実験の結果
精霊の力を借りて昼夜を問わずビテレ草を日干しした結果、四日目には使える程度に乾燥していた。水気が抜けた分かなり軽くなる。
それをリンニーが土から作った人形達が小分けして運んでゆく。人の半分ほどの背丈でどこなく動きがかわいらしい。
一方、御神木の木陰の一角ではエステが作った人形達が穴を掘っていた。幹からかなり離れた場所だ。これは御神木の根を傷つけないためである。
掘り出した土は一ヵ所にまとめて山積みしてある。すぐに壁を作らないのはビテレ草と混ぜるためだ。
作業の様子を見ていたエステがアルマに問いかける。
「土は結構な量があるけど、あの乾燥させたやつだけで足りるの?」
「実は全然足りないんですよね。だからお嬢様と相談して、壁の半分だけにビテレ草を混ぜることにしました。とにかく二種類の壁に芋虫がどう反応するのか見たいそうです」
「それはいいけど、どうせなら早く行ってほしかったな。混ぜない方の壁なら先に作れたじゃない」
「確かにそうでしたね。申し訳ありません」
「まぁいいわ。それじゃ壁を作っても良いのね」
計画の変更を知ったエステはすぐさま新しく土から人形を作って壁を作らせる。
一方、乾燥した虫除けの草を持って帰ってきた人形を迎えたリンニーがタクミに振り返る。
「全部持って帰ってきましたよ~」
「とりあえず全部細かく千切ってください。三分の二は壁用で、残りが燻す用だそうです」
「燻す方が少ないのね~」
「僕もそう思うんですけど、今回は実験なんであんまり煙を出さないそうですよ。いきなりたくさん芋虫が降ってきても困りますし」
「わかったわ、すぐに細かく千切らせるわね~!」
タクミから指示を受けたリンニーが楽しそうに自分の人形へ命じる。命令を受けた人形達は自分が持ち帰ってきたビテレ草を細かく千切り始めた。
そんな四人の様子を見ながらティアナは考える。
今のところ、芋虫はのんきに枝葉を食んでいる。間違いなくこちらのことなど気にかけていない。それはそれで自分達に都合が良かった。
しかし、そもそもどこからやって来たのかが気になる。これ程発生するということは、どこかに卵を大量に産み付けられたからに違いない。その原因となるものを取り除かなければ、今回は駆除できても再び同じことを繰り返すだろう。
「できれば根元から断ちたいですが、今回は無理そうですね」
春に発生したとエステが言っていたので、秋か冬に産み付けられた可能性が高い。本気で調べるなら一度季節を巡るくらい滞在しないといけないが、さすがにそこまでする気はティアナにはなかった。
ということで、今は目の前にいる芋虫の駆除に全力を注がないといけない。
現在他の四人に作ってもらっている仕掛けは、第一義がビテレ草の煙が芋虫にどの程度効くのかを確認することだ。これは恐らく効果があるとティアナはみている。
第二義は壁と穴の仕掛けがどの程度有効なのかを知ることだ。本番ではご神体全体を壁で囲う予定なので、これで問題点を洗い出しておきたかった。
この結果次第で予定通り行くかもしれないし、根本から考え直さないといけないかもしれない。地味に重要な実験だった。
色々とティアナが考えている間にも作業は進んでいく。
ビテレ草を千切り終えたリンニーの土人形はそれを一対二の割合で二つの山に分けた。そうして土の山に小分けして各土人形が持っていく。
「エステ、虫除けの草を持って来たよ~」
「そのまま待たせて。アルマ、どうする?」
「ビテレ草入りの壁を先に作りましょうか。土に水をかけてから草を撒いて、その後よく練ってから壁を作ってください」
「これだけで足りるのかな~?」
「うっ、正直思ったよりもかなり少ないですけど、これでいきます」
「は~い。それじゃわたしの人形でこねるから、エステの人形で壁を作ってね~」
「わかったわ。あ、精霊にはそっちでお願いしてくれる?」
「みんな集まって~」
不安要素はあるものの、作業を止めることなく仕掛けが作られていく。
リンニーに呼び集められた精霊達は山積みの土へ雨のように水を降らせた。ある程度したら今度は土人形が持っていた細切れのビテレ草を撒いて土をこねる。練り上がった土はエステの土人形が運んで壁を作っていった。
そうして昼頃に仕掛けが完成した。
ティアナの身長くらいの高さの壁が円を描くように作られている。直径はその五倍くらいだ。円の一部は壁がなく、その先は大きく深い穴が開いている。そして、草が刈り取られて剥き出しの地面が見える円の中央には、細切れのビテレ草が一山置かれていた。
