帰ってきた鳥さん
虫除けの草を使って芋虫を追い払う実験は成功した。これでビテレ草を使った駆除が可能だとわかったティアナ達は、いよいよ本番に向けての準備に取りかかる。
これから大量に必要となるビテレ草の刈り取りと乾燥はリンニーが担当することになった。数多くの土人形を作り出し、虫除けの草を引き抜いては並べてゆく。
「どんどん引き抜いていくね~」
「ティアナが言ってたけど、この草原にあるやつ全部を刈り取る勢いでやってだって」
「えー、それじゃ終わらないじゃないの~!」
「その土の人形は増やせないの?」
「増やせるけど、そんな簡単に言わないで~。これって結構すごいことなのよ~」
草原ひとつを丸裸にするというタクミの言葉にリンニーが悲鳴を上げる。ただ、途中で不足するという事態を避けるためにも、大量に乾燥したビテレ草が必要なのは確かだ。
一方、エステは巨大な穴掘りと御神木の木陰の外を囲む壁作りを担当している。こちらも多数の土人形を従えて作業に勤しんでいた。
「まさかこんなのを作るとは思わなかったわね」
「あたしもここまで大事になるとは思ってませんでしたよ。ここに来てまで土木作業するなんて。ああ、ここが終わったら、次はあちらを削ってくださいね」
「わかったわ。それと、今度は壁にビテレ草を練り込まないでもいいの?」
「いらないそうですよ。お嬢様によると、作った壁の内周に沿ってビテレ草を置いて燃やすんだそうです」
「なるほど、確かにそれならいらないわね」
本番用の壁は御神木全体を囲むため、壁の内側でビテレ草を燃やしても問題ないことにティアナが気付いたのだ。そのため、工程がひとつ減る分だけ作業が楽になった。
そのティアナは森の外れにいる。そこで、実験のときに精霊二体を利用した遠視の魔法を活用して、御神木内部の様子を探っていた。
「エステからも話を聞いてたが、これは大変なことになってるな」
枝葉のあちこちに大小の芋虫が取り付いて囓っているのを見て、ティアナは眉をひそめた。まさしく数え切れないくらいの数だ。
しかし、何度も見ていて気付いたことがある。上部の枝葉ほど大きな芋虫は少なくなるのだ。これは葉の量や枝の耐えられる重量に限りがあるからだとティアナは推測した。
「覚悟はしてたけど、本当に御神木のてっぺんから下までいるぞ。これはきれいに取り払わないとまた増えかねないな」
あまりの多さに見ていて気分が悪くなったティアナだったが、同時にエステのつらさを少しだけ理解できた。これは何としても駆除しなければならないと改めて決意する。
そうやって各々が作業に勤しんでいる中、初日にいなくなった鳥が唐突に戻ってきた。
「ただいまー! あれ、ティアナ何してるの?」
「いきなりだな、ウィン。こっちは、エステの御神木から芋虫を駆除するために色々と作業をしているところだよ」
「エステが近くにいるんだ?」
「アルマと一緒に御神木のところにな。リンニーはあっちの草原でタクミと一緒に作業をしているはず」
「へーそうなんだ。久しぶりに会いに行こうかな」
のんきに悩んでいるウィンに呆れつつも、ティアナは気になることを尋ねてみる。
「この十日程姿を見なかったけど、今までどこに行ってたんだ?」
「しばらくここの空を飛んでて、その後はこっちでいう精霊界にちょっと戻ってたんだ。あっちにも久しぶりに帰れて嬉しかったよ!」
「そんな簡単に戻れるものなのか?」
「ここからならね。前にも言ったと思うけど、精霊界とつながってるところは限りがあるんだ。だから他のところからじゃ、行ったり来たりできないよ」
「それで、戻ってきたということはもう満足したということか? 戻って来ないかもしれないと思ってたのに」
「そんなことないよー。別れるときはボクだって挨拶くらいするもん」
一般的な常識がウィンにもあったことにティアナは内心驚いた。
そんなティアナの驚きなど気にすることもなく、ウィンは知りたいことを尋ねる。
「それにしても、御神木に芋虫なんているんだ。あそこに虫がいるところなんて見たことなかったんだけどなー」
