開かれた戦端

 本来であれば、包囲網が完成する前にティアナ達は動くべきだった。しかし、ここに来てマリーが腰を抜かしてしまい、動けなくなってしまう。


 屋敷の両側を迂回して襲撃者達がこちらに近づいてくる。左右どちらも三人ずつで、右側にはカミルの姿もあった。


 屋敷内から出てこようとする複数の襲撃者はタクミが一人で抑えている。当面は身動きが取れなさそうだ。


 広場の端の地面から出てきた人型の土くれが近づいてくる中、納屋の裏手から姿を現したヨーゼフが怒りの形相でティアナを糾弾する。


「本当にここにいたんだ。ぼくを騙したんだね、ティアナ!」


 ティアナはヨーゼフの言葉ですべてばれていることを悟った。なぜ露見したのかはわからなかったが、あちらも諜報活動をしていたのだろうと適当に当たりをつける。


 元から何と声をかけようか迷っていたティアナは完全に返す言葉を失った。騙していたことは事実であり、何を言っても嘘になるからだ。


「マリーもきみも、みんなぼくのことを利用して、裏でバカにしてたんだろう! 絶対に許さないぞ!」


 ヨーゼフの絶叫を聞きながら、ティアナはティアナで理不尽だと思っていた。やりたくないことをさせられて、その上で恨まれるなど不本意だ。


 しかし、今更そんなことを言っても仕方ない。屋敷の両側を迂回してきた襲撃者六人が到着してしまったことで、いよいよティアナ達は追い詰められてしまった。


 やって来たばかりのカミルが嬉しそうにティアナに叫ぶ。


「ついに追い詰めたぞ! 犯罪者共め!」


「私達が何をしたというのです?」


「お前達には謀反を企んだという疑いがかかっている! それを俺達が取り押さえるんだよ! もっとも、抵抗されてやむなく切り伏せることになるがな!」


「あなたとヨーゼフがいるということは、他はダンケルマイヤー侯爵の兵ですか? 王都の官憲は」


「レオンハルト様のお力を甘く見るなよ!」


 王都内で日が沈まぬうちから堂々と私兵を動かせた理由がティアナ達もよくわかった。同時に、助けも期待できないこともだ。権力者に裏から手を回されるとどうにもできない。


 尚も嬉しそうにカミルがアルマに話す。


「さぁて、ティアナもそうだが、まずはそっちの平民女からだな。お前を殺せる日をどれほど待ち望んだことか」


「未練がましいわね。終わったことなんてさっさと忘れて、次に進めばいいじゃない」


「黙れ! お前達のせいで俺は祖国を追われて、すべてを失うことになったんだぞ!」


「それはお互い様じゃないの。あたし達も同じよ」


「そんなことはない! 俺の方がずっと苦労した!」


「程度の問題じゃないでしょうに。一体何にこだわってるのよ」


 このままでは低次元な言い合いになることを察したアルマが呆れてため息をついた。

 感情の問題というのは最初からわかっていたので、アルマは早々にカミルの話に付き合うのをやめる。


 アルマとカミルの言葉の応酬を横で聞きながらティアナは周囲の様子を探る。


 人型の土くれは正面から近づいてきていて、六人の兵士は左右から同じように包囲網を狭めてきていた。タクミは戦闘音からまだ戦っていることがわかる。


 もうこれ以上は待てないと判断したティアナはウィンに命じた。


「みんな吹き飛ばして!」


『わかった! みんなあっち行け!』


 ティアナが言い終わって一拍してから周囲に突風が吹き荒れた。地面に積もった雪の表面を撒き散らしながら敵対者を吹き飛ばそうとする。


 思惑は半分だけ成功した。ダンケルマイヤー侯爵の兵は全員吹き飛んで雪原を転がり、ヨーゼフもいきなりのことで地面に倒れた。ところが、人型の土くれとカミルは耐える。


 苛立たしげに顔をゆがめたカミルがティアナに吠える。


「そんな風が、俺に通用すると思うなよ!」


 魔法によって作られた人型の土くれならばともかく、カミルはただの人間だったはずだ。他の兵士と違ってしのげた理由がティアナにはわからない。


「耐えられた? どうして?」


『うん? あの人、左の腕に魔力の輪っかを嵌めてるね。前のよりも強そうだけど』


 焦り始めていたティアナにウィンが話しかけてきた。これで思い出すことはひとつしかない。銀の腕輪だ。


 突風が止んで動けるようになったカミルがアルマに襲いかかろうとする。


 そのカミルに対してティアナは再度突風を放つようウィンに命じた。すると、カミルは突風が吹く間は地面に踏ん張って動けなくなる。


 このわずかな時間にティアナがアルマに呼びかけた。


