どんな芋虫?
周囲を山脈に囲まれた盆地の中央に他と比べて圧倒的に高い木が一本立っていた。
もちろん森の外れからも見えるわけだが、エステはその大木を指差しながら説明する。
「さっきリンニーが言ってた御神木っていうのは、あれのことよ。この現世に影響を与えるために私の分身として植え込んだの」
「植物を司る女神とおっしゃっていましたが、その植物を守るためですね」
「他にも荒れ地を森に変えることだってできるわ。つまり、植物にとって都合の良い環境を整えられるってわけ」
「他の場所にもあるのですか?」
「あるけど、さすがに教えられないわよ」
きっぱりと断るエステを見てティアナはうなずいた。精霊の庭自体、本来人間が入れない領域なのだから、御神木の存在も知って良いことではないと推測する。
「それで、その御神木に芋虫が湧いているのですか?」
「そうなのよ! 最初は何かいるなって思っていたら、あいつら急に数を増やしてあたしの体を囓るんだもん! 御神木を囓るって何様よー!」
話しているうちに高ぶってきたらしくエステは興奮した。自分の分身が囓られるという経験はティアナにはもちろんないが、聞いていて気分の良いものではない。
そこでふと気になったことをティアナは尋ねる。
「エステやリンニーも魔法は使えるのですよね? 吹き飛ばすなりなんなりすれば解決するのではありませんか?」
「それができないから苦労してるのよ! あいつら、魔法が一切通じないの! もう意味がわからない!」
「ということは、炎で燃やしたり、風で吹き飛ばすことが全然できないと?」
「そうなのよ! 大体、魔法が通じるなら、あんた達なんかに頼まないもん!」
涙目になりながらエステはティアナに抗議した。困ったティアナがリンニーに顔を向けると、エステを落ち着かせてくれる。
その間にティアナはアルマとタクミの二人に話しかけた。
「聞いての通り、あの大木に取り付いた芋虫は魔法が一切効かないそうです。そうなると人手が必要ですが」
「あの様子だと頭数を揃えるのは期待できそうにないわね。というより、どう対処するつもりなの? そもそもどんな芋虫なのかわからないと対策の立てようがないけど」
「魔法は効かないけど、普通の剣なんかは通じるのかな?」
「そりゃ通じるでしょ。でなきゃあたし達じゃお手上げよ」
「でも一匹ずつ殺していくの? たくさんいたら大変じゃない?」
「まとめて殺せればいいんだけど、いっぺんに魔法で燃やしたりできないみたいだしねぇ。どうしましょ?」
実際に現状を確認していないので、アルマとタクミの会話はあまり実のある話になっていない。しかしそれでも、確認しておいた方が良いことは浮かび上がった。
ティアナは振り向いてリンニーへと質問する。
「芋虫についてですが、魔法は無理でも剣なんかは通じそうですか?」
「小さいのなんかは石で潰したことはありますよ~。あれは気持ち悪かったですぅ」
「小さいの? 大きいのはどのくらいになるのですか?」
「わたし達と同じくらいです。それがたくさん」
その光景を想像してティアナは目眩がした。例え物理的な攻撃が通じたとしても、物量に圧倒される未来しか思い浮かばない。
嫌になる気分を押さえながら、ティアナは更に質問を重ねる。
「その芋虫は御神木の下から上まで満遍なくいるのですか?」
「いるわよ! 全身囓られてもう最悪! 早くしないと枯れちゃう!」
張り詰めた気持ちが緩んだのか、エステが半泣きになりながら返答してきた。
「ともかく、どうなっているのか一度見せてもらえますか?」
「そうね。見なきゃわからないもんね。ついて来て」
大分落ち着いてきたらしいエステが、ため息をついてからティアナ達を御神木へと案内した。
ティアナ達がたどり着いた御神木は近くで見ると巨大だった。立派に成長した枝は遠くまで伸び、葉も大きい。幹に近寄ると全体がわからなくなるくらいだ。
近づくにつれて頂点を見ようと顔を上げ続けると首が痛くなる。
しかし、枝葉の外側から見る限りでは平穏無事に見えた御神木も、木陰に入ると様子が変わった。よく見ると何者かに囓られた枝葉が目立つのだ。
更に、その犯人である芋虫の姿もちらほらと見える。
その様子にティアナは思わずつぶやいた。
