第4章エピローグ
崩れ落ちる巨大な人型の土くれからティアナが逃れて間もなく、多数の王都の官憲がやって来た。抵抗することはおろか、逃げる気力もなかったティアナ達も拘束される。
一方の当事者として尋問を受けたティアナ達だったが、三人揃って供述する内容について頭を悩ませた。マリーとの密会の理由を簡単に話すわけにはいかなかったからだ。
黙っていると当然官憲から怪しまれてしまい、追求が厳しくなる。ところが、拘束された三日後に突然解放された。可能な限り早急にアーベント王国を去るという条件で。
ようやく宿に戻れたティアナ達は客室に着くとぐったりとする。
「あ~やっと解放されたぁ」
女であることをかなぐり捨てたティアナが男の口調で思い切り思いを吐き出した。とても外部の人間に見せられない態度である。
それに同調する形でタクミも言葉を漏らした。
「延々と同じ質問を繰り返されるのはもう嫌だよ。あれ、結構堪えるよね」
「お手洗いになかなか行かせてもらえなかったのが、あたしはきつかったわ」
続いてアルマが膀胱炎になるかと思ったと文句を重ねる。
総じて官憲への印象は悪くなっていた。
ひとしきり愚痴を漏らし合った後、ティアナが王宮からの使者との会見を思い出す。
「それにしても、マリーを引き取りに来たついでとはいえ、よく俺と会見したもんだなぁ」
「そんなに不思議なことなの?」
「だって秘密裏の調査に使ってた末端の駒だぞ、俺達って。普通こういうときは切り捨てられるもんだろ」
嫌そうな顔をしながらタクミが黙る。
次いでアルマがティアナに問いかけてきた。
「それじゃどうしてあんたに会ったのよ?」
「どうも俺の後ろ盾が気になったらしいぞ。以前、マリーに俺の身分が保証されていることを証明したけど、あれが効いたらしい」
「あーあれねぇ。こんなことにも役に立つんだ」
感心しているアルマの正面で、ティアナは使者と会見したときのことを思い出す。
あのときに、今回の出来事を口外しないことと可及的速やかに国外を去ることを要請されたので、こちらの滞在費を負担するように交渉したことがティアナの脳裏に蘇った。
話を聞いていたタクミが不満そうに口を開く。
「だったら最初から僕達を使わなきゃいいのに」
「ここまでことが大きくなるとは思っていなかったってさ。あの馬鹿でかい土くれ人形は、やっぱり屋敷の外からも見えて騒ぎになってたからな」
自分達が連行されるときことをティアナが思い返す。あのときは疲れ果てていて周囲を気にしていなかったが、割と人だかりができていたことに改めて気付いた。
ティアナの話の中に出てきた知り合いが気になったアルマが、そのことについて尋ねる。
「今マリーって言ったけど、あの人大丈夫だったの?」
「体には傷はついていないらしいから、そういう意味では無事だって聞いた」
「何か遠回しな言い方ね。ということは精神的には何かあったの?」
「衝撃を受けすぎて今も心神喪失状態らしい。王宮の侍女を辞して実家に返るって聞いた」
「うわ、実質使い捨てじゃない。ひどいわね」
嫌そうに顔をしかめたアルマが王宮の対応を非難する。自分達に高圧的な人物だったが、さすがにその処分は受け入れがたいようだ。
マリーの処遇で思い出したアルマは更に質問を重ねる。
「ヨーゼフとカミルはどうなったの? 確かあたし達と一緒に連れて行かれたわよね」
「官憲からは何も聞いていないのか?」
「あたし達みたいな平民なんてまともに相手してくれないわよ」
「そうなんだ。使者と官憲の話をまとめると、ヨーゼフは王都で騒乱を起こした罪で投獄されて、カミルはダンケルマイヤー侯爵預かりになるって聞いてる」
「扱いが違うの?」
「カミルはダンケルマイヤー侯爵の部下だから処分はそっちで下すことが筋だけど、ヨーゼフは侯爵の支援を受けているだけの部外者だから官憲側で裁くのが筋だそうだ」
「さすがに外部に知られるようなことをしたら庇いきれないわけね」
「国王の一派も罪人を裁かないと格好がつかないっていう政治的な取り引きもあったらしいけどな」
