狙われた密会現場
潜入捜査の依頼をしたブルクハルトから契約完了の言葉を聞いたティアナ達は、透明な水晶を手に王都へと戻った。夕刻にいつもの宿へと到着する。
結局アーベント王国に滞在していた間の大半を貴族御用達の宿で過ごしていた。
すっかり慣れてしまった客室を見回してティアナがため息をつく。
「普通の宿に泊まったときが大変そうだなぁ」
「気持ちを切り替えなきゃいけないんだろうけど、難しいわよねぇ」
忙しそうに動くアルマが言葉を返す。
ティアナが借りている部屋には、叡智の塔の客室から引き上げた物が新たに運び込まれていた。この王都の宿もすぐに引き払うので荷解きしないまま部屋の隅に固めておく。
一方で、客室の備え付け衣装棚などに移していた衣服や小物をアルマが荷造りしていた。それほど荷物はないとはいえ、準備は早くやっておくに限るからだ。
武具関連の荷物をまとめ終わったタクミがやってくる。
「鎧は箱にしまったままあっちに置いておいたよ。ここを出るときにはまだ装備しないんだよね?」
「ああ。できるだけ楽をしたいからな。剣はないと困るけど」
「それはあそこの壁に立てかけてあるよ。外出するときに持ってくるね」
「助かる」
男の口調で答えたティアナがうなずいた。
もうすぐ日没という時期にアルマとタクミが忙しく動いていると、ティアナの客室に来訪者が現れた。例の屋敷にいる男の使用人だ。
室内に使用人を迎え入れるとティアナがよそ行きの言葉で話しかける。
「どのようなご用件でしょう?」
「例の貴婦人が至急お目にかかりたいとのことです。明日の昼に面会は可能でしょうか?」
例の貴婦人とはマリーのことだ。堂々と馬車で密会場所に乗り込んできているのにこんなところだけ隠そうとしているのをティアナは滑稽に思ったが、そのことは口にしない。
「承知しました。明日の昼下がりにお伺いします」
使用人はティアナの返事を聞くと一礼して退室する。
その様子を見ていたアルマがティアナに近づいて尋ねた。
「どうして呼びつけるんでしょうね。前は二週間もこっちを放っておいて平気だったのに」
「追加の注文か予定の変更なんだろうな。もう俺達には関係ないけど」
再び男の口調に戻ったティアナが返答する。嫌な予感はするものの、どうせすべて断ることになるからと深く考えることはしなかった。
横で話を聞いていたタクミもティアナに質問する。
「明日辞めることを伝えるってことは、明後日にはここを出るんだよね」
「そうなるな。あ、馬車の手配をしないといけない」
「あたしが明日の朝にやっておくわよ」
名乗り出たアルマを見てティアナがうなずいた。
これでやるべきことは大体決まる。後は明日のマリーとの密会が早く終わることを祈るばかりだった。
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前回同様、こっそりと裏口から入ったティアナ達は屋敷の応接室でマリーを待った。
三人とも旅装用の服を身につけている。アルマとタクミは長剣を佩いており、ティアナの短剣はアルマが持っていた。
揃って旅立つための服を着ているのは、もうこの先調査を続ける気はないことを示すためだ。アルマの提案である。
そうやって気合いを入れて密会に臨んだティアナ達だったが、肝心のマリーはなかなかやって来なかった。
男の使用人にアルマが一度確認してみたが、話は伝わっているはずだと返される。
尚も待っていたティアナはすっかり手持ち無沙汰になった。途中で耐えきれなくなったティアナは、何とはなしに懐から透明な水晶を取り出して眺め始める。
呆れた様子のアルマが声をかけてきた。
「こんなところで何をしているんですか、お嬢様」
「あんまりにも暇でしたから、つい」
「大体、なんでそんなものを持って来ているんです? 落っことしたらどうするんですか」
「この面会が終わったら、王都の郊外で試してみようかと思って」
ブルクハルトに勧められながらも、ティアナは結局叡智の塔では透明な水晶を使わなかった。天候不順で吹雪いていたからである。
それに対して今日は晴天だ。ならば早く試してみようと思い立ったのだった。
