お互いの要求
しばらくエステの頭を撫でていたリンニーは満足すると手を離してティアナとアルマに顔を向けた。
「もう一人の男の子ってどこにいるのかな~?」
「森の外れです。私達が夕飯の材料を採っている間、荷物番をしてもらっています」
「食べる物は持ってきていないの? 一日でここまで来たわけではないでしょう?」
「あることにはあるのですが、同じ物ばかりだと飽きるので森で山菜採りをしていました」
「そう言えば、人間って毎日何か食べないといけないんでしたよね~」
話を聞いたリンニーは久しぶりに思い出したとばかりにうなずいた。隣にいるエステは不機嫌な様子がかなり薄れてきている。
「それじゃ、その男の子を連れてきなさいよ」
「エステ、どうせならみんなで一緒に男の子のところへ行かない~?」
「え? どうしてよ?」
「だってそっちの方が早いじゃないの~」
確かに誰がタクミを呼んで戻ってくるよりも、皆でタクミの元に行く方が早い。しかし、エステはリンニーがそれを提案するとは思っていなかったので驚く。
「ほら、みんなでお話しながら行きましょうよ~」
「単に話し相手がほしかっただけじゃない。ああもうわかったわよ。ほら、案内して」
リンニーにせがまれたエステは早々に降参してティアナ達に声をかけた。
一瞬顔を見合わせた二人はうなずいて先を歩く。上機嫌なリンニーと微妙な表情のエステがその後に続いた。
摘んだ山菜を手にしながら歩くティアナ達に早速リンニーが話しかけてくる。
「ねぇねぇ、あなた達ってどこから来たの~?」
「ここからかなり遠くの場所です。西に向かって馬車で二ヵ月以上かかります」
「あ~馬を使った乗り物ですよね~。確かに遠いな~」
「ウィンクルムってそんなところにまで行ってたの? 迷子になるくらいなら遠出なんてしなきゃいいのに」
話を聞いていたエステが口を挟んでくる。リンニーに呆れていたが話をしたいのはこの美少女も同じなようだ。
笑顔のリンニーは楽しそうにティアナへと問いを続ける。
「ウィンクルムをここまで連れて来るために旅をしてたのかな~?」
「実を言うと目的はいくつかあって、ウィンを連れて帰るのはそのうちの一つでした」
「他の目的ってな~に?」
言えば当然質問されるのに、うっかり仄めかしてしまったティアナは思わずアルマへ顔を向ける。もちろんティアナに見つめられてもアルマはどうしようもない。
「自分のことなんだから自分で決めなさいよ。それに、どうせウィンにも話してるんだし、別にいいんじゃないの?」
アルマの言葉で旅をする仲間には教えていたことをティアナは思い出す。例え自分が黙っていたとしても、尋ねられればウィンは答えるだろうことは予想できた。
気が軽くなったティアナはリンニーに顔を向けなおした。
「実は、目的は二つあります」
「どんな目的なの?」
「私は男になる方法を探していて、タクミは元の世界に帰る方法を探しているのです」
話を聞いたリンニーは困ったような笑顔を浮かべて首をひねり、エステは眉をひそめて不審げにティアナへ目を向けた。
しばらく間が空いた後、リンニーが問いかけてくる。
「えーっと、ティアナは男になりたいの? どうして?」
「実は私、前世の記憶がありまして、そのせいで自分が女だって思えないのです。特に男とその、子供を作る行為なんかをするところを想像すると、どうしても無理で」
「うわぁ、それは大変ね~」
表情から笑顔が消えて心配そうにティアナを見るリンニーは同情する。
一方で、エステは呆れた様子で言葉を投げかけた。
「この世界に女として生まれたんだから、そうやって生きていくしかないでしょう?」
「それでも、方法があるのならと探しているところなのです」
「また無駄なことを」
「ちょっとエステ、かわいそうだよ~」
「そんなこと言ったってしょうがないじゃない。与えられた生をまっとうすべきよ」
