な道具はこの水晶以外に必要ないんだけど、ちゃんと確実に元の世界へ戻れるようにしたいから、少し時間がほしいの」
「練習する時間が必要になるってこと?」
「魔法を構築するところからだから、まずは相談からね。練習はその後になるわ」
「世界を移動する魔法はないんだ」
「ええ、ないわよ。だってあたし達には必要なかったもの。だから今から作るのよ」
「どのくらいかかるの?」
そこはタクミでなくても気になるところだった。何年もかかるようであれば、平行して別の手段を探すのも悪くないからだ。
しかし、言葉に詰まったエステに代わってクストスが答える。
「大して時間はかけん。ある程度理屈を組み立てたら、後は魔力を注ぎ込んで押し切るだけだ」
「それで僕は無事に帰れるんですか?」
「やったことはないのでわからん。まぁ多分いけるだろう」
「大丈夫よ~! エステがちゃんと考えてくれるから~!」
「なんであたしだけなの!? あんたもクストスにもちゃんと考えてもらうからね!」
「え~考えるのは苦手なのよね~」
「面倒な」
「手を抜いたらウィンクルムからクストスの恥ずかしい過去を聞き出すからね!」
「なんで儂だけ罰を受けるのだ!?」
「リンニーの失敗談は知ってるけど、あなたの恥ずかしい過去は知らないからよ」
「理不尽するぎる理由だな!?」
途中から女神二人と竜が言い合いを始めてタクミは蚊帳の外に置かれる。願い事を叶えてもらうため黙って見ているしかないが、前向きにやってもらえるため文句はない。
そのタクミに近づいたウィンが話しかけてくる。
「待ってたらそのうち完成するよ。みんなに任せてたら大丈夫だって!」
「うん、ありがとう」
「ウィンクルム! なぜお前だけが外でのんきにしているのだ!?」
「そうよ~! あなたも一緒に考えるのよ~!」
「え、ボクが?」
まるっきり他人事にしか受け止めていなかったウィンが、クストスとリンニーから突っ込まれて首をかしげる。
しばしの沈黙の後、エステが口を開いた。
「二人とも、ウィンクルムに考えることを期待しちゃダメよ」
「確かにそうだな」
そばで様子を見ていたティアナがつぶやいた。過去を思い出してみると、感覚については一流でも思考については絶望的な記憶しか蘇ってこない。
ウィン以外の全員がため息をついた。
「ともかく、何日かは待ってちょうだい。何ヵ月や何年もかからないから」
「うん、わかった」
「なるべく早くできるようにするからね~」
女神二人が気を取り直してタクミを慰める。
必要な協力者が揃った以上、帰還の魔法が完成することは誰も疑っていなかった。だからこそ、まだ和気あいあいと誰もが騒いでいるのだ。
タクミが帰る日も近いことをティアナは確信していた。
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芋虫が追い立てられた穴が大体埋まってきた頃、ティアナ達は待望の連絡をウィンから受け取った。タクミが帰還する魔法が完成したのだ。
羽をばたつかせてウィンがタクミの周囲を回る。
「みんなこっちに来るからここで待ってて! あ、それと、あっちの世界の服に着替えておいてよ! 帰るのに必要なことだから!」
「ウィンは随分と喜んでくれてるね」
「そりゃそうだよ! おうちに帰れるのは嬉しいことだもん! もう少しの辛抱だよ!」
ウィンの言葉に従ってタクミが木の陰で着替える。
校章の刺繍が入った白い半袖のワイシャツに薄い紺色のズボン姿でタクミが現れると、ティアナとアルマが声を漏らした。
「うわぁ、なっつっかっしいなぁ! 高校の制服かぁ」
「こっちじゃどうやってもお目にかかれないものね。半袖姿ってことは夏服なのね?」
「二学期の始業式が終わった後にこっちへ来たから、まだ暑かったんだ」
「しかし、服を残しておいて正解だったな」
「そうだね。これがなかったら帰れてたか怪しいよ」
「それもあるんだけどな、こっちの服を着たまま帰ったら、コスプレして街中を歩くことになるだろ」
「ほんとだ! それは恥ずかしいなぁ」