「うわぁ」
「今の話を聞いたら、俺達だって紙一重だったんだなってよくわかるよ」
権力闘争などろくなものではないと前から知っていたティアナだったが、今回の件で改めてそれが身に染みた。
今回のことを一通り話し終えたティアナは、ふと思い立った疑問を独りごちる。
「書状の威光ってどこまで通用するんだろうな?」
「どうかしらねぇ。アーベント王国では通じたけど、ここから先はわからないわ」
「国にいたときに教え込まれた国名を思い出すと、ここから先は怪しいんだよなぁ」
かつて家庭教師から自国内はもちろん、他国の貴族の家名や人名を色々と教え込まれた。もちろん関わりの強弱で変化するものなので、遠方の貴族ほど知っている数は減る。
これは相手の地域も同じだ。これから先の国々にとってティアナの祖国はよくわからない国となる。そこで書状がどれだけ通じるのかは行ってみないとわからない。
なんとなく不安に思っていたことをティアナは口にする。
「もし書状の威光が通じないとなると、俺達はちょっと上品な旅人になるんだよな。平民になっても平気だと思ってたけど、いざその可能性が出てきたらやっぱり不安だな」
「身分は気にしてなかったわね、あたし。それよりお金の方だわ。戦ったり交渉したりするときに入り用になることもあるだろうから、行けるところには限界はあるのよね」
一芸を身に付けていればそれで糧を得ることもできるだろうが、残念ながらティアナにはない。これがいずれ旅先を決めるのに足枷になるのではとティアナは考えている。
「そうなると、霊峰のあるところにどのくらいでたどり着くのか気になってくるよな」
「結局、はっきりとわからないものね。それが不安だわ」
今までは、次の目的地とその距離がわかっていた。しかし、今回はざっくりとした助言を元に行動しているので、正確な目的地と距離がわからないままだ。
重要なことに気付いたタクミがアルマへと質問する。
「お金は足りるんだよね?」
「現金でだと、今の状態を維持するなら半年くらいは大丈夫よ」
「え、現金以外にもあるの?」
「もちろんよ。重たい貨幣なんて持てる量が限られるでしょ」
「ちなみに、どんなものがあるの?」
「宝石類や貴金属類、あとはラムペ商会発行の小切手ね」
「小切手? そんなのまであるんだ」
「ただし、使い時は結構難しいわね。ラムペ商会と取り引きしているところか、商会の威光が通じるところだけだから、あまり使える機会は多くないわ」
旅の行方によってはラムペ商会の商圏から外れることも想定しているので、そのための用意もアルマはしていた。例えば、王女や公爵令嬢の書状が通用するときは貴族から支援してもらうことや、書状も小切手も通用しないときは宝石や貴金属を使うなどである。
話を聞いたタクミは感心した。
「僕なんて全然考えてなかった。そっか、場所によっては使えないこともあるんだね」
「馬車で一ヵ月や二ヵ月くらいの場所なら、どうにかなるはずよ。叡智の塔で小切手が通用したのは助かったわ。あの額を現金で支払うのは厳しいもの」
ブルクハルトからの請求額を聞いた当時の三人は一瞬固まったが、アルマはすぐに立ち直って支払い方法を交渉していたのだ。あのときのことを思い出してアルマは苦笑いする。
アルマの説明を聞いて安心したタクミは霊峰について思いを馳せる。
「神様や精霊が住むところってどんなところだろうね?」
「うーん、自然溢れるところだと思うけど、ぶっちゃけ自然しかなさそうだよな」
「あはは! 確かに言われてみるとそうだね。でもほら、ギリシャにある神殿みたいなのはありそうじゃない?」
「あ~そんな気がしてきた。あったとしたら、誰が作ったんだろうな?」
「魔法で作ったんじゃないのかなぁ」
話に乗ったティアナがタクミとあれこれ想像する。
それを見ていたアルマが一言漏らした。
「そんなに気になるんなら、ウィンに聞いてみたら?」
「おお、そうだったな! ウィン、お前の故郷ってどんなところだったんだ?」
