自信か過信か

 屋敷内の追っ手はタクミが倒し、カミルと共に襲ってきた兵は倒れて起き上がれない。そのカミルはたった今超常的な力を失い、ヨーゼフの人型の土くれは残すところ一体のみ。


 空から火の玉を撃ってくる存在が気になるが、最初の頃に比べるとかなり事態は改善した。ようやくどうにか勝てる道筋が見えてきてティアナは安心する。


 余裕が出てきたところでティアナはアルマとタクミへと顔を向けた。人型の土くれにも空から火の玉を撃つ存在にも有効な攻撃手段がないので逃げ回るしかできないでいる。


 自分がヨーゼフと再び対決するためティアナはアルマとタクミに声をかけようとして、何か足りないことに気付いた。肝心のヨーゼフが見当たらないのだ。


 魔法で自分の姿を隠して攻撃するつもりではと考えてティアナは顔を青くした。しかし、立ち上がって襲ってきたカミルのせいで思考を中断させられてしまう。


「カミル、まだ戦う気なのですか!?」


「あんな腕輪などなくても、俺はお前に勝てる!」


 焦りをわずかに混ぜた怒りの形相でカミルがティアナに食らいついてくる。後退しながら短剣で受け流すと、ウィンが突風でカミルを吹き飛ばした。


 いい加減カミルにとどめを刺そうとしたところで、裏手の勝手口辺りからヨーゼフが姿を現した。三人の兵を従えている。


「増援を連れてきたのですか」


 転生者でも無線通信機までは作っていないのかと、ティアナはなぜか複雑な心境になる。


 その間に、また立ち上がったカミルが後退してヨーゼフに合流した。


「おい、ヨーゼフ。その三人はどこから連れてきた?」


「裏手を見張ってた兵だよ。一人は表の四人も呼ぶように言いつけたんだ」


「ちっ、官憲の押さえだって言うほど完璧じゃないんだが、こうなっては仕方ないか」


「邪魔が入るまでに、あいつらをやってつけてしまおうよ」


「わかってる!」


 面白くなさそうにカミルがヨーゼフに同意した。


 一方、ティアナもアルマとタクミの二人と合流する。こちらは人型の土くれと空から火の玉を撃つ存在の二種類と戦いながらなので忙しい。


「二人とも、怪我はありませんか?」


「ないけどこの土人形どうしようもないですよ! あたし達じゃ無理です!」


「物理攻撃が効かないんじゃ、僕も役に立たないよ!」


 ティアナが加わることで余裕のできたアルマとタクミが逃げながら返事をした。


 マリーが無事な様子から、二人は自分達が目立つことで敵を引きつけたことがわかる。


 そんな二人に対してティアナが次の指示を出した。


「あの土くれ人形とヨーゼフは私が引き受けます。アルマはカミルをお願い。タクミはマリーを守りつつ敵兵を倒して」


「あたしじゃカミルには敵いませんよ?」


「ウィンに魔法の道具を無効化してもらいましたから大丈夫です。勝てるかどうかはともかく、押さえることはできるはず」


「人を守りながら戦うって、ぼく大変すぎない?」


「アルマじゃそれができないから頼んでいるのです。大変すぎてもできるでしょう?」


 説明を聞いた二人は納得してうなずく。ただし、タクミは若干嫌そうな顔をしていた。


 やるべきことが決まると二人の行動は早い。どちらもそれぞれの相手に向かう。


 ちょうど襲ってきた最後の人型の土くれを土に戻したティアナはヨーゼフと対峙した。


 カミルも兵も周りにいないヨーゼフは顔をこわばらせて叫ぶ。


「いい気になるなよ! ぼくはまだ負けたわけじゃないんだからな!」


「確かに、まだ決着はついていませんものね」


 だいぶ溜まってきた疲労を意識的に無視しながらティアナは言葉を返した。


 仲間が戦う剣戟の音を聞きながらティアナは自分から仕掛けるべきか迷う。目に見えない仕掛けもあると考えるとうかつに動けない。


 どうするべきかと躊躇っている間にヨーゼフが先手を取った。


「出でよ、大地の槍!」


 ヨーゼフの叫びが終わると、ティアナの周囲の地面から合計八本の土製の槍がせり出してきた。一斉にティアナへ向けて飛び出す。


 一瞬遅れてティアナは土製の槍を避けるために地面を転がった。避けきれなかった二本の槍はウィンが生み出した土の壁で防いでくれる。


 しかし、ヨーゼフの攻撃は終わらない。続いて空から火の玉が次々に撃ち込まれていく。


「ちょっ、危ない!」


 一連の攻撃を何とか逃れて立ち上がったティアナだったが、再び周囲から八本の土製の槍に襲われて転がり、火の玉から逃れることになる。


 その様子を見ていたヨーゼフが声を上げて笑った。


「なんていうザマだ! 泥だらけじゃないか! これじゃせっかくの美人もだいなしだね!」


「あなたもすぐに泥だらけにして差し上げますよ!」


「上等じゃないか! やれるもんならやってみろ!」


 三度目の土製の槍と火の玉を躱しながらティアナはウィンへと命じる。


「あいつを吹き飛ばして!」


『わかった! あっち行け!』


 何度もカミルや兵を吹き飛ばした突風がヨーゼフを襲う。


 ところが、ヨーゼフが「出でよ、大地の壁!」と叫ぶとその前に土製の壁がせり出してきた。突風はその壁に阻まれて霧散してしまう。


 土の壁の奥からヨーゼフの得意気な声が聞こえてくる。


「どうだい! さっきはいきなりだったからくらったけど、油断しなけりゃそんな風がぼくに通じるもんか!」


 高笑いするヨーゼフの声を聞きながらティアナは眉をひそめる。


 ヨーゼフが土製の槍を八本同時に使えるだけでなく、空飛ぶ見えない魔法の道具で連携攻撃をしてくるのが厄介だ。これに加えて突風も防げるとなると非常にやりにくい。


 ブルクハルトがヨーゼフを一流の魔法使いと評価したことをティアナは実感した。


 土の壁の反対側のヨーゼフから見えないことを利用し、ティアナはウィンと相談する。


「あの空から火の玉を撃ってくるやつをウィンも作れる?」


『むりー。他の精霊がいたらお願いできるけど、自分で動ける魔力の塊は作れないよ』


「あの火の玉を撃ってくるやつって、何とかできない?」


『ちょこまか動いてるから難しいなぁ。風で飛ばしても、すぐに戻ってきそうだし。でも、さっきよりも魔力の塊はかなり小さいから、もうちょっとで動かなくなるんじゃない?』