やがて眺めるのも飽きてティアナが透明な水晶を懐へとしまう。そうして次にどんな暇潰しをしようかと思いながら待っていると、ようやくマリーが応接室へと入ってきた。
前回同様一礼するティアナを無視したマリーが開口一番問い詰めてくる。
「あなたはこの数日間どこに行っていたのですか?」
「叡智の塔でブルクハルトさんとお会いしていましたが」
「では、次からはわたくしが呼んだときにすぐ対応できるようにしておきなさい」
今のやり取りで、自分達が王都を留守にしている間にマリーから呼びつけられていたことをティアナは知った。どんな急用があるのかとティアナは訝しんだ。
相変わらずティアナのことなど気にかけずにマリーは話を進める。
「あなたには今までヨーゼフについて調べてもらっていましたが、今後はダンケルマイヤー侯爵様の近辺も調べてもらいます。どのようなお考えなのかを探りなさい」
本来関係なかったはずの仕事を当たり前のように突きつけてくるマリーにティアナは呆れた。マリーの下で働くと際限なく仕事が増えそうに見えて仕方がない。
しかし例えそうだとしても、ティアナが付き合う必要はもうなかった。一呼吸置いてからティアナは返事をする。
「実は、今引き受けている調査ですが、今後はお引き受けできなくなりました」
返事を聞いた途端に眉をひそめたマリーは、しばらく間を置いてから問いかける。
「何を言っているのです? あなたに与えられた責務はまだ果たされていませんよ?」
「私がこの調査を引き受ける条件のひとつに、ブルクハルトさんへ依頼していた調べ物が終わるまでの間のみというものがありました」
目を見開いたマリーが固まった。
それを無視してティアナは更に話を続ける。
「二日前にブルクハルトさんから調査の結果報告をしていただいたのです。この王都に戻ってきたのは、宿を引き払う準備とマリーさんへのご挨拶のためです」
「だから最近王都にいなかったのですね」
「ですから、ヨーゼフへの調査もダンケルマイヤー侯爵様の調査もお引き受けできません」
「あなたは与えられた仕事を途中で放棄するというのですか?」
「途中で放棄しても良いという条件でお引き受けしたので、問題はありません。それに、成果も上げたではありませんか」
「あの程度、手柄を挙げたうちに入りません!」
ついにマリーが爆発した。まなじりを挙げてティアナに食ってかかる。
「これはヴィクトール陛下直々の仕事なのですよ! それを途中で投げ捨てるとは、あなたには貴人の名誉というものがわからないのですか!?」
「国王陛下から直々に仕事を賜ったのはあなたであって私ではありません。しかも、その仕事をすべて私に丸投げしようとした方に、貴人の名誉などと言われたくありません」
はっきり言い切るとティアナは立ち上がった。とりあえずこれで最低限の義理は果たせたと考えたのだ。
慌ててマリーも立ち上がって叫ぶ。
「待ちなさい! あなたがやらないというのなら、誰がこの責を負うのですか!?」
「あなたでしょう。私は自分の責務を果たしたのですから、後のことは知りません」
睨み付けてくるマリーを無視してティアナは応接室の扉へと向かう。アルマとタクミもそれに続いた。
そうしてティアナが扉の前に立ち、アルマが開けようとしたとき、いきなり扉が開いた。アルマは危うく男の使用人とぶつかりそうになる。
「うわっ!? どうしたんですか、そんなに急いで」
「何者かが襲ってきました。マリー様、お逃げください!」
突然の知らせに応接室にいた全員が固まった。
その中を男の使用人は素早い身のこなしでマリーへと近づき、手を引いて室外へ連れ出そうとする。そうして、顔面蒼白のマリーは手を引かれるままに応接室から出て行った。
この頃になってようやくティアナ達も我に返って行動を始める。
「私達も逃げないと!」
「でも襲撃者がどこから襲ってきたのかわからいよ。どこから逃げたらいいの?」
「正面は論外、多分裏手も押さえられてるでしょうね」
「でも他の逃げ道なんて知らないですよ? あ、さっきの使用人について行けば」
そのとき廊下から悲鳴が聞こえてきた。
