反撃するきっかけ

 見た目に反して、意外と厄介な人型の土くれにティアナは苦戦していた。


 壁を作っても地面に潜って乗り越えられ、体を切断しても地面から土を得て再生する。火で焼いても効果はなく、凍らせても地面に魔力の塊が逃げて新たな体を得てしまう。


 また、人型の土くれと連携して空から火の玉を撃ってこられるのも厄介だった。姿を隠蔽されている上に、時々思い出した頃に攻撃してくるのがいやらしい。


 今までとは違う相手に思うような戦い方ができないティアナは、自然と避けたり守ったりすることが多くなった。


 そんな自分の戦いを優越感に浸った顔で見ているヨーゼフをティアナは睨む。


 更に口元を歪ませたヨーゼフが叫んだ。


「はは! さっきからほとんど反撃しないじゃないか。結構な魔法の使い手みたいだけど、しょせんぼくには敵わないみたいだね!」


「言ってくれますね! 少し厄介なだけじゃないですか!」


「全然説得力がないなぁ。本当は一緒に来た兵士と一緒に戦う予定だったけど、これならこのまま勝てるからいいか。どうせそのうち魔力が切れるだろうし」


 思わず言葉を返したティアナだったが、打開策が思いつかずに苦労しているのは確かだ。


 更に今のヨーゼフの発言で、カミルと一緒にやって来た相手の兵のことを思い出した。何とか周囲を見ると、突風で吹き飛ばした兵が起き上がるのが視界に入る。


 状況が更に悪化しつつあることにティアナは焦った。今の状態で更に敵兵が加わると、自分はどうにかできてもカミルと戦っているアルマと無防備なマリーが危ない。


 どうするべきか考えるために集中しようとするが、目の前の襲いかかってくる人型の土くれの攻撃を躱すのにティアナは忙しい。横に、後ろに、たまに地面を転がる。


 そうやって動き回っていると、ティアナはたまたまマリーのいる方に目を向けた。すると、マリーの隣にいつの間にかタクミの姿がいるのに気付いて驚く。


「タクミ、追っ手は!?」


「全部倒したよ! どうしたらいい?」


 驚いて返事をしたタクミの言葉を聞いて、ティアナは再びアルマへと目を向けた。端から見ても長くは保たないことがすぐわかる。


 人型の土くれの攻撃を躱したティアナは一呼吸置いてから返事をした。


「タクミ、カミルの相手! アルマ、タクミと交代!」


 余裕がないティアナは最小限の言葉でタクミに指示する。


 ようやく問題のひとつに対処できたティアナだったが、次はマリーを守らなければならない。向かって来る兵が視界の端に入る。


 忘れた頃に放たれた火の玉を何とか躱しつつ、ティアナはアルマへと叫ぶ。


「アルマ、マリーを守って!」


「あたししかいないもんね! わかったわよ!」


 返事を聞いたティアナは、次にウィンへと命じる。


「ウィン、近寄ってくる兵をもう一回吹き飛ばして!」


『土の塊とか上で飛んでるやつとかに一瞬相手できなくなるよ?』


「その間は自分で何とかするからいいです!」


『そっか、それじゃわかった! あっち行け!』


 指示に納得したウィンが元気に叫ぶと、再びあの突風が巻き起きた。近づいてきた兵が再び吹き飛ぶ。


 根本的な解決にはなっていないものの、とりあえずこれでわずかに時間は稼げた。


 この間に目の前の人型の土くれをどうにかしないといけない。


 相変わらず楽しそうにティアナの様子を見ているヨーゼフが話しかけてくる。


「何とか危機は脱したってところかな。それでもぼくの勝利は揺るがないけど」


「そうやって人を見下していると、足下を掬われますよ!」


「掬えるだけの能力がきみにあればね。そろそろ魔力が切れそうなんじゃない?」


 今の言葉を聞いてティアナはヨーゼフの自信の一端を垣間見た気がした。


 自分の作った魔法の道具の優秀性を信じているだけでなく、ティアナには魔法を使える人間の平均的な魔力量しか保有していないとヨーゼフは判断していると予想した。


 常識的に考えればその判断は正しい。しかし、実際に魔法を使っているのはウィンだ。人間とは桁違いの魔力量を誇る精霊の魔力切れなど、戦うときに期待できるものではない。


 どちらかというと、ティアナの体力の方が問題だった。動き回るのはティアナ自身なので、次第に息が切れてくる。


 主に体力的な面から打開策を望むティアナはウィンに相談する。