 意外なことを聞いてティアナは驚いた。攻めるにも守るにも厄介だったので、あれがもうすぐ使えなくなるという話は朗報だ。


 それならもうしばらくヨーゼフとの戦いを粘ろうかとティアナが思った矢先に、土の壁が崩れてヨーゼフが姿を現す。


「ふん、まさかこっちの時間稼ぎに付き合ってくれるとは思わなかったよ。ありがとう、と言っておこうか」


 何を言っているのかわからないといった様子のティアナだったが、すぐに理解する。五人の兵がヨーゼフの元にやって来たからだ。


 なぜ妙にヨーゼフがおとなしかったのかわかってティアナは眉をひそめた。


 半円を描いてヨーゼフを守るように布陣した兵を見ながらティアナが口を開く。


「土くれ人形の次は兵ですか。ご自身だけで戦うことはできないのですか?」


「決闘でもないのに一対一で戦う意味なんてないだろう? しかもぼくは騎士じゃなくて魔法使いだぞ」


「女一人に男六人はいかがなものですか?」


「あれだけ戦えて今更性別なんて関係ないね」


 誇りを刺激して対決する人数を絞る作戦がうまくいかずティアナは内心で舌打ちする。


 嫌そうな顔をしながらティアナがつぶやく


「とりあえず、突風で兵をなぎ倒してから、あとは出たとこ勝負かしら」


 短剣を構えたティアナがヨーゼフ達と対峙した。


 そうしてお互いが動こうとした直前にタクミが乱入してきた。一番端の兵に斬りかかる。


「こっちは終わったよ! 次はこいつらだよね!」


「そうです! アルマは!?」


「まだ戦ってる! こっちに行けって言われたんだ!」


 端的に返事をしてきたタクミの言葉を受けてティアナがアルマへと目を向けると、両者は確かに戦っていた。ただ、どちらも動きが鈍ってきているようにも見える。


 アルマ自身がタクミをこちらに寄越したということは、あちらは大丈夫だということだ。


 それがわかってティアナが口を開こうとすると、それより早くヨーゼフがタクミに声をかけてきた。


「タクミ、ぼくと手を組まないか!?」


「え?」


 突然のヨーゼフの誘いにタクミだけでなくティアナも驚く。二人は顔を見合わせた。


 そんな二人の様子などお構いなしにヨーゼフはタクミに語りかける。


「今まで話せる機会がなかったけど、名前できみが遠い世界からやって来たことはすぐにわかったよ。きみ、こっちの世界に転生したか転移したんだろう?」


「それがどうしたっていうんだよ」


「そこのティアナについて行ったって破滅しかない。だったらぼくと一緒にその知識を活かさないか?」


「僕、別に物を作るのにそこまで興味はないんだけど」


「何言ってるんだい! 単に剣を振り回していても大したお金になんてならないよ! けど、物を作って売ったら大金が手に入るんだよ? 絶対こっちの方がいいじゃないか」


「なんで僕を誘うんだよ? 転生か転移したから?」


「そうだよ。前世の知識があるだけでも物を作るときにはかなり有利なんだ。何しろ答えが最初から見つかってることが多いからね。それを活かさない手はないよ!」


 会話をしているタクミは難しい表情を浮かべている。


 その様子を見たヨーゼフは更に言葉を重ねた。


「どこの世界でも生きていくためにはお金が必要だろう? それに、旅人みたいな不安定な身分よりも、大きな組織に入った方が絶対いいって!」


「あーうん、それはそうかもしれないけど」


「だったらこっちにおいでよ!」


「いや、やめておくよ。こんないきなり襲ってくる人なんて信用できないし」


 色々と話を聞いていたタクミだったが、最後はあっさりとヨーゼフの誘いを断った。


 差し伸べた手を払いのけられたヨーゼフは顔をこわばらせる。


「ふん、バカなやつ。後悔しても知らないからな!」


 ヨーゼフが叫ぶのを見て内心安堵しながらも、話が終わったのを見てティアナがタクミに声をかける。


「その五人の敵兵をお願い! ヨーゼフは私が相手をするから!」


「わかった!」


 元気よく返事をしたタクミが高い身体能力を活かして、五人の兵に次々と攻撃を仕掛けて自分に注意を向けさせた。人型の土くれと違い、兵達はタクミみ意識を向ける。


