燻し出し作戦の準備
御神木から芋虫を駆除する方針が決まったところで、ティアナ達は具体的な行動に移った。最初にしたことは作戦の要となるビテレ草探しだ。
五人の中で最も虫除けの草について詳しいアルマが話す。
「ビテレ草って、毎年春から夏にかけて成長する草よ。葉の形は細長くて根元からたくさん生えてるわ。成長したやつほど効果は高いけれど、臭いも強いわね」
「どこに生えてるのかな?」
「あたしの地元だと、どこにでも生えてたわ。虫にたかられないもんだから、そりゃもう好き放題にね」
タクミからの質問にアルマがすぐに答える。数が少なく量が確保できなければどうしようかと思っていたティアナだったが、どうもその心配は不要なようだ。
周囲に目を向けていたアルマは小首をかしげてエステへと質問する。
「この辺りに、日当たりが良くて虫の寄りつかない場所ってあります?」
「日当たりの良い場所なら草原なんかはそうだけど、虫が寄りつかないっていうのは」
眉を寄せて答えていたエステの口が途中で閉じる。
その様子を見たアルマが質問の内容を変えた。
「でしたら、毎年春から夏にかけて、腰辺りまで葉が伸びる草って見かけませんでした?」
「ああそれならあるわよ。ここからちょっと離れてるけど」
人間が植物に付けた名前など知らないエステに対して、アルマは外観の説明を繰り返しながらその生息地を探ってゆく。
エステの指摘通りしばらく歩くと、森の外周に沿うように腰辺りまで葉の伸びた草が一面に広がっていた。
その光景を見たアルマの顔が明るくなる。
「これよこれ! こんなにあるのね!」
「確かにこの辺りに虫はあまりいなかったわね。燃やすなんて考えもしなかったわ」
喜ぶアルマの隣でエステがつぶやく。
植物を犠牲にして何かを成すことはしないので、燻すというアルマのやり方はエステにとって盲点だった。
そんな二人を見ながら、リンニーがティアナに対して声をかける。
「それで、どのくらいこのビテレ草が必要なんですか~?」
「最初はそれほど必要ありません。まずはあの芋虫に効果があるのか確認できる程度です」
今のところは一般の虫には有効だということしか判明していない。そのための確認だ。
ティアナはエステに向き直って許可を得ようとする。
「このビテレ草を刈り取ってもよろしいですか?」
「いいわよ。御神木に取り付いた芋虫をなんとかしないといけないもの」
「アルマ、これどうやって刈り取ればいいの?」
「そのまま葉の部分を持って引っこ抜いたら根元から取れますよ。繰り返すと手元が葉の汁で大変なことになりますけど」
「手袋をして引き抜いた方が良さそうですね。それと、最初はお試しで使うだけだから、そんなに量は必要ないと思うのですけど、この考えで合ってます?」
「いいと思いますよ。だったらあたしとタクミの二人だけで充分ね」
返答したアルマはタクミを呼ぶとすぐにビテレ草を引き抜き始める。根元を持って一気に引っ張る。身体能力の高いタクミはもちろん、アルマも簡単にビテレ草を取っていた。
見る間に引き抜かれた虫除けの草が一山になったところで、アルマがタクミを止めて振り向く。
「とりあえずこんなものでしょ。後は一週間天日干しをすれば使えるわよ」
「え、すぐに使えないの!?」
「生のままだと燃えにくいですよ。それに臭いもきついですし」
すぐに引き返して試すものとばかり思っていたエステにアルマが説明した。ティアナもエステと同じで驚いていたが、肩を落とした美少女の様子を見て手段を考える。
「リンニー、精霊に協力してもらってビテレ草を乾燥させられません? 例えば、夜の間は精霊に集まってもらって太陽の代わりになってもらうとか」
「それはいいわね~! 昼も夜も乾かせば、時間も半分になるもの! エステ、みんなにお願いしてみようよ~!」
「そうね。それで早く試せるなら」
当たり前のように漂っている精霊の協力を得るため、リンニーとエステが周囲に呼びかける。すると、大小いくつもの精霊が二人のところへと集まってきた。
その様子を見ながらティアナがアルマとタクミに呼びかける。