「これはひどいですね」
「そうでしょう! あいつら、延々とあたしの体を食べるのよ!」
「あれだけ大きいのもいるとなると、相当たくさん食べるのでしょうね。ところで、この芋虫は羽化したら何になるのですか?」
「え、羽化したら?」
「はい、蝶々とか蛾とかです。成虫したものも駆除しないと、また卵を産み付けられて食べられてしまいますよ?」
話を聞いたエステとリンニーは顔を見合わせた。想像していなかったらしい。
不思議に思ったティアナは更に質問を重ねてみる。
「これだけたくさんの芋虫が湧いたということは、いつかの時点で卵を産み付けられたわけですよね? ということは、過去に何かしらの虫がやって来たと思うのです」
「え、でも、今までそんな虫が寄ってきたことなんてないし、今のだってどんな虫の幼虫なのかなんてわからないわよ。精霊の庭でそんな虫を見かけたことなんてなかったもん」
意外な回答にティアナは眉を寄せた。芋虫が湧いた原因が不明となると、根本的な対策がとれないことになる。
「となると、今回お手伝いするのは、本当にこの芋虫を駆除するだけですね?」
「そうよ。とにかくこれを何とかしたいの」
「芋虫が大量発生したのはいつからですか?」
「この春からよ。以前はこんなこと一度もなかったんだから」
エステの返事にティアナはうなずく。過去に何度もあれば対処方法もわかっているはずなので、そもそもティアナ達に助力を求めることもなかったであろう。
しばらく様子を見て回ったティアナはアルマとタクミに話しかける。
「思ったよりもたくさんいる上に、実際に見ると大きい芋虫は迫力がありますね」
「これ全部を剣で刺し殺していくのは無理なんじゃないかなぁ。そもそも本当に殺せるのか、殺せるとしたらどのくらい手間がかかるのかもわからないし」
「タクミの言う通りね。とりあえず物理的に殺せるかどうかを確認しないといけないけど、魔法を使わずにまとめて殺せる方法を考えないといけないわね」
アルマの言葉にティアナがうなずく。
「そうそう、本当に魔法が通用しないのかも確認しないといけませんね」
思案顔でティアナはつぶやく。リンニーやエステの言葉を信用していないわけではないが、できることはなるべく確認しておいた方が良いからだ。
周囲を見回したティアナはある程度大きい精霊に近寄って自分に憑依させる。その精霊との挨拶を済ませると早速お願いをした。
「あの大きい芋虫に土の槍を刺して」
『ワカッタ。刺ス』
葉を囓っている芋虫をティアナが指差すと、地面から先の尖った土の塊が飛び出した。そしてすぐに勢いよく芋虫にぶつかるが、接触した端から元の土くれに戻ってしまう。
攻撃をまったく気にすることなく葉を食べ続ける芋虫を見ながらティアナがため息をついた。
「魔法を分解する成分でも体の表面にあるのかしら?」
憑依させていた精霊を解放すると、ティアナは眉を寄せてどうしたものかと考える。
そんなティアナに対して、様子を見ていたリンニーとエステが驚く。
「ティアナは魔法が使えるんですね~」
「指摘するところが違うでしょ!? ねぇ、あんた今、精霊に何かしたの?」
何を驚かれているのか一瞬わからなかったティアナだったが、自分の体質について何も教えていないことを思い出す。
「実は私、幽霊や精霊を自分の体に憑依させて、その力を使うことができるのです。今のは精霊に憑依してもらって魔法を使いました」
「何それ!? そんな体質なんて聞いたことないわよ! 普通憑依された乗っ取られるでしょう! しかも幽霊だけじゃなくて精霊もなんて!」
「珍しいわね~」
「リンニーはのんきすぎ! 何の代償もなしにそんなことができるなら、強大な霊魂を憑依させたら好き放題できるじゃないの!」
「ただし、能力を引き出すほどに憑依させた方の影響が大きくでますよ」
「中途半端な欠点ね」
「あともうひとつ。憑依する幽霊や精霊は私が選べて、都合が悪ければ強制排除できます」
「それじゃ、悪霊に乗っ取られるなんてことはないってわけ?」
「今のところはありません」
「何その都合の良い体質。便利すぎじゃない!」
興奮するエステに色々と言われるが、この体質であまり良い経験をしたことがないので実感が湧かない。