 乱戦になったことを良いことにティアナは短剣を片手にヨーゼフに近づいた。


「やっと一対一で戦えますね!」


「だからどうしたっていうんだ! ぼくが有利なのに変わりはないぞ!」


 苛立たしげにわめいたヨーゼフは呪文をつぶやいて土の壁を作り出す。


 人一人分くらいの幅しかないのですぐに回り込んで更に近づこうとするティアナだったが、目の前に火の玉が炸裂して足を止めた。


「ああもう厄介ね! えっ!?」


 正面の奥に後退したヨーゼフを見つけてすぐに動き出そうとしたティアナは、足がまったく動かなくなったせいでつんのめってしまう。足首まで土で固められていたのだ。


 そして次の瞬間、土製の槍が前後から、更に火の玉が上からティアナを襲う。


『もーあぶないなー』


 不機嫌そうにウィンが愚痴ると、ティアナの前後に土の壁が現れて土製の槍を防ぎ、風によって火の玉の軌道を無理矢理別方向に変化させた。


 周囲を見る余裕がないティアナはこけないように均衡を保ちつつ、自分の足下を見る。


「なにこれ!?」


『足に何か絡まってるね。今から取るよ。えい!』


 ウィンがかけ声をかけるとその直後にティアナの足は自由になった。いきなり歩けるようになってまたふらつくが、どうにかこけずに済む。


 落ち着いたところでティアナが周囲を見ると、自分の前後に土の壁があるのに気付いた。


「ウィン、何があったのです?」


『細い土の棒みたいなのでティアナが攻撃されそうになったから、土の壁で守ったんだ。それと、空からも火の玉が降ってきたから防いだよ』


「やっぱり攻撃されてたのですね」


『うん、危なかったから助けたんだ』


「ありがとう」


『ふふん、これくらい大したことないもんね!』


 一体何が起きたのかティアナにはよくわからなかったが、危機を脱したことだけは理解できた。礼を述べられたウィンは機嫌良く言葉を返す。


 自分で作った土の壁をウィンが崩すと、ティアナは少し距離は離れているヨーゼフと再び対峙した。


 危機を脱したティアナは冷静な態度なのに対して、攻撃をすべて受け止められたヨーゼフは動揺している。


「バカな、あれを完全に防ぎきるなんて。足止めして前後と上から同時攻撃したんだぞ?いくら 反射神経が良くても呪文の詠唱が追いつかないはずなのに」


 通常は魔法を使うためには呪文を唱えなければならない。慣れてくると短縮でき、単語だけでも可能になるが、詠唱なしで魔法を使うなど普通はできない。つまり、常識の範囲だと異なる魔法は基本的に同時には使えないのだ。


 だからこそ、ヨーゼフは魔力で動く浮遊物を作り、そこから一方の攻撃である火の玉を撃たせた。これなら自分の攻撃と同時にもうひとつ魔法で攻撃できるからである。


 しかし、ヨーゼフが見たところ、ティアナは土の魔法と風の魔法を同時に使っていた。


 ヨーゼフも土製の槍を八本同時に作っているので、ティアナが自分の前後に土の壁を同時に作るのに驚きはない。ところが、同時に火の玉の軌道も風の魔法で変えてみせた。


 純粋に魔法使いの能力としてなら、自分よりも上ではないのかという思いがヨーゼフの脳裏によぎる。


「嘘だ、そんな奴がぼくの前に現れるなんて」


 西の王国にいる王女が呪文の詠唱なしに魔法を使えるという噂ならヨーゼフも聞いたことがある。正直なところ単なる噂だと今まで思っていたが、その確信が揺らいできた。


 他の何を馬鹿にされても、魔法だけは自分が一番だと信じて疑っていなかったヨーゼフは、その魔法で自分を上回るかもしれない人物を初めて対峙して震えている。ある意味、支援者であるダンケルマイヤー侯爵を目の前にするよりも恐怖していた。


「嘘だ。絶対に嘘だ」


 ヨーゼフは小さく繰り返しつぶやく。


 実際のところその認識は正しい。魔法の使い手はウィンであってティアナではないのだから。しかし、そのことをヨーゼフは知らない。


 動揺から息が荒くなるヨーゼフは、顔をしかめながら対峙するティアナを睨んだ。

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