飛び跳ねる芋虫
害虫駆除のための煙が充満する中、ティアナは一匹ずつ大きい芋虫を退治していった。
周囲は煙でよく見えないため、エステの指示に従って最寄りの対象へと向かう。近づくとウィン目線により暗い緑の蛍光色をした物体として可視化された。
のたうち回る大きな芋虫は危ないが、枝に沿って近づかなければ意外に安全だ。足下を踏み外すと落ちてしまうことを芋虫も理解しているのだろう。中空から近づけば体当たりされる心配もほぼない。
それがわかってからは芋虫退治も楽になる。ただ、あとどのくらい倒せばいいのかわからないので、無限に作業を強いられているような錯覚に陥るのが厄介だった。
「エステ、あとどのくらい倒せば良いでしょう?」
『まだ結構いるわよ。それに、だんだん増えてきてるし』
「増えてる!? どうしてですか!」
『だって、煙の位置が下がると、それだけ対象になる芋虫が増えるからよ』
話を聞きいて、ティアナは自分の立案した計画の内容を思い出した。煙が充満する空間の底が下がるほどに巻き込まれる芋虫の数は増えるのだから考えてみれば当然の話だ。
思った以上に厄介な作業だということに今更気付いたティアナは顔をゆがめた。
「こうなったらタクミにも手伝ってもらいましょうか。けほっ」
これから先のことを考えてつぶやいたティアナだったが煙にむせる。ある程度慣れたとはいえ、煙たい中はやはり呼吸がしづらい。
「あーもう、御神木を揺らせて芋虫をふるい落とせたら楽なのに」
『それ、前にやったけど効果なかったのよ』
しっかりと自分のつぶやきを聞いていたエステの返事にティアナは肩を落とす。しかし、すぐに眉をひそめて首をかしげた。
「エステ、それって私達と出会う前ですよね? 今もう一度やってみませんか?」
『今? 御神木を揺らすの?』
「そうです。苦しんでいる芋虫なら、枝にしがみつけなくて落ちてくれるかもしれませんよ?」
『なるほど、それは盲点だったわね。でも、ティアナも危なくなるわよ?』
「こっちは大丈夫です。ウィンの風の魔法で浮いてますから」
『ふふん、ボクがいるから平気だよ!』
『それじゃ揺らすわよ!』
最後にエステが一言忠告すると、直後に御神木の枝がわずかに揺れた。そのせいで葉がさざめく。最初は小さかったその揺れは次第に大きくなった。
ティアナは周囲を少し探して一匹の大きな芋虫を見つけてそれを観察する。
煙で苦しんでのたうち回る芋虫は枝が揺れたことで落ちそうになった。しかし、何とか枝にしがみついて落とされまいと踏ん張る。
「揺らし方が足りないのではないですか? もっと大きく揺らせれば落ちそうですけど」
『これ以上は無理!』
元々植物は動けないのだからこれでも上出来な方だろう。ただ、どのくらい効果があったのかは不明だ。
「エステ、どの程度大きな芋虫を振り落とせましたか?」
『あんまり落とせなかったわ。やらないよりかはましってくらいね』
「わかりました。引き続き私が駆除していきましょう。次の場所を教えてください」
お互い若干失望しつつも、まったくの失敗ではないことを慰めとした。
再びティアナは御神木の中を駆け巡る。エステの指示した先にいた大きな芋虫はひとつずつしっかりと倒していった。
そんな中、ティアナは何となく気になったことをエステに尋ねる。
「私は今、御神木のどの辺りの高さにいるのですか?」
『高さ? 真ん中くらいだけど』
「煙はどの辺りまで充満しています?」
『煙? いやさすがにそれは。あ、待って、芋虫がたくさん苦しんでいるところが境目でいいかしら? それだったら、上から三分の二くらいの辺りね』
「まだ結構ありますね」
『そうね。下に行くにつれて枝の広がりが大きくなるから大変よね』
できるだけ考えないようにしていたことを言われてティアナが顔をしかめた。
「煙の位置は先程よりも下がったのですよね? なら、もう一度御神木を揺らしてみませんか?」
『でもさっき、あんまり効果がなかったわよ?』
「新たに煙の中に入った大きな芋虫を振り落としてほしいのです。正直なところ、一人で退治するのは結構きついので、一匹でも数を減らしてほしいですから」
