反撃の計画
ティアナ達と最後に会ってから十日が経過した。あれからもヨーゼフは以前と変わらない研究生活を送っている。ただし、いささか覇気を失っていた。
原因は明白である。別れ際にヨーゼフの目の前でカミルがティアナ達に暴力を振るおうとしたからだ。
とある研究の報告書を書く手を休めてヨーゼフがため息をつく。
「あんなことがあったら、もう来てくれないだろうなぁ」
逃げるように去って行く馬車の背後を思い出しながらヨーゼフは嘆いた。
少しだけ聞き出した話によると、ティアナとカミルは同じ国出身とのことだった。そして、以前大きく仲違いするような出来事があったらしい。
「でも僕にはそんなこと関係ないんだよなぁ」
ヨーゼフにはカミルの過去などどうでも良いことだった。騎士であるカミルは確かに知り合いだが単にそれだけだ。
そんなお抱え騎士の過去の因縁のせいで自分の人間関係が壊れるなど、ヨーゼフには到底納得できることではない。
しかし、カミルに抗議しにくいのも確かだった。というのも、カミルはヨーゼフに危害を加えようとしたわけではないし、研究や開発の邪魔をしたわけでもないからだ。
「ぼくのお客に危害を加えようとしたことで抗議したけど、レオンハルト様からの返事は梨の礫だし」
最初から期待していなかったので落胆はしなかったものの、それでもヨーゼフはある程度失望していた。ダンケルマイヤー侯爵は自分の支援していること以外には冷淡なのだ。
ティアナが注文した魔法の道具は今も作り続けている。当初は作成中の道具を触ってもらう名目で呼ぼうと考えていたが、あれ以来気まずくて一度も声をかけられないでいた。
「あーもう、カミルとはあれから一度も会ってないし、謝ってももらってない。踏んだり蹴ったりだよ!」
独りごちている間に気持ちが高ぶってきたヨーゼフは最後に大きな声を出す。それに気付くと慌てて周囲へ視線を走らせるが、今室内には自分一人しかないことを思い出した。
美しいティアナと会えないことも悲しいが、それ以上に残念なのがタクミと話ができないことだ。
「明らかに日本人なんだから、色々と知ってるはずなんだよな」
物作りをしている者にとって発想のきっかけというのはとても大切だ。ヨーゼフにとってはそれが前世の知識なのである。だからこそ、タクミと話がしたかった。
ところが、タクミと話をするきっかけがない。今まで三度会っているが、いずれもティアナのお供として控えていたので声をかけられなかったのだ。
さすがに他人の従者に話しかけるのは非常識だとヨーゼフは自重していた。ただ、今作っている魔法の道具が完成したら関係は切れて、もう二度と会えない可能性が高かった。
どうにか魔法の道具の引き渡しが終わってからもつながりを維持できないかとヨーゼフが考えていると、小間使いが入室してきた。
「オイゲン様、お館様がお呼びです」
「え、レオンハルト様が? まだ定期報告の時期じゃないんだけどな」
資金援助を受けているヨーゼフは、研究成果をダンケルマイヤー侯爵に報告する義務がある。しかし、今日はその日ではないのでヨーゼフは首をかしげた。
一礼して去って行く小間使いを見送ったヨーゼフは自分も屋敷へと向かう準備をする。今回は報告書がないので防寒着を身につけるくらいだ。
用意ができたヨーゼフは徒歩で研究室のある建物から屋敷へと足を向けた。
ダンケルマイヤー侯爵が住む屋敷の中は、王宮ほどではないにしろきらびやかな装飾が施されている。そういったことに興味のないヨーゼフには派手という印象しかない。
ようやくダンケルマイヤー侯爵の執務室に着いたヨーゼフは声をかけてから中に入る。すると、執務机の前に見知った後ろ姿が見えた。
その隣までやって来たヨーゼフはダンケルマイヤー侯爵に一礼をする。その直後に視線だけをカミルへと向けた。こうして呼ばれて横に並ぶのは初めてだ。
「ヨーゼフ、先日隣にいるカミルが貴様の客人に乱暴しようとしたと報告したことを覚えているか?」
「はい、覚えています」
「今回呼んだのはその件についてだ」
てっきり無視されていると思っていたヨーゼフは支援者の意外な言葉に驚いた。しかし同時に、カミルが口元を釣り上げて笑っていることが気になる。
微妙に動揺しているヨーゼフを無視してダンケルマイヤー侯爵は言葉を続けた。
