意外な協力者

 叶える願いは決まった。ティアナはかねてから言っていた通りタクミの願いを優先する。


 あくまでその考えが変わらないことをリンニーとエステが確認すると、話が次に進んだ。


「以前も少し言ったけど、タクミのような迷い人が元の世界に戻るには、元の世界とのつながりが必須な上に、膨大な魔力が必要になるわ」


「つながりっていうのはね、元の世界ゆかりの品物よ~」


「どれだけ元の世界を連想できるかっていうことが重要ね。人間の価値観で高価かどうかは関係ないから注意して」


「タクミは何か持ってる~?」


 その場にいた全員の視線がタクミへと注がれた。多少面食らった様子ながらもタクミはリンニーに向かってうなずいた。


「うん、あるよ。あっちの世界で制服って呼ばれる服が一着」


「あれかぁ。また懐かしい言葉を聞いたなぁ」


「まったくね。最後に着たのはいつだったかしら?」


 転生組の二人が懐かしんでいる間にタクミが背嚢から制服一式を取り出してきた。それを見てティアナとアルマが驚く。


「え、持って来たのか? てっきり倉庫へしまってたと思ってたけど」


「随分用意がいいじゃない。帰れる予感でもしてたの?」


「いやそういうわけじゃないんだけど、何となくずっと持っていたくて入れてたんだ」


 二学期が始まって最初の日、始業式終了後の下校途中で濃霧に出会ったせいでタクミはこの世界に迷い込んできた。あのとき持っていた鞄は失ってしまったが、制服だけは肌身離さず大事に持っていたのだ。