「でも、この体質のおかげでウィンを助けることができましたよ?」
「え、助ける?」
「以前、ウィンは石の中に閉じ込められていて、私のこの体質を利用して救い出したのです。それ以来、ここに来るまでの間のウィンは、ほとんど私の中で過ごしていました」
更に経緯を説明するとエステは頭を抱える。
「あのおバカ、迷子になってたんじゃなくて、捕らえられていたなんて!」
「でもそれを助けてくれたんですよね~。ありがとう~」
黙っていたリンニーが口を挟むと、エステは盛大にため息をついた。
そんな二人から目を離してティアナはタクミへと声をかける。
「タクミ、一度木を上って小さい芋虫と大きい芋虫を剣で殺せるか確認して」
「やっぱりそうなるよね」
嫌そうな顔をするタクミだったが、頼まれた内容はあらかじめ予想していたらしく、肩を落としながら御神木の幹へと向かった。
ゆっくりと上りながら一番低く太い枝に立ったタクミは、そのまま枝の中程にいる大きな芋虫に向かって歩く。見上げるティアナ達からは不快な表情を浮かべているのが見えた。
剣を抜いたタクミは、そのまま歩いて大きな芋虫に近づくと無防備な体を切りつける。
「あれ?」
眉を寄せてタクミが驚いた。どんな魔法も無効にすると聞いていたのでどれだけ強いのかと思っていたら、簡単にその体を切れたからだ。
背後から体を斜めに切られた芋虫は、金切り声を上げてその体をのたうち回らせる。体液を吹き出しながら半ばまで切断された後部に引きずられるように地面へと落ちた。
近くに落ちてきた大きな芋虫を警戒しながら後退したティアナ達に代わって、地面に降りてきたタクミが近づいてとどめを刺す。
「終わったよ。嘘みたいに簡単に切れた」
「みたいですね。何かわかったことはありますか?」
「大きいだけで普通の芋虫だと思う。小さい方は踏み潰せるから、魔法が効かないという特徴がある芋虫ってことになるかなぁ」
剣に付いた体液を振り払って鞘に収めたタクミは、大きな芋虫の死骸を見ながら答える。
どうしてこんな特性を芋虫が持っているのかは不明だが、とりあえずティアナが知りたいことはわかった。
「物理的に殺すのは簡単だけど、とにかく数が多いのは厄介ですよね」
「改めて思ったけど、一匹ずつ剣で殺していくのは現実的じゃないよ。まとめて殺す方法はないかな?」
「魔法を使わずに、ですよね。この世界に殺虫剤なんかがあればいいのに」
「だったら、燻してこの御神木から追い払うってのはどうかしら?」
ティアナとタクミが首をかしげていると、アルマが提案をしてきた。二人の視線がアルマへと向けられる。
「ビテレ草っていう虫除けの草があるんだけど、あれで燻すと大抵の虫は逃げていくわよ。ほら、実家にいたとき、夏の間よくやってたでしょ?」
「あーあれですか! 煙たくてたまりませんでしたよ、あれは」
虫が湧きやすい夏になると、毎日部屋で虫除けのために燻していた記憶がティアナの脳裏に蘇る。確かにその後半日以上は虫が寄ってこなかった。
そこまで思い出したティアナだったが、ふと首をかしげる。
「でも、あれは虫除けですよね? 燻し出された芋虫はその後どこへいくのでしょう?」
「それは」
森に移動するのか、それとも頃合いを見て御神木に戻ってくるのか。どちらにせよ厄介なことに違いない。
黙った二人に対してタクミが話しかける。
「どこかに追い立てて、そこでまとめて殺すのはどう? 具体的にどうすればいいのかまでは思いつかないけど」
「虫除けの草で御神木から燻し出して、その後は特定の場所に追い立ててまとめて殺すわけですか。基本方針としては、それでいいですね」
まとめて殺す方法はまだ思いつかないものの、大枠としては問題ないとティアナは考えた。リンニーとエステへ目を向けると二人もうなずく。
「そうですね。それが良いと思います~」
「森に逃げられても厄介だしね。ここで全部やっつけておくべきだわ」
同意を得られたティアナはこの方針で芋虫駆除をすることに決めた。
次は具体的にどんな方法で芋虫を追い詰めるかを考える必要がある。
そのためにティアナ達は一旦御神木から離れることにした。
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