「更に剣なんて持っていたら銃刀法違反よね。帰って早々警察のご厄介になっちゃうわよ」
「えぇ、嫌だなぁ」
「あ! みんな来たよ!」
三人が楽しく話をしているとウィンが声をかけてくる。視線を外側に向けると、空を舞っているクストスに乗ってリンニーとエステが近づいてくるのが見えた。
ゆっくりと地上に降り立ったクストスから女神二人が降りてくる。
「お待たせ~! できたよ~!」
「うっ、あんまり乗り心地は良くないわね、あんた」
「ふん、余計なお世話だ」
元気よく降りてきたリンニー、気分の悪そうなエステ、そして不機嫌なクストスがやって来て全員が揃う。
体調を心配したティアナがエステに水袋を渡した。
「ありがと。はぁ、楽になったわ」
「タクミの帰還は休んでからにした方がいいんじゃないか?」
「大したことはないから平気よ。水を飲んだら治まったから。それよりも、ちゃんと服は着替えてるわね」
「へ~そうやって着るんだ~。面白いね~」
水袋をティアナに返しながらエステがタクミを見る。その隣でリンニーが珍しそうに眺めていた。
友人の好奇心をとりあえず無視してエステが説明を始めた。
「別の世界の服なんだし、珍しいのは当然ね。それよりも、これからあんたに帰る方法を説明するからしっかり覚えてよね」
「うん」
「まず、あんたを帰す魔法はウィンクルムが入り口を作って、あたしとリンニーがあんたの世界を探す手伝いをするからね」
「手伝い? 僕も一緒に探すってこと?」
「むしろあんたが中心になって探すのよ。あたし達はそれを手伝う役ね。色んな世界をあんたに見せるから、感覚がぴったり一致する世界を見つけ出して」
「似てるけど違う世界がたくさん出てくると思うから気をつけてね~」
「あくまでもぴったりと一致する世界だからね。あたし達はその服を頼りに似たような世界を探すのが限界だから、最後は自分の感覚で元の世界を感じ取りなさい」
「わかった」
真剣な表情のエステに同じ顔でタクミが返す。
そばで聞いていたティアナがアルマに囁いた。
「平行世界も含めて似た世界から自分の帰る場所を探すわけだな」
「みたいね。回ってるルーレットの狙った場所にぴったり玉を入れるようなものかしら」
小首をかしげたアルマがつぶやくのを聞いたティアナがうなずいた。
ティアナ達二人をよそに、エステの説明は続く。
「帰る世界が特定できたら、あたし、リンニー、クストスでここの世界との道を作るわ。あたし達にとって、ここが一番大変なところなのよね」
「道はタクミが通れるように、わたし達が魔力で補強するからね~」
「このとき、絶対道から外れないでよ? そうなったらあたし達もどうしようもないからね。あんたに精霊が付き添ってくれるから、それについて行ったらいいわ」
「うん」
「説明は以上よ。何か質問はある?」
「ないよ。僕は自分の帰る世界を探して、ウィンの作った入り口から道をたどって帰ればいいんだね」
落ち着いた笑顔を浮かべたタクミが首を横に振ってから返事をした。
それを見たエステがウィンへと顔を向ける。
「それじゃ、始めましょうか」
「わかった! えっと、この辺でいい?」
「いいわよ。あんたのやりやすいところで」
「うーん、うーん。えい!」
タクミに近寄ったウィンは、悩ましげに唸った後に自分の目の前へ魔法をかけた。
すると、タクミの目の前に半円状の青い輪が広がる。見た目は地面に半分埋まっているようだ。円の内側は最初向こう側の景色が見えていたが、すぐに青黒い色に染まって向こう側が見えなくなった。
何となく中が見えそうで見えない不安定な半円の中を見ているタクミの両脇に女神二人が立つ。そして、タクミの右手をエステが、左手をリンニーが手に取った。
自分の両手を手に取られて驚いたタクミにエステが声をかける。
「これからあなたに別の世界を見せるわ。もし、自分の帰るべき世界が見つかったら、あたし達の手を握って」
「うん」
「それじゃ見せるわよ~」