その姿を見たティアナは満足そうにうなずく。
「思った通りのものができました」
「ビテレ草が足りなくて、練り込んだ壁が四分の一しかないですけどね。それ以外は予定通りです」
アルマの指摘通り、当初の予定の半分しかビテレ草を練り込んだ壁は作れなかった。ただ、それでも効果の有無くらいはわかるだろうということで作業は止めなかったのだ。
また、ティアナは精霊にお願いをして、別の精霊を通して壁に囲まれた円内部の様子を見せてもらうことになっていた。精霊に憑依してもらえるからこそできる芸当だ。
その説明を聞いたエステが呆れたように感想を漏らす。
「人の身でそんなことができるなんて、とんでもないじゃない」
「でも私、戦いは強くないですよ?」
「そんなこと言ったら、あたしもリンニーも同じよ。別に戦う能力だけがすべてじゃないんだから、そんなの言い訳にならないわ」
「お二人はできないのですか?」
「一応できるけど、精霊と同調するっていうのは難しいのよ。何しろみんな気まぐれだから。それがあっさりとできるだけでも普通じゃないわよ?」
思った以上にこの憑依体質の価値が高いことを知ってティアナは驚く。すぐに使い道が思いつくわけではないが、何となく自分の価値が上がったように思えて内心喜んだ。
作成した仕掛けの周囲にはリンニーとエステの土人形が石を持って待機していた。小さい芋虫が外に出てきたときのためだ。大きい方はティアナ達が対処する。
普段はのんびりとしたリンニーが緊張した面持ちでティアナに声をかけてくる。
「いよいよね~」
「そうですね。エステ、ビテレ草に火を点けてください」
「ええ、あそこの真ん中にある枯れ草に火を点けてちょうだい」
エステに語りかけられた精霊は、その手のひらからふわふわと仕掛けの中へと入っていく。精霊を通して壁の内側が見えるティアナは、乾燥したビテレ草に炎が点るのを見た。
「始まりました」
その一言を合図に皆が仕掛けの周囲に散ってゆく。どこから大きな芋虫が壁の外に出てくるかわからないからだ。幹に最も近い側にタクミ、穴の正反対側にアルマ、幹から最も遠い側にティアナである。リンニーとエステは木陰の外で土人形と精霊を指揮だ。
乾燥したビテレ草はゆっくりと順調に燃えていく。それに合わせて煙りも強くなり、天へと昇っていった。
時間が経過したが仕掛け周囲には大きな変化はない。不思議に思ったティアナは、仕掛け内部の様子を伝えてくれている精霊にお願いする。
「上昇して枝にいる芋虫の様子を見せてください」
『上昇シテ見ル』
お願いを聞いた精霊はゆっくりと上がっていく。地面から最も地面に近い枝まではティアナの身長の倍もない。すぐに枝の様子が目に入った。
枝葉にいた多数の芋虫はビテレ草の煙に燻られて苦しんでいた。それは良いのだが、煙から逃れようと芋虫達はその場を次々に離れて行こうとしている。
「そりゃまず逃げようとするよな」
思わずティアナの口から男言葉が漏れた。考えてみれば当然で、何もそこでじっと苦しみ続ける理由などない。
ため息をついたティアナはリンニーに声をかけた。
「リンニー、燃えてるビテレ草に水をかけてください。実験は一旦中止します」
「ダメだったの~?」
「いえ、ビテレ草の煙に効果はありました。けど、煙を発生させただけでは枝を伝って逃げられるだけだとわかったので、計画を修正して再度実験をします」
「そっかぁ。ざぁんねん」
まなじりを下げたリンニーが精霊にお願いする。
頼まれた精霊がふわふわと移動する横でエステがティアナに問いかける。
「計画を修正ってどうするのよ?」
「壁の外周にも乾燥させたビテレ草を置きます。最初はそれを燃やして周囲へ逃げられないようにして、次に今回と同じ縁の中央に置いたやつを燃やして芋虫を下に落とします」
「そっか、最初に逃げ道を防ぐわけね。うん、良い案じゃないかな」
次案があることに安心したエステは緊張を解す。ここまでして打つ手なしはさすがに嫌だった。
「火を消したよ~」
嬉しそうにリンニーが声をかけてきた。ティアナが仕掛けへと目を向けると確かに煙は上っていない。
実験が不発に終わったのは残念だが、ビテレ草に効果があることがわかったことは大きい。これさえわかれば、後はどのように仕掛けを工夫するかである。