「このままだと埒が開かないんだけど、どうしたらいい? 斬っても焼いても凍らせても駄目な相手と戦ったことある?」


『うーん、確かに面倒だよね。戦ったことはないけど、あいつらが持ってる魔力を散らしたら動かなくなるんじゃないかなぁ』


「散らす? どうするのです、それ?」


『えっとね、ほら、前に腕に巻き付いている魔力の輪っかを解除したでしょ? あれと同じ方法でだよ』


 意外なことを聞いてティアナは驚いた。人型の土くれが動かなくなるのなら、どんな方法でも良いことに気付かされたからだ。


 しかし、ここで疑問が湧く。というより、嫌な予感と言った方がただしい。


「そうなると、解除の魔法をあの土くれに当てるか、直接私が触れて叩き込むかのどちらかということになりますよね?」


『そうだねー』


 軽い調子で実に簡単に言ってのけられてティアナは目眩がした。


 人型の土くれも動き回っているので、おとなしく解除の魔法に当たってくれるとは思えない。確実を期すのならば直接触れるべきなのはティアナも納得せざるを得なかった。


 最後にティアナはウィンに確認の問いかけをした。


「解除の魔法をかけたら、あの土くれはすぐに動かなくなりますよね?」


『たぶん、そうなんじゃないかなー』


 不安の残る回答に更に問い詰めようとしたティアナだったが、経験上無駄だと判断して言葉を飲み込む。そして、仕方なしに指示を出した。


「わかりました。それでは、私があの土くれに触れたら魔力を散らしてください」


『うん、わかった!』


 相談が終わるとティアナは周囲の人型の土くれに改めて気を配る。散々逃げ回っていたとはいえ、これまで相手をしていたのである程度は動きを予測できるようにはなっていた。


 気の進まないやり方ではあったものの、打開策があるとわかると体に力が入る。現金な物だとティアナは内心苦笑しながらも当ての攻撃を躱しながら機会を待った。


 そんなティアナに対してヨーゼフが呆れぎみに声をかけてくる。


「意外と粘るね、きみも」


「それはもちろん、自分の命がかかってますからね! 簡単には諦めませんよ!」


「どうやっても勝てないのに? 潔く散るっていうのも美学じゃないかなぁ」


「自分でそれを実践できてから言ってほしいですね!」


「実践したら死んじゃうじゃないか! 何言ってるんだよ!」


 ヨーゼフをあしらいつつ人型の土くれの様子を窺っていると、ついにそのときがやって来た。


 空から撃たれた火の玉を躱すと、ちょうど目の前に一体の人型の土くれが立ちはだかっていたのだ。その人型の土くれがティアナの動きを止めようと抱きついてくる。


「ウィン、今!」


『わかった! えい!』


 うまくいくことを願いながらティアナがウィンに叫ぶと、一拍置いて人型の土くれの動きが止まった。そして、ぼろぼろと崩れ落ちていく。


 残りの三体が近づいてきているのを知っているティアナは、急いで単なる土の塊になった人型の土くれから強引に離れた。


 離れた場所でその様子を眺めていたヨーゼフが混乱する。


「え、なんで!? どうして反応しなくなったんだ!? あれ、魔力の核がない!?」


 何が起きたのかわからないヨーゼフは気が焦るばかりで何もできない。せめて原因がわかればよかったが、ウィンの存在を知らないヨーゼフに追求は無理だった。


 一体目を土の山に戻したティアナは三体のうちの一体に体当たりした。別に手のひらでなくても体のどこかしらが触れていれば、ウィンの魔法を直接相手に送り込めるからだ。


 倒れることなくティアナを受け止めた人型の土くれは殴ろうとするが、途中で動きを止めて体を崩していく。


「わかってしまったら意外と簡単ですね。もっと早くやっておけばよかったです」


 始める前は不安がっていたことをすっかり棚に上げて、ティアナは三体目に体当たりして同じくただの土の塊へと戻す。


 残り一体となった人型の土くれは一旦下がってティアナと距離をとった。代わりに、空から火の玉がティアナを襲う。


 しかし、それらはいずれもウィンが風の魔法によって軌道をずらしたのでティアナには当たらない。


 事態が急変したことに怒りを覚えたヨーゼフがやって来た兵に叫ぶ。


「きみ達! 先にあのティアナを殺すんだ! あいつが一番危険だぞ! そっちの平民女はぼくが相手をする!」


 左右両方から駆けつけてきた兵は、アルマとタクミの二人に襲いかかろうとした動きをとめる。しかし、ヨーゼフの指示に従ってすぐに行動せず、迷いを見せた。