眉をひそめたリンニーがたしなめるが、エステはぷいと横を向いて応じない。
何となく気まずい雰囲気となったので、リンニーは明るく振る舞ってティアナに再び問いかける。
「えっとそれで、タクミっていう男の子は元の世界に戻りたいって言ってたわね。つまり、元々ここの世界の人間じゃないっていうことかな~?」
「はい。本人もよくわからないままこちらに迷い込んだそうで、どうにか帰る方法がないか探しているところです」
「迷い人か~。たまにいるよね~、そういう人間」
「まだこっちの方が真っ当な願いね。どちらにしてもかなり難しいけど」
ため息をついて言葉を切ったリンニーに対して、余計な一言を付け足しつつエステが感想を漏らした。
二人の言葉を聞いたティアナが問い返す。
「たまにとはいえ、世界を転移してくる人がいるのですか?」
「いるよ~。こっちの世界から別の世界に行っちゃったり、その逆とかね~」
「そういうときは、どうされているのです?」
「何もしないよ~。だって、事故に遭う度に人間を助けるわけにはいかないもの~。普通は迷い込んだ先の世界で生きることになるわね~」
世界を転移するという現象は女神にとってはありふれた事故の一つだとティアナはこのとき知った。残酷な話に聞こえるが、これを責めてもどうにもならないので我慢する。
それよりも、もう一つきになることがあったのでそちらの話を聞くことにした。
「エステ様の話ですと、元の世界に戻ることはかなり難しいということでしたが、不可能ではないのですか?」
「期待してるようだけど、人の身でどうにかできることじゃないわよ? 元の世界とのつながりが必須な上に、膨大な魔力が必要なんだから」
諭すように返答してくれたエステの話を聞いてティアナとアルマは顔を合わせる。難易度は高くても実現可能だということがわかっただけでも大したものだ。
ティアナとアルマの表情はわずかに明るくなる。道は険しくともたどり着ける先があるのならまだ希望は持てた。
そんな二人の様子を見ていたリンニーは、ふと気付いたことをアルマに尋ねる。
「あなたの希望は旅の目的にはなかったけど、何かあるの~?」
「え、あたしですか?」
まさか話が振られるとは思わなかったアルマは目を白黒させて返事をした。一瞬言い淀んだが、口を開く。
「あたしの望みは大したことないですよ? お金持ちの男と結婚して楽に生きるってことですから」
「あー、うーん、そっか~。あははは」
「なんかいきなり普通になったわね」
女神二人に微妙な態度をとられたアルマは少し拗ねる。予想できた反応とはいえ、面白くなかったからだ。
話題のせいもあって今ひとつ話が盛り上がらない四人だったが、それでも話をしつつタクミのいるところへと向かった。
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森の外れで全員が合流するとティアナはタクミにリンニーとエステを紹介した。まさか山菜を採りに行って女神を連れてくるとは思っていなかったタクミは驚く。
しかし、そんなタクミの態度を無視してエステが口を開いた。
「これで三人全員が揃ったのよね。それじゃお帰り願おうかしら」
「それは構いませんが、最後にウィンへ挨拶したいので呼んでいただけませんか?」
ティアナにお願いされたエステは目を丸くすると、すぐに顔をしかめる。そして、リンニーへと目を向けた。
「ねぇ、ウィンクルムってこっちに呼べる?」
「今呼んでるけど、全然反応してくれないわ~。帰ってこれたのが余程嬉しいのね~」
「あの子はいつもこうようね。こっちの言うことなんて全然聞かないんだから!」
間延びした調子で返答されたエステが憮然とした。
沈黙が辺りに広がる。挨拶するだけならすぐに済むことだが、その挨拶ができないというのは全員にとって想定外だった。
「まさかこんなことになるとは思わなかったわ。ただでさえ虫の駆除で忙しいのに!」
「虫の駆除ですか?」
