鳥さんのお友達

 ようやく約束を果たせたティアナ達は、ウィンが落ち着くまで会話ができる人物を探すことにした。


 三人が歩き始めると辺りに漂っている球体の精霊と頻繁にぶつかる。ただし、物理的に存在しない精霊は三人が触れても素通りするだけだ。


 ティアナの後ろを歩くアルマとタクミが珍しがった。


「触っても何も感じないわね。ウィンみたいに話もしないし」


「ティアナはこの丸い精霊と話はできるの?」


「憑依させたら一応は。ただ、小さい奴はこっちの言葉をオウム返しにするだけだけどな」


 以前、実際に試したときのことを思い浮かべながらティアナは説明した。そして、自分には見える小指くらいの小さな精霊はもしかしたら見えていないのではとも思う。


 道のない草原を三人は歩く。どこを探せばいいのかなどわからないので、とりあえず一番近い川を目指した。


 そばまで寄った川は大きくはない。水量も足首辺りまでなので向こう岸に渡るのも簡単だ。また、水面に顔を寄せたが魚は泳いでいなかった。


 今度は川下に足を向ける。


 しばらく歩いているとアルマがティアナに声をかけた。


「今晩はどこで休むの? まだ時間はあるけどまさか草原のど真ん中じゃないわよね? 風雨にに晒されて逃げ場なし、なんて嫌よ」


「わかってる。この先の池を見たら今度は森に行こう。今日の野営地はそこだ」


「でも水はどうするのよ? 今までウィンにもらってたわよね」


「しまった。忘れてた」


 思わず足を止めてティアナが呻く。


 三人とも手持ちの水袋に入っている分しか水は持っていない。今まではウィンに魔法で水を出してもらっていたからだ。それができない今はかなり厳しい状態である。


 ならば川の水を汲めばともティアナは一瞬思うが、大量に持ち運べる容器がない。装備に偏りがあることは承知していたものの、こんな問題が起きるとは誰も思っていなかった。


 どうしたものかと頭を抱えたティアナだったが、かつてこの丸い精霊達に助けられたことを思い出す。あのときは傷ついた自分を魔法で癒やしてくれた。


「もしかしたらどうにかなるかもしれない」


「ほんとに?」


 アルマの言葉を無視して、漂っているある程度の大きさの精霊に触れると憑依させる。


「こんにちは。私はティアナです。ウィンクルムを知っていますか?」


『コンニチハ。うぃんくるむ知ッテイル。今、飛ビ回ッテイル』


「私はウィンクルムの友達なのですが、水がなくて困っています。この手のひらから出してくれますか?」


『ワカッタ。出ス』


 話し終えたティアナは手を前に突き出す。すると、すぐに手のひらから水がこぼれ落ちてきた。それを見てアルマとタクミが驚く。


「そっか、あんた精霊を憑依させたのね! やるじゃない!」


「これで水の問題は解決したね!」


「よかった。ちゃんと話が通じた」


 試みが成功したティアナは精霊の憑依を解いて肩の力を抜く。


 当面の目的地だった池にはすぐに着いた。水際は泥濘になっているので近づけないが、見た目はどこにでもあるような池だ。


 水面を見ながらタクミが肩を落とす。


「魚はいなさそうだなぁ。釣れたらご飯にできたのに」


「釣りの道具なんて持って来ていないわよ。それに、この泥濘じゃこれ以上は進めないから、そもそも釣りなんてできそうにないわね」


「そうなんだけどね。たまには違うご飯も食べたいよ。さすがに干し肉ばっかりはなぁ」


 その気持ちは嫌というほどよくわかるアルマは苦笑した。


 丸い精霊が浮いている以外は特に何もない池を後にしてティアナ達は森へと向かう。


 名前も知らない森は池と同様に特徴がなかった。やはりあちこちに精霊が浮いている位しか通常の森との違いは見当たらない。


 何か変化があることを期待したティアナは肩を落としたが、逆にアルマは安堵の表情を浮かべる。


「こっちも何の変哲もない森っぽいな」


「それならそれで構わないわ。むしろ都合が良いじゃない。あたし達が知ってる植物が生えている可能性が高いから、食べられるものが採れるかもしれないわよ」


「それは全然考えてなかったなぁ」


 たくましく生きている者の発想を目の当たりにしてティアナは感心した。こういった面では自分はまだまだ世間知らずだと思い知る。