「その間にビテレ草を薄く並べておきましょう。どうせなら乾燥しやすくしておいた方がいいですからね」
「確かにまとめて置いておくよりもずっといいですね」
「これを一列に並べたらいいの? それとも何列かに分ける?」
呼びかけに反応したアルマとタクミは早速動き始める。元々量も大したことはないのですぐに並べられた。
並べられたビテレ草の上にリンニーとエステが集めてきた精霊が浮かぶ。
それを見たティアナが首をかしげた。
「上に浮いているだけで良いのですか?」
「今は日が昇っているからこれでいいのよ~。夜になったらみんなにお日様の代わりになってもらうから~」
「他にもっと早く乾かせる方法はないの?」
精霊について質問したティアナはエステから逆に質問して考えたが、何も思いつかない。アルマへと視線を向けると目をつむって腕を組んだ。
「そうねぇ。ああひとつあったわ。微風でいいから風を吹き付けて。洗濯物って日に当てるだけじゃなくて微風があるともっと早く乾くのよ。それと同じ要領ね」
「微風でいいのね。わかった、みんなに頼んでおくわ」
案が出てきたことを喜んだエステが嬉しそうにうなずく。
こうしてビテレ草の件は一段落した。
笑顔のリンニーがティアナへと顔を向ける。
「他には何をすればいいの~?」
「乾燥させたビテレ草を燃やす場所を整えないといけないですね。草を燃やしますから、準備なしだと地面に生えてる草に燃え移って火事になってしまいます」
「そうよね~。御神木が焼けたら本末転倒だもの。けど、それならどうするのかな~?」
「生えてる草を取り除くか、石畳みたいに燃えない物を敷き詰めるか、どちらかになりますね」
「エステ、どうしましょう~」
話を振られたエステが難しい顔をした。本音を言えばどちらも嫌なのは誰にでもわかるが、こればかりは受け入れてもらうしかない。
「どちらの方が植物に害は少ないの?」
「どちらもあまり変わりません。それに、まだ具体的にどこでビテレ草を燃やすかとか、効果的な配置場所もわかっていませんからまだ何とも言えないです」
「となると、やり方に合わせないといけないのね」
「その辺りも一緒にこれから考えましょう。まだ何も決めていませんから」
「そうね、一緒に考えましょう」
難しい顔を渋い顔に変えていたエステが少し笑った。
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天日干しを始めたビテレ草をその場に残して一行は再び御神木まで戻ってきた。相変わらず外見は立派な巨木である。芋虫の脅威にさらされているとは思えない。
期待に満ちた目でリンニーが口を開く。
「あの虫除けの草を使って、芋虫をどう退治するのかな~? あれ、どこに行くの~?」
「散歩です。御神木をぐるっと一周しようかと」
歩き出したティアナはそのまま返事をした。枝葉から少し外れた場所を木陰に沿って進む。視線は何となく御神木に向けたままだ。他の四人もついてくる。
一人で散歩するつもりだったティアナは苦笑しつつもアルマへと問いかけた。
「アルマ、ビテレ草で燻すと虫ってどんな動きをするのか知っていますか?」
「虫の動き? それは嫌いな臭いなんだからみんな逃げますよ。でも聞きたいのはそういうことじゃないんですよね?」
「臭いを感じ取った瞬間に逃げるのか、それともある程度時間が必要なのか。他にも、さっさと逃げてしまうのか、苦しみながら必死に逃げようとすのかです」
「臭いを感じ取って少ししてから逃げてたと思います。あと、どちらかというと苦しんでたはず。ちょっと記憶が曖昧だから確信は持てないですけど」
「でもビテレ草の臭いを嗅いでも虫は死なないのですよね」
「そうなんですよね。だからただの嫌がらせにしかなりませんよ?」
「ということは、芋虫の行動を誘導できても、退治する決め手にはならないわけね」
ビテレ草の煙が芋虫にとって致死性の毒ならばことは簡単だ。煙を差し向けるだけでよい。しかし、そうではないところに面倒臭さがある。
「タクミ、念のために確認するけど、一度にたくさんの敵をやっつける必殺技なんてないのよね?」
