きれいになった御神木
方針を新たにしてから再び煙の中へと入ったティアナは、エステに案内されながら大きい芋虫を次々に葬っていった。
「魔法が直接使えないって、思いの外不便ですね」
『そーだねー。こんな虫がいるなんて、ボク知らなかったよ』
「私だって知りませんでしたよ。何だっていきなり御神木にだけ現れたんだか」
ウィンに不満をぶつけながらもティアナは一匹ずつ駆除していく。最早完全に作業と化しているので精神的な疲労感も強くなっていた。
『ティアナ、それで終わりよ。次はどうするの?』
「一旦外に出ます。やっと終わったぁ。けほっ」
最後の一匹だとエステから連絡を受けたティアナは、心の底からため息をついて肩の力を抜く。しかし、直後に大きく息を吸ってむせてしまった。
すぐに御神木の外に出たティアナはリンニーとエステの元へと戻った。この辺り一帯がティアナの担当だからだ。
「お疲れさま~」
「一回横になって眠りたい気分です。もう全身がだるくて仕方ありません」
疲れた笑いを見せるティアナに女神二人は苦笑いするしかなかった。
遠慮がちにエステが声をかけてくる。
「あたし達も戦えたらよかったんだけどね」
「今更そんなことを言っても始まりませんから、これから先のことを考えましょう」
「それで、次はどうするの? ティアナが休憩する間は待っててもいいわよ」
「いえ、煙を下げましょう。すぐに大きい芋虫が飛び出してくるわけではないでしょうし、出てきても一度にたくさんというわけではなかったのですよね?」
「そうだけど、大丈夫なの?」
「まだどうにかなりますよ。芋虫が出てきたら、その時点で煙を下げ止めたらいいですし」
大きな芋虫はあくまでも煙に追われて飛び出してくるので、ある程度自分達で数を制御できるとティアナは考えているのだ。
何度か深呼吸してからティアナはウィンへと指示を出す。
「ウィン、煙を下げて」
『わかった!』
指示を受けたウィンが風の魔法を使って再び煙を下げ始めた。煙なのでわかりにくいが、ある程度時間が過ぎることで煙が下に向かっていることが確認できる。
様子を見ながらティアナがつぶやいた。
「残りは三分の一、今回でどこまで下げられるのでしょうか」
「早く御神木から離れてほしいよね~」
愁いを帯びた顔のリンニーの声を聞きながらティアナは御神木を眺める。このまま何事もなく一番下まで煙が到達すれば良いのだが、さすがにそこまで楽観はしていない。
そうしてやはり、あと二割程というところで大きな芋虫が飛び出してきた。
「ウィン、煙を止めて」
『わかった!』
ティアナの声に応えたウィンが煙の移動を止める。
土人形が相変わらず一定間隔でビテレ草を炎に
振り返ったティアナがエステへと話しかけた。
「それでは退治してきますね。煙の中に残っている大きい芋虫の数はどのくらいか、数えておいてください」
「ええ、任せておいて」
「いってらっしゃ~い」
リンニーに笑顔で送り出されたティアナは最も近い大きな芋虫から順番に退治していく。何匹もの芋虫が壁の外に出てくるが、幸い頻度は高くないので対処できた。
こうして自分の担当場所についてはしっかりと対処できているが、ティアナとしてはアルマの担当場所が気になった。
「アルマとタクミの様子を見てきます。もし芋虫が外に出てきたら、どこにいるのか教えてくださいね」
「わかったわ。早く帰ってきてよ。あたし達じゃ何もできないんだから」
エステの言葉にうなずいたティアナはアルマの元へと向かう。こういうとき、ウィンの風の魔法で滑るように移動できるのは助かった。
程なくしてアルマを見つけるようその周囲を確認する。大きく討ち漏らしている様子はないようなのでティアナは安心した。
「うまくやっているようですね」
「ちょっと手伝ってよ! 右に左に走りっぱなしはきついんだから!」
かなり息の上がっているアルマが抗議してくる。
元々手伝う気であったティアナは、魔法の力でアルマ以上に走り回って大きい芋虫を退治していった。たちまちその数を減らす。
