幕間 温度差
金箔をふんだんに使った装飾が目立つ王宮内でも国王の執務室は更に彩られている。建国した初代国王の好みだとマリーは聞いていた。
日々の執務をこなすヴィクトール国王にとっては新鮮味のない部屋だが、望んで王宮へとやって来たマリーにとっては憧れの場所だ。室内の彩り以上に輝いて見える。
そのやけに広い執務室でマリーはヴィクトール国王の前に立っていた。
自信に満ちた表情を浮かべたマリーが口を開く。
「ヴィクトール陛下、ダンケルマイヤー侯爵配下のヨーゼフを調査する件で報告するべきことがございます」
「使いの者から聞いている。話すとよい」
許可を得たマリーが話し始める。
内容はティアナが手に入れた銀の腕輪について、そしてダンケルマイヤー侯爵の意図だ。
ただし、まったく同じではなかった。特にダンケルマイヤー侯爵の意図に関して、ティアナは推測と断っていたがマリーは断定的に論じる。
最初はことの大きさに驚いていたマリーだったが、落ち着いてみると手柄を上げる良い機会だと気付いたのだ。すべてが自分の手柄のようにマリーは語った。
一方、報告を聞いていたヴィクトール国王は、銀の腕輪が執務机に置かれてからはじっとそれを見つめている。その表情は最初から最後まで変化しなかった。
話が終わると、ヴィクトール国王は銀の腕輪からマリーへと目を向ける。
「報告の内容についてはわかった。この銀の腕輪についてはよくやったと思うが、レオンハルトの意図については断定するには早すぎるじゃろう」
「は、はぁ」
「確かにこの銀の腕輪にそなたの申すような可能性があるのは認めるが、これひとつをもってレオンハルトに叛意ありと断じるのは危険じゃな」
意外に冷静な評価が返ってきてマリーは面食らった。てっきりヴィクトール国王も乗り気になると勝手に思っていたからだ。
「第一、本気で予に刃向かうとあやつも無事ではすまぬ。自らも大いに傷つくような方法をレオンハルトが簡単に選ぶとは思えぬ」
「では、そうなるとこの件は」
「レオンハルトの配下にこういう物を作れる魔法使いがいることはわかった。ヨーゼフは特に危険じゃな。引き続き今後も調査するように」
自分のやったことが無駄ではなかったことに安心をしたマリーは安堵の表情を浮かべる。ここで無能と判断されるわけにはいかないのだ。
何度かうなずいたヴィクトール国王は安心しているマリーを見て言葉を重ねる。
「他に報告すべきことがなければ、下がるとよい」
「はい。失礼しました」
内心はともかく、表面上は優雅に一礼をしたマリーは踵を返して執務室を辞した。
王宮内の廊下を歩いているマリーの心境は微妙なものだ。一応評価はしてもらえたものの、それ以上ではなかったからである。いつも通りそつなくこなしたというだけだった。
「これではいけない。もっと何か功績を挙げられるようなことをしないと」
わざわざ侍女本来の仕事以外に手を出しているのに、そこそこの評価しかされていない。これでは負担が増えるばかりで良いことがなかった。
ただそうはいっても抜きん出た能力や特別な後ろ盾がない以上、手持ちの駒で成果を上げるしかない。
「あの女がもっと働いてくれれば。文句ばっかり一人前なんだから」
昨日のティアナとの密会を思い出してマリーは不機嫌になる。自分よりも身分が低いくせに平気で言い返してくるところが生意気で気に入らなかった。
「しょせん根無し草だから、ああもひねくれてしまうのでしょう。かわいそうと言えば、かわいそうよね」
怒っていたと思ったら、今度は一転して憐れむ。ただし、自分が格上であるという意識は変わらない。
気持ちが落ち着いてきたマリーは、ようやくこれからのことについて考えを巡らせる。
現状ではティアナしか頼れる者がない。それを不本意だと思いつつも、ならば徹底的に使わねばと決意を新たにする。
「あの腕輪を取って来ることができるんですもの。鼠みたいに忍び込むのは得意でしょう」
マリー自身の調査はまったく進展がない。なので、ダンケルマイヤー侯爵近辺の調査も任せてしまうことを思いつく。
「せっかくですから、もう一働きさせてあげましょう」
良いことを思いついたマリーは心が上向く。途端に笑みが顔に浮かんだ。
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