まだやれることはあると自分を奮い立たせながらティアナは仲間を呼びに行った。
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四日後、新たに刈り取ったビテレ草を乾燥し終えてから、ティアナ達は再び実験を再開した。
今回は壁の外側にも枯れたビテレ草を全周囲に置いてある。更には御神木の枝葉の中で多数の精霊に待機してもらい、煙が円を描く壁の外側に大きく拡散しないよう風の魔法で調整してもらうことになった。
準備が整ったところでティアナはエステに話しかける。
「エステ、外周のビテレ草に火を点けてください」
「あそこの壁の周りにある枯れ草すべてに火を点けてちょうだい」
エステに語りかけられた精霊達は、ふわふわと壁へと向かっていく。そしてすぐに火が点いて煙が湧き上がった。
煙が枝葉に差しかかると、今度はリンニーが精霊達に声をかける。
「みんな~、内側に微風を送ってね~!」
リンニーがお願いをした後、ティアナ達の思惑通りに精霊が風を出してくれているのかはわかりにくい。ティアナが精霊を通して見るに、芋虫が壁の外側に逃げずに集まってきていることで、事がうまく運んでいることがやっとわかった。
そうしていよいよ本命の段階へと移る。ティアナはエステに再び声をかけた。
「壁の内部にあるビテレ草に火を点けてください」
「わかったわ、。あそこの真ん中にある枯れ草に火を点けてちょうだい」
語りかけられたひとつの精霊は、手のひらからふわふわと仕掛けの中へと入っていく。精霊に視線を下方に向けてもらったティアナは、乾燥したビテレ草に炎が点るのを見た。
今度こそという思いで仕掛けを見ていると、しばらくして壁の内側にぼたりぼたりと何かが落ちてきた。
精霊を通して枝葉の様子を窺うと、苦しんでいる芋虫がのたうち回りながら枝の下に落ちていくのが見える。
思わずティアナは叫んだ。
「やった! 芋虫が落ちてきています!」
「本当だわ! どんどん落ちていってる!」
御神木に直接感覚を通して成果を確認したエステが声を上げる。今までどうやっても退治できなかった芋虫を駆除するきっかけを掴めたのでその喜びは大きい。
そうやって皆が見守っている中、ついに大きな芋虫も壁の内側に落ちてきた。煙か落下の痛みかはわからないが、地面でのたうち回っている。
目の前の様子を見ながら、ティアナはリンニーとエステに声をかけた。
「壁の外側に芋虫は落ちてきていますか?」
「今のところ落ちてきていませんね~」
「こっちも見当たらないわね。逃げ場をなくさないと落ちてこないのかも」
今のところ予定外の事態は発生していないことがわかると、ティアナは次に壁の内側に落ちた芋虫に注目した。次はこれらで実験である。
「リンニー、穴の方に芋虫を誘導したいのですが、精霊に風の魔法で煙の流れを変えてもらえますか?」
「穴の反対側から煙を充満させるのよね~!」
元気に返事をしたリンニーが複数の精霊にお願いをすると、その精霊達は壁の内側へと向かった。
視覚替わりの精霊に壁の内側に戻ってもらうとティアナは中の様子を見る。精霊達は言われたとおりに湧き上がる煙を穴の反対側の壁に向かって風の魔法で流す。
ビテレ草の煙が嫌いな芋虫達は、それに合わせて穴側へと次第に追い詰められていき、ついには煙のない穴へと飛び込んでいく。
「やった、うまくいきました! 虫が穴に落ちていきます!」
「あ~本当だ~! こっちから見えるよ、エステ!」
壁の内側の様子が見えないリンニーは穴に近寄っていた。そこから芋虫が次々と落ちていくのを見てはしゃいでいる。続いて見に来たエステも同じだ。
「あんな大きいのも自分で落ちてくわ! 信じらんない。何やってもダメだったのに!」
「やったね、エステ! これで御神木から芋虫を追い払えるよ!」
「うん、よかったぁ!」
思わず涙ぐんだエステにリンニーが抱きつく光景を見て、ティアナは微笑んだ。
多少つまずきはあったものの、どうにか芋虫を駆除できる打算はこれでついた。
「リンニー、エステ、実験は成功しました。後片付けをしましょう」
今後のことを考えながら二人の女神に近づいて実験の中止を伝える。二人が上機嫌にうなずくと、アルマとタクミの元へと向かった。
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