一匹ずつ相手をするのは難しくないが何しろ数が多い。更に、ウィンに風の魔法で守ってもらっているとはいえ、やはり煙の中での活動はつらかった。
素直にティアナが説明するとエステが申し訳なさそうに返事をする。
『そっか、ティアナが煙の中で動いていることを忘れていたわ。ごめん、すぐ動くから』
御神木がすぐに動く。一匹でも多く下に落ちていることを祈りながらティアナは待った。
やがて枝の揺れが収まるとエステが話しかけてくる。
『やっぱりあんまり落ちなかったわ。もう一回しようか?』
「いえ、また後にしましょう。今すぐ揺らしても、揺れに耐えられた芋虫は落ちてくれないでしょうから。それは私が駆除します」
こうなると仕方ない。ティアナは我慢して一匹ずつ大きな芋虫を退治するしかなかった。
再び動き始めたティアナは順調に駆除を進めていく。もうすっかり慣れたもので、大体一撃で仕留められるようになっていた。
「はぁ、これでこの辺りはお終いですね。周りにもいなさそうですし、エステ、次はどこですか?」
『次は幹の奥、反対側に何匹かいるから、あっ! うそ、飛んだ!?』
「飛んだ? 何がです?」
『芋虫が御神木から逃げようと壁の外に向かって飛び跳ねてのよ! 小さいのは壁まで届かないみたいだけど、大きい方は外に出てきたわ!』
突然意外なことを伝えられてティアナは動揺する。まさか芋虫に跳躍する能力があるとは思わなかったからだ。
しかし、いつまでも動揺してはいられない。すぐに必要なことを聞き出そうとする。
「エステ、逃げだそうとしている芋虫は一方向だけに限られてる? それとも全周囲?」
『全周囲よ! アルマとタクミのところにも行ってるはず!』
「数は多いですか?」
『今はそんなにいないけど、これから増えてくるわよ! あ、また一匹来たぁ!』
「ウィン、煙を下げるのを一旦中断してください」
『わかった!』
「今そちらに行きます。待っててください」
話し終えたティアナは、ウィンの風の魔法の力でとりあえず御神木の外へと向かう。何も考えずに最短距離を移動したせいでタクミのいる場所に出た。
そこでは、タクミが大きな芋虫を駆除していた。数は多くないものの、一匹ずつの距離が離れているので面倒そうだ。
「タクミ、これから大きな芋虫が外にどんどん出てきますから退治してくださいね!」
「見落としたらどうするの!?」
「煙を下げる速度を調整しますから、頑張ってください! 私もたまに見て回りますから」
「そんな無茶な!」
抗議をするタクミの気持ちはティアナにもわかるが今はどうしようもない。タクミが見落としている大きな芋虫がいないことを確認すると、ティアナはその場を離れた。
次はアルマの元へと向かう。アルマも大きな芋虫を駆除しているが、タクミほど身体的能力は高くないので苦労していた。
周囲を見渡すと、まだ退治できていない個体が別の場所に逃げようとしているのが見えた。ティアナはアルマに話しかける前にそれらを手にかける。
そんなティアナの様子に気付いたアルマが叫んだ。
「ちょっと、ほんとに出てきたじゃないの! こんなばらばらに広がられたら対処できないわよ!?」
「文句は芋虫に言って! それより、対処できなさそうな芋虫は駆除しておきましたから、残りは自分でやって!」
「これで全部でしょうね!」
「そんなわけないでしょう? これからどんどん飛んできますよ!」
「タクミみたいに動き回れないあたしには無理よ!?」
「煙を下げる速度を調整しますから、頑張ってください! 私もたまに見て回りますから」
「そんな無茶な!」
別れ際にタクミと同じやり取りをしつつ、ティアナは再びその場を離れた。
最後にやってきたのはリンニーとエステのいる場所だが、そこは他と比べて大変なことになっていた。
「いやぁ! こっち来ないでぇ!」
「ティアナ、早く来てよ~!」
次々と飛び跳ねて逃げてくる大きい芋虫に追い回された女神二人が逃げ惑っていた。こんな調子なのでもちろん芋虫は一匹も退治されていない。
魔法で何とかすれば良いのにと一瞬思ったティアナだったが、それができない相手だったことを思い出す。
ウィンの風の魔法の力で滑るように移動しつつ、ティアナは遠方へ逃げつつある芋虫から順番に駆除していった。