三人が慌てて飛び出すと、玄関口に続く廊下からマリーがこちらに急いで向かって来るのが見えた。更にその後方からは武具を身につけた者達が近づいてくる。
「あ、あなた達! わたくしを助けなさい!」
「いたぞ! まとめて殺せ!」
悲鳴と呼号が同時に聞こえた。その叫び声から自分達も殺害対象に入っていることをティアナ達は知る。もう一刻の猶予もない。
マリーがこちらにやって来たと同時にティアナが命じる。
「ウィン、あいつらを追い払って!」
『わかった! あっち行け!』
ウィンが叫ぶと走り寄ってきた襲撃者数人が軒並み突風で吹き飛ばされた。
壁や床に叩き付けられた襲撃者達が呻く様子を見てティアナが皆に促す。
「とりあえず裏手に行きます! 表よりもましだと信じましょう! タクミは先頭を、アルマはマリーさんを!」
「お嬢様、これ渡しときます!」
手にしていたティアナの短剣をアルマは当人に返す。
剣を抜いたティアナ達は屋敷の裏側にある勝手口目指して走り出した。
庶民の住居よりもはるかに広い作りの屋敷だが、それでもしょせんは王都の一角にある屋敷だ。すぐに裏庭に続く扉までたどり着いた。
一旦立ち止まったティアナ達はすぐに外へ飛び出そうとしたが、息も切れ切れのマリーに止められる。
「ま、待って。少し、休ませて」
マリーの様子を見て、普段からろくに体を動かしていないことをティアナ達はすぐに察した。しかし、ここでのんびりと休むわけにはいかない。
すぐに出ようとしたティアナだったが、ウィンから警告を受ける。
『外の上に何かいるよ?』
「何かって、何?」
『人間や鳥みたいな生き物じゃないみたいだね。何か魔力の塊みたいなのが浮いてるよ』
あまりにも抽象的すぎてティアナには想像できない。ただ、外に危険な何かがいることだけはわかった。
嫌な感じがしたティアナはタクミに話しかける。
「タクミ、私が先頭になります。後方からの敵に気を配ってください」
「え? それって危険じゃない?」
「今、ウィンから魔力の塊みたいなのが外に浮いていると話がありました。具体的なことはわかりませんが、魔法の攻撃ならば、ウィンに任せるべきでしょう」
魔法に対する手段がほとんどないタクミよりも、ウィンを内包しているティアナの方が対処しやすいのは確かだ。納得したタクミが先頭をティアナに譲る。
鎧を身に付けていないことは不安だが、今更そんなことを言っても仕方ないので我慢するしかない。緊張をほぐすために一度大きく呼吸をして肩の力を抜く。
扉の前に立ったティアナは取っ手を手にしながらウィンに語りかけた。
「ウィン、多分出た瞬間攻撃があると思うから、過剰でもいいから私はその後ろを守って」
『わかった!』
元気な返事を聞けたティアナはうなずくと扉の取っ手をひねって開けた。
最初に視界に入ったのは雪が積もったままの敷地だ。屋敷近くの広場は白一色でティアナ達の往路の足跡がある。その奥には視界を遮るための木々が並び、最奥は壁だ。
空の馬小屋や納屋などもあったが、そちらはとりあえず後回しにしてティアナはすぐに視線を上げた。
「別に何もな」
怪しむばかりでは先に進めないのでティアナは数歩前に進んだ。
すると、突然中空に火の玉が現れてティアナめがけて放たれる。驚いたティアナが硬直してしまうが、ウィンによって作られた氷の壁にぶつかって消滅した。
周囲に視線を巡らせながらティアナがウィンに問いかける。
「ウィン、今のって浮いている魔力の塊から出てきたものなの?」
『そうだよ。全部で四つある。あ、地面の中にも何かいるみたいだね』
説明を聞いている最中に、地面が盛り上がって中から人型の土くれが四体現れた。いずれもティアナを包囲するように広場の端にいる。
悪いときに悪いことは重なる。屋敷の両側を迂回して数人の襲撃者がこちらに近づいてきた。その中にカミルの姿を認める。
更に屋敷内からアルマとマリーが出てくると同時にタクミが叫ぶ。
「追っ手が来た!」
いきなり追い詰められたティアナ達はとっさに次の行動が取れない。
そんな中、納屋の裏手からヨーゼフが姿を現した。
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