 二人の会話を聞いていたタクミが声をかけてきた。


「ここに荷物を下ろして、森で食べられる物でも探すの? 今から始めたら時間はあると思うけど」


「そうだな。まずは食べられる物があるのか確認しよう。この周囲の本格的な探索は明日からだな」


「荷物番はタクミがしてちょうだい」


「え、僕が? ティアナじゃないの?」


「タクミって植物の見分けがつく? お嬢様も大概だけど、あんたそれ以下でしょ?」


 指摘されたタクミが言葉に詰まる。確かに森で食べ物を探すという経験はない。こちらの世界に来てからは町で生活していたし、その前は自然に触れること自体が珍しかった。


「あーうん、わかった。荷物番をするね」


「食べる物の確保は最優先課題だから、こればっかりは諦めてちょうだい。たくさん採れることがわかったら、タクミにも手伝ってもらうわ」


 話し合いが終わった三人は背負っていた背嚢を下ろすと、近くの木の根元にまとめて置いた。タクミはその脇に立つ。


 肩をほぐしたティアナが二人に声をかけた。


「タクミ、野生の動物には気をつけてくれ。大概ならどうにかなると思うけど、危ないと思ったら逃げるんだぞ。アルマ、行こうか」


「はいはい。この際食べられる物をしっかり覚えてもらいますからね」


「優しく教えてくれるとうれしいな」


「それは物覚えの善し悪しにかかってくるわね。変な物を採ってきたら説教なんだから」


 思った以上に厳しい指導を受けそうな未来を予想したティアナの顔が引きつる。


 楽しそうに笑う歩くアルマに急かされながら、ティアナは森の奥へと入っていった。


-----


 背の高い木に葉が生い茂っているせいで森の中は薄暗い。しかし、ところどころから木洩れ日が差し込んでいることもあって気味悪さは感じられなかった。


 そんな森の中を歩きながらティアナとアルマがぽつぽつと山菜を採っていく。葉物、茸、果物と小ぶりながら豊富だ。


「随分と豊かな森ね。ちょっと歩いただけでこんなに採れるとは思わなかったわ」


「今のところ俺でも見分けられる植物ばかりで助かった。これなら判定が難しいやつは避けても充分に収穫できる」


「あんまり教え甲斐がないわよね」


「楽でいいだろ。あ、さてはお前、俺をいじめる気だったな?」


「これもおいしそうね。採っておきましょ」


 細めた目を向けられたアルマが体ごとティアナの視線から外れた。


 予想のできた態度に、ため息をついたティアナは諦めて従う。


 そうやって二人が楽しく山菜採りをしていると突然声をかけられた。


「どうしてここに人間なんかがいるの!? あんた達、一体どうやってここに入ってきたのよ!」


 二人が振り向くと、白い一枚布を体にゆったりと巻き付けた服装の美少女が腰に手を当てて睨んでいる。腰まで伸びた栗色の髪、白い肌、メリハリのある立派な体つきだ。


 怒られている理由がさっぱりわからないティアナとアルマは顔を見合わせた。


 困惑している二人の様子など無視して突然現れた美少女がつぶやく。


「結界に綻びがある様子はなかったし、クストスだって健在なのに。もしかして、あたし達の知らない道でもあるのかしら?」


 思案中の様子を見てティアナとアルマは話しかけて良いのか迷った。そうして黙ったままでいると、再びティアナ達へ意識を向けてきた美少女が詰問してくる。


「なんで黙ったままなのよ。早く答えなさい」


「どちら様でしょうか?」


 相手にどのような事情があるにせよ、ティアナ達からすればいきなり喧嘩腰で誰何された格好だ。まずは相手が誰なのか知りたいと思うのは当然だろう。


 対する美少女の方はティアナの問いかけに言葉を詰まらせる。礼を失する態度だということに気付いたようで、咳払いした後に名乗り出た。


「あたしはエステ、植物を司る女神よ。この精霊の庭にある森はすべてあたしの配下なの。そこへいきなりよそ者のあんた達が入ってきたから、こうして誰何してるってわけ」


 背丈の割に立派な胸を反らせて名乗ったエステにどう対応しようか一瞬迷ったティアナだったが、まずは名乗り返すことにする。


「私はティアナと申します。隣にいるのはメイドのアルマです。ここへやって来たのは、友人のウィン、ええっと、ウィンクルムを連れ帰ってきたからです」