逃げ惑いながらもティアナの姿に気付いた二人が、目に涙を浮かべながら走り寄ってくる。その背後には二人を追いかけてくる大きい芋虫がいたので、ティアナはまず駆除した。
「無事なようですね。よかった」
「どうしてもっと早く来てくれなかったのよ!? すっごく怖かったんだから!」
「そうですよ~! わたし達じゃ何もできないんですからぁ!」
「ごめんなさい。慌てて出たら反対側だったもので、来るのに時間がかかったのです。土の人形は使えなかったのですか?」
「触れた瞬間ただの土に戻っちゃうから意味ないのよ」
話を聞くと、二人は最初土人形を作って押しとどめようとしたらしい。しかし、触れるそばから元の土に戻ってあっけなく突破されて現在に至るということだった。
「とりあえず、残りの芋虫も倒してきますので、話はそれからにしましょう」
今も尚外に飛び跳ねてくる大きな芋虫に目を向けながら二人に言い残すと、ティアナはすぐにその場を離れる。
移動についてはウィンのおかげで楽ができ、駆除することにもすっかり慣れたティアナは簡単に芋虫を倒していった。
一通り倒して落ち着くと、ティアナはリンニーとエステの元へ戻る。
「これでしばらくは大丈夫です」
「ひどい目に遭ったわ。まさか飛び跳ねてくるなんて予想外よ」
「まったくです~。芋虫ってあんなに飛び跳ねられるんですね。知りませんでした~」
「私も知りませんでしたよ。ともかく、一旦煙を下げるのは止めましたので、今は壁の外に出てくる芋虫はいないでしょう」
「これからどうするの? このままだと、壁の外に飛んできた大きな芋虫は取り逃がしちゃうことになるわよ」
エステの疑問を受けてティアナはしばらく考える。今まで通り煙が充満する空間の底を下げ続けると、いずれ外に大きい芋虫が溢れるのは目に見えていた。
ただ、駆除作戦は今までうまくいっているので、このまま続けたいともティアナは思う。問題なのは壁の外に逃げ出す大きな芋虫だ。
「考え方を変えましょう。これからは、外に飛び出してくる大きな芋虫の数に合わせて煙りの充満する空間の底を下げていきます」
「あたし達が芋虫に対処できる量に合わせるってことね」
「そうです。煙の中でもその場に止まる大きい芋虫をとりあえず放っておくか、それとも平行して退治するのかという問題はありますけど」
「とりあえずは放っておいてもいいんじゃないかな~?」
首をかしげながらリンニーが問いかけてくる。
それに対して、ティアナは自分の考えをまとめながら返事をした。
「最初に煙を下げて大きな芋虫が外に飛び出る。それを私達が倒している間は煙を下げない。駆除が終わったら少し休憩を挟んで、また煙を下げる。基本はこうですよね」
「御神木の中で踏ん張ってる芋虫を退治するなら、休憩中かその前後。しかも、それができるのはティアナだけなのよね」
遠慮がちにエステが言葉を付け加えてきた。
ため息をついてティアナがうなずく。
「能力的にはタクミも可能ですが、煙をまともに吸い込んでしまうので無理ですね」
「でもティアナも休憩がないといけないわよね~」
壁の外に出てきた芋虫を駆除するにしても、リンニーとエステがいる場所はティアナが担当することになる上に、アルマも担当範囲の広さから気にかけないといけない。
色々と考えていたティアナだったが、眉を寄せながら決断する。
「一度やってみましょうか。少し煙を下げて、飛び出した芋虫を退治して、落ち着いたら私が御神木で踏ん張ってる芋虫を駆除するやり方を」
「いいの?」
「やってみて駄目でしたら、また他の方法を考えましょう。余裕のあるうちにできることを試しておくのは良いことですから」
体力の限界に挑戦することになるのでティアナは今から気が重い。しかし、いずれにしても避けて通れない作業なのでまずはやってみることにした。
「ただ、今煙が充満している範囲に残ってる大きな芋虫だけは先に駆除しておきましょう。その間に、お二人とアルマとタクミにはしっかり休んでおいてもらいます」
女神二人がうなずくのを見ると、ティアナはアルマとタクミに計画の変更を伝えるためにその場を離れた。
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