「結論から言うと、ティアナは国王の一派の鼠だ。よって、マリー・フリッツという侍女共々処分する」
「え、そんな!」
突然の話にヨーゼフは驚いた。そうして再びカミルへと顔を向ける。同じようにヨーゼフへと目を向けてきたカミルの表情は一層笑みが深くなっていた。
動揺したままのヨーゼフは顔を正面に戻すと視線で説明を訴えかけた。
「今から理由を説明してやる。ヨーゼフ、最初に貴様へと近づいていたマリーは王宮の侍女だ。つまり、国王の手先だというのはわかるな?」
「はい。しかし、全員がぼく達を探ろうとしているとは」
「確かに。単に仕事を依頼しているだけの者は王宮にもいる。しかし、マリーは以前、とある宿で叡智の塔の魔法使いブルクハルトと会っていたことがわかった」
間諜を使っているのは自分の主人も同じだということをヨーゼフは思い出す。驚愕の震えが蒼白の震えに変化し始めた。
「このときのブルクハルトは国王と二度面会し、他にも国王の一派と何人か接触している。そして、我が一派とは接触していない。随分わかりやすい振る舞いだと思わんか?」
「その通りです、レオンハルト様」
ヨーゼフの隣にいるカミルが嬉しそうにうなずいた。
口を挟めないヨーゼフに対してダンケルマイヤー侯爵が更に説明を続ける。
「そしてその後、ティアナという流浪の女が貴様に近づいてきた。この女はブルクハルトに何かを依頼しているそうだが、マリーとも密会していたのだ」
「え、密会!?」
「順を追って話すと、叡智の塔で貴様がティアナと会い、我が屋敷に連れてきたところ、そこのカミルと騒動を起こした。その後だが、ティアナの配下が我が屋敷を探っている」
「何のためにです?」
「さてな? ただ、その後にとある屋敷でティアナの一味はマリーと接触していることが判明した。具体的に何を話したかまではわからんが、状況証拠だけでも充分だろう」
ここまでダンケルマイヤー侯爵が断言するということは、それだけ調べがついているのだとヨーゼフにも理解できた。
こうなると、今度は今まで自分がティアナに話した内容が問題になることは明白だ。自分が何を説明したのか急いで思い返す。
そんな顔面蒼白状態のヨーゼフにダンケルマイヤー侯爵が問いかける。
「ヨーゼフ、お前は二度ティアナと会っているが、そのときに何を話した? 特に我が屋敷の研究施設で、何を見せながらどんな話をした? すべて説明しろ」
やはり、と思いつつヨーゼフは震えながら話していく。
椅子に座ったダンケルマイヤー侯爵の表情は最初から最後まで無表情のままだった。
最後の一言を絞り出し終えたヨーゼフは抜け殻のように黙る。隣のカミルはその様子を楽しそうに見ていた。
黙っていたダンケルマイヤー侯爵はしばらくしてから口を開く。
「ぎりぎり理性は働いていたようだな。しかし、あのような鼠に貴様の保管庫を存分に見られたのは感心せん。やはり駆除しておくべきだろう」
決定は覆られないことを宣言したダンケルマイヤー侯爵に、ヨーゼフは反論する気力も湧かなかった。
そんなヨーゼフに対して、ダンケルマイヤー侯爵は更に追い打ちをかける。
「その処分だが、そこにいるカミルとヨーゼフ、貴様ら二人に一任する」
「え!?」
「ありがとうございます! 必ずやあの者達を始末してみせます!」
ヨーゼフの驚きをカミルの返事が塗りつぶした。しかし、今回は黙っているわけにはいかないヨーゼフがダンケルマイヤー侯爵に言葉を返す。
「あの、ぼ、ぼくもやるんですか?」
「元々は貴様の不始末だ。それを自分で片付ける機会を与えてやる上、積極的に協力を申し出てきた者も付けてやるのだぞ。何が不満なのだ」
にやりと笑うダンケルマイヤー侯爵にヨーゼフは慄然とした。確かに言っていることはまったくその通りなのだが、あまりにも意地が悪いやり方だとヨーゼフは叫びたくなる。
「返事はどうした?」
「は、はい、わかりました」
どんなに嫌でも、今回の命令は拒否できない。
身から出た錆である以上は、自分で不始末のけりをつけない限りここを追い出されてしまう。それは今のヨーゼフにってはあまりにも厳しすぎた。
「さて、これでこの件はいいだろう。ついでにひとつ確認しておきたいことがあるのだが、腕輪の開発はどうなっている?」
「え、腕輪ですか?」
急にまったく別の件を尋ねられたヨーゼフは戸惑う。しかし、尋ねられた以上は答えなければいけない。