途端に芋虫がいなくなった様子を見たアルマが呆れたように話しかけてくる。
「便利ねぇ、その魔法。羨ましいったらありゃしないわ」
「休憩は充分に取ったはずですよね? そこまで息が上がるものですか?」
「その前に一回戦ってたでしょ! あれがなかったらもうちょっとましだったわよ」
「となると、今後はもっと苦しくなるわけですか」
「そうねぇ。あと一回はどうにかなるでしょうけど、二回目はどうかしら?」
難しい顔をして首をかしげるアルマを見て、ティアナは意外な盲点を見つけたと眉をひそめた。アルマの体力までは考えが及ばなかったのだ。
「担当場所の範囲を狭めた方が良いですか?」
「その分だけあんたかタクミが割を食うけど、大丈夫なの?」
「これからタクミの様子を見て決めますけど、私の方はまだ何とかいけますよ」
「御神木の中も入ってるんでしょ? 意外に体力あるわね」
「ウィンがいなかったら、一番最初に力尽きていたのは私でしょうけどね」
苦笑いするティアナに釣られてアルマも笑う。
とりあえずはどうにかなったことを確認すると、ティアナは次にタクミの担当場所へと向かった。
そこでは、縦横無尽に駆け巡って大きい芋虫を退治しているタクミの姿があった。つらそうな表情をしているものの、まだ息は上がっていない様子だ。
「タクミは対処できているようですね」
「一応ね! 結構つらいけど」
「アルマは少し危なかったですけれど、タクミは一人でも大丈夫そうですね」
「いつ漏らしちゃうかと思うと気が抜けないよ。アルマはそんなに危なかったの?」
「体力がかなりきついようです。タクミは担当場所が広くなってもやれそうですか?」
「正直やりたくない。体力はともかく、見逃すやつが出てきそうに思うんだ」
「そっちですか。わかりました。それでは、私が受け持つことにしましょう」
問題ないことがわかると、ティアナは再びアルマに会って担当場所の割り当てを調整した。手短に打ち合わせを済ませると、再びリンニーとエステのところへと戻る。
「いやぁ! こっち来ないでぇ!」
「ティアナ、早く来てよ~!」
以前見た光景が再現されているようでティアナは目眩がした。
一時はきれいに退治したはずの大きな芋虫は再び増えており、女神二人を追い回している。もちろん芋虫は一匹も退治されていない。
手早く芋虫を駆除すると、二人の元へ寄った。
「ただ今戻りました。まだ無事ですね」
「まだってなんですかー! わたし達は必死なんですよー!?」
「いい加減、せめて自分達だけで安全に逃げられるようにならないといけないわね。毎回走り回るのはきついわ」
「アルマの担当範囲を減らして、その分私の範囲が広くなりました。少しきつかったようなので」
「えぇ~、更にたくさんの芋虫を相手にするの~?」
「相手にするのは私ですけどね」
「あたし達は逃げ回ってるだけだもんね」
次第に精神的な余裕がなくなってきたティアナの対応にリンニーが抗議するのに対して、エステは冷静に言葉を返していた。
そんなエステをリンニーが睨む。
「エステも冷たくないですか~?」
「そうは言っても、直接何もできないあたし達が強く出るわけにはいかないでしょう? 一番苦労してるのはティアナなのよ?」
「う~まぁ、それはそうなんだけどぉ」
冷静に事実を突きつけられるとリンニーも弱い。
しょげかえったリンニーに顔を向けるとティアナは謝罪した。
「ごめんなさい。これからのことを考えていたので、余裕がなかったです」
「もういいわよ~」
「それで、エステ、煙に包まれている大きい芋虫はどのくらいいますか?」
「ちらほらいるわね。でもさっきほど多くないわよ。多分壁の外に飛んでいったのが多かったんだと思う」
「なるほど。ならばさっさと片付けてしまいましょう。この調子ですと、同じことをあと二回繰り返せばいいはずです」
「あと二回逃げ回らないといけないのね」
「もう少しですから我慢してください」
顔を引きつらせたエステがため息をついた。