「カミルは例の腕輪をしてるから気をつけて! しかも前のよりも強いらしいわ!」


「何それ!? すごく厄介じゃないの!」


 本当なら自分も加勢したいところだったが、ティアナは目の前まで迫ってきた人型の土くれを相手にしないといけないので、助言だけで意識を正面に戻した。


「ウィン、あの土くれ人形止められる?」


『どうだろう。こうかな?』


 若干不安になる返事をしつつ、ウィンがいつもの風の壁を出現させた。積もった雪が空へと吹き上がって舞い落ちる様は、まるで雪が降っているみたいだ。


 そんな風の壁に人型の土くれがぶつかる。最初は前進を阻まれていた人型の土くれだったが、進めないと気付くと動きを止めて地面に同化するように潜った。


 目の前で次第に地面へと沈んでいく人型の土くれを見ていたティアナは、嫌な予感に襲われた。


「もしかしてこいつら、地面の下から風の壁をくぐり抜けてくるつもり?」


『みたいだね。う~ん、厄介だなー』


 危険を察知したティアナが下がると、少しして風の壁の手前の地面から人型の土くれがせり上がってくる。


 そんなティアナの様子を見ていたヨーゼフが、面白そうに笑いながら叫んだ。


「どうだ! ぼくの作ったゴーレムは! ちょっと魔法が使えるからってどうにかなるもんじゃないぞ! 腕輪のことは知ってるみたいだけど、ここで殺せば問題ないや!」


 完全に吹っ切れたらしいヨーゼフが血走った目でティアナを睨み付けた。


 目の前の脅威に対応するのに忙しいティアナは、そんなヨーゼフを眺めている余裕はない。再び地面から現れた人型の土くれに意識を集中する。


 そのティアナに対して、空から放たれた火の玉が襲いかかってきた。大幅に反応が遅れたティアナだったが、そこはウィンが風の魔法で火の玉の軌道を逸らせてくれた。


「ありがとう! あれ厄介ね!」


『でも、火の玉を撃ってくる度に魔力の塊が小さくなってるから、そのうち何もできなくなるんじゃないかな』


「あと何回くらい撃ってきそう?」


『うーん、そこまではわかんないなー』


 のんきに話すウィンの話をティアナは人型の土くれから逃げ回りながら聞く。短剣で斬りつけても全然効果がなかったので、今のところ有効な反撃手段が見いだせない。


 いっそのこと直接ヨーゼフと対決しようかとも考えたティアナだったが、アルマとマリーが気になって前に出られない。特に何もできないマリーは放っておけなかった。


 一方、カミルと対峙していたアルマは最初から防戦一方に陥っていた。かろうじて相手にはなっているものの、完全に格上と戦っているような状態だ。


 楽しそうにカミルが剣を振るう。


「ははは! そうだ、これだ! これが俺とお前の本来の姿なんだ! 平民女ごときが貴族に敵うなど、あってはならん!」


「道具を使って、実力の底上げしてるくせに!」


「勝つために条件を揃えることは当然だろう! 良い剣を手に入れるのと同じことだ!」


 しゃべるのもやっとな程追い詰められていたアルマは、ろくに反論もできない。鎧を身につけているときよりも思い切りが悪くなるのは仕方がなかった。


 それでもアルマは何とか踏ん張る。今自分が倒れるとティアナの背後が危なくなる上に、無防備なマリーも危険にさらすことになるからだ。


 こんなまったく余裕がない状態になって、アルマはカミル以外の兵が倒れていることに感謝した。それが例え一時的であろうとも、しばらく考えなくても良いというのは助かる。


 必死になって防戦するアルマは何か打開策はないかと考えた。


 戦う直前、ティアナはカミルが腕輪をつけていると伝えてきた。そうなると、まずは腕輪を無効にしないと始まらない。


 歯を食いしばってアルマが耐えているのに対して、カミルは余裕な態度で戦いを進めている。笑いが止まらないという感じだ。


「随分と頑張るじゃないか。やはりお前、ただのメイドじゃないようだな」


「くっ、調子に乗っていられるのも、今のうちよ!」


「馬鹿を言うな。俺の調子などこれからずっと上向きに決まっているだろう」


 戦っているカミルが実に楽しげにしているのを見て、アルマは冷静に考える。自分だけでどうにかならないのなら、仲間が助けに来てくれるまで時間を稼ぐ必要があった。


 今、勝負をつけに来られたらアルマは危ない。しかし、目の前のカミルは今までの鬱憤を晴らす方を優先している。ならば、今はカミルを気持ち良く戦わせるのが一番だ。