 タクミが手にしている制服を興味ありげに女神二人が眺める。


「これが元の世界ゆかりの服なの~?」


「随分と変わった形ね。材質も違うみたい。もしかして、この服ってこっちの世界に迷い込んできたときに着ていた服なの?」


「そうだよ。こっちじゃ今まで着る機会はなかったから、ずっとしまってたけど」


「へぇ、それは好都合ね。だったら、送り返すときにそれを着てくれたら、より確実に元の世界へ送り返せるわよ」


「マジで!? だったら今からでも着るよ!」


「待って、まだ今すぐ帰すわけじゃないから。落ち着いて」


 止められたタクミは自分の気が逸っていることに気付いて照れた。


 それを見ながらリンニーが笑顔でエステへと語りかける。


「これならあとは魔力をどうするかよね~」


「そうよね。ただ、送り返すだけの魔力をどうやって集めるのかも問題だわ」


「どれくらい必要なんだ?」


「ん~難しい質問ね~。魔力は目に見える形で存在してるわけじゃないから、具体的に量を伝えるのは難しいわ~」


「あたしとリンニーだけじゃ足りないのよね」


 困った様子の女神二人が揃って肩を落とした。


 しかし、それならばとティアナは更に問いかける。


「隣にいるウィンには協力してもらえないのか?」


「ボクも頑張るよ! 世界を移動する入り口を作る担当だね!」


 ほとんどしゃべらなかったウィンがせわしなく羽を動かして自己主張するのを見て、ティアナは驚いた。てっきり魔力の供給で協力すると思っていたからだ。


 目を見開いているティアナに対してエステが説明する。


「この世界と精霊界をいつも往き来しているウィンクルムと精霊達は、あたし達よりも世界間の往来に慣れてるの。だからその感覚を借りるのよ」


「わたしとエステもできることはできるけど、ウィンクルムにお任せした方が安心できるものね~」


「そういうこと。入り口部分の形成はウィンクルム達に一任して、あたし達は元の世界までつなげる方に力を注ぐつもりよ」


「でも、魔力が全然足りないのよね~」


 自分の発言でリンニーが気落ちするのを見ながらティアナ達は眉をひそめた。可能ならティアナとアルマも魔力の供給に協力したが、そもそも個人で魔法を扱えない。


 どうしたものかと全員で悩んでいるとティアナが突然叫ぶ。


「そうだ! あの水晶を使ったらどうだろう? あれで魔力を増幅したら、どうにかなるんじゃないのか?」


「あの水晶って何よ?」


「以前、遺跡の中で見つけた道具があるんだ。原理は不明だけど、魔力を増幅させる道具みたいなんだ」


 そんな物もあったねという顔をしているアルマとタクミの脇を過ぎて、ティアナは透明な水晶を背嚢から取り出した。そして、そのままエステへと手渡す。


 透明な水晶を手にしたエステは様々な角度からそれを眺めた。


「一見するとただの水晶みたいね。いえ、圧縮された何か高密度なものがある? 何これ?」


「あ~この水晶の真ん中よね~。人間が作ったのかな~?」


 恐らくその通りなのだろうが、確証のないティアナは返事ができなかった。


 一通り眺めた後、エステはティアナへと顔を向ける。


「使い方は?」


「その水晶に魔力を通すと反対側から魔法が出るよ。ウィンに憑依されているときに使ったことがあるから、具体的な感覚はウィンに聞いた方が早いな」


「ということだそうだけど、実際のところはどうだったの?」


「ティアナの言う通りだよ。魔力を通したら何倍かになって反対側から出ていったんだ」


 あまり参考にならない感想がウィンからもたらされた。しかし実際のところ、そんな感じだったのでティアナもそれ以上の説明ができない。


 微妙な表情で話を聞いていたエステは、ため息をひとつついて口を開く。


「一回使った方が早いわね」


「どうするの~」


「ここで土の人形を作ってみるわ。いつもと同じ魔力の量で、どのくらいの差が出るかを見ればわかるはずよ」


 単純な方法でエステは透明な水晶の能力を推し量ることにした。体の向きを変えて、水晶を持った手を前に突き出す。


 すると、すぐに地面から人型の人形が現れた。ただし、大きさがいつもとは桁違いだ。


 思わず自分の作った土人形にエステが驚く。


「ちょっ!? こんなに大きくなるの!?」


 自分達よりもはるかに大きな土人形を見て全員が目を見開いた。


 その土人形を見てタクミがつぶやく。


「これに似たやつ、前に見たことあるよね。ほら、街の中で戦ったやつ」


「あー、あれね。確かにあれも土でできていたわよね」


 話をするアルマとタクミの様子を見ながらティアナがリンニーに尋ねる。


「これで魔力は足りそう?」


「う~ん、どうなんだろう? わたしとエステがあの水晶に全力で魔力を注いだとして、いけるのかな~?」


「多分無理よ。まだ足りない。感覚的にはあと一息だと思うけど、もう一人ほしいわね」


 難しい顔をしたエステがティアナとリンニーの話に割り込んできた。ぎりぎり届かないと聞いたタクミが眉をひそめる。


 全員が黙り込んだ中、ティアナが口を開いた。


「見方を変えれば、あと一人どうにかすればタクミを帰せるんだな? 誰か知り合いはいないのか?」


「誰かと言ってもそんな簡単にはいかないわよ。他の神からしたら手伝う理由なんてないから、断られるのは目に見えてるもの」