「以前は虫除けの魔法でもかかってたってことか?」
「それはわからないねー。でも、初めてのことだから、エステはすごく慌ててるんじゃないかな?」
「リンニーも一緒に途方に暮れてたぞ」
「やっぱり。この辺りの精霊が騒がしいのはそのせいなのかなぁ?」
「精霊の力を借りて作業を進めているせいじゃないか? 今、リンニーがビテレ草という草を乾燥させるために精霊の協力を仰いでるから」
「ふーん。ところで、ティアナは何をしてるの?」
「俺は精霊にお願いして、御神木の内部を探ってるところだよ。精霊のひとつに俺へ憑依してもらって、もうひとつの精霊に御神木の中を動き回ってもらってるんだ」
「うわ、すごく変わったことをしてるね。ああでもそうか、ティアナは人間だからかぁ」
首をかしげて感想を漏らすウィンだが、特に切羽詰まったり共感したりする様子はない。この辺りは物理的に存在する者とそうでない者の差なのだろうとティアナは理解する。
ただ、どう感じているにしろ、ウィンの力は強大である。その力を借りられるのならば作業が楽になるのは違いない。
のんきにたたずんでいるウィンに対してティアナが問いかける。
「ウィン、御神木から芋虫を駆除する作業を手伝ってくれないか?」
「いいけど、何をしたらいいの?」
「本番のときに御神木全体を覆うような風の膜を作ってほしいんだ」
最初は多数の精霊に協力してもらってやろうとしていたことをウィンだけでやってもらうわけだ。
話を聞いたウィンは驚く。
「え、ボクがするの?」
「ウィンはかなり高位な精霊だと聞いてたから、できると思ったんだけど」
「あーうん、まぁできるよ? まさか自分がやるとは思ってなかったから、ちょっと驚いただけ」
何となく歯切れの悪い態度だったが返事は悪くなかった。しかしそれでも、何か気にしているらしく、ティアナに質問をしてくる。
「でも、なんでエステは自分で追い払わないのかな?」
「特殊な芋虫で全然魔法が通じないんだよ、だから、物理的に排除しようとしてるところなんだ」
「そんな芋虫がいるの? やだなぁ。でもそうなると、ボクの魔法も効かないんじゃないの?」
「直接魔法を使うと無効化されるだけで、間接的に使う分には影響ないんだ。今も土の人形で作業をしてもらってるけど作業は順調だぞ」
「風の膜を作るっていうのが、その間接的に使うっていうやり方なんだね」
「その通り。虫除けの草を燃やして出た煙を御神木の中に閉じ込めるんだ」
「へー、ボクが魔法で攻撃するわけじゃないのかぁ」
わかったようなわからないような感じの声色でウィンが感想をつぶやいた。そしてそのまま次の質問に移る。
「それで、いつするの?」
「もうちょっと先だな。今はまだ準備が整ってないから。虫除けに使うビテレ草を取って乾燥させて、御神木の周りに穴を掘って壁を作ってからだよ」
「よくエステがそんなこと許したね。植物が殺されることは好きじゃないのに」
「それだけ芋虫を嫌っているということだな」
「わかった! それじゃボクはそれまで何もしなくてもいいんだね?」
「ああ。近くで待っててくれ」
準備作業については順調なのでウィンは必要ないと判断したティアナはうなずいた。
「ボクもうちょっと遊んでくるね!」
「まだ一週間くらいはかかるけど、たまには顔を見せてくれよ」
「うん!」
元気よく飛び出したウィンは再び空へと舞っていく。
しばらくその姿を見ていたティアナだったが、見えなくなると再び自分の作業に戻った。
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本番用の準備を始めてから二週間が過ぎた。
土人形と精霊が昼夜を問わずに働いてくれたおかげで予定通りに仕掛けが仕上がった。
御神木の枝葉の更に一回り先に円を描くような土の壁がそびえ、その内周に乾燥させたビテレ草が満遍なく積み上げられている。
壁の厚さは相当あり、その上には土人形が等間隔で立っている。間には乾燥したビテレ草が山積みだ。追加で必要なら土人形が放り込むことになっていた。