 元々余裕がない状態なので苦戦を演じる必要はない。会話で戦いを長引かせるのが一番だが、どこまでうまくカミルの気を逸らせるのかまではわからなかった。


 アルマの必死の形相を見て今尚反撃を狙っていると勘違いしたカミルは、楽しそうに口元を歪ませる。


「一発逆転などお前にはありえんぞ。俺とお前の実力差はそれほどまでに大きいのだ」


「魔法の道具の力は、あんたの実力じゃ、ないでしょ!」


「ふん、口の方はまだ余裕があるようだなぁ!」


 面白そうにカミルが吠える。まだ終わらせる気はないようだった。


 屋外で戦っているティアナとアルマの二人と違い、タクミは追いかけてきた兵を屋外ひとつ手前の部屋で迎え撃っていた。


 戦いはタクミが優勢に戦っている。その高い身体能力で兵を圧倒できたからだ。更に室内は狭いので、相手は無理をして並んでも二対一がやっとである。


 今も正対していた兵の剣をはたき落とすと思い切り殴りつけて吹き飛ばし、失神させた。これで三人目だ。


 次は二人同時にかかってきた。一人は剣を槍のように突き出してきて、もう一人は剣を小さく振るってくる。


「いっぺんに来るの!?」


 驚いたタクミが一歩下がって両方の剣を弾く。剣を小さく振るった右側の兵は体勢を崩さなかったが、左側の兵は一瞬からだが硬直した。


 その隙を見逃さなかったタクミは左側の兵へと大きく踏み込む。そしてそのまま剣を持つ腕を切りつけて思い切り殴った。後ろに控えていた兵も巻き込まれて吹き飛ぶ。


 最後の一人は多少怖じ気づいたが、それでも雄叫びを上げて突っ込んできた。


 広くない室内なので避けることができなかったタクミは、そのまま兵士と切り結び対峙する。最初こそ互角であったが、タクミが体勢を整えるとすぐに力で圧倒した。


「こ、こんな細身で、どこにそんな力が!」


「あーもぅ、めんどい!」


 切り込んできた兵を弾き飛ばしたタクミは、ふらついている相手の剣を叩き落として殴って黙らせた。


 周囲を見渡すと、室内がひどい状態になっているが襲いかかってくる敵は見当たらない。


 ここに至ってようやく、タクミは力を抜いて一息ついた。


 応接室からここまで皆で逃げてきたが、まだ状況はよくわかっていない。ここからどうするべきなのかと考え始めたところで、外から聞こえる戦闘音を聞いて思い出す。


「そうだまだ終わってないんだ!」


 呆けていた精神に活を入れたタクミは剣を持ったまま外に出て驚く。


 ティアナが戦っているのは四体の人型の土くれだった。武器は持っていないようだが、風の刃で切られても再生し、風の防壁を作っても地面に潜ってティアナの前に現れている。


 また、空から突然火の玉が現れるとティアナに撃ち込まれていた。動きはそれほど速くない人型の土くれにティアナが苦戦しているのは、これのせいだとタクミはすぐに気付く。


 そうして、ティアナが戦っているその奥には、かつてダンケルマイヤー侯爵の敷地で見かけた魔法使いヨーゼフがいた。


 別の場所では、アルマが以前襲ってきたカミルと戦っていた。こちらはティアナ以上に苦戦しており、タクミの目にも長くは保たないのがわかる。


「助けないと! あ」


 すぐに向かおうとしたタクミだったが、すぐそばで震えて動けないマリーを見つけた。更にその向こうには、なぜか雪が積もった地面から起き上がる兵も視界に入る。


 このままアルマを助けて戦ったとするとマリーがどうなるかわからない。逆にマリーを助けるとアルマが危ない。どうするべきか、タクミは判断に迷う。


「タクミ、追っ手は!?」


「全部倒したよ! どうしたらいい?」


 体が硬直していたタクミは、戦っている最中のティアナに呼びかけられて反射的に答えた。同時に次のするべきことを問いかける。


 人型の土くれの攻撃を躱したティアナは一呼吸置いてから返事をする。


「タクミ、カミルの相手! アルマ、タクミと交代!」


 何をするべきかわかったタクミはすぐに動いた。マリーのそばを離れ、アルマの左後方からカミルへとぶつかる。


「タクミ、そいつ例の腕輪をしてるから強くなってるわよ!」


「わかった!」


 後方へと下がったアルマから引き継ぎを受けたタクミはカミルと対峙する。


 そんなタクミの姿を憎々しげにカミルが睨んだ。


「邪魔をするならお前も殺す!」


「最初から殺そうとしてるくせに、今更だろ!」


 声を掛け合うと同時に大して間合いも取らずに二人はぶつかった。

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