「え、あの子帰ってきたの!? どこにいるのよ?」


「恐らく今は空を飛び回っていると思います。しばらくしても戻ってくる様子ではなかったので、この辺り一帯を歩き回っていました」


 事情を聞いたエステが思わず顔を上に向けた。ティアナ達の釣られて上へ視線を向けるが、生い茂る葉に遮られて空はほぼ見えない。


 少し間を空けてからエステは肩を落としてため息をつく。


「空に浮いてる精霊が騒いでるわね。それに、懐かしい気配もしてる。どうも本当のようね。信じられないけど」


 機嫌を直したエステは腕を組んで難しい顔をする。


 何を悩んでいるのかティアナ達にはわからなかったが、どう声をかけて良いのかわからないので一緒に黙った。


 そんな沈黙が訪れた三人に外から別人の声がかけられた。エステと同じ白い一枚布を体にゆったりと巻き付けた服装の美女だ。


「あー、エステ見つけた~! もういきなり消えるから驚いたわよ~。あれ、人間? 珍しいわね~。エステの知り合い~?」


「そんなわけないでしょ。知り合いの人間なんてとっくの昔にみんな死んでるわよ。こいつらは侵入者、じゃないわね。えっと、ウィンクルムを連れ帰ってきた人間よ」


「ええ!? あの子帰ってきたんだ~! どこにいるの~?」


「どうも空を飛び回っているみたいね。気配を感じない?」


「う~ん、えっと。あ、本当だ! 元気そうね~」


 肩まで伸びた少し波打った金髪、翡翠色の瞳、白い肌、ほっそりとした体つきの美女は、上を向きながらはしゃいでいる。


 声をかけても良いのかティアナ達が迷っていると、エステが声をかけてきた。


「今はしゃいでるのがリンニー、慈愛を司る女神よ」


「は~い、リンニーで~す! ウィンクルムを連れ帰ってきてくれたんですってね。ありがと~!」


 はしゃぎ終わったらしいリンニーが、エステに続いて明るく声をかけてきた。どうやら脳天気な性格のようだが、それだけに慈愛を司るというのも納得できる。


 全員の自己紹介が終わったところでリンニーが更にティアナへと語りかけた。


「それにしても、よくここに入れたね~。迷いの霧とクストスのところって、どうやって通ってきたの~?」


「あの霧のことでしたら、ウィンに案内してもらいました。クストスという竜は私達三人、ああもう一人タクミという男の子がいるんですけど、こちらに入ることは反対していました。ウィンが説得してくれて、最後は呆れて見逃してもらえましたが」


「ああもうあいつ、根負けしちゃダメでしょうに」


 経緯を聞いたエステはため息をついて呆れた。


 そんな友人に構うことなくリンニーはにこにこと笑いながら更にティアナへと問いかける。


「それで、ウィンクルムを帰すっていう目的は果たしたのよね~? これからどうするのかな~?」


「もちろん帰りますけど、私達だけではこの山脈を踏破するのは難しいので、ウィンと相談しようと思ってます。来るときはウィン頼みでしたので」


「あ~そうよね~。やっぱり人間には山を越えるのは無理よね~」


「山の麓で別れたら良かったのよ。ここまで着いてくる必要なんてなかったじゃない」


 困り顔で同情してくれるリンニーに対してエステの意見は厳しい。


「でも、ここまで来ちゃったのは仕方ないわよね~。ウィンクルムを連れて帰ってくれた恩もあるんだし、帰りのお手伝いをしてあげましょうよ~」


「なんであたしがそんなことを」


「お友達を助けてもらったんだから、恩返しをしなきゃ~」


 笑顔で諭してくるリンニーにエステが言葉を詰まらせた。自分が何かをしてもらったわけではないが、ウィンのことについて恩を感じているらしく黙り込む。


 やがて盛大なため息をついた後にエステはティアナを睨んだ。


「仕方ないわね。リンニーもこう言ってるから手伝ってあげるわよ!」


「わー、エステは偉いね~」


「子供扱いするなぁ!」


 頭を撫でながらのんびりとした口調で褒めるリンニーにエステが抗議する。しかし、自分を撫でているリンニーの手を払いのけようとはしなかった。

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