それを慰めてからティアナは再び御神木の中へと入っていく。やること自体は既に単純作業となっていたので、後は体力と時間の問題だった。
その後、数こそ多い芋虫だったが、飛び跳ねて壁の外に出るという以外に予想外の行動はしなかった。そのおかげで、今までと同じ作業をきっちりと二回繰り返すことで、ティアナ達は枝葉に取り付いていた芋虫達をすべて追い払うことに成功した。
この頃になると散々動き回ったティアナとアルマはかなり疲れていた。タクミも同様に走り回っていたが、こちらは身体能力の高さからあまり疲れていない。
全員が合流するとリンニーとエステは笑顔でティアナ達三人を迎えた。
「ありがとー! 本当に御神木から芋虫を追い払えたね~!」
「こんなに早く芋虫がいない状態に戻れるとは思っていなかったわ。ありがとう」
「とりあえずは良かったですね。でも、最後の仕事がありますよ。本当に喜ぶのはそれからにしましょう」
御神木に残っていた大きな芋虫を駆除した帰りに、ティアナは地面一面に溢れかえっていた芋虫の姿を見ていた。次はこれを穴へと追いやらなければならない。
穴へと近づいたティアナ達は、ぱらぱらと落ちていく芋虫を見る。
「総仕上げとして、これから芋虫をこの穴へと追いやります。それが終わったら、土の人形で埋め立ててくださいね」
「あの土の壁を崩していけばいいのよね。時間はかかりそうだけど最後までやるわよ」
「残った虫除けの草はどうします~?」
「一緒に埋めてしまいましょう。そうだ、火の消えたビテレ草の灰もついでに」
いよいよ最後ということもあって、ティアナと話す女神二人の口調は明るい。その隣でアルマとタクミは自分達の仕事が終わったとばかりに体の力を抜いていた。
ティアナはウィンに次の作業を指示した。
「御神木の枝葉に充満させている煙を下に圧縮して。御神木の最下層の枝葉のあたりに」
『いいよ!』
「それができたら、その最下層の枝葉から地面に煙を充満させてください。ただし、穴の反対側から穴に向けてゆっくりとね」
『わかった! 穴に追い立てたらいいんだね』
趣旨を理解したウィンは指示された通りに煙を移動させる。最初は御神木の一番下の枝葉に、次は地面にと少しずつだ。
これにより、芋虫達は安全な場所を求めて次々と穴へと自ら落ちていった。時間はかかったものの、ほとんどが地面からいなくなる。
壁の上に移ったティアナがその様子を見て微妙な表情になる。ウィンの能力により芋虫だけが暗い緑の蛍光色をした物体として見えていた。
「やっぱり残っている芋虫はいますね。しかも今度は小さいのも」
「どうですか~? 芋虫はみんないなくなりましたか~?」
「いえ、いくらか残っています。逃げ遅れたのでしょう。今回は小さいのもいますから、全員で駆除しましょう」
「え、あたし達も!?」
「小さい芋虫でしたら踏み潰せるでしょう? 大きい芋虫は私とアルマとタクミで退治しますから」
すっかり芋虫を殺し慣れたティアナから提案された女神二人は明らかに動揺していた。
一方、アルマとタクミからも声がかけられる。
「煙の中って、あたしとタクミじゃむせて動けないし、何も見えないわよ?」
「煙はもう開放します。これ以上は必要ありませんから」
「ティアナ、あとどのくらいいるの? こっちからじゃ見えないんだけど」
「大きい芋虫はそれほどいませんよ 壁の外に出てきた大きな芋虫の数よりも少ないです」
自分達の質問にティアナから回答をもらった四人は微妙な表情をした。
作業を嫌がる気持ちはティアナにもわかるが、自分だけで面倒なことをする気はないので無視する。
務めて明るい声でティアナが催促した。
「さ、土の人形に壁を登る階段を作ってもらってこっちに来てください。あと少しなんですから!」
しばらくお互いの顔を見ていた四人だったが、やがて諦めたようにため息をつく。
そうして仕方なくといった様子で、リンニーとエステが土人形に指示を出した。
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