また、壁の一部は開放されており、その先には巨大な穴が開いていた。煙で追い立てられた芋虫の逃げ場所である。もちろん、ここが芋虫にとっての墓場になるわけだが。
穴の上にはウィンが浮いており、ティアナの合図で御神木を風の膜で包み込む予定だ。
目の前の仕掛けを見てエステが感慨深げにつぶやく。
「やっとここまできたわね。この日をどんなに待ちわびたことか」
「作業は土の人形がやってくれてたからほとんど見てるだけだったけどね」
独り言に近いその言葉をアルマが受ける。口調が対等になっているのは、この二週間で仲良くなった証拠だ。
その二人を見ながらタクミがティアナに問いかける。
「僕達はここで待ってたらいいのかな?」
「多分それでも良いと思いますけど、万が一芋虫が外に出てきたら厄介ですので、タクミはここの反対側で待機してくれませんか?」
「逃げられたら厄介だもんね。わかった。もう今から行った方がいい?」
「ええ、お願いします。アルマは穴とは反対の方角で待機してください」
「あたしが活躍する状況ってかなりまずいんだろうけどね。いいわよ、行ってくる」
指示を受けたタクミとアルマは揃ってその場を離れた。
残ったのはティアナをはじめとするリンニーとエステである。
女神二人に対してティアナが話しかけた。
「草原ひとつを丸裸にして、御神木のそばに大穴を開けて壁まで作りました。ここまで二週間、ご苦労様です」
「こちらこそ~! こんな大がかりなことを考えるなんて、すごいですね~」
「最初はたかが人間だって思ってたけど、まさかここまでやってくれると思わなかったわ」
「褒めてくださるのは嬉しいですけど、まだ本番が始まる前ですからね。成功したときに改めて称えてください」
ティアナの言葉にリンニーとエステは笑顔でうなずく。
その後すぐにエステが周りに精霊を集めてお願いを伝えた。
「あの壁の内側にある枯れた草に火を点けて回って。壁の上にあるのはダメよ」
お願いを聞いた精霊達はふわふわと壁に向かう。最初は固まっていたものが次第にばらけていく様子が見えた。
それを見ながらティアナは穴へと近づくとウィンに声をかけた。
「風の膜を張ってちょうだい!」
「わかったー!」
相変わらずのんきな声でウィンは答えると、「えい!」といつもの調子で叫んで御神木の周りを微風で包み込む。無色なのでわかりにくいが微妙に御神木が揺らいで見えた。
更にいくらか時間が過ぎると、壁の向こう側から煙が昇ってきた。ティアナ達側から徐々に奥へと立ちこめる煙が増えてくる。
その様子を見ていたティアナがつぶやく。
「いよいよ始まりましたね」
「予定通りに進むとわたし達はほとんど何もしなくても良いのよね~」
「大丈夫よ。ここまでしたんですもの。きっとうまくいくに決まってるわ」
あまり予定通りに計画を進められたことがないティアナだったが、無闇に二人を不安にしても仕方がないので黙っていた。
そうこうしているうちに煙の量が増えていき、徐々に上方へと伸びてゆく。煙という目に見えるものが広がることで、初めてウィンの風の膜の動きが見えるようになった。
今回、ウィンには事前に風の操作についてティアナからいくつか指示を出していた。第一段階は、風の膜に沿うように煙を這わせて御神木の頂点まで行き渡らせるというものだ。
煙の動きを見ながらエステが口を開く。
「御神木からすべての芋虫を駆除するためには、上から下へと追い払わないといけなかったのよね。だから煙をてっぺんに充満させるわけか」
「ティアナって賢いわよね~」
目の前の様子を見ながらリンニーが感心したようにティアナを褒めた。
若干頬が緩んでしまったティアナだったが、まだ駆除作業が始まったばかりで気を緩めるわけにはいかない。
御神木の様子を窺いながら、ティアナはどこかに異常がないか油断なく状況を観察した。
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