「あるなら僕もほしかった」
「ですよね。それと、剣で殺すのは簡単だったのよね?」
「殺すのはね。でも、一度にたくさんは無理だよ。あと、あんまりたくさんは相手に仕切れないと思う。僕以外は先に体力が尽きると思うし」
「一度にたくさん殺す方法を考えないといけないですね」
恐らく御神木に大量に潜んでいる芋虫を退治するためには、最終的にすべて殺さないといけない。しかし、一匹ずつ殺していくのは現実的ではないため、他の手段が必要だ。
「リンニー、先程みたいに精霊の協力はいつでも得られるのでしょうか?」
「うん、お願いしたら聞いてくれると思うよ。精霊達もこの御神木は大好きだもんね~」
「大好き? 精霊がですか?」
「そうだよ。だって、この御神木の神霊に触れて大きくなる子もいるから、みんなにとっても大切な木なんだよ~」
「ウィンに触れると大きくなっていくと聞いたことがありますけど、あれと同じですか」
「よく知ってるね~! 自分よりも上位の存在から少しずつ力を分けてもらってるの~」
意外なところで疑問だったことがひとつ解決する。
それはともかく、精霊が手伝ってくれることがわかってティアナは安心した。
表情が柔らかくなったティアナを見てエステが声をかけてくる。
「何か良い案でも思いついたの?」
「ええ、そのためにどんな実験をすればいいのかもおおよそ見当がつきました」
「本当に!? どうするの?」
「木陰の下のどこかに円形の壁を作り、その一部分は開放して深い穴に落ちるようにしておきます。ビテレ草は壁に囲まれた中央で燃やして上にいる芋虫を燻し出して、壁は土にビテレ草を練り込んだもので作りましょう」
「穴の中に芋虫を落とそうというわけ?」
「はい。アルマの言葉が正しければ、燻り出された芋虫は苦しんで地面に落ちるはずです。そして精霊の協力で煙の向かう場所を誘導して芋虫を穴へと導き、壁として使っていた土を上から被せて埋めるのです」
四人はティアナの説明を聞いて微妙な表情をした。確かにうまくいきそうな気はするのだが、本当にその通りになるのかまでは確信が持てなかったからだ。
アルマが代表してティアナに尋ねる。
「それでいくのはいいとして、魔法なしで作業するのはかなりきつくないですか?」
「作業に魔法は使いますよ。芋虫に直接魔法を使っても無効化されますけど、罠を作るときに魔法を使っても問題ないはず」
「ああなるほど。穴を掘ったり壁を作ったりする作業には魔法を使うけど、仕掛けそのものには魔法を使わないわけね。やるじゃないですか」
「知恵熱が出そうです」
笑うアルマの横からタクミが質問する。
「壁に使う土にビテレ草を練り込むのはどうして?」
「壁の外に逃げないようにするためです。こうすれば、芋虫がビテレ草から逃げる行動を利用して落とし穴に進んで落ちてくれやすくなるはずです」
「苦し紛れに壁を乗り越えようとされても嫌だもんね。あとは煙の向かう場所の誘導かぁ。うまくいくかなぁ?」
「それはやってみないとわかりません。そのための実験ですから」
最後の言葉にタクミは納得してうなずく。
その様子を見ていたリンニーが若干不安そうな笑顔でティアナに話しかける。
「うまくいくといいね~」
「今回は、まずビテレ草の煙が芋虫に通用するのかが一番の問題点です。この点が確認できれば、後はどうにかなると思いますよ」
虫除けの草が通じるのならば、例え今回の壁と穴が駄目だったとしても何とかなるとティアナは考えている。しかし通じないとなるとまたゼロからやり直しだ。
「ということで、リンニー、エステ、壁と穴を作るために土くれの人形をたくさん作ってくれませんか? 作業者がたくさん必要なんです」
「うん、いいよ! わたし頑張っちゃうからね~!」
「自分のためですものね。あたしもやるわよ」
今まで解決の目処がつかなかった問題に光明が見えたことで、女神二人の表情が明るくなる。
こうして御神木を助けるための活動が本格的に始まった。
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