「そうよね~。人間のために協力してほしいって言っても、断られるだけだもんね~」


 二人の口ぶりから他にも神々が存在することはわかったものの、同時に協力は得られないことも判明してしまった。


 神に匹敵する魔力をもつ知り合いなどティアナにはいない。一人天才魔法使いを知っているが、魔力をどの程度保有しているのかは知らなかった。


 顔をしかめて全員で悩んでいるとウィンが突然叫ぶ。


「そうだ、クストスに頼もうよ! クストスならたくさん魔力を持ってるからなんとかなるんじゃない?」


 ウィンの言葉に女神二人が顔を見合わせた。リンニーが目を輝かせる。


「そうね! クストスに頼みましょう~! ウィンクルム、頭がいいですね~!」


「えへへ!」


「クストスが応じてくれるかしら? あっちからしたら、協力する理由がないじゃない」


「ボクが呼んでくる! きっと協力してくれるよ!」


 神々と同じ理由で断られると懸念を示すエステに対して、ウィンは自信満々に断言した。ティアナ達はもちろん、女神二人にもその自信の源がわからないので首をひねる。


 それでも、協力を得られるのならとティアナはウィンにお願いをした。


「わかった。だったら、クストスにはウィンから頼んでもらおう」


「任せて!」


 頼まれたウィンは喜んでその場から飛び去った。


 ウィンの後ろ姿を見ていたエステが不安そうにつぶやく。


「本当に連れてこられるのかな? とても協力してくれるとは思えないけど」


「ダメだったら、また他の方法を考えましょうよ~」


 まったく心配している様子のないリンニーがエステを慰める。


 待っている間に中断していた食事を済ませたティアナ達が後片付けをした後に、去った方角からウィンがクストスを連れて戻ってくる。さすがにこれには全員が目を剥いた。


「連れてきたよー!」


「何を言っているのかさっぱりわからんかったぞ! 一から説明してくれ!」


「どうして話の内容もわからずに来たのよ。珍しいわね」


「無視をしたら延々とそばでだだをこねられたのだ! うるさくてかなわん!」


 開口一番吠えるようにクストスはエステに文句を叩き付けた。


 呆れた様子のエステはちらりとウィンへと目をやってから事の次第を説明する。ようやく自分が何を求められているのかわかったクストスはため息をついた。


「そういうことか。一言、人間を異界に帰す手伝いをしてほしいと言えば済むではないか」


「なんて言われたの?」


「魔力がたくさんいる、あと一人足りない、などだな。事情を知らぬ儂がそんな言い方をされてもわかるわけがないだろうに」


「それはひどいわね」


「あれー?」


 何がまずいのか未だに理解できていないウィンが首をかしげる。


 そんなウィンを気にせずにリンニーがクストスへと話しかけた。


「それで、クストスにも手伝ってほしいんですけど~」


「ならばさっさと始めてくれ。またそばでだだをこねられてはたまらん」


「クストス、ありがと~!」


 不機嫌そうに理由を告げたクストスはそのまま地面に寝そべった。そんな竜に対してリンニーは嬉しそうに礼を述べる。


 しかし、クストスがあっさりと協力すると言ったことにエステが疑問を抱く。


「よく人間への協力をあっさりと引き受けたわね?」


「人間に協力する気はないが、ウィンクルムが世話になったのだから仕方あるまい」


「あら、ウィンクルムに恩でもあるの?」


 問われたクストスだがぷいと横を向いて返事をしない。エステは眉をひそめて首をかしげた。


 そこへウィンが入ってくる。


「えっとね、ボクは生まれたときから大きくなるまでクストスの面倒を見てたんだよ!」


「あー! 余計なことはしゃべるな!」


「なんでー? 飛べなくて泣いてたり、他の竜に追いかけ回されてたり、面白い話がいっぱいあるのにー」


「だからそれをしゃべるなと言ってるだろう!」


「何それ聞きたい」


「わたしも~!」


「やかましい! 余計なことを聞くと協力してやらんぞ!」


「脅すのは良くないなー」


「誰のせいだと思っているのだ!?」


 凶悪な顔を怒らせて吠えるクストスだがウィンはまったく堪えていない。


 様子を見るに、ウィンが親代わりか何かでクストスの面倒を見ていた時期があるのだろうとティアナ達は想像した。頭が上がらずに頼みを断れないのだとも推測する。


 しばらくリンニー、エステ、ウィン、クストスで騒いでいたが、それが一段落するとエステがタクミに振り返った。


「これで準備は整ったわ。後はやるだけよ」


「ありがとう!」


 優しく微笑みながら告げたエステにタクミが頭を下げて一礼した。ようやく元の世界に戻れるとわかって嬉しくてたまらない様子だ。


「エステ、俺とアルマができることはあるか?」


「ないわね。ウィンが入り口を作って、わたしとリンニーとクストスで道を維持するから、見てるだけよ」


 いよいよ大詰めを迎えるわけだが、最後の最後でティアナとアルマにはやることがないと返された。ティアナはいささか寂しい思いをする。


 タクミの笑顔を見てここまで連れてきたことが自分の役目だったのだろうと思い直した。

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