「一応、試作品は完成はしています。あとは試験を繰り返して調整して、各機能を分割して再度」
「ああ細かいところはいい。その試作品は使えるのだな?」
「はい、使えます」
「なら、カミルに嵌めさせろ。ちょうど良い機会だろう」
この発言にはヨーゼフだけでなくカミルも目を見開いた。
確かに銀の腕輪の欠点は取り除けてはいる。外部の被験者で試験をしていても問題はなかったので、恐らく大丈夫だろうとはヨーゼフも考えていた。
しかし、今の段階ではまだ屋敷の正式な騎士に使わせることは考えていなかったので、ヨーゼフは別の意味で再び震える。
「どうしてカミルに使わせるのですか?」
「以前カミルがティアナの護衛とやらと戦ったことをのことを聞いて、念のためにと思ったのだ。何であれ、相手を圧倒する力を持つに越したことはないだろう?」
「それはまぁ、確かにそうですけど」
言いたいことはわかるが、随分と軽率に命じるものだとヨーゼフは思った。
カミルのことは好きではないヨーゼフだったが、さすがにこの命令を実行するのはティアナ殺害とは別の意味で腰が引ける。
躊躇するヨーゼフをよそに、カミルは不満そうにダンケルマイヤー侯爵へ抗議した。
「レオンハルト様、こいつの道具などなくても、あんな奴倒してみせます!」
「意気込みを見せてくれるのは嬉しいが、私が欲しいのは確実な結果だ。決闘をするというのならまだしも、私の命じた任務で失敗をさせるわけにはいかん。これは仕事なのだ」
「確かに、レオンハルト様のおっしゃるとおりですが」
仕事であるということを持ち出されたカミルの抗議は尻すぼみとなる。ヨーゼフとは別の事情で逆らえないカミルはそのまま黙った。
二人の様子を見ていたダンケルマイヤー侯爵は、どちらも無口になったのを見計らって語りかける。
「マリー・フリッツおよびティアナは、どちらも王宮と王都で動けばわかるように手の者に監視させている。特にマリーは隠すそぶりもないから尾行は簡単らしい」
小馬鹿にしたように笑ったダンケルマイヤー侯爵は続けて話す。
「よって、あの者達が次に例の屋敷で密会したところを急襲して始末するように。間違いなく機会はあるはずだ」
今の説明で、もう既にお膳立てはできあがっているのだとヨーゼフは知った。
「この件が終わるまで、貴様ら二人はこの任務の専属とする。あの屋敷の近くに我らの隠れ家を確保してあるので、そこで待機して機会を待て」
話が終わったヨーゼフとカミルは退室を促された。
そうしてそのまま、二人してヨーゼフの研究室へと足を向ける。どちらも思うところはあるものの、ヨーゼフの表情はカミルより優れなかった。
建物の中に入って、ヨーゼフはカミルを仕事場へと案内する。
意外ときれいなことにカミルは目を見張った。
「他の魔法使いとは違って、随分整頓されてるじゃないか。中にはごみの山みたいに本を積み上げてる奴もいるというのに」
「人それぞれだよ。ぼくは片付いていないと落ち着かないんだ」
「それで、レオンハルト様がおっしゃっていた腕輪とはどれなんだ?」
「これだよ」
木箱の中からヨーゼフが取りだしたのは金の腕輪だった。
それを見たカミルは怪訝そうな表情を浮かべる。
「おい、銀色じゃないのか?」
「それは前のやつだよ。今回のは金色なんだ。ちょっと事情があって区別してるんだよ」
「事情?」
「元々は着用者の腕力、敏捷、器用、観察、幸運のどれかひとつの能力が大きく増幅するように作っていたんだけど、これはそのすべてが大きく増幅されるように作ってあるんだ」
「へぇ、いいじゃないか」
「ただ、その分消費する生命力も五倍になってるんだけど」
「大丈夫なのか、それは!?」
「大丈夫だって! 以前のはそこに問題があったけど、今回のはもう解決済みなんだ! 五倍消費するっていってもそんな短時間に死んじゃうことはないって」
「信じられんなぁ」
「町のごろつきを使ってその辺の試験は繰り返したから大丈夫だよ。研究の進捗で嘘なんてついたら、ぼくがレオンハルト様にどやされちゃうよ」
「まぁそれもそうか」
本当は騎士の前に兵士から試したかったのだが、こうなってはどうしようもない。
内心でため息をつきながら、ヨーゼフはカミルに金の腕輪についての説明を更に続けた。
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