 その様子を見て、ティアナはヨーゼフが兵を直接指揮しているわけではないことを悟る。恐らくカミルなのだろうが、タクミとの戦いに夢中でそれでころではなかった。


 ここでティアナはひとつ思い出した。カミルが銀の腕輪に相当するものを身に付けていることをだ。解除できるのならやっておくべきと思いつく。


 再びヨーゼフが指示を出す前にティアナが先に動いた。人型の土くれの目の前で反転し、カミルへと一目散に駆ける。


 タクミとカミルの戦いに割り込むことになったティアナは迷わずタクミに告げる。


「タクミ、アルマを助けて! こちらは私が引き受けるから!」


「うん!」


 いきなりの指示に驚くタクミだったが、迷ったのは一瞬ですぐに引き下がった。


 代わりにやって来た敵兵は多少ふらつきながらもティアナを囲む。さすがに二度も吹き飛ばされて地面に叩き付けられて弱っていた。


 そんなティアナに対してカミルが怒りの形相で叫んだ。


「お前、さっきからちょろちょろと鬱陶しい! 俺の邪魔ばっかりしやがって!」


「敵の邪魔をするのは当然です。戦い方の基本でしょう?」


「戦い方を俺に教えるつもりか? 知ったふうな口を利くな!」


「吹き飛ばして!」


『わかった! みんなあっち行け!』


 逆上したカミルが剣を振り上げ突撃しようとしたところに、ティアナ全方位で突風を巻き起こす。三度吹き飛ばされた兵は地面に叩き付けられると今度は立ち上がれなかった。


 そんな中、カミルは再び耐えてみせる。剣を振り上げ突撃しようと構えた状態で両足を踏ん張っていた。


 カミルと対峙したティアナだったが、元々剣技では及ばないことは知っているのでまともに戦う気など最初からなかった。


「ウィン、あいつの前に風の壁を!」


『わかった! えい!』


 突風が収まると、再び前に進もうとしたカミルの前に風の防壁が現れる。


 突然目の前に荒れ狂う上昇気流が現れて戸惑うカミルだったが、ますますティアナに対する敵愾心を燃やして前進しようとする。


「ティアナァ! お前は絶対に殺す!」


 叫びながらカミルは風の防壁の中を進もうとする。当然そんな簡単には前に進めない。


 自分に向けられた憎しみに眉をひそめながらも、ティアナは風の防壁の前に立ってカミルと対峙した。そして、ウィンへと命じる。


「風の壁を解除して!」


『え? いいの? えい』


 次の瞬間目の前にあった風の防壁が消えてなくなる。


 今まで風の防壁を突破しようと思い切り前に踏み込んでいたカミルは、突然その障害がなくなって前につんのめった。まさか自分から守りを手放すとは思っていなかったからだ。


 一方、ティアナはカミルの剣を避けながら、そのつんのめった体を捕まえる。そうして、ウィンに命じた。


「魔力の輪っかを消して!」


『わかった! えい!』


 ウィンが叫んだ瞬間、カミルの左の二の腕から、パン、という乾いた破裂音がした。


 その破裂音を聞いたティアナは作戦が成功したことを確信し、カミルの体から離れようとする。ところが、先にカミルの体が跳ね起き、ティアナを殴るように突き飛ばした。


 強かに突き飛ばされた肩から数歩後退したティアナは倒れることなく、その場に踏みとどまる。そして、カミルに告げた。


「これでおまじないは消えました。もうその左腕のものは役に立ちませんよ」


「お前一体何をした!?」


「ちょっとした魔法ですよ」


「ふざけるなぁ!」


 怒り狂うカミルがまたもや突っ込んでくるが、ティアナは恐れることなくウィンに命じる。


「吹き飛ばして!」


『わかった! あっち行け!』


 三度目の突風も脚を踏ん張って耐えようとしたカミルだったが、腕輪の支援なしでは耐えきれずに吹き飛ばされてしまった。


 地面に叩き付けられたカミルは呆然とつぶやく。


「バカな! 効果が消えてるだと!?」


「だから言ったでしょう。もうおまじないは消えたと」


 呆れたように言いながらもティアナは胸をなで下ろしていた。やはり実際に目にするまでは不安がつきまとうのは仕方ない。そして、たった今自分のやったことを確認できた。


 ようやく戦いの展望が見えてきたティアナは大きくため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る