リンニーのかけ声と共にその場が静かになる。ティアナとアルマには何をやっているのかまったくわからなかったが、タクミの表情は真剣そのものだ。
やがてタクミは女神二人の手を握る。その瞬間、青黒く不気味に揺らいでいた半円の中が白く輝いた。
それを機に、透明な水晶がふわふわと漂いながら輝く半円の真上まで移動して止まる。
今まで黙っていたクストスが口を開いた。
「ふむ、この辺りで良かったな」
「そうね。それじゃ、今から道を作るわ。ウィンクルム、精霊を集めておいてね」
「もうやってるよー!」
当然と言わんばかりにウィンはエステへと返事をした。その周囲には丸い精霊が多数集まってきている。
左手を握っていたリンニーがタクミへと話しかけた。
「危ないから少し下がっていてね~」
「大して時間はないけど、ティアナとアルマに最後のお別れをしておきなさい」
反対側からエステがタクミへと言葉を投げると、すぐにクストスへと顔を向けて指示を出す。
その様子を見ながらタクミは後ろに下がり、振り返ってティアナとアルマに顔を向けた。
「あー、えっと、結局別れの挨拶ってしてなかったよね」
「そうだな。正直なところ、何を言っていいのかわからなかったしな。最後にさよならって言えたらそれでいいかなって思ってたんだ」
苦笑いしながらティアナが頭をかいた。数日前から気の利いたことを言おうとしていたのだが、結局何も思い浮かばなかったのである。
「思ったより早く帰れて良かったじゃないのよ。てっきり数年はかかると思ってたから、何よりだわ」
「うん、僕もそう思う。下手したら帰れないとも思ってたし」
それはアルマも同様だった。そのため、元の世界に帰れなかったときのことを考えて、色々とタクミの将来について考えていたくらいである。
「最初に貴族に助けられたときは心細かったけど、二人に助けてもらったときは本当に嬉しかった。僕が元の世界に戻る方法を探してくれるって言ってくれたときは特にね」
「そりゃ良かった。望んで来たわけでもないんだから、帰れるなら帰ってた方がいい」
「あたし達なんてこっちに生まれ変わっちゃったから、もうそんなこともできないし。絶対日本の方が住みやすいから、帰った方がいいわ」
この世界に来たときからタクミもそれは強く感じていた。いくら身体能力が常人よりはるかに優れていても、それだけではどうにもならないことが多すぎた。
そうして沈黙が訪れる。急に話すことがなくなった。これでもう二度と会えないとわかっていても、何を話したらいいのかわからない。
そのとき、エステの声がタクミに向けられた。
「タクミ、準備できたわよ! 行きなさい!」
「思ったよりも魔力が削り取られるな! おのれ、面倒な!」
「クストスがんばって~!」
ティアナ達が顔を向けると状況が変化していた。
半円状の輪の上に浮いている透明な水晶に女神二人と竜の魔力が注がれ続け、そこから青白く輝く輪の縁に膨大な魔力が飲み込まれていた。輪の中は既に輝いておらず、白いもやが立ちこめて先が見えない。精霊はその輪の一帯に漂っていた。
余裕のない表情のエステがタクミへと叫ぶ。
「もたもたしてると道が消えるわよ! あんまり長く保たないから早く行って!」
「わかった!」
返事をしたタクミは半円状の輪の手前まで進む。そうして振り向いて一礼した。
「みんな、ありがとう! ティアナ、アルマ、ウィン、元気でね!」
「お前もな! きっちり人生楽しめよ!」
「体に気をつけて! もう変なところに迷い込んじゃダメよ!」
「じゃあねー!」
最後に言葉を交わしたタクミは笑顔で踵を返すと白いもやの中へと入っていく。それに合わせて丸い精霊も次々と続いていった。
その後しばらくその状態は維持されていたが、一旦中に入っていた丸い精霊達が次々と戻ってくる。そうしてようやくエステ達は魔力の放出を止めた。すると、半円状の輪の中は再び青黒く変色する。
最後に透明な水晶が砕け散り、タクミの帰還作戦は幕を下ろした。
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