「そうなのよ~。エステの御神木に大きな芋虫がたくさん取り付いていて、色んな所を囓ってるのよ~」
「あ、こら! そんなこと言わないの!」
「え~どうして~? 自分から言い出したのに~」
的確に反論されたエステが言葉に詰まる。口を尖らせて不満そうな態度を見せた。
そんなエステにお構いなく、リンニーは名案とばかりにティアナ達へ提案する。
「そうだ! ティアナ、ウィンクルムを待っている間だけ、芋虫を取り除く手伝いをしてくれないかな~?」
「私達にできることなんですか?」
「ちょっとリンニー、何言ってるのよ!? 人間になんてできるはずないでしょう!」
「やってみなければわからないじゃない。まずは手伝ってもらおうよ~。わたし、もうどうしていいのかわからないもん~」
相談もなしに提案したエステはリンニーに文句を言っているが、そのリンニーはお手上げだと言って反論する。
女神二人が困っているという問題に腰が引けそうになるが、ウィンの知り合いらしい二人を助けたいとティアナは思う。
「私達でできることならお手伝いしますよ」
「本当に!? やった~!」
「あんたも安請け合いしちゃダメでしょう! 簡単なことじゃないのよ!?」
「そうはいっても、ウィンを待っている間はどうせ手持ち無沙汰ですし、それならお二人をお手伝いしても良いと考えたのです」
「そうようね~。みんな仲良く助け合わないといけないわよね~!」
「リンニーもなに調子の良いこと言ってんのよ」
すんなりと話がまとまったことに抗議するエステだったが、リンニーもティアナも態度は変えなかった。
一方、話を聞いているだけだったアルマとタクミは顔を見合わせる。
「アルマ、ウィンっていつこっちに顔を見せるかわかる?」
「わかるわけないでしょ。ウィンって気分屋なところがあるから、下手をすると何日も来ないかもしれないわよ」
「だよね。それに、芋虫の駆除をしてる間にウィンが戻ってきたらどうするんだろう?」
「どうするって、途中で投げ出すわけにはいかないでしょ。後味が悪すぎるもの」
「ということは、最後までやるってことでいいんだね」
アルマが自分と似たような考えだったことにタクミは安心する。女神の手助けをすること自体に否はないのでティアナの決断に文句はない。
そんな二人を見ていたリンニーが満面の笑みで近寄って来た。
「二人ともありがとう! わたしとっても嬉しい~!」
「うわ!? 驚いた。いきなりだなぁ」
「賛成してくれる方にはちゃんとお礼を言わないといけないですから~!」
「随分親しみやすい女神様ですね。あたしもっと近寄りがたいと思っていましたよ」
「えへへ、わたし慈愛を司ってるから~!」
のけぞったタクミを面白そうに見ていたかと思えば、つぶやくように声をかけてきたアルマに返答するなど、リンニーは一人ずつ律儀に反応する。
それを見ていたティアナがエステに尋ねた。
「エステ様、リンニー様っていつもあのような調子なのですか?」
「そうよ。本人は親しみやすさを演出しているんだって言ってるけど、あれ素だから。それと、様はいらないわよ。別に私の信者でもないでしょう?」
「ありがとうございます、エステ」
「まぁ、手伝ってくれるっていうのなら、しっかり働いてもらうからね。さっきも言ったけど、かなり面倒な相手だから、覚悟しておきなさいよ」
「わかりました」
リンニーにからかわれて慌てるタクミや接し方に戸惑っているアルマを見ながら、ティアナとエステが言葉を交わす。
未だにいくらか渋い表情を浮かべるエステであったが、もうティアナ達に対して拒絶一辺倒という態度ではなくなっていた。
女神二人が駆除に困っているという芋虫がどんなものかはまだわからないが、ことは簡単に運ばないことは経験から予想するティアナだった。
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