『え? どんなところって、いっぱい仲間がいたよ』
「いやそうじゃなくて、周りの風景はどうだったのかって話だよ。森があって気が鬱蒼と生い茂っていたりとか、誰かの住む建物があったりとか、あるだろ?」
『う~ん、全然気にしたことないなぁ。あ、でも木はいっぱい生えてたよ。建物は、人の作るようなものは、覚えてないな~』
「木は覚えてるのに建物は覚えてないってことは、人工物はなかったってことか」
相変わらず適当な返事にティアナは苦笑いした。
ティアナの話を聞いていたアルマは途中で気になったことを尋ねてみる。
「そういえば、あんたって長距離を歩いても平気なの?」
「長距離? それがどのくらいかがわからないけど、何日間くらいなら大丈夫なんじゃないかな。一応体力作りもやってるんだし」
二人は、かつて祖国の学院で知り合った亡霊騎士に武器を使った戦い方を教えてもらったことがある。そのとき以来、できるだけ体を鍛えるようにしているのだ。
しかし、アルマが求めていた回答とは違ったらしく、再度問いかけられる。
「そっちの心配をしているんじゃなくて、足の裏にまめができたり、それが潰れたりしないかって心配してるのよ」
「なるほど。以前、地下の遺跡を何日か歩き回っていたときは大丈夫だったな。何か気になることでもあるのか?」
「次に向かうところは霊峰でしょ? もしかしたら、森や山の中を何日も歩かないといけないじゃない。そんなところを歩き回って靴擦れなんて起きたら大変よ?」
ティアナは目を見開いた。明らかにアルマの指摘で気付いた様子だ。
「困った問題だな、と言いたいところだけど、俺なら最悪ウィンに運んでもらえばいいから、あまり気にしなくてもいいんじゃないかなぁ」
「もしそこがウィンの故郷だとしたら、帰りはどうするの?」
再度の指摘にティアナが固まる。そこまで考えていなかったからだ。
妙案が思い浮かばないティアナは動揺しつつも口を開ける。
「そのときになってから考えるしかないんじゃないか?」
「それで間に合えば良いんだけどねぇ」
ため息をつきながらアルマが応えた。
何気なしに固められた荷物へと目を向けたタクミはティアナに声をかける。
「結局、いつ出発するの? 準備はもうできたんだよね?」
「荷物はもうまとめてあるからそっちはいいけど、後は移動手段だな。せめて一日は休んでから出発したいけど」
「たぶんもうちょっとかかるわよ。馬車の手配だけならともかく、どこかの隊商と一緒となると交渉に時間がかかるだろうから」
ティアナから目を向けられたアルマが首を横に振った。単独での旅は危険なので、できるだけ群れて行動するのだ。
話を聞いていたタクミがアルマに更なる説明を求める。
「霊峰のありそうなところがもうひとつよくわからないけど、どこ通って行くの?」
「一旦南へと向かう予定よ。そこから東に向かうの」
アーベント王国から霊峰のある地方まではなかなかの距離があるが、今の時季はそれ以上に積もった雪が厄介だった。積雪のひどい地域ほど街道が使えない。
そこでティアナ達は一旦迂回して東へと向かうことにした。王都から南下して積雪のましな地域を進むのである。
話を聞いたタクミは再びティアナへと目を向ける。
「ということは、東にウィンの故郷があるんだね?」
「だと思う。そうなんだよな、ウィン?」
『たぶん』
なんとも頼りない返事を聞いたティアナがため息をついた。
「まぁともかくだ。ここにいてもウィンの故郷は見つからないんだし、進んでみようじゃないか」
「早く出て行けって言われてるしね」
苦笑しながらアルマがうなずく。
この後、隊商との交渉に時間がかかることも覚悟していたティアナ達だったが、割合あっさりと話がまとまった。雪解けの始まりと共に人と物の往来が活発になり始めたからだ。
話がまとまると後は早い。
アルマの手配した馬車に乗り込んだ一同は隊商と共に一路南へと向かった。
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